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2013年8月27日

2013年8月27日 (火)

ハローワークに来ました

つつがなく手続きが済み、ハローワークに来ました。

日立製作所から懲戒解雇されたことはハンデですが、有罪判決が出て刑期を終えた方も労働できるのですから、私だって再就職できるでしょう。

刑期を終えた方であっても、真面目であれば採用したい会社もたくさんあるはずです。

また、寮でもパソコンを貸し出して、それで履歴書などを書いても良いと伺いました。
伊達娘は良く知っていますが、私は字が非常に汚いので、履歴書を手書きしなくていいというのを知って、心理的に非常にラクになりました。

あとは、いよいよ再就職作業です。

・・・と、思ったら、17:15 までに制限がなにもない求人を2つ見つけたので、係の方に言って、そこに履歴書などを出すことになりました。

2,3日の間に、と聞きましたが、明日昼までに仕上げてやる。

あん誰残念だけど・・・

伊達娘消えたけど、知っているヤツらばかりなので、予定通り行きます。

yusuke takenaka
一般公開で共有しました - 昨日 22:03

<明日の出演予定メンバー>
あん誰Pです。明日の出演メンバーは・・・
梅田彩佳さん 大家志津香さん
田名部生来さん 野中美郷さん

梅田さん久々の出演になります!

ちなみに明後日の出演メンバーに変更が出ました。
8月28日(水)
伊豆田莉奈さん 小林茉里奈さん
佐々木優佳里さん 森川彩香さん

※岩田さん田野さんが変更になりました

※告知済みの今週の出演メンバーも変更の可能性が大いにあるので、必ず前日のぐぐたすでもご確認を・・・

ナツイチ メンバー一人ずつ講評 その 85 ひとりでも生きられるを読んで 秋元才加

ナツイチの最後は、才加にしよう。
才加、卒業おめでとう。
私は、AKBが一定のクオリティを保てたひとつの理由は、才加のおかげだと思っている。

ただ、私の想像では、たかみなが絶対的な総監督であることや、当初は1期2期の確執があったこともあり、たかみながAKB全体、グループ全体を見渡せる立場であるのに対して、才加はあくまでチームKのキャプテンという位置からの、発言・行動に狭められてしまったところがあると思っている。

もし、才加が一期生であれば、才加が総監督となり、AKBとしてもグループ全体としても、もっと違うものになっていたと想像する。
ただ、そちらの方が良かったかどうかは、いろんな要素が変わってくるからなんとも言えない。
違っただろう、と言えるだけである。

そんな才加に対して、私は思い出が2つある。

ひとつは、一昨年の12月。
伊達娘がどうもスランプでおかしい、ファンレターに問題点を書いても反応が悪い、なんとかできないかなあと思って、私はちょうど悩んでいた。
握手会の日、才加の握手券を1枚だけ持っていて、なにを話そうか考えていると、才加と伊達娘はRESET公演で関係もできたことだし、才加に伊達娘のことを言ってみればいいのでは!とふと閃いた。
そして、10秒で会話できる内容を何度も何度もアタマの中でシミュレーションして、本番に臨んだ。日立製作所を懲戒解雇される時よりも緊張した。

いざ握手になると、掴みのところでの才加の食いつきが想像以上に良く、10秒で伊達娘のファンであることを説明しただけで終わってしまった。
その後で、あまりに後味が悪かったので、言おうとしていたことを2枚くらいに纏めてファンレターに書いた。

もうひとつは、昨年の2月か3月頃だろうか。
チームK公演の終わりの挨拶で、佐江が、若手が頑張っていることを熱く語った。
その時の才加はあまりアクションがなかった、てか、いなかったのかな。
その次の公演で、才加もやはり熱く語ったのであるが、その内容が、私がファンレターなりGoogle+なりで言っていることばかりだったのだ。
才加は私のファンレターを明らかに意識しており、ファンレターの内容が読みたいだろうと勝手に解釈して、これまで伊達娘ら研究生宛に書いた中で、キャプテンとしても読んで欲しいことを、A4で三十数枚集めた。
当然普通の封筒には入らないので、A4サイズの封筒に入れて、それを才加に送ったのである。

そういえば、私はたまたま震災前に福島第一原発に入ったことがあり、そのときもらった、福島第一原発のいいことばかり書いた紹介用パンフレットをいくつか持っていた。
人間の過ちの記録として、伊達娘にあげようと思ったのであるが、当時伊達娘はまだ研究生で、ファンレター以外出せなかった。
そこで、プレゼントを出せる正規で適任者をアレコレ考えて、才加宛てに出した。
そんなこともあった。
あのときはどうして才加宛に出したんだっけ?理解してくれていると思ったからか?


