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2013年8月19日

2013年8月19日 (月)

なにこれ?2chのヤツが通報した?

まあ、なにが起こるか待ってみましょ。
これまでの経緯を考えると、ガセの可能性も高いし。

日立を公益通報→懲戒解雇された大西秀宜スレ4
http://anago.2ch.net/test/read.cgi/tubo/1375183558/l50


279 :最低人類0号:2013/08/19(月) 12:24:38.65 ID:q0NrvvOD0
盆休みが明けたら、また都の管轄部署に見解を尋ねてみるとするか。 
前回から2週間経ったが、その間、具体的にどのようなアクションをしたかを含めて。 

福祉保健局生活福祉部生活支援課 ○3-5320-4098 
特別区人事・厚生事務組合厚生部自立支援担当課 ○3-5210-9031 

280 :最低人類0号:2013/08/19(月) 15:18:03.75 ID:auBXmePS0
一応連絡したぞ。 
例のページ見て担当者が焦ってた。後は待つのみ。これで目が覚めるだろう。 

281 :最低人類0号:2013/08/19(月) 16:11:18.73 ID:T++62auQ0
>>280 
GJ !! 

このクソ豚には何らかの社会的制裁が必要だよな 

282 :最低人類0号:2013/08/19(月) 16:31:34.03 ID:auBXmePS0
本人の証言が正しいか処置されるようです。専門家でないのでわかりませんが。 
何もなければ72時間で拘束は解かれるとの事です。 
いつ強制的な執行があるかは言ってくれませんでした。 

【途中まで】ナツイチ メンバー一人ずつ講評 その68 注文の多い料理店を読んで 市川美織

また、時間がなくなったので、途中までのものをアップする。
田舎への送付も、警察への訴えも明日にする。
今日はなにもやっていなかったわけではなく、資料作成と印刷、コピーを行った。
これから寮に帰って、6部かたまりの資料をソートし封緘する。
もちろん、警察に説明するための画面コピーなども用意した。

ーーーーーー

フレモンちゃんは自分の思ったことを書いている。
どこか小学生のような文章になっているが、"紹介文" になってしまうよりも、拙くてもいいから自分の思ったことを書く方が10倍いい。

その上で、どうして拙くなってしまったかの理由として、掘り下げが足りないと思うのである。
先日、恋愛コンサルタントの横山とやらのメルマガを読んで感心したのであるが、恋愛が上手く行かないヤツは、

「音楽は好き?」「はい」
「料理とか作ってんの?」「忙しくない日は・・・」
「休日はなにしてるの?」「読書してます」
「プロ野球知ってる?」「よくわかりません」

のように尋問調になってしまい、一問一答のネタがなくなるとそれ以上会話が広がらず、女の子からしたら、私のことをなにも聞いてくれない、となってしまうそうである。

そりゃ、

「休日はなにしてるの?」「読書してます」
「読書って、どんな本を読んでるの?」「売れ筋の本です。『謎解きはディナーのあとで』は面白かったです」
「それは読んだことないなあ。本屋では見たことがあるから、今度読むね。」「ぜひ。」
「僕はもっぱら推理小説ばかりなんだ。」「え?『謎解きはディナーのあとで』も推理小説ですけど?」
「・・・たはっ!言っても年に5冊くらいしか読んでないから」「お仕事忙しいんですか?」

となったほうが面白い。
会話をよく聞いて、内容をさらに掘り下げたほうが、相手が自分に興味を持ってくれていると思えて、楽しいのである。
安心感を覚える、と言ってもいい。

みおりんだって、握手会の会話で、このようなことは心がけているはずだ。
であればそれを、感想文に応用すればいいのである。

私は最近発見したのであるが、人間は意外とこの"応用"が苦手なのである。
数学の応用問題が苦手だったヒトは多いと思うが、応用が苦手なのは、時が解決してくれるものではない。
応用は意識的にやらねば、応用力は身につかないのである。

とは言っても、みおりんの文章には、立て板に水のようにストーリーがあり、私の例に当てはめても、上ではなく下の、上手な例に近いと思えるだろう。
それだけ、みおりんのストーリー構成力は高いということである。
ストーリー構成という点では、この感想文は佐江と同じでAKBトップクラスと言えるだろう。

