« 2013年5月31日 | トップページ | 2013年6月2日 »

2013年6月1日

2013年6月 1日 (土)

憲法九条を廃止させる会を立ち上げました。

憲法九条を廃止させる会を立ち上げました。

http://mixi.jp/view_community.pl?id=6141333

紹介文は,とりあえず以下のとおりとしました。
適宜改変していくつもりです。


このコミュニティでは,憲法第九条の廃止に向けた議論をしていきます。

◆なぜ廃止が必要なのでしょうか?

憲法というものは,人々の基本的人権を守るための理念を纏めて制定すべきものです。

にもかかわらず,日本の憲法第九条は,基本的人権を守った結果であるべき戦争の放棄を
大上段に掲げているために,日本では平和についての議論は戦争放棄,憲法第九条が全てのような
錯覚を与えてしまっています。
憲法第九条がしばしば"平和憲法"などと言われることからも容易に想像できるでしょう。

しかし,平和を守るためには基本的人権の遵守こそが必要なのです。
然るにいまの日本は,基本的人権をないがしろにしてきたために,会社で理不尽な要求を受け,
それがパワハラをはじめとした労働問題に発展し,陰湿ないじめもなくならず,
それらの問題が解決しないことから先の見えない不安感に人々が苛まれ,
あげく精神病患者や,ひいては自殺者数を増やしています。

また,日本が基本的人権をないがしろにしているのは,たとえば基本的人権を定めた国際人権規約

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E9%9A%9B%E4%BA%BA%E6%A8%A9%E8%A6%8F%E7%B4%84

において,
なお、自由権規約の個人通報制度を批准していない先進国は日本のみである。
とあるように,先進国で唯一日本には,国際人権法に則って世界に訴える術がないのです。

たとえ日本のこのような状況を理不尽に思っても,世界に訴える術がない。
このような日本を,本当に"平和"と言えるでしょうか?
また,このような日本をして,本当に"平和"の最先端にあると言えるでしょうか?

病気でないことがすなわち健康ではないように,戦争をしないことがすなわち平和であるという
日本人の感覚は取り払わなければなりません。

日本が基本的人権を尊重できる国家となるという前向きな理由から,憲法第九条の廃止を提案します。

◆憲法第九条を廃止して,日本を好戦的な国にすることが目的なのではないですか?

上にも書いたとおりに,基本的人権の尊重を目的とするために憲法第九条の廃止を求めるのであり,
日本を好戦的な国にすることは目的ではありません。

現在日本国民は,海外の情勢についてあまりにも無知であり無関心であることもひとつの問題ですが,
憲法第九条がなくなることにより,世界の紛争に対して日本がどのように関わるかを,
これまでのように傍観者としてではなく,国民一人一人が主体的に考えることが可能になると思います。

その上で,国民すべてがひとつひとつの問題を真剣に考えることで,ある日ヒトラーのような煽動家,
たとえば小林よしのりや橋下徹をさらに強力に狡猾にしたような人物が現れたとしても,
煽動されることなく現状を冷静に分析できる体力が,日本国民には備わると思います。

明確な一人が煽動するとさえ限りません。官僚やマスコミが共謀して,
徐々に煽動することだって考えられるのです。

いまの日本は,憲法第九条により,紛争に関する思考が停止しているため,煽動に対して
非常に弱い状態になっていますので,非難訓練的な意味においても,定期的に戦争の是非を
ケースバイケースで考えることは重要であると思います。

そして,基本的人権に基づけば,ほとんどすべての戦争に対しては事前の和平交渉でこと足りると考えます。

岩田華怜さんへのファンレター 20130531

AKB48 チームA 岩田華怜さま

こんばんわ。おーにっちゃんです。

ちょっと難しくなるけど,昼間に

憲法第九条の堅持と食料自給率の向上とはダブルスタンダードである
http://onicchan.cocolog-nifty.com/blog/2013/05/post-ea48.html

なんてのを書いて,食料自給率を調べとったらヨウワカランことになってきたから,折角やから伊達娘へのファンレターでワタシのワカランと思うとこを書いてみる。

まあ,ワタシがワカランならば,伊達娘が分かる可能性は1%もないとは思うけれども,それでも,37歳の大人でもワカランことがいっぱいあると思うのもこれまた大事や。
だいたい中学生から見たら37歳なんてよほど大人で,世の中の森羅万象が理解できとると思うやろからなあ。
そうではないことを早めに知れたほうが,早めに世界について問題意識が持てると思うねん。

それと,教科書に真実として載っとるコトが,実は政府が考えたトリックで,海外の人々はそうは思ってなかったりすることもあるからなあ。

単刀直入に,食料自給率について調べてみた。

食料自給率
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A3%9F%E6%96%99%E8%87%AA%E7%B5%A6%E7%8E%87

ならば真ん中くらいにこんなコトが書いてある。

-------
日本の農産物の関税率については、高関税品目の割合は1割であるが、9割の品目は極めて低関税であるため全体としては欧米諸国と比較して低い関税率となっている。その結果として、日本の食料市場におけるカロリーベースの海外依存度が6割を占めるという、高い対外開放度を実現している。農産物への補助金については、日本の国内補助金はEUやアメリカより小さく、輸出補助金も実質的な補助金も含め多用している欧米輸出国に対して、日本では輸出補助金ゼロとなっており、高品質をセールスポイントとして補助金に依存しない形での輸出の増加を目標としている。また、日本は低関税率、輸出補助金ゼロ、価格支持政策が廃止、という保護水準の低さにより低自給率となっているのに対し、高自給率の欧米諸国は、高関税、農家への直接支払い、輸出補助金、価格支持政策の組み合わせによる政府からの保護により高自給率となっている。ちなみに、農業所得に占める政府からの直接支払いの割合は、フランスでは8割、スイスの山岳部では100%、アメリカの穀物農家は5割前後というデータがあるのに対し、日本では16%前後(稲作は2割強)となっている。[18]
-------

コレを読んで,ワタシのイメージとはちゃうから,なんかおかしいと思うねん。

その前に,関税ってなにかワカランよなあ?