さて、才加の感想文であるが、"怖い" "出来ない" "わからない" と、後ろ向きな言葉を多用し、さらに "気がした" と、歯切れの悪い言葉で結んでいる。

どうも、

"ひとりでも生きられる"

という、この本の結論に対して、才加は納得していないのだと思う。
その思いが、ネガティブな語尾となって現れているのだ。
これまでの才加のハッキリ言えないシャイなところを考えても、断言していいと思う。

特に、

"私はまだ傷付くのが怖い。
情熱を持って愛にぶつかる事が出来ない。"

このネガティブな2行こそに、才加の切実な思いが詰まっていると思う。

その思いの真相を突くために、さらに突っ込んで考えると、

"私はまだ傷付くのが怖い。"

傷付きたくない人間がこんなことは書かない。
傷付きたくない人間は、自分が怖れるようなことには言及さえしないのである。
才加は、それでも傷付きたい、けれどもどこか怖い、と言っているのである。

まるで、エッチ初体験を怖がる女性そのものである。(私も実体験ではなく書物などからの知識であるがw)
同じように、情熱を持って愛にぶつかりたい、とも言っているのである。


才加の、樹木希林のような女優になりたいという夢、そのために、DiVAをはじめ、これまで同様の活動を続けていくという宣言は、私には生ぬるく受け取れるし、必ずしも本心からではないと思う。

私は昨年初から、もっと大きく出て、才加の少々ワイルドな顔形は海外でこそ評価される。だからハリウッド女優を目指せよ、と言っているのだが・・・

才加も、乙女チックなところもあるんだし、私なんかが言うよりも、誰かもっと強力に後押ししてくれる人がいればいいのに、と思っている。
才加に向けて、「ハリウッド女優を目指せよ」と、傷付けてしまうほど真剣に、情熱を持って愛をぶつける人がいればいいのに、と思う。

それはもちろん無責任な応援ではいけない。「僕も仕事を辞めてでも一緒に行こう。お金もないけど、なんとかなるだろう。」と言い切れるくらいの真剣さが欲しい。

そして、この感想文で煮え切らない才加には、さらにもう一言付け加えたい。

「ひとりでも生きられるかも知れない。けれども、一緒に生きよう。」


ーーーーーー

ひとりでも生きられるを読んで 秋元才加
http://kansoubun.shueisha.co.jp/akimoto_sayaka/

 この本を今の私の年齢で読ませて頂けた事を有難く思う。
 色々な愛の形があり、人生を生きる為のヒントが沢山ちりばめられていた。
「人は別れるために出逢う」
 文字だけを見ると、出逢う前から別れを意識しながら人と出逢うのか…と少し寂しく思う人も居るはずだ。
 それは、違う。この言葉は、愛が無くては生きていけないが、滅びることのない愛もまた存在しない。
 しかし、滅びる約束があるからこそ一日一日をより大切に愛を大事にしながら生きていこうと教えてくれているのだ。
 沢山の経験と恋愛を経て、幸せと喜びを感じ、時には傷付きたいと思った。
 傷付くのは、相手ときちんと向き合っているからだと思うから。
 私はまだ傷付くのが怖い。
 情熱を持って愛にぶつかる事が出来ない。
 どんな結果であっても、一つ一つを自分の養分に出来るような、そんな女性でありたい。
 その上で、愛される事で見つけられる自分の中の女を、自分で馬鹿だなあと少しあきれつつも思う存分味わいたい。
 どんな愛の形だとしても、正しい答えなんて誰にもわからない。
 解っている事は、「人間だから。」
そう思えたら、もっと素直に情熱を持って生きていける気がした。
 そして、肉体的、精神的にも自立して生きていけたらと思った。
 沢山の出逢いや別れを繰り返し、愛し愛され、何万の人と交わっていく中で、人の温かさ、生の喜び、悲しみ、人間のあわれと愛しさを学ぶ。それらを理解するという事が、本当の意味での、ひとりでも生きられるという私のこれからに繋がっていく気がした。

「ひとりでも生きられる」
著者:瀬戸内寂聴

ナツイチ メンバー一人ずつ講評 その 84 月曜日の水玉模様を読んで 中塚智実

クリス、卒業おめでとう。
クリスが卒業したのは6月だっけ?7月だっけ?