では、どこが足りていないのか?
私が例を示そう。

 前に私がこの本を読んだときはとても恐しい物語だと思いました。でも、今思えば二人の紳士は怪物に食べられてしまっても仕方ないと思いました。
 それは、二人が引きつれていた二匹の犬が死んでしまったとき「じつにぼくは、二千四百円の損害だ。」などと言って命の重さをお金に例えるなんてヒドイ人たちだなと思ったからです。
私であれば、犬が亡くなれば、まずは犬が天国に行けるようにとにかく祈ります。
少し時間が経てば、どうやって犬を埋めるかなど、もう少し具体的なことを考えるでしょう。しかし、犬のことを素直に祈る気持ちは変わりません。
この二人は、犬のことを話していながら、その犬が自分にどう利益を与えてくれるか、それしか考えていません。そこがヒドイと思いました。
しかし人間は、自分はそんな酷いことはしないと思いながらも、案外似たようなことをしてしまっていると思います。
たとえば私のお母さんは、「あなたのために」とか、「あなただけが私の生きがい」などと常日頃から言っていましたが、私が困難に直面したとき、

ーーー
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/company/1357576310/l50

971 :晴:2013/01/19(土) 01:36:29.63 ID:o42n21WB0
永く一緒にいれば情が移ってやがて好きになります。
お金がなくてもなんとかなります。
戻ってきてください。
ーーー

などと言いました。
「あなたのために」はどこへやら、私の訴えよりも、自分の幸せを優先したのです。
私のお母さんも、怪物に食べられてしまっても仕方ないと思います。


私の挙げた例と比べたら、みおりんの文章はまだまだ掘り下げが足りないと思っていただけると思う。


ーーーーーー

注文の多い料理店を読んで 市川美織
http://kansoubun.shueisha.co.jp/ichikawa_miori/

 私は小いさい頃にこのお話を読んだことがあります。そのときの感想は「二人ともかわいそう」「怪物は怖い」でした。
 こうして少し大人になって読んでみると、また違った世界を見ることが出来ました。
 この本一冊の中には十四編収録されています。その中で特に印象に残ったのは、「注文の多い料理店」でした。
 前に私がこの本を読んだときはとても恐しい物語だと思いました。でも、今思えば二人の紳士は怪物に食べられてしまっても仕方ないと思いました。
 それは、二人が疋つれていた二匹の犬が死んでしまったとき「じつにぼくは、二千四百円の損害だ。」などと言って命の重さをお金に例えるなんてヒドイ人たちだなと思ったからです。
 だからきっと神様は、二人の破滅への罠を怪物に仕組ませたのだと思います。
 しかし、作者は二人を助けました。それは、「二人はあんまり心を痛めたために、顔がまるでくしゃくしゃの紙屑のようになり」という文に表されていると思います。二人は食べられる前に気づき反省できたから助かったんだと思います。ただ作者は二人に一生の十字架を背負わすために、紙くずのようになった二人の顔だけはもうもとのとおりにはなおらないようにしたのかなと思いました。
 私は、普段当たり前のように好きなことをして、好きな物を食べて生活しています。でもそれは贅沢こと。贅沢が出来ているのは、周りに支えて下さる皆さんがいるからです。毎日の「当たり前」に感謝していきたいです。そうしないとこの二人の紳士のようになってしまいますからね。

田舎に送った手紙の文書

○○○○先生、○○○○様、○○○○様、○○○○様、○○○○様、○○○○

お久しぶりです。突然の手紙で失礼します。

一度○○先生にはお電話の上お手紙し、他の同級生にも今日同じ手紙を添付しましたので、読んでいただければ分かると思うのですが、私は現在ひどい状態になっています。

大西弘子には説明したのですが、一生で一度も自分で考えたことのない人間なので、いくら言っても聞きません。

それよりも、お見合いに差しさわりがあるからと、誰にも言わずに隠蔽するのです。

私は、自分の件が一人でも多くに知れることを願っています。

そのためには、無実の罪で、"ひでのぶがおかしい!”と皆から嘲笑されてもかまいません。

私は、私の件が一人でも多くに知れることを望んでいます。

送付資料

1.私の精神科診断書。大西弘子の言うような、病気ではないことが分かります。

2.私の現在の寮の入寮証。

3.7月に○○先生に送付した、ことの顛末を記載した手紙。(○○先生には今回送付せず)

4.大西弘子に関する思い出を書いたもの

以上、田舎に私に関するうわさを広げていただきますよう、なにとぞよろしくお願いします。

話に尾ひれがついたってかまいません。

2013年8月19日 秋葉原のインターネットカフェにて 大西秀宜

私の診断書を公開します

あまり気が乗らないのですが、私がおかしくないことを証明するためにも記載します。
精神科から2回も就労可能という判断が下っていることに注目です。

精神科診断書20120807.pdf
https://docs.google.com/file/d/0B1zRzD_3tvlRMldHYWhvQnd6YTQ/edit?usp=sharing

最初精神科に行ったときのもの。
"普通労働可"が"△"でした。

医師は特に他意はないように仰いましたが、当然あるはずの印もありません。

精神科診断書20120812.pdf
https://docs.google.com/file/d/0B1zRzD_3tvlRZDZhS1hzX1p1X2c/edit?usp=sharing

