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2013年8月14日

2013年8月14日 (水)

お盆でアクセス数が減りました

アクセス推移

アクセス数合計: 22,273  (日平均: 3,182)
訪問者数合計: 3,081  (日平均: 440)

訪問者数 アクセス数
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2013年8月11日(日) 328 2,705
2013年8月12日(月) 371 2,748
2013年8月13日(火) 421 2,879


8/10(土) より、アクセス3,000,訪問者数500 を下回っています。
このブログが、業務として読まれていることの証左と思います。
業務外、個人的な閲覧が多ければ、むしろ休み中のいまこそ増えるはずと思うので。

逆に言えば、ココで踏ん張れば、お盆明けはさらなる飛躍が望めるということです。

ナツイチ メンバー一人ずつ講評 その59 「はるがいったら」を読んで 藤江れいな

れいにゃんは、Google+で "22時の嫁" という企画をやってアピールしているそうなのだが、私は若手をメインに応援していたこともあり、応援する機会を逸してしまっている。
私が応援しようがしまいが有名になれればいいのであるが、大勢気にかけた私だからこそ無視してしまったようで、なんとなく申し訳ない気がする。
私に悪気はなくとも、れいにゃんは気にしたかも知れないし。


さて、この感想文は、ウルッときたところがどこなのか、自分の経験、今後にどう活かすか等、私がいつも指摘するところがイマイチ分からないのは残念であるが、それでもれいにゃんの気持ちが出ていて、まずまず書けていると思う。75点くらいといったところか。

私に身近な問題が多く、自分はどうだろう?と思いながら読んだ。

ちょうど、私自身昔はひとつのことにこだわったら他のことが手に付かなくなる人間だったなあ(いまは違うけど)と思っていて、その延長上で、両親はおばあちゃんの通夜や葬式のとき、通夜や葬式をヒト任せにして、自分達は当日でさえも自営業の仕事をしていた、それくらいひとつのことに集中できてなかったなあ、自分と違うよなあと思い出した。
だからこそ、わんこのハルの死をきっかけにして集まれる家族ってどんなに温かいのだろうと思った。両親が離婚してはいても。

読者は、「いや、大西の両親こそ仕事人だ!」と思われるかも知れないが、私に言わせれば、返す必要のなかった底無しの借金を一生かけてひたすら返すなど全く無駄であり、単に仕事中毒なだけである。
麻薬中毒の人間が褒められないのと同様に、仕事中毒で、家族の不幸に遭ってさえ不幸を不幸として受け取れないなど褒められるわけがない。
そうやって、ヒトの喜怒哀楽に対して無感情になってしまった人間など、生きてもらう価値はない。
「お前はもう、死んでいる。」というやつである。
心臓も脳も生きてはいるが、ココロが死んでいるのである。
"脳死" になぞらえて、 "心死" という造語を作ってはどうだろうか。

いまふと思ったが、SF小説で、何十年後か、人類が増え過ぎた地球上で、ヒトを間引かざるを得なくなり、死の新たな概念 "心死" を導入することになった、という物語などどうであろうか?
(もちろん、 "心死" が医学的に人の死とされていいとは思えない。 "心死" は救うべきと思うので念のため。但し大西弘子の "心死" を私が治すかどうかは次元が違う問題であり、必要性を感じない。)

話を戻して。
そう考えると、愛がないにもかかわらず体裁のためだけに結婚生活を続けるのと、けじめとして離婚するのと、どちらの方が自分にとって相手にとって家族にとって幸せかは、一概には言えないことがよくわかる。
私が両親を見る限り、愛はないし、意見の交換はないし、富もないし、ないない尽くしなのである。
それでも両親は幸せと言い張るかも知れないが、少なくとも私自身は両親のおかげで幸せではない。

誰か一人に不幸を強要した中での幸せなど、真の幸せではないのである。
それは実は、弱いものいじめでしかない。というか弱いものいじめそのものである。

れいにゃんが、この本の家族は幸せと感じたのであるから、幸せになるための前向きな離婚だったのかも知れないと思う。

私も皆さんも、離婚など考えたくもないだろうが、考えてみよう。
無理して結婚生活を続けることは、壊れるべきうつわが壊れずに強制的にボンドでひっつけたようなものである。
すると、ボンドは剥がれずとも、思わぬところ、次に弱いところに亀裂をもたらす可能性がある。
それが弱者である、子供や老人に対する虐待となって現れるのである。