たとえばやで,お米が日本では1kg100円で作れるとしよう。田植えとかでヒトが総出で作ったりする。
けど,アメリカとかやと,完全自動やったりするから,1kg10円で作れるとしよう。
但し輸送費がかかるから,日本に来たときには1kg12円くらいにはなってまうんやけど。

けど,そのまま売ったら,日本のお米は1kg100円で買えるのに,アメリカのお米は1kg12円で買えてまう。
コレではアメリカのお米に対してボロ負けしてまうやん?

そこで,品物が日本に入ってくるときに余分に税金をかけて調整するねん。
米ってどんくらいかワカランけど,たとえば1kgにつき38円かかるとする。

最初の,1kg100円と12円では,どう考えても,いくらアメリカのほうが粗悪と思っても,12円という金額の魅力に引かれて誰もそっちを買うてしまったりするやろ。
けど,関税かけた後に,1kg100円と,(12+38=)50円では,100円と50円では,2倍の差があるけど,2倍くらいの差ならば日本の米のほうが安全と思って,日本の米を買うヒトが多かったりする。

そういうふうに,日本の品物を買ってもらうために関税というものをつけて,日本の貿易を保護しとるねん。

で,知らんかもやけど,いまテレビでたまに言うとるTPPなんてのも,要はその関税を太平洋に面する国々の間でなくしてしまいましょう,と言うとるねん。

それに対して日本の農家は,関税がなくなったら海外から作物が安くで入ってきて,その結果自分らの作物が売れんようになるかも,ってんで,反対しとるヒトも多い。
そういうコトやねん。

コレだけ知っとっても,多少でも社会科の知識になったやろ。
TPPなんか高校受験で出るんちゃう?

で,上の "日本の農産物の関税率については、高関税品目の割合は1割であるが、9割の品目は極めて低関税であるため全体としては欧米諸国と比較して低い関税率となっている。" というのが,ワタシにはどうしてもウソ臭いと思えてまうねん。

1割と9割ったって,どういう率を採用しとるかでゼンゼンハナシが変わってくる。

たとえば,みかん,りんご,バナナ,キウイ,ももがあって,

      みかん りんご バナナ キウイ もも
輸入量(t)   1   2  5   8   10
関税率(%)   50 30  0   0    0  

ってカンジになっとるとしよう。

品種の数で言えば,全部で5つになるわなあ。その中で関税が30%もかかると高いと思ったら,高関税品目は2/5で40%,4割になってまう。

しかし,輸入量の重さで言ったら,1+2+5+8+10=26t。このうちみかんとりんごは3tやから,3/26で1割ちょいになってまう。

コレがまた,金額ベースになると変わってくるぞ。

さらにややこしいのは,品種の数は変わらんかもやけど,輸入量は関税率によっても変わってくるねん。
この表のように,関税が50%もかかるならば売れんから1tしか輸入がないけれども,関税がなくなれば100t輸入されるようになるかもワカラン。

だから,"高関税品目の割合は1割" と言っても,その1割が輸入量であれば,関税が高い=日本でたくさん作られているから日本の品種を保護している,から1割になり,9割の低関税は日本で作ってない品種やから関税を規定する必要がないんかも知れん。

そのへん,どういうソースなのかと調べようとしたら,

18. ^ 鈴木宣弘 『現代の食料・農業問題〜誤解から打開へ〜』 創森社、2008年、13-14,26-29,32-39頁。ISBN 978-4-88340-227-4。

と書いてあって,この本買わな検証できん。
こういうのって困るよなあ。

で,こういうコトがあるから,2chのヤツらなんかすぐ"3行で要約しろ"なんて書いたりするけど,下手に3行で要約して,その背景まで聞かずに鵜呑みにしたりすると,全く明後日の方向に誤解してまう可能性があるねん。

だからワタシは,たとえば日立製作所でも,上司横須賀とかその上司川端が"それは工場が知っている" なんていくら言うたところで,文章に書いてある内容が不確実やったから,それはどういう意味なんか一生懸命考えて,自分の仮定が正しければいまそんなシステム要らん!って頑なに言うたんや。

とにかく,自分が納得できるデータを確認できるまでは,"ヒトが言っている" なんて理由で見過ごすことはワタシにはできん。

難しいけどもうちょっと行ってみよか。
食料自給率の問題点という項目にこんな記載がある。

-------
さらに、上記「主要国の食料自給率」でも取り上げたが各国の自給率は日本の農水省が独自に推計したものであり、日本を除く海外諸国はカロリーベース総合食料自給率の計算をしていない。雑誌「農業経営者」がこの計算方法について農水省に取材したところ、「食料安全保障の機密上出せない」との回答があったという[22]。また、分母の「国民1人1日当たりの供給カロリー」とは、国産供給カロリー+輸入供給カロリー(ともに可食部)をもとに日本の人口で除することで算定されているが[23]、現実の食卓では「小売店の店頭にならびながら」「食卓にのぼりながら」廃棄されてしまう食材量(カロリー)が相当数にのぼり廃棄した食品が多ければ多いほど食料自給率が低くなるような仕組みとなっている[22]。
-------