2度目に、施設の方とと共に精神科に"普通労働可"が"△"の意図を確認しに行ったときのもの。
"普通労働可"が"○"になりました。

しかし、"(気分障害)"は、私が誤診と主張する2012年の日立製作所産業医の診断があったことだけを取り上げ、
医師は頑として下げませんでした。

健康診断書20120731-1.pdf
https://docs.google.com/file/d/0B1zRzD_3tvlRQ2hCNzc0Y2Ewd1E/edit?usp=sharing

健康診断書20120731-2
https://docs.google.com/file/d/0B1zRzD_3tvlRc05iYnFnMmo4a0k/edit?usp=sharing

こちらは健康診断書です。
身長が153cmなどという根も葉もない嘘が書かれているために、159.9cmであることなどを証明します。
靴下を履いたまま測ったため、160.1になっています。

ナツイチ メンバー一人ずつ講評67 その 初恋温泉を読んで 森川彩香

あーやは、13期と公演に出ることで仲良くなり、お姉さんとして彼女らを引っ張る役割を見出し、ヤル気のスイッチが入ったな!と思っていたのであるが、チームA所属となって以来、実績のある先輩に埋もれてしまった感があり、無気力と思えるダンスをしていたりして、気を揉んでいるメンバーである。

たとえば、働きアリには働いているヤツと怠けているヤツが必ずいるらしい。割合は忘れたが、仮に7:3としよう。
ならば、怠けている3のアリを取り除いたら全部がちゃんと働くかといえば、働いていたアリのうちまた3割が働かなくなってしまうそうである。

あーやも、働きアリと思ったから、もっと働いている集団に入れてみたところ、働かない3割に堕してしまったようなところがあるように思う。
もちろん、AKBがそんなことでどうする!と、あーやを突き放す方法もあろうが、それ一辺倒ではなく、あーやを含めて3割のアリを集めてきて、その7割を働きアリに変えてみる努力だってAKB運営は必要と思う。

AKBの選抜メンバーは、本当に公演で働いているかはともかく、メディア露出という意味では確かに働きアリばかりであり、その結果若手は自動的に追いやられ、ヤル気が削がれて働く気力がなくなる仕組みになってしまっている。


さて、あーやは、アニメ好きを公言しているが、アニメ好きとはウラを返せば疑似恋愛好きであり、実は恋愛に興味津々と言っているに等しいと思う。
だからか、あーやは、題名が "初恋温泉" とストレートなものを選ばれたからという理由もあるが、

"でも、この小説には正直共感できませんでした。それは、まだ私が恋愛を経験していないからです。" 

などとネガティブなことを書いてしまいながらも、感想文全体としては、恋愛に夢見る乙女な印象をまずまず出せていると思う。

AKBは、恋愛禁止ということになってはいるが(いくら秋元康が否定しようが、アイドルはそういうものだ)、注意し過ぎるあまりに恋愛妄想までをも自制しているメンバーが多いように思う。
妄想くらいいっぱいやってもいいと思う。

あーやは、先頭を切ってアニメキャラとの妄想を語って、目立ってもいいと思う。
それがついついエスカレートし、本当に恋愛がしてみたくなり、恋愛に発展したらアウトになるのだが、AKBは大所帯だし、それくらいリスキーなことにイチかバチか挑戦したっていいように思う。
その恋愛がバレて解雇されても、その恋愛を継続できたらそのメンバーにとってはいいのであるし。それくらいの覚悟で臨める恋愛なんて、一生に1回あるかないかだろう。

ちなみにサイアクなのは、バレたら即座に解消してしまう恋愛。バレたくらいで解消するなら最初からするなと思う。
そういう意味では、バレてオトコを顧みずいきなり丸坊主にしたみぃちゃんは、恋愛に一途というよりも、AKBという名声やカネを取ったしたたかな女、みたいなイメージがどうしてもついてしまったので、今後オトコに遊ばれることはあっても、一途な恋愛は極めて難しいように思われる。
逆にさしこは、カネや名声抜きに純粋にオトコに翻弄された過去を晒し、それをバネに生きており、むしろ恋愛に一途という印象を人々に植え付けられたと思う。それが選抜総選挙1位に繋がったのではないか。

・・・とまあ、私がAKBを取り巻く恋愛状況について若干力説したのであるが、あーやも、この感想文で自分の恋愛観くらい言っちゃえば良かったのである。

"純情温泉は、高校生のカップルが親に内緒で初めて温泉にいく話です。二人がとても初々しくて話を読んでいる私がドキドキしてしまいました。"

