« 2013年8月9日 | トップページ | 2013年8月11日 »

2013年8月10日

2013年8月10日 (土)

ナツイチ メンバー一人ずつ講評 その50 「鳥が教えてくれた空」 岡田奈々

なぁちゃんも、ひとつのことに目を付けたところはいいのだが、それを纏めるにあたって、自分は考えもしなかった、著者はすごい、とありきたりの纏め方で、そこがつまらないのが残念だ。
三宮さんが失明して分からなかったことを、もっと自分に引き寄せて考えて欲しかった。

たとえば、恋は盲目、と言う。
"盲目になってしまうと、見えないことが出てきますが、この本を読み、盲目になり逆に見えたり感じたりできることもあると知りました。ところで、恋は盲目と言います。私はこれから恋をして、見えないところからなにかを見つけたいと思います。もちろんAKBは恋愛禁止と言われていますが、私一人が恋をして妄想することは自由です。私に妄想させてくれるような素敵なファンが現れますように。"
なんて書いたら、ヲタは発奮するのではないだろうか。

実際、盲目であれば、人との能力の違いはすぐに分かる。しかし、人間の多くは、目は見えているが認識していない。本当はこちらの方がよほど問題なのである。
そんなことがあるとはなぁちゃんは信じられないかも知れないが、たとえば政府が狂気に陥ったが、それが見えない人ばかりになった結果、戦争が起こったことは古今東西いくらでもある。
政府の狂気が分からないように、政府がマスコミなどとつるんで平和を装うこともまた、古今東西で頻繁に起こっている。

そして我々は、大勢の言うことを聞くことこそが民主主義と思い込んでいる。
政府やマスコミが平和を装う可能性まで考えることなく。

実は、人間には見えてないものがいっぱいあるのである。
2,000年前の人であるユリウス・カエサルはそれを痛感し、次のようなことを言っている。

「人間ならば誰にでも、現実のすべてが見えるわけではない。多くの人は、見た
いと欲する現実しか見ていない」

見たいと欲する現実しか見られない人間達の中で、眼の能力が人より劣っていることは、実のところそれほど大きな障がいではない。
むしろ五体満足だと思い込んで、見えているはずのものさえないがしろにしてしまうことこそが問題である。人間の恐ろしさはそこにある。

なぁちゃんは、AKBだから、他の高校生よりも不便に思うことがたくさんあるはずである。たとえば、学校の勉強だってなかなかできないだろう。
なぁちゃんは人のつまづかないところでつまづくのである。そういう意味で著者の盲目と同じであり、感性を研ぎ澄ませるきっかけだと思って欲しい。

ピンチはチャンス、なのである。


ーーーーー

「鳥が教えてくれた空」 岡田奈々
http://kansoubun.shueisha.co.jp/okada_nana/

 この作品の著者は、三宮麻由子さんです。たった4才で失明し光を失ったといいます。
 私は視力が良いです。
毎日を生活する上で目が見えなくなるなんて考えたこともありません。
それだけ私は目に見えるものに頼って生きてきたのです。そんな私がこの本を読んで、 驚いたことがいくつもありました。
 まず一つは、私達が毎日何気なく耳にしているスズメの鳴き声。私はスズメの鳴き声を聞いたとき「あ、スズメだ」「かわいいな」程度にしか思っていなくて正直そこまで興味がありませんでした。
そのスズメの鳴き声や鳴き方で…
今が何時ごろでどんな天気なのかどんな景色が広がっているのか、それがわかるというのは本当にすごいことだと思います。
 もう一つは、失明しているにもかかわらず普通に友達と『かくれんぼ』『だるまさんがころんだ』などの遊びをしてしまうことです。もし自分だったら「私は目が見えないから」と言って断ると思います。
 この本を読んでいちばん思ったことは、普通に生活していたらわからなかったことが 失明したからこそわかり自然を感じることができるんだということです。
この本を読んだことで鳥の鳴き声に初めて 興味を持つ事ができたし最近では、
家の中で鳥の鳴き声が聞こえると窓のそばに行って耳をすませるようになりました。
 三宮さんは失明をしてから、私には想像できないほど辛い思いをしてきたと思います。でもそれを乗り越え前向きに楽しく生きている三宮さんを心から尊敬します。

