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2013年5月30日

2013年5月30日 (木)

鈴木敏夫,平和ボケはオマエだ!

ワタシがmixiで管理人が不在だったために管理しているコミュニティ"鈴木敏夫"で,書き込みがあったので気づきました。

【憲法と、】 9条 世界にアピールを スタジオジブリプロデューサー・鈴木敏夫さん 2013年5月9日
http://www.tokyo-np.co.jp/article/feature/kenpouto/list/CK2013050902000173.html?ref=rank

私は,鈴木敏夫こそ平和ボケだと思っています。それでは発言を見ていきましょう。

>  みんな戦いが好きですよね。自分が勝つ側に立つからでしょう。負ける側に立った途端に、やってられない。ジブリでも昔、「戦争の名人」と呼ばれた名将を取り上げたいと言ったやつがいて。「おまえ、自分のこととして考えろ」って言いたくなった。もしその企画をやるとしても、僕なら名将に連れて行かれてひどい目に遭う、一兵卒の視点から描きたいですけどね。
>  平和ぼけですね。想像力に欠けているわけでしょ。安倍さんなんかはね、年が若いのになぜああいうことを考えるのか、ちょっとピンときません。もう少し上の世代だったら分かる気もするんですが。やり方を間違えたから日本は負けた。間違えなかったら勝っていた。そう考える、ある年齢の人たちがいるのを僕は知っていますしね。

もちろん,戦争に対して,戦いに対して肯定的に描くのは私もいけないと思うのです。
しかし,宮崎駿も「風の谷のナウシカ」ほかで戦いを描きました。
それは何故か。
戦いの悲惨さを伝えるには,戦いそのものを描かざるを得ないからです。

人間,いくらこれはダメ!と言われようが,現実的にそれを経験しなければ,いつかそれをやってしまいます。
ダメと言われれば言われるほどやってみたい心理もあるでしょう。

そうすると,ダメなことであっても頭ごなしに否定するのではなく,とりあえずやらせてみてやはり反省する,そういう試行錯誤も,人々レベル,地域レベル,国レベルで必要になると思うのです。

そうやって,反戦平和を願う人々が大勢,戦争の悲惨さをさまざまな方法で描いてきました。
映画はいくつも知っていますし,アニメ映画でも描かれたものもあります。
そういったものに,ちょっと怪しい思想であっても血気盛んな人間の情熱を傾けさせる。

そして,完成した映画の試写を終えた後で,そのスタッフに向かって,
「あなたはこんな世の中にしたいですか?自分や子孫をこのような境遇に遭わせたいですか?」
そう問いかける。プロデューサーとはそういう役割の人間であると思います。

頭ごなしに否定するその時点で,私は鈴木敏夫にはプロデューサーの素質はないと思いました。

そうやって,戦争を頭ごなしに否定してきたのが,憲法第九条です。

もちろん私だって,戦争をしたいわけではありません。
ですが,ならば戦争とはいったいなにを言うのでしょう?

2つの陣営が泥沼の戦いをしていて,いままさに大殺戮が行われようとしている,その情報を知った,その時点でも,それを静止するために仲裁するのは,それもまた戦争に加担したことになるのでしょうか?

また,地下鉄サリン事件や9.11のようなテロ,人質たてこもり事件などが起こりますが,テロや人質事件は自衛隊や警察が出て行って犯人と銃撃戦を繰り返してもよくて,戦争とされれば誰も出て行けないとすると,その違いはなになんでしょう?

結局誰かが"これは戦争"とカテゴライズしてはじめて,憲法第九条が発動するとしか私には思えないのです。

戦争とカテゴライズされようがされまいが,世界のどこかで問題が起こればそれを最小の犠牲により収束させる,それを逐一検討するしかないと思うのです。

そして,そうすると日本も,判断を誤って小さな失敗を犯す可能性も出てくるでしょう。
しかし,先に挙げた通り,小さな失敗を犯し,いわゆる"インシデント","ヒヤリハット"を繰り返して確認せずば,あるとき人々が大きく誤って,大きな失敗を犯さないとも限らないと思うのです。

いまの憲法第九条論議だって,本来は憲法第九条以前に,憲法第11条~13条に基本的人権を規定しており,世界民の基本的人権を尊重するのであれば,憲法第九条なんて全く必要ない,という私の論に賛意を示す人がいて然るべきと思います。

