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2013年8月26日

2013年8月26日 (月)

ナツイチ メンバー一人ずつ講評 その 82 肩ごしの恋人 岩佐美咲

わさみんは、AKBにいながら演歌歌手も目指すという、変わった経歴を持っている。
変わった、とはいえ、演歌歌手だって歌手には変わりないし、夢のストーリーとしては悪くない。

私のわさみんの思い出は、面と向かって出会ったことはないが、もう半年くらい前であろうか、深夜にGoogle+でわさみんがいっぱいつぶやいていたので、私も強烈な思いを何回か書き返したことがある。
ファンに向かって相談みたいなことをたくさん書いていて、けっこうフレンドリーな印象を受けた。


さて、感想文について。
自分の思いをある程度小出しにしているのはいいが、それでも他のメンバーと同様、どうしてそう思ったか、自分なりの意見がないのが惜しい。

わさみんは、るり子も萌も、どちらの考え方もかっこいいと書いてはいるが、だからと言って、自分がるり子や萌のようになりたいとは思わないだろう。

「女はいつだって、女であるということですでに共犯者だ。」という言葉に納得したと言っているが、どの辺にどう納得したのか?

たとえば古くから、女には月経があり血を出すから穢れているため、"女人禁制" などと言って、相撲はできなかったし、霊山などに入れなかったりした。

わさみんが、そのしきたりに賛成したいのかといえば違うだろう。


であればこそ、「女はいつだって、女であるということですでに共犯者だ。」のいったいどこに納得したのかが、知りたいのである。

よくキリスト教が言う、"原罪意識" のようなものか?
エヴァンゲリオンでは、それでシンジが悩んでいた気がする。

けれども、生まれた途端から罪が課せられていると考えるなんて、私は馬鹿らしいと思う。
罪があれば償わねばならない。いやその前に罪を中止せねばならないのである。
しかし、死ぬこと以外に中止する方法がないモノは、罪とは言わない。


そういえば、ジブリの高畑勲さんは「かぐや姫」にて、かぐや姫には背負った罪があると解釈したそうだ。
その罪を償うために地球へと来たのか?
それとも、罪を償うために月へ帰るのか?
いや、罪を償い終えたから月へと帰るのか?

その罪とは、死ぬこと以外に中止する方法がないのとほぼ同等のものではないか?
自分の意思に反して絶対に月へ帰らねばならぬなんて、人権意識に照らすと、死にも等しい行為ではないのか?

宮崎駿があれだけグダグダな作品を作ってしまったがために、高畑勲も珍妙な作品を作っているのではないかと心配になる。


話は戻って。

もし、自分たちを共犯者と言うならば、"恋やブランド物を手に入れるためならどんなことでもする" るり子はたいへんな犯罪者であり、それらの行為をすぐにでも止めねばならない。
しかし、わさみんが止めるべきと思わずかっこいいと思ったのであれば、それは罪ではないのだろう。
きっとるり子にとっては、死ぬこと以外に中止する方法がないことなのだろう。

やはり私は、どうしても「女はいつだって、女であるということですでに共犯者だ。」この言葉にはウソっぽさを感じてしまう。
ちょうど、若者が不良ぶってみたいのと同様に。


わさみんは、この本を読んですっきりとした気持ちになり、モヤモヤが吹き飛ばされたそうだが、私はわさみんの文章にモヤモヤが溜まっている。

私のモヤモヤを吹き飛ばし、すっきりとした説明をして欲しい。
地響きのような声を腹の奥から振り絞って、ヒトの心に問いかける演歌歌手には、私に説明を言い切れるくらいの胆力が必要と思うから。


ーーーーーー

肩ごしの恋人 岩佐美咲
http://kansoubun.shueisha.co.jp/iwasa_misaki/

 この本を読みながら感じたことがあります。それは、自分自身も「女」でありながら「女」という存在を理解していなかった、ということです。
 自分が幸せになるため、恋やブランド物を手に入れるためならどんなことでもする、自分勝手なるり子。自分も男性も信じられず恋にのめり込むことが出来ない、どこか男前な萌。性格、生き方の全く正反対な二人ですが、読んでいく内にどちらの考え方もかっこいいと思うようになりました。この本は、恋愛というよりも女の生き方というものを書いているように思います。
「女はいつだって、女であるということですでに共犯者だ。」という言葉にも納得がいきました。AKBにいながら感じた事で、すとんと胸に落ちた気がします。そして、初めは嫌な女という印象が第一だったるり子を、段々と好きになってしまった事に驚きました。るり子の、最後のシーンでの「皆一緒に暮らせばいい」というこの言葉。るり子、萌を初め、十五才の少年崇、ゲイ、色んな人間がいるけれど、互いを認めていける。それぞれの生き方がある。家族になれる。私達が幸せならそれでいいじゃないかという、なんともるり子らしい言葉。萌もるり子も誰とも結ばれないままの結末でしたが、明るく前向きな終わりだったように感じました。
 それぞれモヤモヤや葛藤を抱きながら、それでも貪欲に幸せにむかって生きていく。そんな登場人物たちを描きながらも、読んだあと何故だかすっきりとした気持ちになれるのが、凄いなあと思いました。
 これから女として生きていく、そして女子ばかりのAKBというグループでやっていく上でのモヤモヤを吹き飛ばしてくれる。そんな作品でした。

