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2013年7月23日

2013年7月23日 (火)

順調にアクセスを伸ばし、4,000アクセスにも届く勢いです

16時以降7時間連続で200アクセスをキープし、3,700アクセスを越えました。3,900アクセスは行くでしょう。
強制送還で帰国した翌日、7/4に記録した4,000アクセスにも再度手が届くかも知れません。

今日面白いと思ったのは、4アクセスですが以下のサイトからのアクセスがあったことです。

http://2chleak.com/

どこにリンクがあるのかまではチェックし切れてませんが、少しずつ傷口が広がっているのを実感します。

あの日、君と Girlsを途中まで読んで

あの日、君と Girls

http://books.shueisha.co.jp/CGI/search/syousai_put.cgi?isbn_cd=978-4-08-746831-1

を途中まで読んで

途中まで読んで、というと、そういえば「終末のフール」も途中まで読んでほったらかしていたのを思い出した。

最後まで終わらないうちになにかを言いたくなってくるとは、その点では私も宮崎駿と似た人間なのかも、と思う。

「終末のフール」に関しては、もちろん全部読んだが最初の2話が個人的に特に生々しくて印象に残ったので、ほったらかしたままでもいいか、とも思う。
まあ伊達娘も自分なりに纏めてくれるだろうと期待するし。

で、今回は田野の課題図書で、女の子らしい作品を田野がどう読み、どう感想に纏めるかたいへん興味がある。

ほかの方の感想文を読んだらそれほど評価は高くなかったが、私は"モーガン"がいちばん心に残っている。
恐らく残り2話を読んでも、"モーガン"がいちばんインパクトがあると思う。

精神的な表現も肉体的な表現も他を圧倒して、人が人を好きになるというのはこういうことなのか?と疑問に思うに十分な内容と思うのである。
コレが本当に人を好きになるということかはひとまず置くにしても。

それにしても、私もオンナでないから、オンナについての描写はよくわからないものがある。

P144の2行目から
モーガンがぶんぶんと縄跳びを跳んだり、バンチボールを叩いたりするのを見ているうちに、クミコは生まれて初めておへその奥、斜め下あたりが熱くなってくるような感覚を覚えた。ああ、これが保健体育で習った愛なのかもしれないと彼女は思った。保健体育で先生が「それはほんとうの愛ではありませんが、体がそういうふうに感じてしまう愛です。中学生の、とくに男子はそうした愛を持て余すことから性犯罪に走りやすいので、それがほんとうの心の愛か、それとも体の感じている愛かを見極めることがたいせつです」と言っていた、あの愛。

コレはいったいなんのことだろうか?としばらく考えて、どうもオトコでいうところの"勃起"の描写ではないかと思った。

ちょうど面白い質問があったので掲載する。

------
デートに誘う女性の前で勃起?
http://okwave.jp/qa/q4559059.html

1年程度の顔見知りでお互いにいいな、と思っていた男性に対面でデートに誘われたそうです。彼女も好意を寄せいていた人で嬉しくて、約束自体は問題なく交わしたのですが、その男性のパンツの前が始終大きく膨らんでいた(!)っていうんです(笑)。
------

なんだか、コレと同じような症状がクミコに起こっていると思われる。

この質問の女性は、男性にはそういうことがあり得るというのが信じられないらしいが、男性が勃起をするのであるから、女性だってエッチな妄想をすることがあってもおかしくはないと思う。

と思って調べると、あったあった。

デート中に濡れてしまう・・・どう思われますか?
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1382134143


ポルノ小説じみてくるのでこれ以上は説明しないが、クミコの描写も、いわゆる"濡れる"ことを描いているのではないかと思う。


保健体育の先生がコレを、"心の愛か、それとも体の感じている愛か"などと言っているが、単なる生理的な、性的な欲求が出たものと思う。
私は、生理的な、性的な欲求は愛ではないように思う。