研究生パジャマドライブ公演を観てきました

今日は山谷夏祭りで、11時から手伝っていたのですが、大勢いるし中抜けして、14:00公演を観てきました。
AKBの公演を観るのはライフワークですから。

で、いちばん良かったのは、なっきーの歌の音程が、完全に合ったことです。
高くていい声を出していて、なぁちゃんにも引けを取らなくなりました。
なぁちゃんはちょっとアニメのような声をしているので、声質的にはなっきーの方が上と思いました。

それで私も改めて思ったのですが、なぁちゃんは、自分の声をどのように活かすか、ちょっと考えてもいいでしょうね。
気を悪くして欲しくないのですが、大山のぶ代だって天職を見つけたのですし、いまの声でイチバンと思わせる方法はあると思います。
てもでもの涙も、なぁちゃんの歌と言ってもいいくらいになっていますし。


それと、茂木も良かった。音程合っていました。ダンスも良くなったと思いました。

逆に、萌がまたブレーキかなあと思いました。
萌は指摘しないとすぐパフォーマンスが落ちてしまうところが気になります。
みぃちゃんとさっきーも、なんとなく持てるチカラをセーブしているように思えたので、もっと全力を出して欲しいです。
自分たちは2回公演でしょうが、お客さんにとっては貴重な1回なのだから。


公演を観ていて、中にはどうかというメンバーもいましたが、全体として研究生の勢いを感じました。

研究生だけのコンサートもやりましたし、AKBグループの研究生は勢いに乗っています。
ファンだって、頑張っている研究生を応援しようという意気込みのある人も多いでしょう。

その波を、流れを、いまどうしてドラフト制でぶった切るのでしょう?

ドラフトをあくまでAKB、SKE、NMB、HKTのグループ単位に留め、これまでのオーディションを合同かつ公開にすれば、同じ流れの中にドラフトを組み込めます。
どうして同じ流れではいけないのでしょう?

ドラフト制、制度を詰めるところで、再考してもらいたいと思います。

ナツイチ メンバー一人ずつ講評 その49 幸福論を読んで 小林茉里奈

なかなか論法の構築も良くて、ファンもこれを読んだらまずまず喜ぶとは思うのであるが、100点とは言えないなあ。90点。
最後の結論の段落がどうも、一般論過ぎて、頑張って考えたのかも知れないがテンプレート的に思えるところが減点である。

やはりアイドル論ばかりではなく、その先の自分の幸福をファンにも祝って欲しいし、ファンの幸福を自分も祝う、みたいなカンジでもう一歩進めたらさらに良かったと思う。

たとえば、
"私のファンになった人が、握手会やGoogle+で私と楽しく会話し交流をすることで、一般女性に対する恐怖心が減り、彼女ができたり結婚したりできるようになれば、私も幸せです。そういう方々のお手伝いがしたいと思います。"
とか、
"私はアナウンサーになりたいと思っています。それを前面に出すことで、人気も上がりましたが、それでも何度も何度も言うのは恥ずかしくて、最近は抑えてしまっています。しかし、この本から、お互いの喜びを分かち合い、心から相手の幸福を願える人を見つけることが、本当の幸福と思いました。そのためにも、アナウンサーの夢はもっと大勢のファンに向かって、しつこいくらいに言って行きたいと思います。"
とか、あと一歩自分の将来の幸福に繋げて欲しかったと思う。

そして、アイドルなのだから、ちゃっかり理想の男性像なんかも書いちゃってもいい。この本のままでいけば、
"私のアナウンサーの夢の実現をはじめとした幸福を心から願ってくれるファンで、また、私がそのファンの方の夢の実現を心から祈れるようなファンがもし現れれば、その方と人生を共にする選択肢もあるのかなあと思いました。"
などと、思わせぶりなことを書いてみたって良かったと思う。

まりんも若干毒舌キャラで行っているのであるから、そこを一歩飛び出て、思わせぶりな発言ができるようになれば、新たなファン獲得に繋がるかも知れない。
いい意味で思わせぶりな発言をすることは、ファンを騙すのではなく、お互いに幸福になれるのである。