「肩ごしの恋人」
著者:唯川恵

ナツイチ メンバー一人ずつ講評 その 81 ああ言えばこう食うを読んで 松井咲子

咲子さんはAKBに珍しく、歌というよりも演奏するほうを目指してAKBにいる。

演奏家として名を成すまでにどういうストーリーを目指しているのか、イマイチ分からないが、秋元康は気にかけてくれている。
コンサートでピアノ演奏をさせてもらったり、ソロアルバムを出させてもらって、名前は着実に売れ、私にはその道は見えていないとはいえ、自分の道を着実に進んでいると思う。

また、この文章は、丁寧語で書いているにもかかわらず知的で、オトナの往復エッセイを本当に楽しんでいることが読み取れる。
ガチガチで消化不良で終わったなかまったーや麻里子が、青さを見せたのに対して(いやそこが可愛らしいのであるが)、咲子さんの文章はオトナの余裕を感じさせる。
ストレートに言えば、セクシーである。
文章がセクシーとは、アイドルとしてもなかなか筋がいい。

・・・であるが、自分の意見を説明することは、あまりできていない。そこが惜しい。

特に気になるのは、

"私はそんな関係がとても羨ましく思うとともに、まだそのような言い合いが出来るような友には出逢えていないなと感じました。"

とあるのだが、これは人生でまだ本当の友達に出会えておらず、AKBの中にも本当の意味での友達はいないことの告白となってしまっている。

どうして23年間も生きてきて、本当の友達に出会えてないのか?
そこをしっかり考えねば、今後友達も見つからなければ、結婚も覚束ない可能性が高いと思う。

咲子さんは、23年間の人生で女性には大勢出会ってきたにもかかわらず、本当に心が通った友達を見つけられていないのであれば、それよりさらに少ない出会いの機会しかなかったはずの男性に対しては、大勢の先輩女性らがパートナーとお互いに理解し合えないと愚痴を言っていることからも、結婚できるほどに心を通わせることなど、夢のまた夢とさえ思える。

それとも、咲子さんは結婚相手はあくまで外向けの体裁として、まるで仮面夫婦として振る舞い、男性と心を通わせるのは一生諦めるか?
そんな人生はイヤだろう?
一生懸命頑張ってきたのだから、心の通う男性と結ばれたいだろう?

だからこそ、どうして自分は心が通った友達ができないのか、一回考えて欲しいのである。


いや、私だって心の通い合った友達などいない。
しかし、私にはハッキリした理由がある。日本政府に刃向かう私を、表立って応援する人間などいないのだ。ヒーローというのは孤独なのである。

咲子さんがもし、女性全員を敵に回してしまうようなとんでもない夢を持っているのであれば、友達がいないのも仕方ないだろう。
ところが、いくら咲子さんに夢があろうとも、私にはそこまで壮大とも思えないのだ。

では、なにが原因なのだろう?


もちろん、なんでも言い合える友達がいることが、必ずしも正解とも言えない。
結婚することも正解でもないけれども。

しかし、阿川さんの例を取ると、そこまでキッパリ考えられ、お見合いに臨める人間が、50回以上も弾を撃って全滅とはどういうことだろう?
たとえば同性だって、友達になる気のある50人に出会って、その全員と上手くいかないなんて、なかなかないのではないか?
知的レベルが合わない可能性だってあるが、お見合いだから学歴なども釣り合っているんだろう?

けっきょく、50回以上お見合いしても結婚できないということは、私には阿川さんは結婚したくなかったようにも思える。

秋元康が、恋愛結婚はその人たちが惹かれ合い、愛が先に来るのに対して、お見合い結婚はカタチから先に入るとかなんとか書いていた。そして、そういう出会いだってあっていいと書いていた。
確かに、オスとメスが引っ付くのが目的であり、恋愛なりお見合いはその手段と考えれば、手段なんてどうでもいいはずである。


けっきょく、阿川さんも檀さんも、いい友達は見つけられたが、いい伴侶までは見つけられなかったのだ。
異性に対する理想が高すぎたのだろうか?
阿川さんと檀さんの結びつきが強すぎたのだろうか?

そう考えると、咲子さんは、阿川さんと檀さんの関係のような濃すぎる友達は見つけられずとも、等身大の男性をふと見つけられるかも知れない。

この本に関して調査して、阿川さんも檀さんも現在共に59歳で独身というのを知ると、結婚することが幸せなのではなく、幸せとは自分の思いようだなあと、本当に思うのである。


そう書くとどうしても中途半端になってしまうから、私の意見を示そう。
私は、友達は要らないけど、伊達娘と結婚したいと思う。


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ああ言えばこう食うを読んで 松井咲子
http://kansoubun.shueisha.co.jp/matsui_sakiko/