そういえば以前、女性の相談かなにかで、「彼女とエッチがしたいのか、それが本当の愛なのか分からない、オトコとはそういうもの」と言い切っている人もいたけれども、私は女性をエッチの道具と考えるような愛は愛ではないと思う。


そんなことを考えながら、文庫本の田野優花の顔を見てみる。
彼女などは、エッチの道具とは対極に位置する。

元気よくできているなと思うといつの間にか壁にぶちあたってくよくよしてしまうし、誰かに当たったりするし、番組出演中でさえ文句の言葉も出たりするし、女性をエッチの道具と考えている人間にとっては最も扱いづらいタイプの女性である。

けれども、一人の人間として見たとき、扱いづらい彼女が理路整然と体系づけられたときに見せるであろう底知れぬ力を想像して、非常に面白いのである。


昨日は"モーガン"を読んでから、上に書いたようなことをつらつらと考え、田野を思って悶々としていた。
昨晩1晩だけは私の心は田野に浮気していた。

・・・伊達娘ちゃんゴメン。ここに懺悔します。

冷麺を食べてきました。今日の行動

今日は趣向を変えて、冷麺を食べました。
やはりおカネがないと言っても、さまざまな料理に挑戦しないとね。

まず、朝10時ごろに龍山のスパ

ドラゴンヒルスパ
http://www.seoulnavi.com/beauty/209/

を出て、龍山から1号線で市庁まで行きました。
市庁から歩いて清渓川を渡ってすぐのところに郵便局があったので、そこで伊達娘へのファンレターを出しました。20g弱で540W。
日本円で50円くらいです。すごく安いです。

それから、

韓国観光公社
http://japanese.visitkorea.or.kr/jpn/index.kto

に行ったのですが、パソコンは2台しか置いておらず、使用可能なのは30分のみと聞いたので、"インターネットカフェ ソウル"とかで検索したりしたのですがさっぱり分かりません。

そこで観光公社の人に聞いたら、こちらのPCバンの地図を印刷してもらえました。

http://coupon.naver.com/entp/entpInfo.nhn?entprSeq=6038

そして、無事インターネット接続できました。
1時間1,500W、日本円で150円弱と格安です。

3時間以上いても請求されたのは4,600Wでした。

ところで、昨日15時ごろに荷物をソウル駅のメトロのコインロッカーに預けたので、24時間経過しないうちに一旦取りに行かねばなりません。
そこで地下鉄で行って確認してみたのですが、追加料金12,000Wが請求されました。

どうも、4,000Wを支払ったのは24時間料金ではなく、数時間ごとに4,000Wが加算されるようです。

こりゃたまらん、と思って荷物を一旦引き上げ、ソウル駅の観光案内所に行ってコインロッカーはないか?と聞きました。

すると、パン屋の裏っ側にある、と言うので行けば確かにありましたが、30くらいしかなく、大きな荷物用は10個もありませんでした。
しかし幸運にも1つ空いていたので、荷物をなんとか詰め込めました。

ここは3,000Wなのですが、1日の料金でしょうか?韓国語でしか書いてないのでよく分かりません。
明日チェックしてみます。

それから、他にもコインロッカーを開拓せねばならない、と思って駅のあちこちを歩いていました。
そのうちに、駅北側のロッテマート(スーパー)に、安い食料を見るついでに入っていろいろ見ました。
あまり日本より安い気はしません。
しかし、ビールは500mlで1,800W、ミネラルウォーターは最安のが300Wで、これは安いと思って買いました。

そして出掛けに、スーパー内にコインロッカーがあり、ここは1日か分かりませんが2000Wで貸し出しているのをチェックしました。
明日駅のが高かったりいっぱいになっていたら、ココに来ようと思いました。

その後は、ビールを飲みながら、明洞まで歩き、明洞で冷麺を食べました。

明洞咸興麺屋/ミョンドンハムフンミョンオッ
http://www.seoulnavi.com/food/43/

1杯8,000Wは結構高い気がします。
大盛りは2,000W追加でした。このため10,000W支払って大盛りを食べたのですが、まだ入ったので追加を頼んだら、追加は4,000Wでした。