憲法改正を考えるときにもっとも注目し考慮すべきは,日本国民はじめ全世界民の基本的人権を守れるかどうか,これしかないと思うのです。
それを,基本的人権を完全に忘れ去って,憲法第九条を改正するかどうかそこだけに議論が行っている。

好戦的な人間が出てくるのは世の常だと思うので,むしろ反戦平和を訴える鈴木さんのような人間が,基本的人権を置き去りにしたところで議論している,そこに非常に危うさを感じます。

>  やっぱり「三分の二」じゃなくちゃいけないんじゃないですか。そんな大事なことを決めるのに、「二分の一」じゃだめですよね。それをやっておいて、将来、何になるかっていう問題でしょ。やめてほしいですよね。

三分の二が二分の一になろうが,それが主たる問題ではないと思います。

むしろ,国民に対してさまざまな情報が与えられ,ひとりひとりが一生懸命に考えることこそが必要と思います。
いくら二分の一であろうが三分の二であろうが,国民に知らされることなく秘密裏に政党の論理で数が決まってしまういまの政治には,多くの問題が隠れていると思います。

マスコミも,政治,根本的には官僚におもねって,たとえば福島の原発事故のニュースを隠蔽して,国境なき記者団からは日本の報道の自由度は非常に低いと判断されています。
そんな状態で,国民が正しい判断をできるとは到底思えません。

>  僕、日本が憲法九条を持っているって、海外の人はほとんど知らないと思う。だって自衛隊があるしね。そっちを知っているわけでしょう。だから日本が世界にアピールするとしたら、九条ですよね。これだけの平和は、九条がなければあり得なかったわけですから。僕はあってよかったって立場だし、たぶん宮さんもそうなんじゃないかと思います。

全く違うと思います。

グローバル9条キャンペーン カナダから見た憲法9条
http://homepage3.nifty.com/jalisa/kikanshi/k_155/155_004.html

たとえばこの報告では,海外でも九条を素晴らしいものとして記載されていますが,これはあくまで九条マンセーな人間が書いたものです。

バンクーバー九条の会は、2005年5月に発足され、最初は10人強ではじまったのですが、今では日系以外の人3割も含む会員150人の会となりました。

とあり,これは2006年の投稿のようですが,むしろバンクーバーという都市で1年で150人にしかならなかったのは,やはり海外には受け入れられていないのではないかと思います。

憲法第九条をアメリカからみるとーー 2007/05/17 16:24
http://komoriy.iza.ne.jp/blog/entry/173367

こちらは産経なので改憲寄りなのは見えているのですが,

> 「いかなる軍事力の行使をも否定する第9条の影響はとくに大きい。日本人の外部世界に対する基本的態度も憲法のこの条項の影響で形成されてしまった部分が多い。あらゆる力の行使の否定、あらゆる戦争の否定というのは、日本を全世界でもただひとつの例外としている。憲法でそうした否定をする国家は他に存在しない。その結果、日本国民は自分たちが世界でも例外だという意識を持ち、力の行使の論議をともなう外部世界での出来事への対応には責任ある関与はできないままできた」

この1992年6月の,アメリカ・ヘリテージ財団の提言は非常に含蓄があると思います。
私の思いとピッタリです。

> 「憲法第9条は日本が国際社会の完全な責任ある一員となることを妨げ、クウェートとカンボジアでの国連主導の平和維持活動に寄与することを遅延させてきた。ブッシュ政権(先代)、あるいはその次の新政権は日本の例外意識をなくすために、この世界でも例外の第9条の改正を非公式にうながすべきである。第9条の破棄は『すべての戦争は悪』という幻想を打ち砕き、民主主義国が侵略に対してみずからを守るために除外できない力の行使についての真の政治的論議を可能にするだろう」

これは,だから戦争に行こう,と言っているように捉えられ,ここまでは私も認められません。
ただし,日本人は言わないが私の主張する"第9条の破棄"が盛り込まれており,その点は賛同できます。

とにかく,海外から非難されるようなマスコミの閉鎖性の上でいくら議論してもどうにもならず,まずマスコミをオープンにし,その上で,"戦争というキーワードがつけば絶対ダメ"ではなく,ひとつひとつ議論して,なるべくならば戦争をせず,犠牲を最小限にできる世の中にしていくべきと思います。