クリスはAKBでもなかなか端正な顔立ちで、コレで前に出る気持ちがあれば絶対売れていたと思う。
しかし、前に出るのは恥ずかしかったようである。
いまはどうしてる?女優などに進んだか?

そういえば、いろんなところで書いているが、私のいちばんの先輩が、中塚さんといって、相当変わったキャラクターだった。変態と言ってよかった。
だから、AKBに中塚という苗字がいると知って、未だ顔も知らないうちは、どんだけ下品なメンバーなんだろう?と何度も想像した。
あの中塚さんと、クリスはどのへんで繋がっているのだろうか?
実は未だに、個人的に苗字にはギャップを感じる。
それだけ、先輩の中塚さんは強烈だったのだ。


感想文について。
私は大勢に向けてしつこく言っているが、クリスもやはり、自分の感想がちゃんと書けていないと思う。

"私も主人公たちのように、人間観察をするのは好きですが、陶子さんの観察力は凄すぎる!鋭い視点で事件を解決に導いています。"

とクリスは書いているが、そのクリスの好きな観察を、飽きてしまうことなくしつこくしつこくし続けることが、鋭い観察力に繋がるのだ。
そこまで思い至って欲しかった。

また、クリスも芸能界に残ったならば、お笑いにしても女優の演技にしても、いずれも結局は誰かのモノマネなのであり、だからこそ芸の基本は人間観察なのだということを、理解して欲しい。

しつこい観察の末に、他の芸人が未だネタにしていないような、誰かの面白い行動を発見し、それをネタに仕立て上げて、テレビの向こうや舞台の上から表現して、その結果、人々に爆笑なり感動を与えられるのだ。
その観察力は "凄すぎる!鋭い視点" と言われるものに違いないはずだ。

クリスは続けて、

"日常の何気ないことも、注意してみると、事件や謎に繋がっているのかもしれない…。そんな感じがしました。"

と書いている。
"かもしれない…。" ではなく、上で私が力説した通り、その通りなのである。

その人々にとっては、その行動がちょっとした事件や謎であるのはもちろん、自分にとっても、芸の大きなヒントになるという意味で、事件や謎なのである。

だから、クリスがその後の文章で、感想文として掘り下げることをせず、紹介文に徹してしまっているのは惜しい。
さらに突っ込んで欲しかった。

"主人公たちのように、周りの乗客をみて、いろいろ想像しちゃうかも。"

この文章だって、読み手に対してイタズラっぽく言っているだけである。
私ならばもう一歩突っ込んで、むしろ自分が電車に実際乗ってみて、電車の中でいろいろ想像し、芸のヒントとできた一列でも示して、

「このような感じで、今後も周りの人々を観察して想像を巡らせ、事件や謎を浮かび上がらせることで、自分の芸に取り入れて行きたいです」

とでも纏めるだろう。


たとえばクリスは、陶子さんと萩君のことを微妙な距離感と評しているが、電車の中なんて微妙な距離感の集合体である。
微妙な距離感のカップルを片っ端から見つけて、この2人はどういう関係なのか、単にオトコが一方的に好意を寄せていてオンナは必死に抵抗しているのか、ラブラブなのか、腐れ縁でもう別れようと思っているのか・・・、それとも単に実の兄妹なだけなのか、想像することだってできる。
そういう想像が面白いのである。

そういえば、秋元康も私も、喫茶店のカップルの会話に聞き耳を立てて、2人の関係を想像すのがなによりの(悪)趣味だったりする。


クリスも、山手線でグルグル乗ってみなよ。
とりあえず10個ネタを見つけられるまで電車から降りない、とか。
もし、1周で1個しかネタを見つけられなかったら、山手線に10周乗りっぱなしになってもええやん。