まあ、特別美味しいと思うほどでもありませんでしたが、まずまずよかったと思います。

そしていま、再びPCバンに来て書いています。

ナツイチ メンバー一人ずつ講評 その24 正しい大阪人の作り方を読んで 矢倉楓子

ふぅちゃんは、チームMでまゆゆに似た感じの子だなあと思っていたら、チームA兼任になってまゆゆと競演の機会も出てきて、どんな感じになるのだろうかと思っている。

しかし、感想文という意味においては、コレはちょっとまずいなあ。
文章が短いし、上っ面の説明で、中身が面白いのかどうかがこれではなかなか分からない。
何人かに対して言っているが、発言が第三者的で、簡単な紹介文にはなっているが感想文とは言えないのである。

「正しい大阪人の作り方」とあるのだから、それが興味あるかどうかだけでなく、どうして著者はそのような本を書こうと思ったのか、それを読んで正真正銘の大阪人として自分はどう感じたかをもっといろいろ出して欲しかった。

また、NMBはAKBと違って地域色があるので、どういった地域色を出していけばAKBに勝てるのか?という点から書くことだってできるし、大阪の人の中には東京に対抗意識を燃やして、大阪こそが日本の中心である、と主張する人だっている。
東京人がいくら"マック"と言ったところで、執拗なまでに"マクド"と訂正したがる人もいるのである。

NMBもそれに倣い、AKBに下克上の挑戦状を突きつける方法だってあろう。
とにかくかき回したほうが勝ちなのである。

読書感想文はAKBに割り当てられた企画であるが、ふうちゃんはその中で数少ないNMBメンバーであり、日本全国に向かって大阪の存在感を示すという使命もあるのである。
自分の活躍がNMB全体の知名度のさらなる向上にも寄与するし、それはあらゆる場面で表現することができるのである。スクープ記者さながらに。

今日がAKBにおける初公演だそうであるが、"正しい大阪人の売り込み方"を、チームAという場で存分に見せて欲しい。


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正しい大阪人の作り方を読んで 矢倉楓子
http://kansoubun.shueisha.co.jp/yagura_fuuko/

 まず私がこの本に心をうばわれたのが、この本のタイトル名でした。
 私は産まれも育ちも大阪の正真正銘の大阪人です。
「正しい大阪人の作り方」このタイトルを見たとき、大阪人として必読するべきだと私は思いました。でも、大阪人の作り方?と誰もが不思議に思うでしょう。私も最初はこのタイトルに込められた意味が分かりませんでした。
 本を読んでいて思ったことがあります。やっぱり大阪の人っておもしろいなぁって。たしかにこういう事してるなぁとか、あぁよく言っちゃう!ってことがたくさんありました。自分の生活とか周りの人がよくしがちなことを思いうかべながら読むと、もう笑いが止まりませんでした。
 関西だけでなく、ほかの地域や地方と比較してるのが、またおもしろいポイントのひとつですね。
 この本を読んで、改めて大阪っていいなぁって思ったり、大阪人が大好きになりました。大阪ほこらしい!
 ぜひ声をあげて笑いながら読んでほしいです。

ナツイチ メンバー一人ずつ講評 その23 MOMENTを読んで 柏木由紀

ゆきりんは、優子に抱いた思いと同じで、AKBを代表するからと思ってか優等生的な文章になってしまい、いまいち面白さがないと思う。

もっとはっちゃけて、「死ぬ前に願いが一つ叶うとしたら。」・・・と言われたら、"一番好きな男の人と南の島で二人っきりで過ごしたい。まだそんな人はいないけれども。"
くらい書いて、さらにオトコを釣ってもよかったと思う。