言葉ひとつで人々を不幸にも幸福にもできる。特にアイドルはそういう立場なのである。
そこをキチンと理解し、実行に移して欲しい。


ーーーーー

幸福論を読んで 小林茉里奈
http://kansoubun.shueisha.co.jp/kobayashi_marina/

 私は今まで幸福について真剣に考えたことはありませんでした。しかし、今回幸福論を読んで、“幸福とは何なのか”“どうしたら幸福になれるのか”ということについて深く考えさせられました。
 今回、この本を読んで、心に響いた言葉が二つあります。それは、「幸福を人にあたえるためには、自分の心のうちに幸福をもっていなければならない」という言葉と、「わたしたちが自分を愛してくれる人たちのためになしうる最善のことは、やはり自分が幸福になることである」という言葉です。
 これらの言葉は、どちらも私たちアイドルという存在にも言えることであると思います。例えば、劇場公演やコンサートのとき。まず私たち自身が心から楽しみ、幸福を感じることができなければ、見てくださるファンのみなさんを楽しませ、幸福を与えることはできません。また、私には私の喜びや幸福を自分のことのように喜び、幸せだと言ってくださるファンの方々がいます。もちろん、私もファンのみなさんが幸福を感じてくださることが、アイドルとして一番の幸福です。
 このように、本当の幸福とは、自分自身だけではなく、周りの愛する大切な人々がいて、初めて実現するものなのだということに気がつきました。私たちは、自分の幸福だけを考えてしまいがちです。しかし、本当の幸福を手に入れるには、まず、お互いの喜びを分かち合い、心から相手の幸福を願える人を見つけるべきだと思います。私はこの本のおかげで、人として、そしてアイドルとして一番大切なことを改めて感じることができました。私は今アイドルとして活動できていることが、本当に幸せです。これからも、ファンのみなさんを、そして自分自身を、幸せにできるアイドルでいたいです。

AKBのドラフトについてさらに考えて、現実的ではないと思いました。

まずもって、コレを考えたのは、伊達娘が非常に素直に、運営に対しての疑問を、自分が研究生を見たり自分の経験から感じたことをベースに書いていたので、私ももう一度考え直してみたものです。

伊達娘が人の立場に立ってキチンと発言しているのを、心強いと思いました。
ファンレターその他で自分の意見を言うことの大切さを常々書いているのですが、私の思いがキチンと伝わっているようで、とてもうれしく思いました。

また、ゆかるんも疑問を出せていて良かった。
ゆかるんなど、運営への疑問を人前に書くようなメンバーではなかったので(伊達娘だってやっと書けるようになったのですが)、言うべきことを言えるようになり、進歩したと思います。

ルックスだけ見ると三歩下がって言いたいことも言わない印象があり、以前までは確かにルックス通りだったのですが、ルックスとのギャップが出て来たのは、飛躍の兆しかも知れません。

私も伊達娘には毎日ファンレター書いていますが、久しぶりにゆかるんにもファンレター書いてみようと思いました。

2人とも、こういう姿勢が、芯の通った女優としての成功、活躍に繋がっていくと思っています。
将来的に母親としても成功するでしょう。規範を指し示せる芯の通った母親というのはなかなかいませんから。

まだまだ言いたいことも言えないメンバーや、後輩にまでアタマが回らないメンバーの方が多いとも思うのですが、つい1年ほど前までは言えないメンバーばかりでした。
2人でもいるということは、あと1年で10人くらいに広がり、さらに1年で全メンバーに広がっている可能性もあります。

若手が主体となり、いい風潮を広げて行って欲しいと思います。


本題に戻って。
たとえば、関東在住の中学1年生の女の子と仮定しましょう。
これまでのオーディションであれば、AKBのオーディションならば配属もAKBと決まっていました。
中学1年生でも、秋葉原など関東圏ならば活動に参加しても大丈夫、と思えます。

しかし今後は、東京か名古屋か大阪か福岡か、どこになるのか分かりません。
もちろん、AKBへの合格を願ってドラフトを受けるでしょうが、仮にNMBに受かったとして、ほとんどの人は辞退すると思います。