そうならないためには、壊れるべきものは適切なタイミングで適切な壊れ目から綺麗さっぱり壊した方が、将来のためにもいいのである。
東日本大震災だって、地殻が千年も踏ん張らずに、もっと早くに壊れるべきところで壊れていれば、あんなに甚大な被害をもたらさずに済んだとさえ言えるだろう。


纏めると、
・ひとりはみんなのために、みんなはひとりのために。
・ひとりでも窮屈に思っているヒトがいれば、大胆にスクラップ&ビルドしよう。
・いくら貧しくなろうとも、心だけは豊かに。虚栄心のために心を殺してしまうことのないように。
そう思う。


れいにゃんの感想文に戻って。
もうひとつ気になったのは、ネットで悪口書かれるというエピソードが、これまた私にとってホットな話題ということである。
園はれいにゃんから見れば完璧かも知れないが、ネットの誹謗中傷は堪えたとのことで、それだけネット上での誹謗中傷は一般人にとっては精神的に辛いということと思った。

私も誹謗中傷を散々書かれてはいるが、AKBの有名ヲタとして騒がれた当初こそ、日立製作所にバレたらマズいのではと怖く思った。
しかし、いまとなっては誹謗中傷を書いてくれることが、私への注目度を示すのであり、日立製作所は私を無碍には殺せないだろうと、誹謗中傷を読むと逆に安心感を覚えるくらいである。
それくらい、私に対する誹謗中傷は全く根拠がなく、論破できるという自信がある。
すなわち、私は私自身に絶対の自信を持っているのである。

れいにゃんは、自分に対してそこまで自信はあるだろうか?
芸能人として成功するために、一度自分の行動を振り返って、じっくり考えて欲しい。
その方法は、自分の理想と現実の行動を比較し、その矛盾点をひとつひとつ修正していくのである。
矛盾点が一切なくなったとき、絶対の自信が湧いてくるはずである。
れいにゃんも、挑戦してみて欲しい。


ーーーーー

「はるがいったら」を読んで 藤江れいな
http://kansoubun.shueisha.co.jp/fujie_reina/

 私の課題図書は飛鳥井千砂さんの「はるがいったら」と言う作品でした。
 両親が離婚して別々に暮らす完壁主義者の姉の園と病弱な弟の行、そして今は行が面倒を見ている寝たきりのわんこのハルのお話です。
 私の家にもマックスと言う名前の犬が居るので、ハルの姿を想像して、いつかマックスも介護が必要な寝たきりになってしまうのかなと少し切なくなりました。でもハルはきっと行や園の気持ちが分かっていたはずだし、簡単にペットを捨ててしまう人が居る今の世の中で最後まできちんと面倒を見てもらえて幸せだったんじゃないかと思いました。でもやっぱり、死はツライです。
 それと園に起きた事件。勝手に勘違いされてネットで悪口を書かれたり、嫌がらせをされたり。リアルに怖かったです。多分、犯人は知り合いだけど誰だか分からず、皆を疑ってしまう。他人が見たら園は完璧なんだけど、心の中には不安とか悩みとか沢山あるんだなって。でもそんな時、近くに居てくれる人が居る事の大切さも感じられた気がします。
 ハルの死をきっかけに、家族が集まるシーンは、ウルッとしました。ペットだって家族。だから、いつかその日が来る事を覚悟していても、いざその時が来るとなかなか受け入れられないかもしれないな。その存在は、家族を結びつけてくれてるし、なごませてくれてる無くてはならない物だから。このお話を読んで改めて感じました。読み終わった時、なんだか優しい気持ちになりました。