 まず、タイトルに惹かれました。「ああ言えばこう言う」……あれ?よく見ると「ああ言えばこう食う」。言うではなくて、食う?
 手にとってみると、私が今まで読んできたような小説とは違い、エッセイでした。それも、阿川佐和子さんと檀ふみさんによる往復エッセイ。結婚、食、そして家庭という三つのテーマからなるこの本、ページをめくる手が止まらなくなるくらい面白く、どんどん読めてしまいました。仲の良い二人によるこの往復エッセイは思わず、ここまで書いて大丈夫なのか?と思ってしまうほどの、お互いへの毒舌がなんだか心地良く、読んでいてとてもすっきりしました。
 お二人とも作家のお父さんを持ち、なにしろ文章が面白く、うんうん、そうそうと頷いてしまうところがたくさんありました。
 阿川さんはお見合いを五十回以上したのに未だに結婚ができず。檀さんもそのことをからかいながら、やはり独身。仲が良いからこそ言い合える罵詈雑言が、まるでちょっとしたお笑いのネタを観ているようでした。私はそんな関係がとても羨ましく思うとともに、まだそのような言い合いが出来るような友には出逢えていないなと感じました。
 ああ言えばこう言う、言葉のキャッチボールが魅力的で、MCのお仕事をもっともっと頑張りたい私にとって、とても勉強になりました。MCでも活躍されている阿川さんの番組をこれからは言葉遣いや、きりかえしなど、より注意深く、注目してみてみようと思いました。
 すっかり二人の虜になった私は、第二弾の「ああ言えばこう嫁行く」を早速読むことにしました。タイトルがもうすでに魅力的。

「ああ言えばこう食う」
著者:阿川佐和子・檀ふみ

パソコンの信頼性について、日立情報制御ソリューションズのサイトより

日立情報制御ソリューションズのサイトに、こんなことが書いてあります。

コレを裏返すと、個人用パソコンでは比較的弱いとされていることになります。

なお、日立情報制御ソリューションズは、大みか工場などを相手にした、日立製作所の子会社です。


FAパソコン/産業用PC 「HF-W」シリーズ
Linux®搭載機の実績とノウハウがあります! 連続稼動が必要な環境に!

http://www.hitachi-ics.co.jp/product/linux/hf.htm


運用時の【信頼性】【保守性】を継承しつつ【処理能力】【HDD容量】をさらに向上させました。

[HF-W/LX] シリーズ 5つの特長

1.24時間連続稼動で使用期間7~10年を考慮した高信頼設計

長寿命部品(電源、ファン、マザーボード)を使用
温度/電圧マージン試験を全出荷品に実施、クリアしたもののみ出荷


2.強力なRAS機能を標準装備、システムのダウンタイムを最小限にします

任意のタイミングでのメモリダンプ情報取得可能
コンピュータの稼動状態を表す状態表示デジタルLEDを標準装備


3.組み込み用途や海外向けシステムにも安心してご使用いただけます

海外安全規格 UL/CSA/CEマーキングにも対応可能
HDDの交換は筐体前面より実施可能
同一モデルはサイズ変更を行わず、同一スペースに装填可能


4.Linuxを標準サポート

Redhat® Enterprise Linux を標準サポート
Linuxに関するさまざまな技術的問合せにも対応可能
Linux上でのRAS機能もサポート


5.3年以上の長期安定供給と7~10年間の保守サービスが可能です

保守部品(同一部品(互換部品も有り))を長期供給
保守契約は [オンサイト/センドバック] どちらも可能


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http://onicchan.cocolog-nifty.com/blog/2013/08/post-1500.html

> 2chに書いてあった「信頼性の低いコンピュータ」の定義を教えてくれないか ?
> すまん。この業界の専門職なので「信頼性の低いコンピュータ」の定義か理解できない。
> 「信頼性の低いコンピュータ」の根拠は何か教えてほしい。

コレへの回答になっていませんか?

今日はあん誰外れました・・・

ぽんみゆ、ひらりー、わかにゃんに会いたいと思いましたが、外れました。
なぁなは既に2回入れたけど、あんま分かってくれんかったなぁ。。。

3番だったのですが、10番台までチェックしていたところ、

椅子(15枠) 2,4,7,13

立見(20枠) 1,5,9

で、1~5 では3だけが取り残されて、ババを引いてしまいました。

13,83,103,30,37,38・・・と、"3" のつく番号が次々と当たるのが恨めしかったです。

コレで、6戦4勝2敗になりました。


ちなみに、その後劇場に行って伊達娘にファンレター出してきたのですが、私が上がったときにはエスカレーターの昇り切ったところにいたスタッフのKさんが、私が劇場ロビーを回って反対側のエスカレーターで降りようとしたとき、いつの間にか廊下を渡ってエスカレーターの下り口の私と目が合いました。

まさか、監視してた?と聞こうとしましたが、ちょうどKさんに話しかけている人がいたので聞けませんでした。

次の機会に聞いてやる。

ナツイチ メンバー一人ずつ講評 その 80 六花の勇者と一人の愚者 佐藤すみれ

すーちゃんは、AKB0048の声優選抜にも選ばれ、アニメが好きなはずであり、アニメが好きな子はライトノベルも好きなのかなあと思っていたが、そうではないのか。

でも、
"私の趣味は読書だが、今までライトノベルという分野にはあまり興味が持てず、書店で手に取るものには偏りがあった。"
この書き方によると、一切興味がないわけではなく、いくつかは読んだらしい。

ファンタジーとミステリーが融合している物語を、新しいジャンルに挑戦と書いていることから、ファンタジーもミステリーも読んだことがないと取ったほうが自然である。
・・・・ラブストーリーばっか読んどったな?図星やろ。

と推理したら、後ろの方に
"ファンタジーとミステリーのコラボレーションは、多くありそうであまり無い。"
という記述があるので、2つが融合しているものを新ジャンルと言っているようだと分かる。

今日はインターネットが使えるので検索したら、

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http://d.hatena.ne.jp/A-kiyama/20120114/1326552637

