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2013年8月 4日 (日)

ナツイチ メンバー一人ずつ講評 その41 あの日、君とBoys 島田晴香

なかなかいいことを言っている。「僕はそう思わない。」と言えることも必要と思う。自分の小学生の頃の体験と比較しているのもいい。

けれども、なにか肝心なモノが足りないと思う。
その肝心なモノとは、感想文を読んだいっときだけ思うことではなく、今後常にそう考えて実行するに違いないという揺るぎない確信である。

小学生時代の自分について書き、今後はこうしたいと言えるということは、言い換えたら「私はそう思わない。」と言えなかった経験が一度や二度ではなくあったのだと思われる。
そうであれば、「私はそう思わない。」と言えなかった理由を探り、必ず言えるまでに自分を正してはじめて、実行に移せるのである。

たとえいくら抽象論で決心を示そうとも、いざ具体論となると、やっぱり難しいよね、できないよねで終わってしまう。
そうやってけっきょく、変われるものも変われずに、いつまで経っても現状維持で安住してしまうのが人間なのである。

言い換えれば、現状維持で安住してしまわないための"核"が、はるぅの文章にはない。

たとえば私がはるぅならば、チームKキャプテンの大島優子や、支配人の湯浅、総支配人の戸賀崎に対して、「私はそう思わない。」と言いたくても言えない場面が出てくると思う。
彼ら、彼女らの立場に立って考えると、はるぅがいきなり理由も言わず「私はそう思わない。」と言ってAKBの活動をボイコットするのであれば、問題と思うだろう。
しかし、「私はそう思わない。」に続けて、「私はこの方法のほうがいいと思います。そうすると、あなたの考えも、他のヒトの考えもどちらもいれられると思います。」と言ったとすれば、決して悪くは思わないだろう。

いやそれでも虫のいどころが悪くて、干されたりするのではないか?
とすれば、いまはGoogle+があるのだから、理不尽な理由から自分が干されていることを訴えればいいのである。
いくらAKBといえども、Google+の書き込みを止められないし、それを押して書き込みを止められたらファンが騒ぐ。
そこまで泥沼になれば、AKBの理不尽な情報を持って、週刊文春に駆け込めばいいのである。
週刊文春もカネで抑え込まれたら、AKBのアンチ活動をしているヒトのところまで行けばよい。

そこまで対策を考えていれば、「私はそう思わない。」と言って理不尽な対応を受けようが安心である。
常に「私はそう思わない。」と言える人間になるためには、そこまで考えて欲しいと思うのである。


良く書けているからこそ炙り出されてきた課題であるので、はるぅの評価が低いわけではない。
しかし、"×指敵 ◯ 指摘" "×周りの様子を敬って ◯周りの様子を窺って" のように誤字があり、である調とですます調とが混在しているのは、大学生なんだし、すぐにでも直せると思うぞ。


ーーーーーー

あの日、君とBoys 島田晴香
http://kansoubun.shueisha.co.jp/shimada_haruka/

 私は、この本を読んである一つの小説にとても惹かれました。それは、逆ソクラテス作者は伊坂幸太郎さんの作品です。
 何故かというと、ある一つの言葉に惹かれた。
「僕はそう思わない。」私はこの言葉に重みを感じた。私自身、二十歳という世間でいう大人になったが自分の意見をはっきり言うことは難しい。となるとましてや小学生が自分の意見をはっきり言うのはとても難しいと思う。自分が小学生の頃を思い出してみると毎日学校に通う中で学校が生活の中心であった。学校という存在が自分にとって脅威だったかもしれない。世界の中心は言いすぎかもしれないが世界の中心が学校であったし、友達でもあった。その中でも、先生は絶対的な存在だったことは確かである。友達に反論することましてや先生に反論するなんてできなかったしそんな勇気もなかった。でも、小説に出てくる安斎くんは先生の間違いを指敵する。子供の頃自分より歳上の人は自分より頭も優ぐれていて、偉いと思っていた私にとってこの言動にとてもびっくりした。人生なにがあるかわからないが周りの様子を敬って生きるのは嫌だ。確かにその方が生き易いかもしれません。たくさんの人々が暮すこの地球には自分の意見を言える人がどのくらい存在するのだろうか。
 私は、AKB48というグループの一人として、一人の人として
「私はそう思わない。」と自分の意見を言えるような人でありたい。

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コメント

>たとえば私がはるぅならば、チームKキャプテンの大島優子や、支配人の湯浅、総支配人の戸賀崎に対して、
>「私はそう思わない。」と言いたくても言えない場面が出てくると思う。
>彼ら、彼女らの立場に立って考えると、
>はるぅがいきなり理由も言わず「私はそう思わない。」と言ってAKBの活動をボイコットするのであれば、問題と思うだろう。
>しかし、「私はそう思わない。」に続けて、
>「私はこの方法のほうがいいと思います。そうすると、あなたの考えも、他のヒトの考えもどちらもいれられると思います。」と言ったとすれば、
>決して悪くは思わないだろう。

>いやそれでも虫のいどころが悪くて、干されたりするのではないか?
>とすれば、いまはGoogle+があるのだから、理不尽な理由から自分が干されていることを訴えればいいのである。
>いくらAKBといえども、Google+の書き込みを止められないし、それを押して書き込みを止められたらファンが騒ぐ。
>そこまで泥沼になれば、AKBの理不尽な情報を持って、週刊文春に駆け込めばいいのである。
>週刊文春もカネで抑え込まれたら、AKBのアンチ活動をしているヒトのところまで行けばよい。

>そこまで対策を考えていれば、「私はそう思わない。」と言って理不尽な対応を受けようが安心である。
>常に「私はそう思わない。」と言える人間になるためには、そこまで考えて欲しいと思うのである。


などと直面する現実や自身の過去、実家と借金から逃亡し続ける大西秀宜は言うが、
その大西秀宜自身が何も出来ずに居るのだから笑ってしまうよ。hahaha

夢世界の殻を背負って、その中に隠れたまま大西秀宜が何を言おうともそれは空談に過ぎなくなる。
また、ブレまくりなのも問題だ。

普段は「ワタシは伊達娘が大好きー」と言うのに、それを忘れ果てている様な発言もしている。
これは大西秀宜がブレまくりだという一つの事例だ。

大西秀宜の本心は"MD/DD"なのではないかとさえ言えてしまうのだよ。

夢世界の住人である大西秀宜は、AKB48と派生グループを、
一種の後宮の様に見、自身はその中心にいると考えているのではないかと私は考えている。

メンバーに対する反応はそれを物語っている。
「ワタシは伊達娘推しですー」と言いながら、それを忘れている様な発言を頻繁に繰り返すのは、
これをはっきり示すものである。大西秀宜がいかに言い訳をしようとも、
自身の書いた文章が表す人となりは隠せないのだ。バレているんだから諦めろ。

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