昨日の伊達娘とあん誰について

あん誰3回目で、いちばん楽しめたとはいえ、内容として飛躍的に違うわけではなかったのですが、やはり私にとって伊達娘が出ていたので強烈でした。

伊達娘は前回握手会で会ってから1年2ヶ月ほどで、体格的にもだいぶオトナになった感じがしました。
身長は変わってないらしいのですが。

色気が少しずつ出てきた気もします。いずりなにはお尻が大きいと頻りに言われていて、キレてたのが本気か冗談かの区別がつかなかったのですが、もしかしたら気にしているかもと思います。
お尻が大きいというのは、ボンキュッボンの理想的な体型に近づいているということであって、気にすることは全くないと思います。

色気というのは育ち盛りの中学生には分かりづらいかも知れませんが、たとえばなんかの果物でも・・・りんごでもいいでしょう、りんごの花が咲いてそれから小さな実がなって、どんどん大きくなって、もうじゅうぶん大きいので食べても美味しいだろう!と思ったら、農家の人から、それはまだ色ツヤが良くないからもう少し待て、なんて言われて、そこからさらに何日も待って、やっと取ってもいいと言われて、食べたらちょうど美味しい。
そんな感じだと思います。

伊達娘もまだ、オトナの女性には足りてません。頬にニキビがあったりします。

但し個人的には、たとえまだ酸っぱさが多くたっていいから、食べてみたいという気持ちの方がはるかに優っているのですが。


今日は刺激が強すぎたようで、睡眠薬を飲んだのに寝られません。
仕方ないからドイツの睡眠薬も追加しました。
さらに、オトコの秘策、これからマスターベーションしてきます。

エロ動画など観てマスターベーションするヤツは節操がないと思いますが、いやそれでもフーゾクで済ませるヤツよりはいいかと思いますが、私の場合は伊達娘とのエッチの妄想です。
中学生を想像してマスターベーションのほうが不謹慎なようですが、将来本気で結婚したいと思っているので構わないでしょう。
そんなコト言っていざという時に、伊達娘ではオチンチンが反応しなければ、そっちの方がいろんな意味で問題です。

(・・・と、書いていて、睡眠薬飲んで寝落ちしました。しかもボケていて、ドイツの睡眠薬は1錠なのですが、日本の睡眠薬とごっちゃにして2錠も飲んでしまったためか、朝まで残ってしまい、12時まで起きられずこんな時間の投稿になりました)


そうそう、ソムリエ岩田崎ネタのときに笑いが起きていて、私なんかいちばん笑ったのですが、べつに格好がブサイクから笑ったわけではないので、伊達娘は気にしないで欲しいです。

たとえば、イモトアヤコが、テレビでいきなりビキニ姿でオトコを挑発していたら、伊達娘だって笑うでしょう。
それが、どこか三枚目チックでヘラヘラしていたならば、どこかあたりまえで、笑ったとしてもすぐ笑いはおさまるでしょう。
ところが、イモトがあくまでセクシーで挑発する表情を通し、我々がイモトにセクシーを感じてしまえば、セクシーと感じてしまった分いつものキャラとのギャップが脳内で強調され、奥底の方から笑いが出てきて、なかなかおさまらないでしょう。
伊達娘のソムリエに起きた笑いは、明らかに後者の笑いでした。

それは、伊達娘が三枚目として既に認知されていることと、ソムリエの格好が堂々としてカッコ良く見えたことの証明でもあります。
あとは伊達娘が、いまの三枚目キャラで満足するか、異なったキャラへの変更を模索するか、でしょうね。

私は、伊達娘の三枚目キャラは面白いと思う反面、三枚目キャラ自体が人気に結びつかない原因かもとも思っているので、ビミョーなのですが。

ただ私は、伊達娘がどういう選択をしようが、これまで同様、どこまでも付いて行きます。


あと、伊達娘とアイコンタクトをたくさん取れて良かったですが、伊達娘のチームA相関図に何人か抜けていたのはショックでした。

伊達娘は番組をこなすためにそれどころではなかったのかもですが、同じチームAメンバーならば、全員出ているかちょっとくらい考えて欲しいです。
抜けがあったら、絶対裏で悲しむメンバーがいるから。

なかなか自分以外のことには考えが回らないのが、人間のサガではあると理解してはいるのですが、伊達娘には、伊達娘だからこそ、自分以外のことであってもその人の立場に立って考えられるようになって欲しいと思います。