 毎日二冊は本を読んでいるという読書家。AKB48は人数が多いですからライトノベルやBLをたくさん読んでいる子も何人かいるのですが、ジャンル小説でない国内小説中心の本読みで量を読んでいる子と言えば佐藤すみれちゃんが代表。

 読書傾向的に使いやすかったのもあってか、2012年1月から朝日小学生新聞で毎週おすすめの本を紹介する連載「すーちゃんBOOKS」を担当しています。
ーーーーー

とあり、読書家らしい。てか毎日二冊ってどんだけやねん?
めちゃくちゃ読んどるやん。ワタシなんか足元にも及ばん。


そう知ると、

"見えない部分を自分で想像したり予想したり好きなように解釈するのが読書の醍醐味だと私は思う"

この言葉は説得力がある。

しかしそうであれば、あと一歩進めて、自分の好きなような解釈を人に伝えたい、人の好きなような解釈を知りたいという欲求を実現したものが、読書感想文であると思い至って欲しかった。

解釈は好きなようにできるからこそ、読書感想文からその人となりを伝えることも、逆に伺うこともできるのである。
私だってすーちゃんの解釈が知りたい。すーちゃんの人となりをもっと知りたい。


ふと思ったが、独身の男性なり女性が、お見合いだの合コンだのではなく、自分の読書感想文を延々とブログにアップしていけば、たとえば20歳から始めて3年くらいすれば、セックス目的などではなく考え方に共鳴して、自分のことを好きと言ってくれる人が出てくるのではないか?
読書感想文なんてあまり書く人がいないからこそ、インパクトがあると思うのである。

たとえば、Amazonのベストレビュアーなんかはたまに見かけるが、彼らは自分を出せずに評論家になってしまっているからイマイチだ。
本当の読書感想文が読みたいのである。

試しに "読書感想文 ブログ" で検索しても、この1件くらいしかヒットしない。

活字中毒オンナの読書感想文
http://blogs.yahoo.co.jp/sushikuine108

この女性は更新を辞めてしまっているばかりか、どういうヒトかもさっぱり分からない。惜しい。

すーちゃんなんか、小学生新聞もいいけれど、せっかくたくさん読んでいるのだから、もう少しオトナに向けて書いてみて欲しい。
自分のブログでやってみればいいと思う。
それで、ブログよりもウチの新聞で書いてくださいよ、なんて言われたらしめたものだし。


ところで、

" 「信頼とか、友情とか、仲間を守るとか、そんなことを考えてるおめえとは、全く別種類の生き物だよ。解り合えるなんて考えるんじゃねえ」この台詞は忘れない。山形石雄にリザインです。降伏するという意味です。"

これは、すーちゃんはどう思って書いたのだろう?
信頼とか、友情とか、仲間を守るとかを否定することを、すーちゃんはどういう意味で肯定しているのだろう?

もしこの部分を完全に肯定するのであれば、すーちゃんは、AKBメンバーに対しても、信頼とか、友情とか、仲間を守ることは、あり得ないと考えていることになってしまう。
ほんとうにそうなのか?

それとも、全肯定でなければ、どういう意味で書いているのか?
いずれにせよ、すーちゃんはそこに一切言及していない。

だから、私はすーちゃんの考えがキチンと理解できない。
すなわち、すーちゃんは誰にも分かるようにキチンと伝えられていないのである。コレでは感想文になっていない。

曖昧なままで演じたり歌ったりしたのでは観客に伝わらないのと同様に、曖昧なままで感想文を終えては、読み手に伝わらないことを理解して欲しい。
いくら自分にとって難しい本であっても、自分の意見はキチンと出し切って欲しい。

すーちゃんもそこができたら、現在の、選抜メンバーよりも目立たず、若手よりもパフォーマンスが若干劣っている立ち位置から、もう一歩前に出て来れると思う。

いまが踏ん張りどころ、頑張って欲しい。


ーーーーーー

六花の勇者と一人の愚者 佐藤すみれ
http://kansoubun.shueisha.co.jp/sato_sumire/

 私の趣味は読書だが、今までライトノベルという分野にはあまり興味が持てず、書店で手に取るものには偏りがあった。でも、今回こういった形で新しいジャンルに挑戦することによって面白さに気付き、読書の幅が広がった。この本の場合、ファンタジーとミステリーが融合している物語の為とても読み易く、私のようなラノベ初心者には是非勧めたい。とりあえず一冊で内容はまとまっているが、きっと続きが欲しくなる。「一難去ってまた一難」とは、きっとこのことを言うのだろう。
 主人公のアドレットは地上最強を名乗る男。一人一人のキャラクターが個性的な為に、誰もが怪しく思えてくる。もし自分たちの仲間の中に裏切り者が居たら、と考える。現実にあってもおかしくないストーリー設定だからこそ、面白みがある。アドレットのピンチに応援しつつも、どこかで疑いを持つ自分が居る。本の世界なら何でもありだと思うから。そうやって色んな可能性を考えながら謎解きを楽しむ。ファンタジーとミステリーのコラボレーションは、多くありそうであまり無い。見えない部分を自分で想像したり予想したり好きなように解釈するのが読書の醍醐味だと私は思うが、その部分に対してここまで適しているとは思わなかった。きっと、十人十色、様々な楽しみ方があるだろう。
 「信頼とか、友情とか、仲間を守るとか、そんなことを考えてるおめえとは、全く別種類の生き物だよ。解り合えるなんて考えるんじゃねえ」この台詞は忘れない。山形石雄にリザインです。降伏するという意味です。