なんてお澄ましして書いているが、高校生で温泉に行く行動は大胆過ぎる。旅館の人々に見られてしまったりして、ラブホテルよりもハードルが高いと思う。(旅館とは書いてないけど、さまざまな状況的に温泉旅館だろう。)
作中ではどこまで書いているか分からないが、温泉に行ってまで大浴場に男女別々で行って終わりとも思えず、勇気を出して家族風呂をリクエストして、お互いにカラダを洗い合って、その途中で興奮してきて、家族風呂の中で・・・(ry
というのが実態と思う。

だからといって"純情"でないわけではない。
そもそも"純情"ってあいまいな表現である。
"愛情"という言葉の説明で、若い頃は愛が勝るが、愛がだんだんなくなって"情"になってくる、と言われたりするのである。

ということは、"純情" とは、愛とは違った、相手を慈しむ気持ちなのだろうか?
そう仮定すれば、"純情" とは、老夫婦の片方が認知症になってしまったが、もう片方がこれまでの楽しかったことなどを思い浮かべながら、相手の愛が回復することが見込めないにも関わらず懸命に介護する、という感じのものではないだろうか?

そう思うと、"純情温泉" はほんとうに "純情温泉" だったのだろうか?
"純愛温泉" だったのではないか?と勝手に妄想してしまうのである。


あちこち妄想して引っかかって、だいぶ長文になったが、あーやもこれくらい逞しく妄想を繰り広げ、その一端でも見せて欲しかった。
というか今後機会を見つけて見せて欲しいと思う。

てかアニメについてならば、いくらエッチな妄想を書いても怒られようがないから、Google+でなんか企画始めればいいのに。

あーやは正直目立ってないので、このまま行けば確実に "干され" である。
自分の青春時代を、いや下手すればそのままズルズルと一生を "干され" で終わらせないためには、なんとかして目立たねばならない。
一念発起して欲しいと思う。


ーーーーーー

初恋温泉を読んで 森川彩香
http://kansoubun.shueisha.co.jp/morikawa_ayaka/

 私は、普段から小説を読みますが恋愛小説を、あまり読んだ事がありませんでした。それは、私自身恋愛を経験したことがないだけではなく、恋愛ということに興味がなかったからです。
 この小説は、五つの短編小説で出来ており温泉を訪れる5組のカップルの物語です。そのなかでも私が好きな話は白雪温泉と純情温泉という話です。
 白雪温泉は、主人公が耳の不自由な夫婦に出会う話です。この話で、「ドアが閉まった直後、目の前の雪景色から音が消えた。」と書いてあり、とても心に響きました。それは私も同じ体験をしたことがあったからです。主人公と私の気持ちが重なり、とても大好きな作品の一つになりました。
 純情温泉は、高校生のカップルが親に内緒で初めて温泉にいく話です。二人がとても初々しくて話を読んでいる私がドキドキしてしまいました。
 この二作の主人公は、私と年齢が近く考え方がどこが私と似ているところがあり、この話を読むと心が温かく幸せな気持ちになりました。他の三作は、離婚や不倫など大人な話でとても深い恋愛です。私にはどうして二人の思いが噛み合わないのだろうと、とても切なくなりました。
 どの話も温泉の情景が浮かんできて私も温泉にいきたくなりました。でも、この小説には正直共感できませんでした。それは、まだ私が恋愛を経験していないからです。
 でも、将来私に好きな人ができて結婚をしたらこの小説のようなことが日常に起きるかもしれません。その時にまたこの小説を読んで共感できるような恋愛だったらとても素敵だなと思います。

ナツイチ メンバー一人ずつ講評 その66 キスまでの距離を読んで 加藤玲奈

れなっちは、Google+を読んでいる限り、他のメンバーよりも文章が苦手だったので、内心どんな文章を書いて来るのか不安に思ったが、良くも悪くも人並みで、安心半分、ガッカリ半分といったところである。

ガッカリ半分な理由は、やはり他のメンバーと同様に、突っ込んだ説明が足りないのである。

たとえば、

"そして、主人公の行動や言葉が素直で、読んでいて私まで恥ずかしくなりました。"

この文章について、れなっちはそれを、"ピュアなラブストーリー" と言い切ってしまっている。
これはたとえば街中でたまたま、彼氏がフルチンで裸踊りしているのを目撃してしまったような、イヤな思いの恥ずかしさではなく、愛情表現があまりにストレートで、れなっちが実は私も言ってもらいたい!と願うようなことを言っているから恥ずかしいのだと推理する。

であればこそ、どういう行動や言葉が素直だから恥ずかしく思ったのか、を書いて欲しかった。

そうして、
"恥ずかしく思ったけれど、私もこんなこと言われてみたいです。"
と結べば良かったのである。

シャイで一般の女性とはなかなか会話する機会のないAKBヲタクは、そういうところからオンナゴコロというものを学んで行くのもいいと思う。

秋元康も本で、かいつまむと、恋愛は駆け引きなどではなく、客観的に点数を付けるようなものでもなく、さまざまなできごとを面倒臭いと思うようなものでもなく、ましてや別れるべきかどうか悩むようなものではなく、本気で"落ちて"しまうものだと書いている。