この[22]の内容は,昼間引用したコッチにも書いてあるな。

「食料自給率40%」は大嘘!どうする農水省 2010.07.30(Fri) 鶴岡 弘之
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/4098

ワタシがさっき書いたようなトリックで,農林水産省は,他国と同じ計算方法であれば日本の自給率はそれほど問題でないから,敢えて"カロリーベース総合食料自給率" なんて指標を導入して,日本の自給率を最低として国民に伝えとるねん。

ワタシがドイツのスーパーを見てみる限り,果物なんかりんご以外はぜんぶ違う国の品物やし,日本より絶対自給率低いと思うんやけどなあ。
ドイツだと自国で製造しとるもんを挙げるほうが少ないけど,日本だと海外で生産されたもんを挙げるほうが少ないもんなあ。
マンゴーでさえ宮崎県がハウス栽培しとったりするんやからなあ。

さらにこんなコトも書いてあるぞ。

-------
経済学者の野口悠紀雄は[25]、カロリーベースの食料自給率向上は、政策として無意味であると主張している。現代日本農業 では、生産物の移動、飼料、生育環境の構築等に原油 が絶対的に必要であり、エネルギー自給率が4%(原子力を含んで20%)しかないのに、摂取する食物だけを評価の対象とするカロリーベースの自給率を向上させたとしても、日本国内でエネルギー自給が著しく低い以上、無意味であるというのがその論拠である。この論拠は、原油が国際紛争の手段として禁輸される可能性があるのに対し「国際紛争の手段として食料禁輸措置がとられることはありえない」という認識に基づいている。
-------

ワタシが昼間に書いたことをさらに一歩進める考えやなあ。
日本の農業は石油をたくさん使う,というのを裏付けとるよなあ。

そして,さらに下に関連項目として"フードマイレージ"ってのがあるからなにかと調べると,

フードマイレージ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%82%B8

-------
フード・マイレージ (food mileage) は、「食料の ( = food) 輸送距離 ( = mileage) 」という意味であり、食料の輸送量と輸送距離を定量的に把握することを目的とした指標ないし考え方である。食糧の輸送に伴い排出される二酸化炭素が、地球環境に与える負荷に着目したものである。注目輸入相手国別の食料輸入量重量×輸出国までの輸送距離(たとえばトン・キロメートル)を表す。食品の生産地と消費地が近ければフード・マイレージは小さくなり、遠くから食料を運んでくると大きくなる。
-------

って書いてある。
そして,ワタシが昼間,日本は自給率が高いからあまり輸送費がかからん,と書いとったのは

-------
農林水産省農林水産政策研究所の中田哲也政策研究調整官(当時)の2001年の試算によると、日本のフード・マイレージは、総量では世界中で群を抜いて大きく、国民一人当たりでも一位となっている。その原因は、食料輸入量自体は特に抜きん出て多くはないものの、輸送距離が他国より著しく長いことが挙げられている。内訳としては、トウモロコシなどの穀物が50%強、大豆などの油糧種子が20%強を占めている。

国名      総量      国民一人当たり
日本      9002億800万   7093
韓国      3171億6900万  6637
アメリカ合衆国 2958億2100万  1051
イギリス    1879億8600万  3195
ドイツ     1717億5100万  2090
フランス    1044億700万   1738
※単位:トン×キロメートル
-------

ということで,じつは輸送距離でも長いんやなあ。
てか,"内訳としては、トウモロコシなどの穀物が50%強、大豆などの油糧種子が20%強を占めている。"とあるので,日本はこれらをアメリカから輸入しとるから非常に大きな値になると言うとるねん。
他国は近くで生産できるからなあ。

-------
たとえば収穫期でない、あるいは消費地近傍に栽培適地が少ない農産物のフード・マイレージを短縮するためにグリーンハウス栽培を行うと、適地で露地栽培したものを輸送するよりも総合的な必要エネルギー量が大きくなってしまう場合がある。このため、フード・マイレージが提唱される際には、よく同時に適地適作を踏まえた地産地消が推奨される。
また、フード・マイレージは輸送手段による燃費の差を考慮していない。とくに海外農産物を空輸する場合と、一般的な輸送手段である船便の場合を比較すると、同じフード・マイレージ値であっても、輸送に伴う消費エネルギー量は空輸の場合かなり大きくなる。

(略)

批判 [編集]

フードマイレージの主張には、批判がある。たとえば、イギリスでトマトのハウス栽培をするよりは、スペインでトマトを露地栽培した方が、エネルギー消費は少なくて済む。国内でトラックによって運ぶよりも、海外から船で運ぶ方が、エネルギー消費が少ないこともある。国内で機械生産するより、海外で人力生産する方が、エネルギー消費が少ないこともある。その意味で、輸送距離ばかりに着目するのは妥当ではない。このような批判はたくさんあり、Wikipedia 英語版に詳しく記述されている。
-------