「六花の勇者」
著者:山形石雄

ナツイチ メンバー一人ずつ講評 その79 涙とは・・・ 内田眞由美

まゆちは第一回じゃんけん大会女王である。
それを人気に結びつけることはイマイチ上手く行かなかったようであるが、腐ることはなく、最近は "岩" キャラとか、この水滸伝全十九巻読破とか、いろいろなことに挑戦しているようだ。
こういう挑戦者を、私は非常に好きである。

しかし、今回残念なのは、誰もが陥りがちなことではあるが、全十九巻読破に挑んだあまり、十九巻分を紹介しようと欲張ってしまい、感想文というよりも紹介文になってしまった。

できるならば、十九巻の一巻一巻について感想文を書き、全部展示するなどしても良かったと思う。そうすればアピールもできたし。
私だってこれまで1ヶ月ほどで79人分書いたのだから、それに比べると十九巻分なんてチョロいもんである。
折角時間をかけたのだから、自分の勉強になった、で終わりではなく、それを人前に出して欲しい。

しかし、人前に出せないと思う気持ちもよくわかる。
私だってほんの数年前まで、自分は学ぶことばかりで、人に出せるものはないと思っていたのである。(と言いつつ、いろんなところに感想文を送りつけていたのであるが)

どうして、自分は学ぶことばかりだと思ったか?
なんのことはない、褒めてくれる人がいなかったのである。
褒めてくれる人がいれば、私ももっと早くデビューしていただろう。

やはり人間、能力があるだけでは自信がなくて、あちこち試行錯誤してしまう。
人から認められて、褒められて、賛意を示されてこそ、はじめて自信に繋がり、その道を極めようと思えるのだ。

ということは、まゆちだって意思はあるのだから、もっと大勢から認められて、褒められて、賛意を示されてもいい。

とはいえ、たとえば、まゆちのファンは賛意を示すだろうが、ファンの場合は盲目的に示している場合もある。家族も残念ながらそういう場合がある。
盲目的な賛意は、誤った道に進んだ場合に抑制が効かないから、あまりよくないと思う。日本だってかつて、多くの人が天皇陛下バンザーイ!と言って、旭日旗を振って、盲目的な賛意を示し、誤った方向へと進んだのである。

だから、お互いの頑張りも、いいところも悪いところも分かるメンバー同士で、お互いに褒め合うのがいちばんいいと思う。
まゆちだって書いている。

"夢に向かって協力し合い、失敗をすれば皆で補おうと一致団結し、"

コレをそのままこれからも実行すればよい。

もちろん私だってその助けをしたいのであるが、さすがに一人でそこまでは見られない。
・・・・私の助けが欲しけりゃ、まゆちからも秋元康に言ってよ。←


と、それだけ書いておきながら、まゆちは文章を書くのはそれほど得意ではないのかな?とも思った。

"国を良くしようと奮起し、戦友の死に泣き、愛する人の裏切りに嘆き、同志の温かさに思わず笑う漢ならば涙するも許されんのだとばかりに感情を抑えようとするのだが涙が溢れてしまうそんな姿を見ていると読んでいた私の頬までも涙が伝っていた。"

まゆちは、コレを改めて読んで欲しい。
読点がなくて私はさっぱりわからない。もちろん、ゆっくり読んだら分かったけど。
もしかしてコレは担当者の原稿用紙からの転記ミスかも、とも最初は思ったのだが、もう一箇所、

"そして多くの方にこの水滸伝を読んで頂き心の奥底で燃えている熱い気持ちを思い出し感情という涙をただそっと、流してほしい。"

を読んで、コレはまゆちが読点を打っていないのだと確信した。


まゆちは、ちょっと背伸びし過ぎのようである。
水滸伝もいいけど、もっと気負う必要のない軽い本で、かつ自分が必要とする本から読んで行ってもいいと思う。
たとえば、ラブストーリーを読み、オトコを研究するのなんか、軽いけれども身近に感じる問題である。
ファンはどうやったら喜んでくれるか?のヒントだってあるはずである。

そして、まゆちは読むものの難しさに比較して、書く能力がイマイチでアンバランスなので、書く能力も合わせて身に付けて欲しい。
英語だって、上達するにはリーディングだけでなくて、ヒアリングやライティング、スピーキングをしましょうと言われるのだから、日本語も同じはずだ。
ヒアリング、スピーキングは、MCなり握手会なりメンバーとの雑談でチカラがつくので、弱くなりがちなライティングを頑張って欲しい。

野球選手だって、野球をやっているだけでは身につかない筋肉があるから、さまざまなトレーニングをしてバランス良く筋肉を付けるのである。
国語力だってそれと同じである。


ところでまゆちの夢はなんだっけ?
と思って検索したら、エケペディアがけっこう古い情報で復活していた。
それによると、
「歌って踊って演技も出来る人」
・・・ウーム、そんな芸能人なかなか見たことないぞ?たとえば美空ひばりは、歌って踊って演技まで全部できとったか?