もちろん、受かった当初は、さや姉やみるきーに会える!と思うでしょうが、家に帰ってジックリ考えると、東京から大阪に移り住まないといけないのは重荷になると思います。
中学1年生なので、1人だけで住むことはできないでしょう。
多くのAKBメンバーが行っているように、母親と移り住むことを考えるでしょう。

然るに、NMBで中学生の自分+母親の生活を満たせるだけの収入なんて夢のまた夢です。
AKBの秋元才加でさえ500万だか550万だかと言っているのですから。

NMBはいくら地元では有名とはいえ、AKBとは比べるべくもありません。
たくさんの支出を許容できるには、よほどお金持ちで、かつAKBとして関東での活躍の夢を一旦捨てる勇気のある子しか、最終的にハイとは言わないと思います。

結果として、ドラフトと言いつつ、地域を越えてまでのトレードまがいのことは、取る方も拒否されることを見越して、通常起こらないと思います。
けっきょく、SKEは中京圏、NMBは関西圏、HKTは九州圏、しか怖くて取れないと思います。
AKBだけは、人々の東京志向もありますので、多少は強気に出てもいいと思いますが。

AKBグループとしてはお姉さんの、高校3年生であれば、独り立ちの時期でもあり、またアイドルとしては遅咲きでもあり、地方グループであっても拾ってもらえるだけありがたいという心理も働くでしょうし、多少強気に指名できるでしょう。
しかし、高校3年生に何人逸材がいるでしょうか?

地域を越えた所属となり、移動費が問題となる場合に、奥の手として兼任という手もあります。
たとえば、東京在住のメンバーの交渉権をHKTが取った場合、AKBとHKTの兼任にすれば、移動費を運営が経費として出せるかも知れません。
しかしその場合は、ドラフトとこれまでの兼任の並立をどのように考えるのかも、合わせて検討すべきと思います。
現メンバーの中にも、志願に依り兼任させて欲しいというメンバーも出てくるでしょう。

・・・というか、現メンバーでもまだ人気下位のメンバーは、1グループだけでは仕事がなかったりするので、面接の上で本当に野心のあるメンバーには、これまで以上に兼任を認めて行くのもアリと思います。
そうやってピックアップした兼任可能メンバーの兼任先を、どのグループに決めるかについてドラフトを行う、なんてのは十分にあり得ると思います。


ドラフトの話に戻って。
また、受け入れた後も問題です。

いまのところ、研究生ではあるがチーム配属、と言われています。
しかし、他の研究生と差をつけると、それはひとつのゲームの中に2つのルールを作ることと同じになり、メンバーにとってもファンにとっても釈然としないものになってしまいます。

以前にスーパー研究生の光宗がいました。運営は光宗を研究生時代から、正規同様に扱って来ました。
しかし露骨に研究生と差も付けられず、昇格は結構遅れました。(それでも初公演から5ヶ月は十分スピード昇格でしたが)。それでも光宗はゴリ推しの重圧に苦しんで辞めてしまいました。
やはり、人気と実力を見合ったモノにしないと、メンバーにも負担がかかることを、思い知らされました。

さらにその前には1軍2軍という案もありましたが、これも立ち消えになりました。
いずれも、メンバーを特別扱いしたい運営が、特別扱いした場合に起こるハレーションの大きさを考えて、辞めてしまったものと思っています。

今回もし新人に対して2つのルールを作るとなると、それ以上に釈然としないルール改定になりますので、ハレーションも極めて大きく、到底上手くいくとは思えません。

だいたい、既にAKBは人気絶頂ですので、日本じゅうで我こそはと思う女の子が既にオーディションを受けているはずです。
その選りすぐりの精鋭を研究生として迎え入れ、訓練したところで、スターはなかなか生まれないことを、運営もファンも経験として知っています。

にもかかわらず、オーディションをドラフト制に変えたところで、突然スターがわんさか出てくると、運営の連中が本気で思っているとしたら、そのおめでたい考えはどうにかしてもらいたいものです。


以上を踏まえると、大々的に報じられたドラフト制の案は、これまでクローズだったオーディションをオープンにして、番組にしてファンにもオーディションの段階から見てもらうという感じに落ち着くと思います。