他メンについても。
あーやは、自分でチームAでお姉さんキャラと言ってました。
お姉さんということは、なんでも手本になるということで、当然ダンスでも手本になれると思います。
お姉さんを自負するならば、ダンスパフォーマンスでも妹たちに負けないよう、お姉さんを貫いて欲しいと思います。

いずりなは、相変わらずハチャメチャトークが面白いです。
公演のMCでも、私はかなり早くから面白い面白いと言ってきたのですが、時間制約がある中で、推しを押しのけてまで喋ってしまういずりなをウザいと感じた他メンヲタも多いようで、なかなか人気が上がりませんでした。
その言いたい気持ちを、公演だけでなく、モバメやGoogle+を主体に広げれば?と私もアドバイスしたことがあります。
それが、あん誰でようやく花開き、好意的に受け取られているようで、嬉しいです。
今後もいずりなには思う存分暴走して欲しいし、あん誰以外でもいずりなの面白さが伝わればと思います。

個人的には、これだけ自分を出して来る彼女がいたら、毎日毎日面白いと思います。
伊達娘もこれくらいガンガン好き勝手喋ってくれたらと思います。

ゆかるんは、"みこるん" がハマっていました。
てかコレ見て、どっかの神社でなんかの企画でAKBを巫女にしても面白いと思いました。
逆にハマり過ぎて面白くないかもですが。

考えようによれば、AKBのビジネスをはるか昔に遡ると、巫女をモデルのひとつにしているとも言えます。巫女が神社で並んで商品を売る代わりに、商品をCDに限定し握手している、特殊な巫女とも言えます。
昔のオトコの中には、好みの巫女の前に並び、商品そっちのけで口説いた者もいたのかもしれませんね。

ゆかるんは伊達メガネをやたら気に入っているようですが、フレームやグラスの反射が遮るためにアイコンタクトが難しいので、私はメガネはそれほど好きではありません。
そういう声も聞いて欲しいです。


そうそう、あん誰最後の集合写真で、竹中が、右手を左胸に当てて!って言ったので、私も同じようにしたつもりだったのですが、竹中から、「手はパーでなくてグー!」と怒られました。
それとともに、これまで美女達を映していた大画面に、空気が読めないブサヲタの姿のどアップが・・・・誰やコイツ、恥ずかしいなあ。


って思いっきりワタシやんwwwwww
最後の最後で目立ってしまいました。

右手をグーして左胸に当てるとは、なんかのアニメの格好なのでしょうか?

寮では毎日数回、鏡を見ながら洗顔等をするのですが、我ながらそれほどブサイクでもないよなあ・・・などと思ったりしていたのですが、自分だから相当査定が甘いんでしょうね。
大画面のワタシは100%キモオタにしか見えませんでした。

「国家は「有罪」をこうして創る」を読んで思ったこと

昨日途中1/3くらいまで読んで思うところを書いたが、その後全て読んだので改めて書く。

私の意見は全く変わらなかった。以下に仮定したストーリーを覆す事実は見つからなかった。

ーーーーー

植草さんが痴漢事件の真犯人である。そしてこれまでの犯行もすべて事実である。
このため、2006年の事件にしても、植草さんが犯行に及ぶのではないかと、警察は警戒し、私服刑事を仕込ませておいた。

そして当日、酒に酔った植草さんは京急の品川駅で、自宅とは違う方向の電車に乗った。私服刑事は犯行の可能性が高いとして注目した。
果たして、想定の通りに植草さんは痴漢を働いてしまった。
このため、私服刑事が取り押さえた。

しかし警察は、一般人であり、政府を厳しく追及していた植草さんをマークしていたなどと公衆に対して言えるわけがないので、証言者である私服刑事、取り押さえた私服刑事ともに一般人ということにして、その部分の口裏を事件後に合わせた。

植草さんは、警察が口裏を合わせたところの矛盾点を突いて、無実を主張してきた。
しかし、では誰が真犯人か、については答えを持ち合わせていない。
なにしろ自分が真犯人なのだから。