コレなんかもワタシの言うた,露地栽培でハウスのほうがエネルギーがかかるってことそのまま書いてある。
また,フードマイレージは輸送手段関係なく一律って書いてあるけど,トウモロコシも大豆も生鮮食料品ではないため(トウモロコシの生は北海道とかから送っとると思う)空輸する必要がなくすべて船便のはずやから,実は輸送にかかるエネルギー多くないとワタシは見るなあ。

まあ,伊達娘にどれだけ分かったかワカランとこもあるけど,とにかく,説明とかデータってのは,どういう基準を採用するかによって全然異なってくる。

だから,なにかを主張したい人々によって都合よいデータだけ取り出されて,恣意的に操作されることがあるねん。

自分はそういうデータに騙されんように,ちょっと気をつけとってよ。
まだ中3やし,基本問題はやったかもやけどまだまだ応用問題は難しいかもやけど,気をつけとったらいずれ分かるようになると思うで。

ほなね
2013/5/31 Viölにて おーにっちゃん

https://docs.google.com/document/d/1fg3FgGLURDZH4vvtIi7Aitt9NiPM_GrmCYVe58W1JBo/edit?usp=sharing

濱田正晴の主張がますます混迷を深める

オリンパスをコンプライアンス通報したにも関わらず,不当な扱いを受けたと問うた濱田正晴ですが,非常に苦境に立っています。

ワタシがたびたび読むブログからは,以下のように受け取れます。

http://ameblo.jp/jpmax/

1.濱田がコンプライアンス通報したにも関わらず,会社側から不当な扱いを受けたことについては,オリンパス側に非があることが既に最高裁で決定している。

2.最高裁決定に基づき,オリンパス内にて濱田の職場を新たに決める必要があるが,調整が難航している。

3.オリンパスのコンプライアンスヘルプライン運用規定が,"悪意の通報は氏名開示を可能とする"というものに変わっているため,濱田はそれを問題としている。

そして,争点となるものは2と3です。

2.については,オリンパス側は濱田となんども打ち合わせを行っております。
オリンパスが提示した業務内容は,濱田の希望するコンプライアンス関連の職ですが,子会社への出向を伴うものです。
これに対して濱田は,自分は通報による不当な扱いを受けなければ部長職に就けたと主張し,部長職への就業を希望しているため,会社側と折り合いがついていません。

これについて,濱田もさまざまな資料を出していますが,そこから分かる事実はあくまで濱田が"E格への推薦を受けた"というだけであり,それが部長職への就任に結びつくのは極めて難しいと思います。

たとえば,濱田が不当な扱いを受ける直前に,明確な成果物や受注獲得件数等の目に見える成果があれば,他の社員と比較して部長に上げないのはおかしい,と言えると思います。
または,現在の濱田のブログの文章が非常に緻密で,部長職になるべき人間の書く文章だ,と人々が納得させられるのであれば,濱田が社内で不当な扱いを受けていたことが推察できると思います。

然るに,濱田はE格に推薦された資料は出してはいますが,それ以外の資料は出していません。
オリンパスへのE格への推薦は,部長職と目される者だけではなく,希望した資格者はすべて出してもらえるものであることから,部長職への必要条件のひとつではあるのですが,それをもって濱田の主張する部長職への十分条件は,私の目にも認められません。

また,ブログの文章ですが,誤字も多く,である調とですます調,さらに体言止めが頻繁に混在しており,非常に稚拙と感じます。

また,言いたいこともどうも纏まっているようには思えません。
同じようなことの繰り返しであり,部長職にあるべきはずの,現在の状況を元にして,次にどうしたいか?の部分が語られていないように思います。

さらに,濱田はブログに対する私のコメントを恣意的に掲載しないという,部長職にあるまじき公平性を欠いた行動を行っています。

ですから,そういう意味でも,私の目には,濱田が部長職に相応しいとは思えません。

会社側からは,"部長職となる資格がないにも関わらず,濱田が要望するからといって部長職に就けては,それこそコンプライアンス的に問題である"という旨を指摘されるに至り,この言い分については会社側の完勝と思います。

もちろん,不利益扱いは是正されねばなりません。
が,通報前と同程度の職務が提案されていれば,不利益扱いを是正するために会社側は十分に誠意を尽くした,と取られてもいいと思います。
というのも,会社だって50歳にもなると子会社出向やリストラなどは当たり前の事象であり,それは公益通報者保護法の扱う範疇ではなく一般的な労働問題の範疇になると思うのです。

そして,パフォーマンスが不十分な社員の子会社出向やリストラが裁判で認められなければ,それこそ日本の会社は困ってしまいます。
濱田はいくら理不尽であろうとも,その点においては甘んじて受けるしか道がないと思います。


また3.については,濱田が主張するように,なにが悪意かが分からないため,恣意的に悪意とされてはたまらないという問題があります。
しかし会社側が,恣意的に悪意とするのではなく,あくまで就業規則違反などにかかるものについてのみ処分する,と言っているのであれば,就業規則違反に当たる分について就業規則に則った処分があってしかるべき,と判断されてもなんらおかしくないと思います。