最初から知らない子がドラフトなりなんなりで入って来ると言っても、ファンはその良し悪しを評価できません。候補者の個人情報の問題だってありますし。
だから、候補者を知るためには、候補者に了解を得て、オーディション番組(及びそれに付随したサイト等)を作るところにしか落ち着きようがないと思うのです。
私は見たことないのですが、ASAYANの再来になるのでしょうか。


また、ドラフト制を本気で取り入れ、面白いものとしたいのであれば、既にメンバーの知名度もあり、ある程度家庭状況や将来の希望なども知らている、既存グループ正規メンバーのほうが、可能性があるように思います。

しかしその場合、やはりAKBメンバーがNMBに行ったりすると、どうしても"都落ち"というイメージが否めません。

ドラフトを行うのであれば、AKBと他グループにあるさまざまな格差を縮めないといけない、縮めるのが先と思います。

たとえばプロ野球でも、いくらDeNAが人気ないとはいえ、巨人と同じ試合数で、頑張れば優勝したり日本一になったりする可能性も十分あるのです。
AKBグループがドラフトを行うのであれば、他グループもAKBと同じだけCDを出し、同じだけ公演やコンサートがあるべきと思います。

少なくとも、差がある現状を変えられる道筋を運営は示すべきと思います。
秋元康でなくてもいいから、どのチームも早急にAKBのお下がりではないオリジナルの公演曲を用意するとか。
まかり間違っても、運営のしがない担当者が、「お前たちが頑張ればAKBを越えられるんだ!」などとタテマエを言うだけで、運営はなにも行動しないのはやめて欲しいと思います。

やはり、(最後はメンバーの頑張りも必要とはいえ)他グループがAKBに勝てる筋道は運営も一緒になって作るべきと思います。


本気でドラフトを行うのであれば、目玉選手である優子やまゆゆ、ゆきりんなどが率先しての、大型移籍も検討課題でしょうね。
AKBのチームAが、まるごと全員HKTに移籍してしまうとか。

それくらいやって初めて、他グループとAKBの差がなくなるのですから。
運営はそれくらいの覚悟はあるのでしょうか。


・・・いや、それでもまだスジが良くないです。

プロ野球のドラフトとは、どの球団も140試合(だっけ)あることが保証されて初めて面白味があるのです。

AKBのドラフトは、試合の日程が整備されたプロ野球とは違って、AKB以外の各チームの試合数が圧倒的に少なくて、入ってから活躍の場に困る状態で行われます。
最初からチーム毎の条件があり、ドラフトになり得ないにも関わらず、AKBグループの人気アップの妙案が見つからないから、とにかく思いついたことを行き当たりばったりでやってみる、というふうに取れます。

もちろん、ドラフトも試行錯誤してみるべきひとつの案ではあるのですが、ドラフトを実行する前に、とりわけ地方メンバーやAKBでも下位メンバーの活躍の場を増やす工夫をもっともっとすべきと思います。
恐らくドラフトは、そこで苦労することなく安直に人気を得る方法として言い出したのだと思うのですが、結局はいまのメンバーの活躍の場を、運営が強力に営業活動を行って広げていくという、地道で泥臭い方法から逃れることはできないと思います。

いまはメディアには20位以内くらいの選抜メンバーばかりが出ている感じですが、それ以下の下位のメンバーでも、研究生でも、仕事がたくさん入って休む暇がない、というくらいに仕事を取って来る方が先ではないでしょうか。

そのためには、これだけの人数の仕事を秋元康だけに頼るのではないようにすべきです。秋元康に近い人間が、この部分は自分でもできる!と考えて自主的に権限をもぎ取るくらいあるべきと思います。

そしてそれは、体制とか権限を変えるという小手先の改革では無理です。
体制とか権限なんてのは、けっきょくのところ、「自分にはその権限はない」と、創造的な仕事を拒否する人間の方便でしかありません。素人に対して名刺を見せて威張れるというメリットもありますが・・・