とすれば、AKBは疑似恋愛ではあるが、駆け引きで済ませるものでも、客観的に点数を付けるものでも、さまざまなできごとが面倒臭いものでも、別れるべきかどうか悩むものでもないものを提示して、ファンが疑似恋愛に"落ちて"しまうようなものを提示すればよい。

そうすると、ファンが疑似恋愛に"落ちて"しまうというのは、ゆきりんが握手の良対応でファンを掴んだ、みたいなのが好例であろうか。
選抜総選挙なんかは恋愛の作法に反するのであるが、それはAKBにも恋愛だけではない、いろんな面があるという、多面性として解釈しよう。


ここで、恋愛についてアレコレ考えてみたが、そもそも"ピュアなラブストーリー"ってなんであろうか。
カラダの関係になればピュアではないのか?ーいや、それでは子供が生まれたカップルは全員ピュアでなくなってしまう。
初恋だからピュアなのか?ーいや、初恋だからこそハメを外してしまうヤツらもいる。女子高生がトイレで出産、なんてのも聞くし。
不倫でなければピュアなのか?ーいや、独身者同士でも打算的な恋もあろう。
結婚を意識しなければピュアなのか?ーいや、ピュアだからこそ、もし彼と結婚したら、私の苗字は大西になって・・・と妄想することもあろう。

そう考えると、その恋愛がいちいちピュアかどうかなんて関係ないように思う。


私はれなっちの "ピュアなラブストーリー" という表現に対して意見してみた。
れなっちは私に反論してもいい。
そして、私の問いひとつひとつにしっかり反論するだけで、この感想文以上に立派な論文になると思う。


恋愛についてさらに掘り下げると、秋元康の本を読んでも、オトコもオンナも似たり寄ったりのヤツらばかりで、正直結婚相手なんて誰でも良くて、価値観やら顔の好みやらタイミングやらが合致したらなんとなく結婚できるものだ、という論調が多い。

"価値観やら顔の好みやらタイミングやらが合致したらなんとなく結婚できるものだ"
というのは必ずしも秋元康だけの意見ではなく、たとえばAKBのヲタクを見ていても、そのように考えているヤツばかりだと思う。

オンナは似たり寄ったりのヤツらだと思っているからこそ、価値観やら顔の好みやらタイミングやらという理由で気軽に"推し変"して、AKBのヲタクはいつまで経ってもひとりのメンバーに決められないのである。
ひとりのメンバーに決めたと思っても、2年もすれば推し変していたりする。

これでは、AKBのヲタク連中には、一生をこの人と!なんて結婚相手を決めることなどできない。
AKBだって本気で何十年と生き続けるグループになりたいのであれば、ヲタクが握手会などで財産を吸い取られ、結婚せず子供を作らないのは長期戦略的に問題と認識すべきと思う。
ジャニーズなんて親子でファンがいるのである。
AKBだって、ファンだった親が20年後に子供を連れて来れるようなことも、そうするための戦略も、少しずつ考えてみてもいいと思う。


いまのところAKBのヲタクには、私が伊達娘を見初めたように、伊達娘の夢の実現を一生応援したいというような・・・いわば価値観のいちばん深いところに共鳴したのであるが、そういう恋はまずないようだ。

そういう恋が主流になれば、女の子はもっと自分の夢を素直に語るようになると思う。

宮崎駿が「風立ちぬ」で、やたら夢ばかりを強調してズッコケた。
夢があったからといって、戦争に使われた飛行機の開発が正当化されるような宮崎駿の論調には全く賛成できない。
しかし、夢を強調するムーブメントの端緒を切ってくれたのではないかと思う。
AKBもそれに乗っかって、夢を持った女の子を応援するようなことをもっと大々的に宣伝すればいいと思う。
(尤も、「風立ちぬ」がある程度売れないと、ムーブメントになりようがないが・・・)