ここで消費者庁による,公益通報者保護法の民間事業者向けFAQ集を見てみましょう。

------
民間事業者向けFAQ集
http://www.caa.go.jp/seikatsu/koueki/minkan/faq-minkan.html

Q23 公益通報を受け付けた後、本当に労働者本人であるかについて疑義が生じた場合、どのような確認方法がありますか。
法は実名の通報を前提としているため、通常は、確認の必要が生じません。しかし、例えば、なりすましのように通報者が労働者本人であるかについて疑義が生じた場合には、社員名簿での確認や取引先に確認する方法、社員証の写しを添付させる等の方法が考えられます。

Q24 通報者が是正済みであることを知りながら通報する場合や、プライバシー等の理由で明らかにしていない内容を通知するよう執拗に迫る場合など、通報制度を濫用する労働者について、どのように対処すればよいのでしょうか。
通報制度を濫用して、専ら不正の利益を得る目的や他人に損害を加えるような目的を持った通報は、「不正の目的の通報」であり、公益通報とは認められません。従って、そのような通報者に対しては、就業規則に従って懲戒処分を行うなどの対応が考えられます。

また、目的が不明確な場合、事業者の通報処理としては、是正済みである旨やプライバシー等の理由で明らかにできない旨を説明すれば足りると考えられます。

Q25 通知制度を悪用して、通報内容と無関係な企業秘密や個人情報等を不当に収集しようとする者に対しては、どのように対処すればよいのでしょうか。
通知制度を悪用して、専ら不正の利益を図る目的や他人に損害を加えるような目的を持った通報は、「不正の目的の通報」であり、公益通報には該当しません。そのような通報者に対しては、就業規則に従って懲戒処分を行うなどの対応が考えられます。
------

このように,悪意通報は処罰してもよし,という内容になっています。
特にQ23は"法は実名の通報を前提としている"と単刀直入であり痛烈ですね。

このように,消費者庁のガイドラインにあるにも関わらず,濱田がオリンパスにさらに厳正な処置を求めたとしても,裁判所は消費者庁のガイドラインを確認し,なんら問題がないと言うしかないと思います。

濱田がそれに対して問題を訴えるのであれば,司法というよりも,政治の範疇の問題になると思います。
公益通報者保護法を,実名の通報だけでなく匿名の通報にも対処できるように持って行くために,世論を喚起する必要があるでしょう。

そういう戦略的なところで濱田はミスしていると思います。
自分の裁判にもかかわらず戦略がキチンと立てられないあたりも,私が濱田は部長職には向いていないと思う理由でもあります。

もちろん,濱田がコンプライアンス通報したことにより不利益な扱いを受けたのは,最高裁も認めた紛れもない事実です。

ですが,会社を動かすのは誰からも人望を集められる人間ですし,そうなれなかったことを濱田は謙虚に受け止め,裁判の仲間たちとともに,新たな職に就かれるほうが絶対いいと思います。
日本中からの注目を集めているということは,独り立ちできるチャンスなんですし。

ちなみに,私は"会社を動かすのは誰からも人望を集められる人間ですし,そうなれなかったことを謙虚に受け止め"ることをしています。
だからこそ,日立製作所は早々と諦め,日立製作所を潰してしまう方向に活動しているのです。

Google+高橋栄樹さんへのコメント

高橋さんはじめまして。AKBの1ファンの大西と申します。
いまはとある事情で昨年6月よりドイツに亡命申請中です。
このため,今年のAKBの映画は観られておりません。

で,昨年の映画を観て,コレは全然ダメと思いまして,そのとき記載して秋元康に送りつけた文章があります。
読まれていなければ,一度読んでいただきたいです。

https://docs.google.com/document/d/1V56E5SmY9ZoHWIL8cR0qu_f3xZ7tzS1tJD8Mh_GaaOk/edit?usp=sharing

その内容を思い返して改めて,高橋監督はPVの監督だからか,山場ばかりを作られてそれが2時間もあったように思います。

それはまるで,鯛,まぐろ,はまち,鮭,海老,松阪牛,エスカルゴ,北京ダック・・・etc,の上モノがすべて手に入ったからといって,どれもちゃんと1人前のメインディッシュにして,デザートもスープもなにもつけずにメインディッシュばかりをテーブルにドーン!と溢れんばかりに出した,というようなシロモノと思います。

一人でテーブルに待っている人間がそれを見て,うわー,どれも美味しそう!と思うでしょうか?
それはもちろん食べる前は美味しそう!と思うかもですが,ちょっと食べたらすぐ飽きて,1時間後には胃もたれで気分が悪くなっていると思います。

高橋監督の映画はそんなシロモノになっているのです。
だから映画ファンが観ない。
映画ファンどころかAKBファンさえ観ない。

そうではなく,いくら上モノが入ったからといって,観客は一人なんですから,一人がキチンと美味しいと思える量を2時間内で出してくべきと思います。

フランス料理なんかそうですよね?
いくらメインディッシュがあるからといって,前菜もあればデザートもあります。パンも欠かせません。

料理の中でさえ,ストーリーが決まっているのです。
映画はストーリーで魅せるものですから,当然ストーリーを決めるべきと思います。

たとえば,2時間でストーリーのある映画は大ヒットしますが,オムニバス形式の映画って大ヒットした映画がありますでしょうか?
大ヒットなんてしないでしょう?