まだ22歳だから、わざわざ「死」と向き合わなくてもいい。
けれども、なにが自分にとっていちばん大切かは、ちゃんと考えて欲しいと思うのである。
みんなの記憶に残る人、アイドルになりたいということだというのだって、まだまだいい子ぶっている。
ちなみに私であれば、叶えたい願いについては、岩田華怜とちゃんと結婚式を挙げたい!とでも言い、みんなの記憶に残る変わりに、岩田華怜の記憶に残りたいと言う。


・・・何度考えてもやはり、ゆきりんはまだ自分の人生に対してどこか他人行儀で、ちゃんと考えてないように思ってしまう。

私は好きな女性の名前をパッと答えたが、人間が生きる目的を冷静に考えると、それはやはり、子孫を残すことではないかと思う。

というのも、自分の先祖がどんな生活をしてきたか、おじいちゃんおばあちゃんくらいはある程度知っていても、それ以上はまったく知らない人間ばかりであり、どういうことをやった人かなんてまったく知らないのである。
けっきょく殆どの人間が、自分達が残せるのは子孫であり、DNAだけなのである。

だからこそ、自分が死んだ後の世界、1年後、5年後、10年後、・・・そして100年後、の世界を想像し、その時点でも自分はやはり地球を愛おしいと思えるためには、たとえ100年後であっても自分が生きた証が残っている必要があり、そのためには子孫を、DNAを残すしかないと思うのである。

みんなの記憶に残るのもいいけれども、やはり根源的な欲求として子孫を残したい。
人間としての根源的な欲求を、恥ずかしがることなく、それがさも当たり前としてキチンと堂々と言えるようになれば、ゆきりんも一人前のオトナになれると思う。


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MOMENTを読んで 柏木由紀
http://kansoubun.shueisha.co.jp/kashiwagi_yuki/

 「死ぬ前に願いが一つ叶うとしたら。」
 そんなテーマを冒頭でつきつけられました。この本を読み終わったとき、その答えが見つかるかもしれない。そう思いながら、私はこの作品を読みはじめました。
 病院でバイトをしている主人公が、余命わずかの患者からの願いを叶えたことが伝説、噂となって病院に広まっていった。そんな主人公と患者の、心温まる四つの出会いの短編集です。
 誰もが持っているであろう、汚い部分や妬み、苦しみ。そんな部分もまっすぐに描かれていました。思わず自分の胸に手を当ててしまうような、そんな気持ちになり、この作品を読んでいなければ、私が「死」と向き合うのはもう少し先のことだっただろう、と思いました。
 この作品を読み終わって、自分にとっての「生」と「死」、そして人生を終える時に叶えたい最後の願いは何か。もう一度、自分に問いかけてみました。
 私は作品の中の台詞のように、死ぬ瞬間にしかわからないのではないかと思います。
 それならば、今、接している家族を、仲間を、仕事を、時間を、大切にしたい。答えがわからないからこそ確実に感じられているものを大切にしていきたい、そう思いました。「もしも今年と同じような夏がきたら、そのときは私を思い出して。」この台詞に私は共感し、人生を終える時の願いは、まだわからないけど、今の私の願いはみんなの記憶に残る人、アイドルになりたいということだと、気付きました。
 死に向かって生きている人なんていない。日々を当たり前だと思わずに、そのときそのとき一瞬、「MOMENT」を、私は大切にしていきたいです。

ナツイチ メンバー一人ずつ講評 その22 となり町戦争 梅田彩佳

梅ちゃん、文章書くの結構苦手でしょ。
難しそうなことを書いていながら、ですます調とである調が混在していて、イマイチ言いたいことがわからなくなってしまっている。
自分でもイマイチ分からないままに、フラフラ書いていて、いつの間にか書けてしまった、しかもそのまま見直さなかった、この文章からはそんな感じを受けた。

たとえば、"干されても、そこで締め、奮闘することなく、しょうがないんだ、もう変えられないんだ、言われたことしかせず自分で動くことをしなければ、あの言葉がすごくむなしく感じました。"の、"あの言葉"ってなにを指すのか?
印象的に出されている、「私たちには条例どおりの手順を踏んで、業務を遂行するしか術はないんですよ」であろうとは考えられるけれども、梅ちゃんのここの文章ではこの本を読む以前からの自分の行動を想定しているようなので、そうすると時制がバラバラで、なにを見てそこからどう思ったという前後関係がゴチャゴチャな印象を受けるのである。