私はそのためには,根本には官僚独裁政治の打倒しかないとも思うのですが。

岩田華怜さんへのファンレター 20130529

AKB48 チームA 岩田華怜さま

こんばんわ。おーにっちゃんです。

前も書いたと思うけど,ふと,男と女で女のほうが劣っている,というのは違うやろ,と思って調べた。

なら,軽く見られるジョークみたいなサイトがいっぱい出てきた。
まあ,読んで笑ってよ。
けど,中3ならばまだワカランものもあるかもやけどなあ。
ワタシもこれらがぜんぶ分かるワケではない。

男女の違いを表した画像まとめ
http://matome.naver.jp/odai/2133013646092377301?&page=1

「絶望的な違い…」これだけ差がある男女の行動パターン
http://labaq.com/archives/51182617.html

ゼッタイ知るべき『男女の恋愛観』の違い
http://matome.naver.jp/odai/2134423906152589201

男女の違い
http://www2.plala.or.jp/omiya/tigai.htm

そんな中で,この質問回答はソコソコいいなあと思った。

--------
何故、女は男より劣っているのですか?
http://okwave.jp/qa/q4286521.html

回答:No.5 noname#160718
 男の方が優れているように"見える"のは、この人間社会が男が作った男性原理社会だからでしょう。いわば男の土俵で勝負しているわけですから、男が優れて見えるのも当然、というわけです。
--------

ワタシもこのNo.5のヒトの意見が正しいと思う。

考えてみると,女のほうが明らかにさまざまなことが可能やん。
化粧とか男なんかゼッタイにできんし(最近はやっとるヒトもおるらしいけど,女の化粧には負ける),生理とかもしあって,それに1ヶ月のうち1週間なり10日なり気分の浮き沈みがあると思うとゾッとする。
それで,いざつき合ったら,いつ子供ができるかワカランなどと心配せなアカンのは女のほうやし,結婚したらこんど子供ができないといって悩むのも女のほうや。
いや男だってもちろん悩むかもやけど,周りの男を見たら分かるとおり,子供が生まれたから自分の生活が変わった,なんてヤツはまずおらん。
日立製作所だって,子供ができたからって育児休暇取った男を見たことがない。

それに比べて,いつ子供ができるかもワカランのに,できたらそのために確実に仕事を休まなアカンし,男が協力せんからやけど,子供がアレコレと問題起こしたらだいたい対処せなアカンのは女のほうや。
そういう社会になってもとる。

それに加えて世間の女性は毎日料理とか作らなアカンかったりして,そんだけ男よりもアレコレせなアカンことがあって,それで仮にすべての女が男よりもさらに賢い地位につけたとしたら,これは女のほうが圧倒的に偉いってことになってまうわなあ?

けれども,女のほうが圧倒的に偉いというほどの差はなくて,たとえば女が平均して60の知能を持っとって,男が平均して50の知能を持っとったら,女は家事や化粧その他で毎日いっぱい20も30も知能を消費しとって,それで消費してない男に勝てるかってと,無理やわなあ?

そこに,昨日調べた,人間は能動的に考えることによって脳が疲れる,というのであれば,毎日の家事や化粧だって能動的に考える作業であるから,女性は疲れてまうわなあ?
その間に男性は疲れてないから,仕事に集中できる,というのも言える。
てか言い換えたら男は仕事しかしてなくて,あとはほとんど考えてなかったりするもんなあ。

やっぱワタシは,女のほうが実は偉いんちゃうかと思う。
偉いから,同じことを考えた場合に男よりも女のほうがいろいろ思いつくねん。
だから,それほど化粧とかに興味がない小学校高学年とか中学生くらいでは,女のほうが確実にかしこかったりするんや。

けれども中学生くらいから,男の体力の強さが顕著になる。

体力の強さは,原始時代は狩猟に適しとったやろし,その後も近代まで長い間,戦いに必要やったと思う。
そして,昨日書いたけど,「おっとい嫁じょ」みたいなんで,男は女にクチでは負けんかったかもやけど,そのぶんチカラづくで女をねじ伏せてきたんや。