ーーーーー


そもそも、著者らの主張はまるでおかしい。

アメリカを主体とした陰謀、その実行には竹中平蔵や橋下徹がいるという見方、それは間違っているとも思えない。
アメリカが世界を統一しようとしているのは事実と思う。強大な国家は、その権力を増長させようとするものだから。
私もそういうアメリカの怖い面も考慮し、アメリカには亡命申請しなかった。

しかしアメリカの陰謀と、植草克秀の痴漢事件を結びつけるのは暴論である。
政治の陰謀は政治の陰謀、痴漢事件は痴漢事件でキチンと解決し、そこを橋渡しするものがもしあれば、項を改めて示すべきである。

著者らの言い分に依れば、政治の陰謀と植草克秀痴漢事件の間を確実に橋渡しするものがあるとして、両者を結びつけた。
しかし、結びつけた分だけ、痴漢事件の検証が弱くなってしまった。
いや、痴漢事件の検証が弱い、不利だからこそ、アメリカの陰謀と結びつけて煙に巻いたのか?

著者らは、検察側証人の証言が微妙に食い違うことを突いて、それが冤罪の決定的証拠であり、だから冤罪事件なのだ、という三段論法を用いているのだが、
証言が微妙に食い違う=冤罪の決定的証拠
とするところに論理の飛躍がある。

論理を飛躍させた先で政治の陰謀を声高に叫び、だからこそ痴漢事件は冤罪であると帰納させる手法は、著者らが危険視するファシズムのアジテーションとなんら変わらない。

なんのことはない、著者らと竹中・橋下らは、立場が違うだけで、やっていることは同じである。同じ穴の狢、というやつである。


著者らはこの冗長な本の中で、執拗に植草と被害者、目撃者の位置関係に注目し、目撃者の言い分に不可解な点があると疑問を呈している。
しかし私は、事実は正確にできるに越したことはないが、所詮記憶なので、思い違い、言い間違いなどいくらでもあるだろう、と考える。
むしろ、思い違い、言い間違いが一切ないほうが、口裏を合わせている可能性が高いとさえ言えるのではないだろうか。

思い違い、言い間違いの可能性も考慮し、その上で、植草とは違う真犯人が存在するか、或いは被害者自体がウソをついていると考えた方が状況を考えてより確からしい、というところまで持って行ってはじめて、冤罪の証明は完成すると思う。

然るに、著者らは、たとえば執拗に"右傾姿勢"と目撃者が主張するのはおかしいとの、些細な事象に捉われ、それを声高に叫んでいる。
しかし、人間はさまざまな姿勢が取れるので、右傾姿勢を取ったからといって、それがすぐ痴漢行為には結びつかないはずである。
私はむしろ、車内がそれほど混んでなかったことから、本当に周りに気づかれないように痴漢したければ、敢えて目立つ右傾姿勢などは取れないと思うのである。
つり革に妙な捕まり方をしたって、右傾姿勢になり得ると思う。
右傾姿勢だったかどうかは、重要なポイントではないと思う。

他にも、植草はメガネをかけていたが、目撃者はメガネを覚えていなかったと言った、それが植草無実の証拠であるとしている。
しかし、その根拠となる実験結果が、大学の先生が学生に実験して20人中19人が3日後にメガネを覚えていたからというものなのである。私は全く根拠に乏しいと思う。
むしろ、ひとつのことに集中したら、他の情報は盲点となり頭に入らないことがある、という人間の性質の方が重要である。
だいたい、20人中19人が覚えていたと言ったところで、目撃者が残りの1人と同じ思考回路である可能性だって5%あるのである。
その程度の不確かな情報を決定的証拠と喧伝するとは、著者らの神経はおかしい。


そして、この本でいちばん問題なのは、こともあろうか、被害女性は仕込まれたものだ、と断定して書いている。
では、どうして女性は仕込まれたのか、どのようにして仕込まれたのか、女性の正体は、などのさらなる考察があって然るべきであるが、一切考察していない。