また、最後の文章もよく分からない。"言葉では締めないと強く生きて言える人になりたいなと" の "生きて"はどこに係るかがよく分からない。
言葉では締めないと強く言える人になって生きていきたいなとと言おうとしたのかなとも思うけれども、この文章では"生きて"という言葉がイマイチ生きていない。

次は内容である。
梅ちゃんは、「私たちには条例どおりの手順を踏んで、業務を遂行するしかないんですよ」という言葉をやたらネガティブな意味に使っているけれども、法律に決められたことを、めんどくさいなどの理由からキチンと実行してくれない人々に悩まされている私は、決められたことだけでもキチンと実行する人は偉いと思う。

だいたい人間、決めたことをなんとか個人的な理由をつけてやらないものなのである。
本当に決めたことをやり遂げられる人間ばかりであるならば、ダイエットだって全員が成功し、日本はスレンダー女子で埋まっている。

そういう基本的なコトはキチンとできたうえで、さらに決められた以上のことを前向きにどんどん考えて行く、そういうクリエイティブさを出していきたい、と主張しているとは思うのである。
恐らく著者はそういうメッセージまでをも本に込めたのだろう。込めたからこそ、「私たちには条例どおりの手順を踏んで、業務を遂行するしか術はないんですよ」という、ネガティブに思える言葉を、読者への問題提起として書けたのではないかと思うのであるが、もう一度そういうところに注意して読んで欲しい。

自分の意見を整理してヒトに伝えることができなくば、キャプテンとしてメンバーを纏めることなどできないはずである。
厳しい意見であるが、キャプテンとして成長するためにも、梅ちゃんにはもう一度自分の意見を整理して欲しいと思う。



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となり町戦争 梅田彩佳
http://kansoubun.shueisha.co.jp/umeda_ayaka/

 となり町戦争を読ませて頂きました。
この本を読んで色々な事を思って考えたけれど、一番考えさせられた言葉がありました。たった一言、何気ない言葉。
「私たちには条例どおりの手順を踏んで、業務を遂行するしか術はないんですよ」
 この言葉を読んで、悲しいながらそうだなと思うこともあるし、そんなのもったいないなと思う2つの感情が生まれました。
 AKBというグループにいる中で、ありがたい事にとても恵まれていて、たくさんの方が私たちに道標のレールをくれます。その道を歩くことで、道を踏み外すことはないと思う。ただそこに甘え、みんなと共に同じことをして、悪い意味で別にこれでいいんだ。干されても、そこで締め、奮闘することなく、しょうがないんだ、もう変えられないんだ、言われたことしかせず自分で動くことをしなければ、あの言葉がすごくむなしく感じました。
 人生はきっと自分の気持ちのもちようで、たとえこの言葉のような状態になったとしても、考え方次第で変わるものだと思います。道に乗っている中でも、そこに甘えずいい意味で、これでいいんだと思ってしまったとしても、ほかのできる事はないか、締めず何事にも奮闘し、しょうがないと思わず何か少しの可態性を信じて動いていくものだと思う。
 こう書いている自分を見て、そういいながらできないだろう自分。って思ったのは秘密ですが、ただ少し思考を変えるだけで自分の人生なんて180°変わるものだと思います。
 できるならこれからの人生、「私たちには条例どおりの手順を踏んで、業務を遂行するしかないんですよ」のような、締めるような事を心で思っていたとしても、言葉では締めないと強く生きて言える人になりたいなと、この本を読んで、強く思いました。

ナツイチ メンバー一人ずつ講評 その21 スクープ 北原里英

きたりえは、人気メンバーにもかかわらず、というとAKBに失礼かもしれないが、歌もダンスもパフォーマンスがよくできていて、なかなか見ていて気持ちのいいメンバーである。
この感想文も、文章としてよくまとまっていて、練られている。そこはいい。