そうすると,自然と女は男に服従せざるを得ん。

そして,書いたとおり,女は男の都合で子供をつくらされてきた。
自分の体にも関わらず,自分の意思で自分の生き方を決められんかったんや。

男はそれに比して,自分の意思で決められた。
どうしても身の回りのことをせざるを得ない女性にぜんぶ任せて,男は仕事をはじめ,好きなことができたんや。

だから,女性はなにかの約束はなかなかできんよなあ。
もちろん,誰かと食べに行くとか,細かな約束ならばできるけれども,1年間あなたにお仕えして,約束の品物を完成させますとか,○○防衛の任務に行ってまいります,なんてのも無理やったんや。

いや,それでも中には女性で,ジャンヌ・ダルクみたいに,自分は男に伍して頑張るヒトもおったんやけど,そら,たとえばトイレも風呂も男用しかない中で活躍するなんて,普通はできんかったと思うなあ。

ジャンヌ・ダルクが亡くなったのは19歳らしいけど,戦っとったのは10代後半やったりするやろ。
そんな女の子一人いて,男がほっとくわけないと思うけどなあ。
・・・よっぽど風呂に入ってなくて臭かったとかあるんちゃうか。

ただ,それでも軍隊の礼節が保てとった,というならば,ハゲテツが主張する,兵士のために戦場に慰安婦はゼッタイ必要やった,ってのはウソになってまうんちゃうかなあ。

まあ,ハナシは戻って,男が好き勝手に仕事に戦争に明け暮れとる間に,やはり人間は子供も育てなアカンから,女性は家庭を守って子供を育てる役割を担っとったってことやろな。

だから,どんな戦争があって男が大勢死んでも,子供が成長して世界は耐えてきたとも言える。

いま,いくら女性も子供を育てねばならないとはいえ,パソコンとかスマホとかがあって,簡単にヒトと連絡を取り,意思を疎通できる。
それだけでなく,いろんなところに行って,女性トイレとか更衣室があるのも当たり前や。

育児休暇があるだけでなく,育児で休んでいるヒトが,たとえ1日1時間でも仕事に関われることにより,たとえば代理の者にいろいろ指図できることによって,仕事のブランクがなくなり,女性でも月単位,年単位での仕事の約束ができるようになり,重要な仕事に関われるようになるんちゃうやろか。

そう考えると,ホンマに必要なのは育児休暇の制度だけちゃうってのが分かるよなあ。
それが1年半なのが3年になるとかだけが問題ちゃう。

20代後半から30代前半というと,がむしゃらに働いたキャリアウーマンは,自分の替えはいないけれども,かといって自分の仕事をやってくれる部下もまたおらん状態やと思うねん。
そういうヒトに対して,新人でも人材派遣でもええ殻,自分の代わりに仕事をしてくれるヒトが一人いて,そのヒトの成果を見ながら指図できるような仕組みを整えたらええやろなあ。
その女性はお母さんでもあるから,ヒトに分かりやすく指図する=お母さんとしての訓練にもなるんや。
決して突拍子もない案ではない。

もちろん,3年の育児休暇も取れるようにしたほうがいいとは思うよ。
けどホンマに必要なのは,ひとつの方法だけを出して,コレで男女平等を達成した!なんて言うことではなくて,これでもか,これでもかというくらいさまざまな方法を提案することやと思うねん。
ヒトによって取りたい方法は違う,ひとつではないもんな。

それだけアレコレやって,男女の機会が平等に近づいた社会はどうなるか。
けっきょく男の能力のなさが露呈してくるんちゃうかなあ。

男ってチカラがあるけど,狩猟とか戦いくらいしかもう女性と比較してアドバンテージないやろ。
重たい荷物だって,フォークリフトとか,どんどん便利な道具出てきとるしなあ。
男だって,持てたフリしてぎっくり腰になってまうオッサン多くて,あんま重いものを持たせんようになっとるねん。
日立製作所では。

そうなったら余計に,男が女を見つけて,あなた好き!って言えんようになる。
男が女を見つけて好きって言うのは,やっぱ僭越ながら,この女よりも自分のほうが強いと思えるからやと思うねん。
・・・いや,そういう意識もだんだん崩れてきとるかもやけど,このヒトを幸せにできる,って思えな言えんと思う。