ワタシは,オムニバスは2時間の中にたくさんの短編の物語を入れているために,人々はどれかひとつのエピソードにちょっと感動するかもですが,2時間存分に楽しまないからだと思います。
2時間丸々その映画に入り込んで感動することがないので,何度も観に行きたいと思ったり,ヒトを連れて行きたいとまでは思えないと思うのです。

AKBの映画もオムニバス形式と言っていいと思います。いろんなメンバーをたくさん出していて,さらにいろんな出来事を並列に出している。
だから,ストーリーがないし,誰も熱狂しない。

もちろん,ストーリー立てて考えれば,あるメンバー一人に密着するとか,群像劇にするとしてもたとえば14期研究生の成長物語にするとかになると思います。
それは他のメンバーのヲタには直接は訴求しないものとも思います。
AKBのほとんどのヲタからそっぽ向かれる危険性があります。

しかし,あるメンバーに焦点を当てることで,違うメンバーのファンも,AKBとはこういう組織であり,自分の推しは出ていないけれども同じようなことを考えているのだ,と一般化して考えられると思うのです。
そしてそういう作品であればこそ,まだAKBにそれほど興味を持っていないライトな人々,とりわけ映画ファンに対して,AKBとはこういうものなんだ,というのを紹介できると思うのです。

もちろん高橋さんも,メジャーな出来事をすべて表すことにより,AKBとはこういうものなんだ,というのを表したと思われていると思います。
秋元康に対して,自分は一通り説明しました,だから悪くない,と弁明するいう意味において。

しかし,高橋さんがいまの立場を忘れて,AKBを本当に知らない素人であると思えば,東京ドームであろうが紅白であろうがそんなのどうでもいい,そんな映像を見たところでなにも感動しない,と思い直すと思うのです。

たとえばAKBを離れてみましょう。
動物園にパンダが来るとして,パンダが来た日の動物園とか,はじめてパンダが人々に公開された日とかにスポットを当てられても,それは単なるセレモニーであって,見るほうは面白くないでしょう?
それよりも,どうやってそのパンダが産まれ,何日のうちにどういう外見の変化があり,どうやってひとつひとつのことを覚えていったか,自分で見つけたか母親に教えてもらったかどっちなのか・・・?といったことに,よほど興味があるでしょう?

ではどうしてそれがAKBになると描けなくなるのですか?

改めて言葉にしますと,本当に感動するのは,誰も知っている出来事とは違うかもですが,メインとなるメンバーがなにかの壁を実感し,あるときに悩み,落ち込み,どうしようもないと思ったそのとき,ファンやメンバーが言ってくれたなにげない一言にすごく救われたとかいうことだと思うのです。
そしてそこからなにかを掴み,できなかったことができるようになったとか。

密着取材していれば,メンバーの機微にも敏感になるはずですし,だからこそそういう場面を撮れるはずだと思います。
そういう場面をこそ見たいと思うのです。

次の映画は,そういう観点も取り入れていただきたいと思います。

ところで,亡命申請の詳細理由についてはブログに書いていますので,興味がありましたらご覧ください。
http://onicchan.cocolog-nifty.com/

亡命申請なんて極めてレアですし,ドイツへの亡命申請は日本人初だそうです。
いずれ小説や映画になると思っています。

大西秀宜

「DOCUMENTARY of AKB48 Show must go on 少女たちは傷つきながら、夢を見る」を観た感想 2012年01月30日05:21

うーん。。。岩田華怜のファンとしては,いっぱい出てくれて,主役級というかどう見ても主役なのでうれしいのです。 
が,それは置いといて,映画として,またAKB全体を考えて,こんな映画作りでええんかいなと思ったので,書かせていただきます。 

点数:0点。問題外。 

秋元康,あなたはAKBを作ったんでしょ?そのあなたがプロデュースするAKBの映画が,AKBに対する考えがブレててどうする? 
いくら震災があって,それを取り入れざるを得ないったって,こりゃ取り入れ方違うやろ!と声を大にして言いたい! 

次はちゃんとしたの作るんやぞ!とも言いたい。→ ならお前作れ,と言われたら?・・・映画は観る一方で作り方なんか知らんしなあ。とりあえず考えさせて。と言う。 

何がダメか。 

1.AKBのコンセプトを伝え切れてない。 

AKBのコンセプトって,明確に書いたものはないですが,私は, 
a.ファンを大切にする。 
b.メンバーを大切にする。 
だと思っているし,握手会で岩田華怜にそのように伝えたこともあります。 

それが,この映画では伝え切れてない。 
主要メンバー個々を撮ることを優先して,ファン,メンバーとの繋がりがおろそかになっている。 
特にファンとのつながりなんて描かれてない。 
震災復興で描いたつもりになってるけど,観客は”震災復興支援”というカテゴリで観てしまう。 
AKBがファンとの繋がりを大事にするという面では,逆に震災復興以外の通常のものも見せないといけないところ,通常のものがなかったので,薄くなってしまった。 

・・・そう,そもそも通常公演に臨むメンバーの気持ち,それに応じた成長というのが描かれてなかったので,AKBのコンセプトの理解には程遠いものとなってしまった。 

2.震災復興支援にフォーカスしすぎ。 

1.に繋がるのですが,震災復興にフォーカスしすぎて,通常のAKBがやっていることがまるきりぼやけてしまった。 
まず,AKBがやってることが土台にあるというのをじっくり見せた後で,その延長で震災復興支援に繋がりました,というのなら納得できる。 
震災復興支援だけをフォーカスすると,単なる客寄せパンダにしか見えないのです。 