夢を持った女の子を大応援する方針が当たるかは分からないが、少なくとも公開ドラフトよりはスジがいいと思うのである。


れなっちも、もう少しモデルの夢を強調してみな。
それが、恥ずかしくなるような告白をしてもらうための最短距離と思うぞ。


ーーーーーー

キスまでの距離を読んで 加藤玲奈
http://kansoubun.shueisha.co.jp/kato_rena/

 わたしは、読んでみて、すごく面白いなと思いました。
 この作品は、とても、ピュアなラブストーリーになっています。
 わたしが1番印象に残ったのは、主人公の男の子が、いとこの女の子、しかも年上の子に恋をしてしまうことでした。
 しかも、そのいとこが主人公が通う高校の美術の新任教師として働いていること。
 わたしは、ふくざつな二人のやり取りが、すごく、印象に残りました。
 そもそも、いとこたちと同居することに、最初、おどろきました。同居するようになってから、主人公の気持ちに変化がでて、そこから始まるラブストーリーが、読んでいて、ドキドキだったり、ワクワクだったり…。
 読んでいくうちにいとこの秘密がわかってきて、私自信の気持ちも、最初を読んだ時の気持ちと、読み終わった時の気持ちがちがいました。
 そして、主人公の行動や言葉が素直で、読んでいて私まで恥ずかしくなりました。
 さらに、そのいとこは実は血はつながっていなかったり、恋のライバルが出てきたり。
 読んでいて、『ここからどうなるの?』とか、『え?そうたったの!』って思うところがいっぱいありました。
 ちょっと難しい所もあったりしたけれど、素直なラブストーリーになっていて、読んでみて、すごく面白かったし、読みやすいなと思いました。
 この本はほかのシリーズもあるらしいので、ぜひ、読んでみたいです。

ナツイチ メンバー一人ずつ講評 その65 永遠の出口を読んで 大島涼花

りょーちゃんは、まずまず感想が書けてはいるのであるが、まだ経験のない高校や大人の自分について空想してみなかったのが惜しい。

どこかでも書いたが、本というのは登場人物のちょっと変わった立場に自分を置き、人生をシミュレーションできる最良の題材であると思う。
そこで空想したことはどんどん発表して、自分の個性、価値観をファンの人々に知ってもらい、また芸の肥やしにすればいいと思うのである。

本に書いてあることについて、自分で判断を加えることなく、 "わからない" などとついつい逃げている人々は、その本でシミュレーションをしていない。

彼らは、その経験は本の上だけであり、実体験ではないからと言ってしまうかも知れない。
しかし、昔の人はそういう考えを戒める格言も用意している。

"賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ"

歴史に学ぶなんてなかなかないからイマイチピンと来ないだろうが、歴史とは伝聞であり、伝聞とは本でありテレビである。伝承もあるか。

歴史というと、あなたは大河ドラマを思いつくかも知れない。
アレは長期間に渡ってまるでドキュメンタリーのごとくリアルに映像化しており、小説みたいに抽象的ではない、"百聞は一見に如かず" だ、という反論もあるかも知れない。
しかし、あれこそほんの僅かな事実を広げに広げて、小説にしているものをベースとした創作なのである。

だから、もっと平易に言うならば、

"賢者は小説に学び、愚者は経験に学ぶ"

"賢者は書物に学び、愚者は経験に学ぶ"

と言ってもいいであろう。

そう説明すると、書物で読んだことを知識にできず、まだ経験してないからと弁解するのは、愚者の行いそのものと言える。

とはいえ、世の中には経験からさえ学べない人間で溢れている、というのもまた事実である。
だからこそ、経験からさえ学べない人間達の中で、書物で読んだことを知識にできるとすれば、それを10年も繰り返せば計り知れない差になる。

しかしあなたは、やはり自分で経験するのと、本でサラッと読むのでは違うだろう?と反論するかも知れない。
そう言い返されたら、では、自分で経験したことが本当に正しいってどうして分かる?と言い返したい。

たとえば恋愛に関して、女性が彼氏を見つけて、その彼氏がとんでもない暴力人間で、酷い目に遭って別れたとしよう。
あなたは、「オトコなんて、暴力でオンナをねじ伏せようとしているヤツばっかりなのよ」と言うのだろうか?

いやきっと、そのオトコがたまたまで、他のところに白馬の王子様がいるに違いないと思って、また別のオトコと付き合ってみるだろう。

ならば、今度のオトコは暴力は振るわなかったが極度のマザコンで、デートの手順もすべてお母さんにメールして確認していたりするのである。
あなたは、やっぱり辟易するけれども、白馬の王子様は他にいるはず、と思う。

・・・そうやって、日本全国のオトコ達に片っ端から付き合うか?

いや、オトコってどういうタイプがいるのかしら?と思って、あなたは何かの本を読み、なるほど、こういうタイプのもいるのね、と理解すると思うのである。

ではどうして、あなたは最初からその本を読まなかったか?
あなたは言うだろう。「まだオトコを経験してなかったから」と。


もちろん、りょーちゃんらは若すぎるから、本を読むよりも経験したいという欲求が高いのも分かる。
しかし、もっと大人になり、経験の後に本を読んで体系的にさらに詳しく知る、という経験が増えるにつれ、ならば最初から本の知識を自分のモノにしてしまえばいいのではないか?それがいちばん効率的ではないか?と思うようになるはずである。

