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2015年6月17日

2015年6月17日 (水)

日本には言論の自由がありません。その理由。福祉事務所行って来ました。ブログ更新の危機です。これが最後の投稿になるかも知れません。

塚原係長らと話してくれる方と一緒に,福祉事務所に行ってお話ししました。

その方は,最初から,ブログはしないほうがいい,というスタンスでした。

塚原係長は,ブログをしてもいいけど,ブログをしているから攻撃される可能性があり,その結果として,通常のアパートではなくやむなく施設に入れねばならないと言いました。

さらに,大西には実家に帰るという方法もあるなどと言いました。

これに対して私は,実家に帰るなんて,インターネット上に書いてあるが,どうせ監視しているのでしょう!と追及しました。

しかし塚原は,自分は通報があったから見たのだ,としゃあしゃあと言いました。

日立製作所でも経験しましたが,”通報があったから見た”というのは,インターネットから情報を監視するために,体制側の使う方便と考えます。

そして打ち合わせ後に,この方と若干お話しました。

私の言っている”工作員”の存在について,一般人からすると信じられないかも知れませんが,この方は十分にその可能性があると認識していただけました。

日立製作所やAKSなど,カネを持っている体制側が暴力団を利用することはままあり,だからこそ個人で戦ったりはしない,集団で戦うのだと言われました。

私がインターネット上で活動するのも無意味で,もっとリアルで活動せねばならない,そのために労働者が団結して労働組合として力を合わせねば,とも言われました。

私も確かに,一面ではインターネット上で活動することの無力さを感じています。
けれども,労働組合として団結するのが,それだけで大きな力にならないのもまた事実とも思います。(ここはさすがに言いませんでしたが)

体制側から見れば,労働組合として団結していくら法廷で争ったところで,それはインターネット上にも掲載されないし,報道もされないので,それを知るのはごく一部です。
ですから,たまには労働組合側の勝訴判決を出してみたところで,体制側からすれば蚊が刺したくらいでしょう。

むしろ体制側は,確か自民党がネット監視費用を計上していたのでしたっけ・・・インターネット上で活動されることを最も嫌います。

そうするとやはり,労働組合として団結する一方で,それをネットで伝えていくことも必要と思います。
いろんな方法を駆使してようやく,知らない人まで情報が届くのだから。
そして体制側が一番嫌う方法なのだから。

その上で,塚原が監視しているのは目に見えているので,私がブログを書くのも辞めたほうがいいと,何度も強く言われました。
だからこそいま,これが最後の投稿かも知れないと書いています。
(けれども,いつか復活して書き込みます。I shall return! です。)

私も別に,ブログやtwitterという方法を使わなくてもいいのです。
私が見聞きし主張していることを,何とか世間い知らしめることができたらいいのです。

私が見聞きし,主張していることは,この方からすると当たり前のことだそうで,すんなり理解していただいたのですが,世間一般からすると到底当たり前ではなくて,”政府がそんなことするはずがない”,”日立製作所がそんなことするはずがない”と言われてしまうものです。

ならば,やはり労働組合として団結して,体制側に属する裁判所と掛け合って戦術的に小さな勝ち星を得ることとは別に,体制自体をおかしなものとして,人々に向かってもっともっと告発して,戦略的に大きな勝ち星を得ることも目指した方がいいと思います。

その前提で私が,「1人で主張できないとすれば,それはもう言論弾圧ですよね?」と言ったのですが,「言論弾圧ではない。1人で主張したのが間違いで,大勢で主張せねばならない」と言われました。

個人の自由がないのは,この方からするともう当たり前の前提条件なのです。

そこは分かってもらえませんでした。

日本語で”自由”と言っても,”free”と”freedom”の違いがあると言われて,私はそこは肯定しました。
しかし,”freedom”を勝ち取るための戦いに,一つの戦術しかないとは思っていません。
けれども,どういう戦略かは分かりませんが,大勢で認識を共有せねばならないところは同意します。

とにかく,個人の自由に至るまで,あやとりのあやを解きほぐさねばならないのですが,どうやって他の人々と認識を共有するか,これは本当に骨の入る作業だと思います。

正直この調子ですと,塚原に攻撃の手を与えないために,真に已む無く,ブログやtwitter,ニコ生を休止せざるを得ない可能性が高いです。

最後に。どうしてもここは気になるのですが,体制に抗している人間の経験が,体制に抗していない一般人に知られていない。
この差をなんとか埋められれば,戦争法案とかバーチャルな議論としてではなく,体制に抗していない一般人にリアルに認識してもらえると信じるのですが・・・

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