まあ、40歳くらいまでに全部できるというストーリーでもいいのであるが、たとえばタカラヅカに出たければ、宝塚音楽学校の入試にはハタチだともう遅いとか、年齢に制限があることを考えて欲しい。また、結婚や出産だってあるだろう。

人生には、通る道筋があるはずなのである。たとえば、富士山に登りたければ3つだかの登山道のどれかを使うというふうに。
登山道も決めてない人間が、富士山の頂上に登りたいと言っても、誰も本気にしないのである。

だからこそ、自分の進む道を、しっかりと決めて欲しい。


ーーーーーー

涙とは・・・ 内田眞由美
http://kansoubun.shueisha.co.jp/uchida_mayumi/

 涙とは弱いものが流すものではない。ただそっと流れる人の感情である。
しかし、この物語の中で登場人物たちが涙する場面がそう多くあるわけではない。それはみんなが漢であるからだ。
 この物語の舞台は中国の宗の時代、現代とはかけ離れた生活環境であった。戦や役人の横領が常に行われており刃向えばその場で処罰され、民の意見を聞くことなどない。
人は絶望していた。
 そこで立ち上がったのが梁山泊軍となる漢たちだ。彼らは感情を持っていた。国を良くしようと奮起し、戦友の死に泣き、愛する人の裏切りに嘆き、同志の温かさに思わず笑う漢ならば涙するも許されんのだとばかりに感情を抑えようとするのだが涙が溢れてしまうそんな姿を見ていると読んでいた私の頬までも涙が伝っていた。
 始め、この長い物語を読みきれるのか、と不安もあったが心配はいらなかった。読めば読むほどに夢中になり、気づけば登場人物たちの志に心が動いていた。
 全十九巻にも及ぶこの水滸伝はただの歴史物語ではなく、人の奥底の感情を揺さぶり読む者を思わず涙させる。そんな熱い物語だと感じた。
 そして、仕事や通勤の合間に読んでいて気づいた事が、梁山泊の人々と私たちAKB48には通ずるところがあった。人数が多いことはもちろん、夢に向かって協力し合い、失敗をすれば皆で補おうと一致団結し、成功した時には宴を開き喜びを分かち合う。そんな同志がいる事を私は今まで以上に尊く思いたい。
 そして多くの方にこの水滸伝を読んで頂き心の奥底で燃えている熱い気持ちを思い出し感情という涙をただそっと、流してほしい。

「水滸伝(一) 曙光の章」
著者:北方謙三

後ろの男女の会話から

喫茶店で男女が話していて、オトコがオンナをたしなめていたのに、オンナがのらりくらりとはぐらかしたりしていて、秋元康の本とは違い、コレは明らかにオトコの方が上で、オトコがオンナに呆れているなあ。オンナはそれに生返事していて、自分の立場が分かっていないなあ。

と、思って、よくよく聞いていると、オトコは店長で、オンナは店員で、なんかオンナに問題があり、一生懸命たしなめているようだ。

男:朝礼やらないと伝わんないんだよね~。
女:そうだね~。(生返事)
男:みんな分かってれば、忘れることないじゃん。
女:注文票とか見ないヤツが悪いんじゃん。
男:違うんだよ。

オンナが、なんか聞かないのが問題なんだな。
こんなカンジで、オンナにのらりくらりとされながらも、核心に迫りつつある。

アカン、聞き耳立てるから感想文が・・・w

あん誰行ってみます

今日と水曜日が、よく知っているメンバーの日です。
明日からハローワークが始まるので、行けるかわかりませんが、水曜日も伊達娘なのでできるだけ行きます。

実のところ、あと2回でギリギリのお金しか持ってないので、両方当たればもうあん誰打ち止めかも。。。


8月26日(月) 
大森美優さん 名取稚菜さん 
平田梨奈さん 藤田奈那さん 

8月28日(水) 
岩田華怜さん 伊豆田莉奈さん 
佐々木優佳里さん 田野優花さん 
ゲスト:ダイノジさん 

ブログのコメントに回答

たまたま見たらオモロイのがあったので。

http://onicchan.cocolog-nifty.com/blog/2013/08/post-1500.html

> 2chに書いてあった「信頼性の低いコンピュータ」の定義を教えてくれないか ?
> すまん。この業界の専門職なので「信頼性の低いコンピュータ」の定義か理解できない。
> 「信頼性の低いコンピュータ」の根拠は何か教えてほしい。

熱などで誤作動したりするやろ。

ワタシに文句言うよりも、「信頼性の高い産業用コンピュータ」を販売しとる、日立製作所大みか工場に聞くのがスジちゃうんか?

それとも、日立製作所大みか工場や営業は、顧客にウソついて売っとるとでも?

それに、ワタシは、パソコンでも99%の時間(テキトーに書いとるけどそんなもんやろ?)は誤作動もせずにちゃんと動くんやから、信頼性が高かろうが低かろうが、いくつか並べたら関係ないやろ?と言うとるの。
ふつうのパソコンだって、三重系くらい組んでお互いに生死監視し合えば、3台全滅なんかあり得んと思うねん。
ずっと動いとるのが心配やったら、夜中に交互にシャットダウンでもしたらええやん。


とにかく、「信頼性の低いコンピュータ」なんて、ワタシも詳しく知らん。
「信頼性の高い産業用コンピュータ」と大々的に言うとるヤツらに聞け。


> 前に書いている方がおられる通り、http://www.law.co.jp/
> の岡村弁護士(ないし森弁護士)、あと、新潟大学の鈴木教授に相談するのがいいかと。彼らが個人情報保護法の第一人者といっても過言ではありません。

ありがとう。

但しな、個人情報保護法の第一人者=プライバシーマーク事務局と繋がりがある可能性高い。

それに、わっざわざオマエらが親切に書いてきたということは、ウラで手を回し終えとる可能性あるよなあ。

ゲド戦記(原作)の誤り発見 & 半沢直樹をちょっと観たこと ほか

昨晩風呂に入っていて、久しぶりに思いつきました。
なんか調子が上向きなのでしょうか?