それどころか、植草は、女性が「子供がいるのに」と叫ぶのを聞いた(P40)、と供述しているのに、その考察すら加えていない。

植草の証言が事実であれば、被害者が高校2年生というのと矛盾する(彼女がシングルマザーである可能性もゼロではないが)。
すると、被害者はどこかで入れ替わったのか?それとも、大人であるのに高校生と偽証したのであろうか?
そういう方向の検討もできる。いよいよ被害者が仕込まれたという核心に触れられる極めて重要な証言であるにも関わらず、そこでは一切の検討もしていない。

これらから、著者らは警察・検察の横暴を訴えているが、実のところ著者らのほうが被害者に対してよほど横暴を働いているのである。


そして、植草は逮捕された後、自殺を図った。
自殺を図った意図として、再び冤罪に問われることを考えたら、生きていられないと思った、とのことであるが、本当に前回の手鏡事件が冤罪であれば、電車など怖くて乗れないと思うのである。
怖くて乗れないとビクビクしていたところで、何かの事情で止むを得ず電車に乗らざるを得なくなり、仕方なく移動していたところ、果たして女性が自分を痴漢犯罪者に仕立て上げ、冤罪に問われる窮地に陥り、将来を悲観して自殺を図った、というのならばまだ分かる。

・・・いや、違う。そんなにビクビクしている人間が、酒に酔って電車に乗り、無防備な状態で目をつぶっているなんておかしすぎる。
しかも反対側の電車に乗ったなんてのは一大事のはずなのに、大して問題にしていない。

いま気づいたが、植草は反対側の"快速特急"に乗った。京急蒲田まで10分間停車しない。
しかし、植草はたまたま反対側の電車に乗ったのであるから、その電車が何分後に停車するかはわからないはずである。

にもかかわらず、P40の、
"自分が乗ってきたドアの方向に向かい眠ったような状態で立っていたところ"
というのは不自然ではないか?最初から、次の停車駅が10分後の京急蒲田と知っていたとしか思えない。

そう思えば、その前の、
"電車に乗り込む際には、逆方向に向かう電車であることに気付いたのですが、反対ホームに行くのは面倒だと思い、そのまま電車に乗ってしまいました。"
という供述もおかしい。

次の停車駅で、同じ側のホームで反対側に乗り換えられる保証などないのである。
京急蒲田も、普通の品川の次の停車駅である北品川も、どちらも反対側のホームに行かざるを得ず、"反対ホームに行くのは面倒だ" と思った動機がいまいち分からない。

たとえば、植草が乗る予定の路線が混んでいて、逆方向の電車に間違って乗ったが座れたので、そのまま寝ていた、というのならば分かる。
しかし、22:10という時間であれば、品川から京急蒲田方面の電車は混んでいて、立っていなければならないが、泉岳寺方面の電車はラッシュと逆方向であり、座れると思うのである。
わざわざ立たざるを得ない電車に乗って、"反対ホームに行くのは面倒だ" と思ったというのは極めておかしいと言わざるを得ない。

植草が最初から痴漢を働こうとして快速特急に乗ったとすれば、快速特急を待っただろうし、適当な女性を物色する時間も必要だったと思う。
だから、植草の改札の入場記録が欲しい。この本では一切触れられていない。
もし、植草が京急蒲田方面の列車を一本でも見送っていれば、アリバイがさらに崩れる。


しかし、この本はあくまで植草の無罪を主張するものであり、植草の不可解な点に十分な説明を加えてはいない。

しかし、植草が他の犯人と同じく、麻薬中毒ならぬ痴漢中毒であり、単なる常習犯と考えれば、ハナシのスジが通るのだ。
常習犯であれば、警察が植草をマークしていたってなんらおかしくはない。
常習犯であれば、警戒して普段と逆方向の電車を敢えて選び、犯行に及んだとしてなんらおかしくはない。
10分間あれば、好みの女性を物色して、じっくり行為に及べるだろう。
そういえば、痴漢で有名な路線は駅間距離の長い埼京線であるし。


もちろん、裁判には黙秘権もあり、植草は不利な情報は開示しなくてもいいはずである。
しかし、植草が日本の政治を動かしたい、何とかしたいと思うのであれば、法律で守られている以上に、情報を開示し、真実を問うべきであると思う。

もう裁判は終わっているが、真実の追求に時効はないのだから。

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