それでは,いつまでたってもAKBが,アイドルヲタ以外の一般人に理解されない。 

3.主要メンバーや主要な出来事など,安直なものをフォーカスしすぎ。 

同様に,手近な人気取りのために,主要メンバーを安直に出しちゃっています。これは高橋監督がちゃんと考えてないぞ! 
主要メンバーでも,彼女らが本当に,AKBのコンセプトに合わせて,特にファンのために私達はいかにあるべきか,ということを追い求めていくならば,それなりに話は纏まったと思うのですが,むしろ高橋監督は誰もが知ってる重要な出来事,例えば総選挙とか,西武ドームコンサート,じゃんけん大会など,にフォーカスを当ててしまっている。 

こうすることで,一見ライトなヲタには訴求力があるでしょうが,映画として本当に大切な,”感動を得るプロセス”としては,断片的で監督さえよく分かってなく,浅いものとなったと思います。 


以上,1~3の指摘を元に,ではどうすればいいのか? 
私の考えを書きます。 


研究生の日常を描くべきだと思います。 
研究生それぞれが,日々の生活,公演の中で,ファンやメンバーの中で悩み,”ファンに伝える”方法を新たに開拓していくストーリーを,例えば13期だと16人分,ひとりひとりについて描けばいいと思います。 

だって,それこそがAKBでしょ? 

”ファンに伝える”って,歌でもダンスでもトークでもいい。モバメでも,Google+でもいい。 
何か一つでも,自分に合った手段を見つけて,そこから自分の生きる道を探していく。 
そういう物語にできないか。 

重要なことなのでもう一度書きます。 
だって,それこそがAKBでしょ? 

そこにいちばん力を入れている。秋元康もそこがいちばん大事だと言っている。 
ならなんでそこを掘り起こして描かずに,安直な震災復興なんかに逃げてるのか!! 
これは,声を大にして言いたいです。 

逆に言います。”ファンに伝える”方法を新たに開拓していくストーリー。 
それって,仮に被災地を描かずとも,それが被災地の小さな公民館の上映会でも上映されるとすれば,それは震災復興の糧となりますよね。 

被災地では,「幸福の黄色いハンカチ」が好んで上映された例も,テレビで見ています。 
なんでそういう,本当の意味で,心からの震災復興に協力しようとしないのか。 
みんなとりあえず1回は見るけど,2度と見ないような映像にしてしまうのか。 
私にはフシギでなりません。 

そして,もしそういう,本来の意味でのドキュメンタリーができたとすればどうなるか。 

今回の映画は,AKBのファンしか観ないと思います。しかし,本来の意味でのドキュメンタリーができたら,映画ファンが観る。 
映画ファンが評価すれば,一般人も観る。そして一般人がAKBの良さ,本当の意味に気づけば,ファンはもっと広がる。 
なんで秋元康はそれに気づかないのか。試さないのか。 

さらに,本来の意味でのドキュメンタリーであれば,海外でも売れる。 
AKBグループは秋元康が見出した,アイドルのフォーマット。・・・いや実は,人材育成のフォーマット。アイドルも,いやファンさえも育成される。 
そんなすごいものをストレートに描いたなら,アカデミー賞のドキュメンタリー部門とか,カンヌ映画祭,モスクワ映画祭,ヴェネチア映画祭,どこかには出品できるやないか。 
そしてそこで賞を取ったら,それこそ海外でもAKBグループ認知されて,映画もグループ自体も売れるやないか! 

秋元康はAKBグループを海外にも広げたいんやろ?それが秋元康の夢なんやろ? 
じゃ,なんで最短の方法を模索しない? 

秋元康に,そう問いたい。

憲法第九条の堅持と食料自給率の向上とはダブルスタンダードである

先ほどの投稿で,ドイツがさまざまな国から食料を輸入していることを書きましたが,それを書きながら,日本の食料自給率の考え方はおかしいのではないかと思い至り,改めて調べてみました。

そうすると,このような投稿がありました。

------
「食料自給率40%」は大嘘!どうする農水省 2010.07.30(Fri) 鶴岡 弘之
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/4098

 まず、日本の食料自給率は決して低くない。農水省は「40%」という自給率を取り上げて、先進国の中で最低水準だと喧伝している。だが、これはカロリーベースの数字であって、生産高ベースで見れば66%と他の国に見劣りしない。

 浅川氏によれば、実は40%というカロリーベースの数字自体も、できるだけ低く見せようとする農水省によって操作されたものだという。そもそもカロリーベースという指標を国策に使っているのは世界で日本だけらしい。

(略)

 そもそも食糧危機の原因は農業問題じゃない。今まで農業問題だったことはほとんどありません。ほとんどが購買力の低下とか物流の遮断が原因なんですよ。例えば、戦争が起きるとか、無政府状態に陥るとか。農業の話ではない。

── 中国やインドの人口増加が食糧危機を引き起こすとも言われていますが。

浅川 需要が増えれば、生産者は増産するんです。現在の需要に対して50年後に増産するわけじゃない。毎年、需要と価格を見て生産量を調整しているんです。

 小麦だけでも2007年から2009年にかけて世界で8000万トン増産されましたから。2007年に小麦粉の値段が上がったというシグナルだけで、農家は「俺も小麦をもっと作付しようかな」と考えた。それで8000万トン増えたんです。それが経済ですよ。
------