"少年老い易く学成り難し" という格言を実感していればなおのこと。


そして、りょーちゃんだって、実は本から知識を得ているのである。
それは学校の勉強である。

学校の勉強なんて、教科書だけ読んで済ませればいいものを、重要な点をわざわざノートに取ってまで理解させようとする。
そうまでして、生徒は教科書の知識を自分のモノにしている。(理論上は。)

その行いをそのまま当てはめるならば、このナツイチで読んだ本についても、重要と思ったことをノートに取り、ノートに取ったことをベースにして感想文を構築すればいい、というか構築するべきなのである。

それができていないとすれば、学校の授業、特に板書をノートに書くことなど、小学1年生から何年も繰り返し繰り返しやっていることであるが、あなたはウザいウザい、やめて欲しいと、やらされ感満載でこなしてきたということである。
何年経っても、重要なことをノートに取るという基本が、身についていないのである。

だいたい、本が趣味と答える多読家でさえ、感想を書く習慣がなかったりする。これはいけない。
読んだ冊数を自慢するためだけに本を読むのであれば、そんな読書など無意味だ。


さて、話は変わって。
りょーちゃんは、"永遠" という言葉に弱いとのことであるが、ならば、「永遠にりょーちゃんを幸せにします!」とか言われたら、きっと舞い上がってしまうだろう。

いくら中学生であっても、AKBで夢を追っていてさえも、結婚は女性のひとつの夢であり憧れの頂点である。
突然のプロポーズも、よほど毛嫌いするような相手でもない限り純粋にうれしいと思う。受けるかどうかは別問題として。

そのついでにりょーちゃんに聞きたい。

"大人になるまでに、自分の永遠の出口を見つけたいです。"

とすんなり題名を認めてしまっているが、"永遠の出口" ってなにを想像した?

"永遠" というものは世界にはあり得ない。たとえばりょーちゃんにだって寿命があるし、本当に "永遠" の存在と思えるような、地球や太陽にだって寿命がある。
たとえば、"永遠" と似た言葉には "無限" があり、また宇宙には無限を表す存在として "ブラックホール" がある。

"永遠の出口" ではピンと来ないが、 "無限の出口" や "ブラックホールの出口" と言い換えれば、その矛盾に気づくだろう。"永遠の出口" は日本語としてはおかしいのである。

そして、見つけたい "永遠の出口" とは、永遠の愛を誓ってくれるヒト(を見つけること)と、りょーちゃんは受け取ったようにも思える。
著者も、"一人の少女の九年間" "小学生の頃から大人になるまでの話" という表現から、それを意図した可能性が高いようにも思える。
しかし、もしそうであれば、"永遠の出口" よりも "永遠の入口" のほうが表現としてまだふさわしいと思うのであるが。

りょーちゃん、"永遠の出口" ってどういう意味と思う?
どうして著者はそういう題名を付けたと思う?


ーーーーーー

永遠の出口を読んで 大島涼花
http://kansoubun.shueisha.co.jp/oshima_ryoka/

 この物語は、一人の少女の九年間を描いた本で、その中でたくさん共感できる部分がありました。
 この少女は「永遠」という言葉にめっぽう弱い。という事ですが私も永遠という言葉に弱いのか、「もうこれ、永遠に出来ないんだよ。」などと言われると、何か惹かれてしまう事があります。
 全ての話の中で、第二章の黒い魔法とコッペパンという話が好きです。怖い先生に負けずとクラス全員で立ち向かっていくという話です。皆で、怖い先生。黒魔女と呼ばれる先生にどんな作戦で復習をするか皆で会議するシーンはとてもワクワクします。
 やはり、小学生や中学生の時に一度は、この先生怖いな~、いやだな~と思う事はあったと思います。私も、もちろん思う時何度かありました。他に、クラスの皆で団結をしたり、クラス替えの時のドキドキや新しい先生はどんな先生なんだろう、怖いのかな?優しいのかな?というドキドキ。この話は、とても共感できて読んでいて懐かしい気持ちになり楽しかったです。
 この本は、小学生の頃から大人になるまでの話なので自分の今までの経験と重ね合わすことができました。まだ経験のない高校の事大人になってからの事などはまだ経験した事がなかったけどこの本を読んで、この先とても楽しみになりました。大人になるまでに、自分の永遠の出口を見つけたいです。

ナツイチ メンバー一人ずつ講評 その64 いちご同盟 村山彩希

ゆいりーの感想文のタイプは伊達娘と同じで、自分の感想を展開する代わりに作品紹介に徹してしまった。コレは感想文ではない。

いちご同盟、って、映画の題名で昔見た気がする。1996年ごろか。それと同じ作品だろうか。
最近はなかなかインターネットに接続する機会が少ないから分からない。ゴメン。