山手線で、トイレにも行かず10周10時間乗り続けたとしたら、たとえネタがなにひとつ見つからずとも、10周したことそれ自体がネタになるし。


山手線でなくてもいいから、いっぱい想像して、本の中の小さな世界から飛び出してみて欲しい。
その想像力は将来きっと役に立つはずである。


ーーーーーー

月曜日の水玉模様を読んで 中塚智実
http://kansoubun.shueisha.co.jp/nakatsuka_tomomi/

 とてもステキなお話です。
 加納朋子さんの作品は初めて読みました。水玉模様の表紙も可愛いです。
 ミステリー小説ということですが、殺人や誘拐などの大きな事件は起こりません。すぐ近くで起こりそうな不思議な事件、謎を解決していく日常ミステリーです。
 しっかり者でサバサバしている丸の内OLの陶子さんと、ちょっと天然な癒し系キャラの萩広海くんのコンビ。この2人が事件を解決していくのですが、その2人のやりとりが面白い。
 私も主人公たちのように、人間観察をするのは好きですが、陶子さんの観察力は凄すぎる!鋭い視点で事件を解決に導いています。
 日常の何気ないことも、注意してみると、事件や謎に繋がっているのかもしれない…。そんな感じがしました。
 また、陶子さんと萩君の微妙な距離感も楽しいです。今後、この2人がどうなっていくのか、気になるところです。
 月曜日から日曜日までの7話の連作で、一つ一つが短編なので、本を読むのが苦手な私でも、気軽に読むことができました。
特に第一話の「月曜日の水玉模様」は、電車の中で読んでほしいと思いました。
 主人公たちのように、周りの乗客をみて、いろいろ想像しちゃうかも。
 各話のタイトルにも仕掛けがあって、気付いて嬉しくなりました。
 読み終わった後は、ほのぼのとして心があたたかくなる作品です。

「月曜日の水玉模様」
著者:加納朋子

ナツイチ メンバー一人ずつ講評 その 83 「蛇にピアス」を読んで 板野友美

ともちん、卒業おめでとう。
私はどうも茶髪、金髪が苦手で、ともちんは敬遠していたところがあるけれども、それでもともちんに感心した思い出を書く。

昨年2月だか3月だかの公演で、佐江や才加が研究生の頑張りに発奮の発言をして、多くのメンバーが目覚めた。
しかし、ともちんは茶髪キャラだし超選抜だし、突っぱねて、言うことを聞かないだろうな。
と思っていたら、ともちんは大勢のメンバー以上に発奮していた。
茶髪のビジュアルからは想像がつかない、チームスピリットを持っていると感じた。

とはいえ、普段の公演はどうしても他のメンバー以上に力をセーブ気味で、"ダルちん" と揶揄された一面も見てきた。
ヤルときはヤル、けれどもやらないときはやらない、ともちんはそういう性格と思っている。


ともちんの卒業発表は1月だっただろうか。
相当前から為されたにもかかわらず、卒業時期は8月の東京ドームと、やたら先延ばしするなあと思っていた。

東京ドームコンサート後に、ともちんは自分をセンターとして、いろいろなことをプロデュースして実行したと読んで、そのために東京ドームにする必要性があり、その準備に時間がかかったのだと納得した。

AKBで初めて茶髪にして、整形を疑われるくらいメイクを仕上げているともちんは(ホンマに整形かもだが)、実行力も人一倍あるのだと思う。
この実行力があれば、卒業しても仕事をどんどん見つけて来れるだろう。


さて、本文。
「蛇にピアス」がナントカ賞を取ったのは何年前だっけ。
そのとき、ピアスと聞くだけで、自分の体に穴を開けることを想像してしまい、無理無理無理無理・・・と思っていたが、今回、ピアスをしているともちんでさえ、

"特に最初に主人公のルイがベロにピアスを空ける所が痛々しくて、一回本を閉じてしまいそうになりました。"

なんて書いているのを読んで、私はこの本は一生読む機会がないと確信した。


おっと、話が逸れた。
感想文というものに対して、ともちんが勘違いしていると思うのは、

"ネタバレになってしまうのでここでは書きませんが、不器用な人達が不器用なりに愛を表現しようとして、ラストは本当に悲しくて衝激的な結末になってしまいます。"

と書いていることである。
感想文というのはネタバレしてもいい、というかネタバレさせるものである。

たとえばもし、感想文がネタバレNGだとすると、小学生が夏休み明けに宿題を出してきたのを、先生が読んで、どれもこれも

"ネタバレになってしまうのでここでは書きませんが、"

なんて書いてあったらどうする?
オマエら、ホンマに本を読んだのか?って、吊るし上げたい気分になるだろう?