1.ゲド戦記(原作)の誤り発見

ゲド戦記は、"真の名" = ものごとの真実を知ることの大切さを伝えています。

真の名を知られると、誰もがココロを操られてしまうのです。

そして、大賢人ゲドでさえ、ゲドという真の名を知られないために、通常はハイタカという名前を使っています。

しかし、私はふと思いました。
大賢人であれば、なんでも真実を知っており、ウラを返せば、自分に対する真実を知られたところで、誰かに負けるようなことはないのです。
私がこれだけアレコレ開示していても、負けないように。


原作者 アーシュラ=K=ルヴィンは、大賢人というものを想像はしてみましたが、自分が大賢人ではないから、そこまでアタマが回らなかったのでしょうか?

または、少年モノのために、そこまで表現しなくてもよいと思ったのでしょうか?

どちらか、聞いてみたいものです。


2. 半沢直樹をちょっと観たこと

昨晩テレビで、銀行に融資を頼んだサラリーマンが、死にそうなカオで苦しんでいるのを見て、べつにそんなコトで悩まんでもええのになあ、と思いました。

それから、主人公らしいのが出てきてなんかやっていて、懲戒解雇がどうのと言っていて、ワタシと似たようなことを言うとるわ、コレはなんて番組だろう?
と思って新聞を調べたところ、いま流行りで、名前だけは聞いたことがある "半沢直樹" でした。


そして今朝、読売新聞でAKBの2面全面使ったチーム4のお披露目広告を見て、他の新聞にはないよなあ、と朝日新聞も見ていたら、天声人語に、半沢直樹について載っていました。
また、スポーツニッポンも、やはりAKBネタを読むために読んだのですが、犬山市に "倍返し神社" があり、繁盛している旨の記事が載っていました。

半沢直樹がブームということは、世の中でブラック企業に対する風当たりが、にわかに強くなっているのでしょう。
半沢直樹ブームにさらに火がついて、日立製作所から個人情報保護法違反を受け、それをコンプライアンス通報したにもかかわらず懲戒解雇された私にも、スポットライトを当てようという人が出てくればいいと思います。

とにかく私は、使える手はなんでも試してみます。


3. Only Today の歌詞について考えたこと

Only Today の歌詞は、フラれたオトコがフッたオンナとそのカレシと三人でもう一度海に行きたい、みたいな歌詞でした。確か。

たかみなは、悲しい歌詞と言ったそうですが、私は、オトコが大西弘子的にワガママ過ぎて反吐が出る歌詞で、オトコのそういうところをオンナが嫌ったのかなあと思いました。
と、言うようなことを以前書きました。

そして、秋元康の恋愛の本を読んでいると、オトコやオンナの自分勝手さに言及しているものも多く、やはり間違いなく、私の思ったように考えていると分かります。

だから、乙女が考えると歌詞に不釣り合いなくらいにマヌケな曲調なのでしょう。


4. ふしぎ発見!を観たこと

土曜日に、ふしぎ発見!に松井玲奈が出ているのをチョコっと観ました。

しかし、日立製作所など反吐が出るので、CMを観るまでにそそくさと退散しました。

松井玲奈にいろんなチャンスが回って来るのはいいことですが、ふしぎ発見!には出て欲しくないと思います。


5. 藤圭子葬儀なし

藤圭子の葬儀はなし、火葬のみと言われています。

遺言で自からそう言ったそうですが、大西弘子もそれでいいと思っている私には心強いです。

だいたい、大西弘子は友達づきあいもしてなかったので、友達などいません。
博昭も友達づきあいはしていません。


ウチの家はどうして誰も寄りつかないのかと、小さい頃から不思議に思ったものです。
博昭も弘子も、人間的魅力がなかったのです。10歳くらいで悟りました。

それでも私は、母親の味方は私にしかできない、助けねば、と思って、弘子を理解し、弘子の味方をして、いろんなヒトに対して弘子のことを説明しました。

にもかかわらず、大西弘子は何度も私を簡単に裏切ったのです。

大西弘子には、ひときわ苦しんで死んで欲しいです。

旧チーム4メンバーへ

お決まりの、また伊達娘にファンレターを書いていて思った。

昨年の東京ドームで、チーム4を解散して3チームにすることを決めたにもかかわらず、1年経ったらメンバー総入れ替えでチーム4復活が決まり、いったいどう解釈していいか分からないのではないかと思う。

私は、旧チーム4は決して頑張っていなかったわけではないと思う。
たとえば、先日最も頑張ったユニットとして、スクランブルエッグ編集長岡田さんが選んだのは、旧チーム4の "向日葵" だった。
他チームのユニット以上に素晴らしかったのだから、そこは誇っていい。

私の感触では、旧チーム4は、高橋チームA、秋元チームK、柏木チームBに劣ってはいなかった。むしろ勝っていたと思う。
しかし、いまの研究生ー新チーム4には、明らかに劣っているのも事実である。