であるが、自分が一歩引いて第三者的立場で書いていて、感想文というよりも紹介文になってしまった。そこがちょっと惜しい。
もう一歩突っ込んで、スクープを狙う主人公に自分が寄り添って、自分もスクープを取ることから何かを得た、というふうにしてほしかったと思う。

スクープを取るというのはすなわち、人と違うことをして、人の気づかなかったものに注目してそれを大々的に宣伝して目立つということであり、それは芸能人にも繋がる。

"スクープの魅力は、きっと主人公のキャラクターだ。すごく惹かれるのだ。この人は何を考えているんだろうと読みながら思う。・・・他の記者とは違う自己流のやり方で独占スクープを連発するのだ。一つ一つのスクープが、すべて手に汗にぎる展開の末の成果なので、本を読みながら何回も何回もドキドキできるのだ。"
ここの描写などまさに、自分達のパフォーマンスもまさにそのままのことが言えるのである。

そう気づくと、まるで三角形の相似を見つけたときのように驚かないか?

にもかかわらず、"何気ない日常に飽きてきたあなた。変わり映えのしない毎日にすこし、刺激が欲しいあなた。こんなスリリングな世界もあるのです。こんな近くに。体験してみませんか?"
と、どこか他人事のように紹介口調で終わっている、そこがどうしても気に入らない。

"きたりえの魅力は、きっとキャラクターだ。すごく惹かれるのだ。この人は何を考えているんだろうと読みながら思う。・・・他のメンバーとは違う自己流のやり方で魅力的なパフォーマンスを連発するのだ。一つ一つのパフォーマンスが、すべて手に汗にぎる展開の末の成果なので、きたりえを読みながら何回も何回もドキドキできるのだ。"

このように言ってもらえるようになったら、きたりえだってセンターになれる。

自分だけのパフォーマンスのスクープを、主人公のように次から次へと魅せて欲しい。


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スクープ 北原里英
http://kansoubun.shueisha.co.jp/kitahara_rie/

 人は誰も、ちょっと危険なものに惹かれたりする。非日常に興味があったりする。でもいざ、自分自身がその状況に置かれるのは嫌だったりする。勝手な生き物である。
 読書というのは本当に素晴らしいもので、自分は100%安全な場所にいながら、アブノーマルな世界を体験できたりする。日常に少し刺激が欲しい人にオススメなのが、この「スクープ」だ。
 スクープの中で起きる物事はなかなか自分とは関係のない場所で起きている。TVの向こうの話だったり警察が絡んできたり。でも実はまったく無関係だとは言い切れない。いつ自分にもこの本の中のような出来事がふりかかってくるかわからないのだ。わたしはドキドキして一気に読んでしまった。
 物語をすすめながら、わたしは主人公の顔を想像する。そしてドキドキする。スクープの魅力は、きっと主人公のキャラクターだ。すごく惹かれるのだ。この人は何を考えているんだろうと読みながら思う。この主人公は報道局の遊軍記者で、たくさんのスクープをすっぱ抜くやり手。他の記者とは違う自己流のやり方で独占スクープを連発するのだ。一つ一つのスクープが、すべて手に汗にぎる展開の末の成果なので、本を読みながら何回も何回もドキドキできるのだ。
 何気ない日常に飽きてきたあなた。変わり映えのしない毎日にすこし、刺激が欲しいあなた。こんなスリリングな世界もあるのです。こんな近くに。体験してみませんか?

韓国観光公社に着きました

しかし、ここでは30分しか使えないそうです。またブログ書き込みも目的外利用。

仕方ない、ほかのところを見つけるしかありません。

おはようございます。

これから、韓国観光公社に行ってみようかと思っています。
ココはパソコンを無料で使えるそうです。

パソコンの台数と、使っているヒトの多さを見て、マズそうならばネットカフェを見つけて移動します。

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