個人的な考えを書けば、私は映画の紹介文でさえネタバレしたっていいと思う。
本当に感動する物語は何度観たって飽きないと信じている。
たとえば、白黒で残っているような名作映画は、あらすじを知っていてさえも、観たいと思うだろう?
ネタバレされたから面白くなくなったり、観る気がなくなったりする程度の作品は、実は観るほどの価値がないのだと思う。

だから、ともちんはネタバレなど気にせず、不器用な人達が不器用なりに、どのように愛を表現しているのか、それを不器用な自分はどう考えるか考えて書いて欲しかった。

そしてともちんが、不器用なことは好ましいと判断すれば、ともちんはこのままでいいだろう。
しかし、もっと器用になれたほうが生きやすいと判断すれば、変えるべきところも出てくるだろう。
ともちんの不器用なところもきっとたくさんあるだろうし、恐らく、好ましい不器用さはそのままにして、好ましくない不器用さを修正するという選別作業が必要になると想像する。

また、他人からどう思われているかに目を向けてみよう。
秋元康から何度も "不器用" と言われて書かれていることを、ともちんは完全に受け入れているわけではなく、納得するところはありながらもコンプレックスとなっていると思う。
たとえば、30歳になっても、秋元康から不器用不器用と書かれ続けるのはイヤだろう。

そのようなことを、アレコレと想像して、論理を展開して欲しかった。

髪の毛を染めて、顔を化粧するのと同様に、人々から "不器用" と言われなくなるように、これからはココロの方も上手に化粧して欲しいと思う。


ーーーーーー

「蛇にピアス」を読んで 板野友美
http://kansoubun.shueisha.co.jp/itano_tomomi/

 「蛇にピアス」はピアスとかタトゥーとか読んでいたらお腹がキュッと縮まる様な「痛い」小説でした。
 映画版の「蛇にピアス」を見た事があったのである程度は覚悟していたのですが、改めて文字で読んでみると登場人物達の「痛み」がよりリアルに伝わってきて、途中で何度もくじけそうになりました。特に最初に主人公のルイがベロにピアスを空ける所が痛々しくて、一回本を閉じてしまいそうになりました。
 でも、こんなにグロテスクな本なのに読み終わったあと全然嫌な気持ちにならないのはこの作品がただのサスペンスではなくて「ラブストーリー」だったからだと思います。
 登場人物は皆不器用で、本当の自分を隠すためにもう一人の自分を作り上げて自分の気持ちや衝動を押し殺して生活しています。そんな中、素直に本当の自分をさらけ出せる人と出会って、愛し合って…。ネタバレになってしまうのでここでは書きませんが、不器用な人達が不器用なりに愛を表現しようとして、ラストは本当に悲しくて衝激的な結末になってしまいます。
 私はそんなに激しいピアスもしていないし、タトゥーも入れようとは思わないですが、「不器用」という点ではこの作品の登場人物達と共通していると思いました。秋元先生が書いて下さる私のソロ曲にはいつも「不器用」という言葉が出てきて、自分ではそんな風に思った事ないけど思い返してみると自分の気持ちを素直に伝えられてないかも、と思う事がたくさんあります。だからこそ登場人物にすぐ感情移入が出来たし、一気に読み切れたんだと思います。
 「蛇にピアス」はちょっとグロいけど、自分に素直になれない人に読んでもらいたいオススメの一冊です!

「蛇にピアス」
著者:金原ひとみ

説明会終わりました。これからハローワーク行ってきます。

説明会終わりました。これからハローワーク行ってきます。

以上。

以下、朝に用意した文章。

最近、伊達娘が色っぽくなってきたと思います。
これまでは、発育は良かったけれども、幼児体型の延長みたいなところがありました。

胸も大きくなり、明らかに女性として成長はしていたのですが、まだ子供っぽいところがありました。
たとえばあやりんと比べると、明らかに大人と子供でした。
(それでも、38歳にもかかわらずその子供のほうに欲情していたのは私ですが)

それが、先日の東京ドームの写真を見たのですが、ドヤ顔の伊達娘は、その写真のどのメンバーよりもセクシーに見えました。

私は人間としてではなく、一匹のオスとして、勃起しました。

いつものように、皆さんは大西節操がないと思われるでしょう。
けれども、色気とは別の要素から好きになった女性に対して、いちばんセクシーと思えるのは、幸せなことではないでしょうか?


あなたは、ご自分の彼女や妻について、お世辞ではなく心から、美人とかセクシーとか思えますか?

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