旧チーム4は、怠け癖が出たのか、先輩に合わせたつもりか、9期生が幅をきかせてしまったのか、弾けるようなパフォーマンスまではできていなかったのである。
私が音程のミスなどの改善点を指摘しても直せなかったりもした。
たとえば名指しするが、キャプテンだったみなるんは未だに音程を直せないでいる。

新チーム4のメンバーは、ほぼ全員が弾けるようなパフォーマンスをできており、見ていて気持ちがいい。しかも、私が指摘した改善点をだいたいみんなしっかり検討している。音程が低いメンバー大勢いたにもかかわらず、つい先日には全員音程が合った。
ダンスだって、弾けるようなパフォーマンスの根底に、ビシッとパフォーマンスのタイミングを合わせる練習をしていることも観ていて感じる。特に "純情主義" の合い方は感動的でさえある。

私はいつもたかみなに文句を言うのであるが、キャプテンとしてメンバーに「合わせろ」と言ってきたのは、単に自分たちが怠けるための方便であり、呼吸レベルで合わせるのとはまるで次元が違った。
 "純情主義" はキチンと、呼吸レベルまで合わせてきているのである。
このレベルでならば、どんどん合わせることを推奨する。
もちろん、合わせるのが先輩が怠ける方便ならば、これまで通り、合わせるな!合わせて小さくなるな!合わせるよりも大きく、自由に!と言いたい。


これらから、新チーム4のメンバーは、もちろんまだまだ荒っぽいところとか改善点はあるんだろうけど、既に他チームを追い越して、AKB内でパフォーマンスレベルトップだと考える。
もしかしたら、初代チームKの伝統を、ハートを、最も受け継いでいるのは、新チーム4かも知れない。

運営も、それほどに新チーム4の出来具合いに満足していることが、去年同様にシャッフルすることなく、新チームとして稼働させた一因だろう。

今朝の読売新聞、中央のほうの見開き2ページブチ抜きで、新チーム4のお披露目広告になっていた。
運営の意気込みが伝わってくる。
旧チーム4はココまでやっただろうか?

それと、新チーム4はいずれ新公演をやって欲しいが、だいたいこれまでの研究生公演を見てきても、RESET→僕の太陽→パジャマドライブと、半年かそこらでセットリストを変えて来ている。
このため、秋ごろにまたセットリスト変更が予想されるが、ここは勢いがあると言われる新チーム4なので、SKEがつい最近までやっていた制服の芽公演をして欲しい。
約2名を除いて制服を着ていることからも、制服の芽という名前にも合っていると思う。


纏めると、旧チーム4は決して悪くはなかったが、それはこれまでの正規と合わせると悪くはなかったという意味で、新チーム4のようにズバ抜けたチームではなかったのである。
もし旧チーム4の出来栄えがズバ抜けたものであれば、シャッフルされなかったかも知れない。
そこは反省点として、頭に入れておいて欲しい。
もちろん、他の戦略との兼ね合いであり、運営は昨年とは違うことを考えている様子も感じるが。

旧チーム4以外の他の横山チームA、大島チームK、梅田チームBメンバーも同じく、入って2年以内の若手から完全に抜かされていることを、自分たちはまだまだできていない、新人の頃のフレッシュさをなくしてしまったと、しっかり反省して欲しい。


ところで、新チーム4を結成した上で、どのメンバーもどのチームへのアンダー出演も可能としたということは、

1. 公演数を増やしたい
2. 若手に公演のチャンスを与えたい

という意図が見て取れる。

特に1. は、浅草に新劇場とのウワサもあるが、2劇場体制への布石ではないかと思ってしまうのだが、どうだろうか。

本当は、それが最終日のサプライズに残されているのでは、(ともちん卒業であるが、敢えて慣習に逆らうのもサプライズだし)と思っていたが、さすがに違った。
しかし、公演を増やしたい意思は間違いなく感じる。


なぜそう思うかと言えば、いまの劇場で公演数を安定させたいのであれば、これまでと同じく16人を5,6人ごとに新チームに配属すれば良かったのである。
いや、その場合は昇格基準が厳しくなって、昇格者はヒトケタ、配属も約3人ずつ程度になっただろう。その程度であれば、各チームじゅうぶん吸収可能であろう。
それも、各チームのドラフト制にすれば、オーディションドラフト制の前哨戦として注目されただろう。

その場合、研究生数が16人を下回り、研究生公演ができなかったが、これまでもやっているように、新チーム4をはじめとして正規からヘルプを呼べば、それはそれで注目されたはずである。

それを敢えて4チーム制にして、それでも心配だからと、チームに関わらず出演可能としているのである。
私にはどうしても、近日中に公演の機会が増えるとしか思えない。

そう考えると、チーム4に続くチーム8構想も説明がつく。
劇場1つで5チームなんてとてもではないが回らない。
その時点で、劇場をもう一つ作る計画があったから、5チーム構想は早くからあったのだろう。

しかし、たとえ1年であろうと、メンバーをアサインしながら劇場はまだ、という状態でメンバーを宙ぶらりんにすることもできず、昨年方向修正して3チームに戻したのだ。

しかし、新劇場完成が目前となって、チームを増やす必要性が生じたから、チーム4を復活させたのではないか。

そうすると、新劇場は遅くとも年内には開業だろう。

コレが私の推理であるが、いかがだろうか。


2. は、チームのありかたについて思えば釈然としないところもあるが、これまで通り、運用してみて走りながら考えても良かろう。

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