まずもって,将来の食糧危機に備えるために,自給率の向上が必要ということはあり得ないと思います。
それが本当であれば,地球規模の人口がどんどん増え続ける現在,日本の農家が減反に苦しむはずはありません。

私は世界中を旅してきました。
たとえばイースター島など,島の中で食料を生産することはほぼ不可能ですから,船や飛行機での輸入に頼っています。
チリ本土ですら3,000kmも離れています。
それでも高いお金を払うことで,じゅうぶんな食料を購入することができるのです。

日本は島国ですが,太平洋に面しており,他国に妨害されることなくさまざまな国と船や飛行機で貿易することができます。
その上で,GDPも高くその結果賃金も高いために,仮に食糧危機が起こったところで,他国に勝つ値段をつけることで,他国より優先的に食料を購入することが可能です。

それに,日本の人口はいま1億2千万人で,今後は減っていくと言われています。
人口が減れば減るだけ,そのぶん日本国内で必要となる食料は減るのです。
そんな状態で,日本に輸入される品目が他国に押されて減少し,金額も縮小されることはあり得ません。

しかし,この著者も "例えば、戦争が起きるとか、無政府状態に陥るとか" という問題があるとは書いています。
本当にそういう問題はあるのでしょうか。

たとえば九条の会の人はこういうことを言っているそうです。

------
九条の会:戦争放棄の堅持訴え…初の全国集会―「毎日新聞」
http://www.asyura2.com/0601/war81/msg/166.html

また、作家の小田実さんは「資源もなく、食糧自給率の低い日本は、自衛できない。国を守るためには、戦争のない世界をつくるという理想こそが現実的で、その土台にあるのが平和憲法だ」と呼びかけた。
------

小田実さんの論法は,私にはダブルスタンダードに聞こえます。

日本は戦争を放棄しているのですから,"資源もなく、食糧自給率の低い日本は、自衛できない" などということはあり得ないはずです。
自衛とは,戦争を受けて立つ前提の発言ですから。

それとも,九条信奉者がよく言うように,海外が戦争をしかけてきたら,日本はそれを一方的に受けるだけでいいと言っているのでしょうか?
そしてその先には,全世界民が戦争をしなければいいと思っているのでしょうか?

であれば,九条の理念で戦争を放棄する・・・,これはすなわち,"自衛さえも放棄する"ということであるべきと思います。

もちろん,なにもせずに放棄するのはいけません。
自衛をしない代わりに,戦争にならないように前もって,世界に先駆けてあらゆる方策を取る,日本をそういう国にしていくべきだと思うのです。

実は九条の会も,目指す理念はそうですよね?

ならばどうして,いまの日本は他国の紛争に知らん振りで,日本は九条があるから戦争をしなくていい,なんて言えるのでしょう?
他国が争っているのを無視して,日本は九条があるからあなた方の相手はできません!なんて,いじめの傍観者の論理そのものではないでしょうか?
いじめの傍観者の論理では,いじめの被害者から日本を見た場合に加害者と等しく,日本のいまの振る舞いは目指すべき平和とはほど遠いと,どうして思わないのでしょう?

私は,真に世界平和を考えたとき,国境などというものはそれほど重要ではないと思います。
どこで生産されたものであっても,地球の産物としては等しく価値のあるものだと思います。

にもかかわらず日本では,自給率が自給率がと言い,夏に取れるはずの作物をビニルハウスを使って冬に生産したり,あるいは秋に取った作物長期冷蔵保存していたりします。

ドイツを見てみると,夏であればイタリアやスペインをはじめとしたヨーロッパからの作物を売り,冬であれば南半球のものを売ることが多いようです。
そうやって旬のものを旬の時期に食べるように物流が作られているようです。

ドイツのように,輸入に頼れば輸送費にエネルギーをかけることになり,地球環境に対して悪影響があるようにも思えるでしょうが,日本は輸送費にエネルギーをかけない分,ビニルハウスや冷蔵にエネルギーをかけているのです。
そして,消費するエネルギーは,大半のおおもとが石油です。
このため,石油のコストが製造コストに直結している,少なくとも何割かは価格に反映されていると思っていいと思います。

その観点からドイツと日本の物価を比較してみましょう。
ドイツにいれば南半球の産物を非常に安価に仕入れられます。たとえば南アフリカ産すももが500g1.39ユーロなどです。

日本の品物は,どれくらいかいまの私にはちょっと出てきませんが,これと比較して倍以上の差があり非常に高価です。
このことから,日本の高品質の作物は,海外の作物と比較しても余分にエネルギーを使用しており,地球環境には優しくないと想定できるのです。

地球環境保護が世界の関心であり,憲法第九条を持つ日本は世界に先駆けて平和を実現しようという理念があるのですから,日本の人々は自給率というまやかしに捉われず,もっとも効率的な地球の生産システムを検討するべきであると思います。

蛇足ですが,自給率はまやかしとは思いますが,東日本大震災のような大災害のために,数か月分の食糧備蓄はもちろんしておくべきとは思います。
ですが,その食糧を国産でまかなう必要は全くないと思います。

国産はひとつのブランドではありますが,どの国も自国のモノには誇りを持って生産しています。
自分の国だから安心,ではなく,どこの国が作っていても安心,というふうになっていきたいし,そうなるべく私たちは努力すべきと思います。

« 2013年5月31日 | トップページ | 2013年6月2日 »

2017年10月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

最近の記事

最近のコメント

カテゴリー

最近のトラックバック