もちろん,エッチさえできたらええって考えのヤツもおるやろけど。

そうすると,男からはますます好きとは言えんようになってくる。
そういうのは,お見合いビジネスをもっと進化させたらええのかなあ。

なんか,ハナシがどんどん進んできたけど,もうちょっと言うと,そういう受け身の人間が増えてきたのは,コレも前から言うとる,教育の問題やと思うねん。

日本の教育って,戦後GHQあたりがグランドデザイン考えたモノを,少しずつ修正しながら使っていっとると思うんやけど。

ココになんか書いとるヒトがおる。どうもこのヒトはネトウヨっぽいから,あんま信用するワケには行かんけど,ワタシの考えは一応目星として当たっとるんちゃうか,とは思える。

http://bewithgods.com/hope/japan/10.html

で,日本の教育は,高度経済成長とかで,とにかくみんなで同じ仕事を,いわば機械の代わりになって行うための兵隊を養成するためのものやってん。
だから,個々人の学力を伸ばすことよりも,大勢に詰め込み教育することに重点が置かれた。いまもそうや。

そして,その中で東大行くようなエリートや,それより少し落ちて京大,早慶,いちおう阪大とかも行くようなのが現れてくる。
そういうエリートを試験でどうやって選別するか?そこを大学は考えなアカンようになる。
するとやはり,詰め込み教育で,詰め込むだけ詰め込んだほうが入試で有利なシステムを作ってまうねん。そうしたらみんな必死こいてどうでもいいコト,生きてく上で必要でないコトをいっぱい覚えて,記憶力テストによって簡単に順位付けできるようになるから。

詰め込まんでも,アタマのセンスだけで解けるような問題やったら,必死こいて勉強してくれんやろし,さらにテストの採点するヒトの理解を越えた名文書くヤツも出てくるかもやからなあ。
そんなんがおっても,先生アホやから採点できん。

だから,採点できる,ツマランことをいっぱい覚えさせるねん。

そう考えると,学校の勉強なんてホンマに必要か?
いまなんか,学校の勉強で覚えるような記憶力テストなんか,インターネットでじゅうぶん代用できる。
だからこそワタシは,もっと考えるコトの重要性を解き,それは勉強よりもむしろAKBの活動などの実地でしか身につかん,と幾度となく言うとるんやけど,まだまだ理解はされんやろなあ。

人類の歴史はキリストが生まれてからも2000年あるけれども,その間に人間誰ひとりとして考えんかったことも多いんや。

オモロイ計算したろか。
平均して25歳で子供を産むとしたら,2000年の間に祖先は80代おったことになる。
べき乗計算はやったコトないかもやけど,親が2人,おじいちゃんおばあちゃんがそれぞれ2人やから2x2=4人,ひいじいちゃんひいばあちゃんになれば2x2x2=8人・・・と考えると,80代前は2x2x2x・・・って,2を80回かけることになるから,その答えは1208925819614629174706176人ということになって,現在の世界の人口6000000000人をはるかに上回る。

さすがに,2000年の間に自分の祖先がアフリカや南アメリカをぜんぶ網羅しとるかはワカランけど,伊達娘に関して言えばヨーロッパに祖先がおったんやから,その祖先がアフリカとかアメリカに大航海して大恋愛しとったっておかしくないかもなあ。
てかヨーロッパに祖先があるってコトは,過去の偉人とどっかで繋がっとるかもなあ。
まあ,ルイ何世とかマリーアントワネットとか,ベートーベンもカエサルも,子孫がちゃんと生き残ってないのがわかっとるのが残念やけどなあ。

ただ,そこまで行ったらゼッタイどっかで,伊達娘とワタシの祖先は一緒になっとると考えるほうが自然やろ。

まあ,そんなコトは置いといても,人間って意外となんも考えてきてない。
偉人とされるヤツもちょっと考えただけや。
そして,考えたヤツは意外と実行するのは苦手やったりして,別のヤツが実行しとったりする。

ナポレオンだって大して偉かったワケちゃう。ヒトの上に立ちたかっただけや。
そう思えば思うほど,世界をもっとかき回したらなアカンと思うなあ。

この話題もう少し続くかも。

ほなね
2013/5/29 Viölにて おーにっちゃん

https://docs.google.com/document/d/1qh1xtlgmN0As_ZE3JBstthKr2YJ0i5KNgTZpegOJge4/edit?usp=sharing

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