あらすじを読むと、女の子から「あたしと心中しない?」なんて言われたら、私はドキリとして、なんて答えるだろうと思う。
心中はもちろんイヤだけれど、人生最期の時をあなたと一緒にいたい、と言われるのは、いくら中高生からであろうが重症患者からであろうが大胆なプロポーズなのであり、ひとりの女性からプロポーズを受けたという意味でドキドキしてしまう。

私だって、とりあえず伊達娘に結婚したい意思は伝えてはいるが、手紙などのとりあえずの手段に依るものであって、38歳になるまで正式にプロポーズをしたこともされたことも一度もないのである。
そういう意味では、私は夢見る乙"男"なのである。ドキドキするはずである。

そんなドキドキ必至の小説に対して、

"自殺を考えていた良一は直美と出会ったことによってどう変化していくのかが、この小説を読む中で1番注目していただきたい所です。"

なんて、ゆいりーはお澄ましして書いているが、むしろ、ゆいりーには女性として、直美と同じ立場になれば同じことが言えたかどうかを検証して欲しかった。

私が勝手に仮定すれば、ゆいりーだって不治の病にかかって病院に篭りきりとなれば、AKBの活動どころではなくなるので、AKBの活動は辞退するだろう。
すると、その時点で恋愛禁止ではなくなる。
ゆいりーはどうにかして、同級生だったり元ファンだったり、よりどりみどりのイケメン(顔だけに限らず)に、お見舞いに来てもらいたいだろう、と思うだろう。

そして、その中の意中の彼に対して、「あたしと心中しない?」と、言ってみるのである。

・・・ふと思ったが、この発言は、ゆいりーの書くように弱音なんだろうか?
弱音に見せかけて、ドサクサに紛れている面もあるように思えてしまう。

そして、その彼は自殺を考えていたのだが、そのまま心中せずに心が変化し、恐らく生への希望が出てきたのだろう。
しかし、(設定上)死にゆく運命のゆいりーは、彼の変心を素直に喜べるだろうか?

さっきと反対のことを言っているようであるが、自分と反対に生への変化を見せる彼に接して、置いてかれる淋しさを、ゆいりーは感じるのではないかと思うのである。

そして本当の最期のときになって、ゆいりーははっきりと、一緒に心中してくれる相手が欲しい、と思うのではないだろうか?
彼には生きて欲しいという思いが一方ではありながらも、一緒に死んで欲しいとも思うものではないだろうか?
なんて自分はワガママなんだと思いながらも。。。


古代のピラミッドだったかでも、王様が亡くなればそれに従い生け贄が捧げられたというし、どこかの部族だかでは、うろ覚えだが、夫が亡くなれば妻が生け贄になったと聞いた記憶もある。
どうせ死ぬのならば愛する人と一緒に死にたい、という願望は、決して直美だけのものではなく、人類に普遍的なものなのである。全員が同じ思いを抱かないとしても。


さて、私だってこれだけ、ああでは?こうでは?と、移り行く病状とそれに伴う彼との関係を推理して、四苦八苦してしまうのである。
だからこそ、ゆいりーには直美の立場に立ったとすればどう思うかを述べ、自分の考える恋愛論を語って欲しかったと思う。

私も、本を読まずにアレコレと想像したが、勘違いがあったら恥ずかしいので、"いちご同盟" を探して読んでみたいと思う。


ーーーーーー

いちご同盟 村山彩希
http://kansoubun.shueisha.co.jp/murayama_yuiri/

 自殺した少年が残した言葉。
「むりをして生きていても どうせみんな 死んでしまうんだ ばかやろう」そんな言葉を残して死んでしまった少年の気持ちを考える良一はある日、野球部のエース羽根木徹也に野球の試合の撮影をたのまれた。なぜかただの試合ではない気がして撮影をしに行き、次の日とったビデオを総合医療センターに持っていき、その病室で直美と出会った。
 撮影したことがきっかけで出会った直美がある日突然良一に
「あたしと心中しない?」
 心中とは簡単に言えるような言葉ではない。直美は重症の腫瘍を抱えているがそれなのにいつも笑顔で、初めて弱音をはいた言葉なのかもしれない。
 この物語を読み始めたとき、野球の事をよく知らず読んでも理解できなかったり、読むことに苦戦すると思っていました。ですが、読み進めるにつれて直美に対する気持ちだったり、徹也がどんな気持ちで野球を続けてきたのかを知ることができて自然とこの小説の中に入っていくことができました。
 自殺を考えていた良一は直美と出会ったことによってどう変化していくのかが、この小説を読む中で1番注目していただきたい所です。野球の知らない方でもいちご同盟を読み終っている頃には沢山の魅力に気づいているはずです。誰も予想のできない物語になっていて、一冊の本で共感できる所がいくつもあると思うのでぜひ読んでみて下さい。

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