ワタシの思う体制改革は、AKBにいまいる戸賀崎なり湯浅なりが、自分を秋元康と比較し、自分が如何に秋元康の発言を漫然と受け取り、秋元康の仕事をアグレッシブに盗んで来なかったか、ひいてはAKBに対して如何に自分の意思で行動して来なかったかを反省するところから始まると思います。


・・・東京ドームで、自分の責任をキチンと認識してもらうために、戸賀崎を吊るし上げるとかどうでしょう?
秋元康も、1年経って公演曲がカゲも形もないことの反省をして、今後のスピードアップの方策を説明すべきでしょうね。

倉持明日香さんへ

もっちぃがココ読んどるとは思わんけど、メンバー教えたってよ。
てか、Google+に書ければ書くけど。

今日の朝日新聞の高校野球のコラム読んだ。
いま、スポーツキャスターになりたいって?

夢を持つのはええけど、きっとスポーツキャスターって日本じゅうで5人くらいしか現役おらんのとちゃうか?

ということは、いくら待っとったってアカン。攻めな。
それに23歳というのはワタシから見たら若いけれども、スポーツキャスターとしては若くはない。
今すぐにでも心当たりに次期スポーツキャスターにしてもらえる確約を取って、それでも前任者が辞めるまで待たなアカンのとちゃう?

幸い、もっちぃはAKBというだけでなく、お父さんのおかげで野球関係者にも名前が知られとるし、何回も始球式させてもろうとるから、真面目に話したら無碍には断らんと思う。

それでも、最後に手を差し伸べてくれるのは1社あったら御の字やろ。

それと、同じ会社、同じ番組でも、担当者が機械的に断ったりするけど、もっと上の責任者に上手に言うたらすんなり決まることだってある。
その会社、その番組から一回断られたからって、まだ攻めてないヒトがおったら、諦めたらアカンねん。
一回断られても、何回も言うたら、そこまで言うてくれる情熱があるなら採用しようか、と思うてくれるヒトだっておるかも知れん。

とにかく、誰か言ってくれるまで、なんて待っとったらアカン。
夢をクチにしたんやから、いまできることを全部やれ。
人事を尽くして、それから天命を待て。
なんもせんうちから天命を待ったらアカン。

松下幸之助について疑問に思うこと

決断力 日本工業新聞社・編 という本を読んで、どうしても疑問を持った。

松下幸之助は、経済だけではどうしようもない、日本を良くするためには政治を良くしないといけないと思い、松下政経塾を作った。
しかしそれでも不十分と思い、自分の政党を作ろうと画策していた。
しかし、松下政経塾創立から10年経っても実現できず、幸之助は志半ばで亡くなってしまった。

それは、政治の世界がさまざまな問題を孕んでいるということとも思う。
それでもしかし、である。
松下幸之助くらいの人間であれば、おおかたの行く末である戦略を決めるのはそうそう難しくはなかったであろう。

ということは、確たる戦略をキチンと実行するための、戦術を当てはめるパズルが上手くいかなかったのだろう。
だからこそ、政治に打って出るという自分の晩年の戦略はブレることなく、それに腐心できたのである。

とすると、松下政経塾では、その戦術までは教えられずとも、幸之助の考える戦略はいくらかでも教えたはずである。
そして、松下政経塾を出た塾生が大勢いる民主党が政権を取ったとき、松下幸之助の遺志を政治に反映する絶好の機会であった。

しかし、実態はどうか?
民主党は、なにもできないことを露呈しただけであった。

幸之助の戦略がめちゃくちゃだったのか?
幸之助に政治のセンスがなかったのか?
幸之助の戦略はもう時代遅れだと塾生達が思ったのか?
幸之助の戦略を実現するだけのモチベーションが塾生達になかったのか?
幸之助の戦略以上に日本の官僚機構は強固だったのか?

幸之助はもう亡くなっているので聞けないが、いずれ松下政経塾の方に、どうしてこれだけ塾生が政界に進出していながら、塾生主導の政治ができないのか、少なくとも塾生が政治改革の原動力になれないのかの見解を聞いてみたい。

« 2013年8月9日 | トップページ | 2013年8月11日 »

2017年3月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  

最近のコメント

カテゴリー

最近のトラックバック