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2015年8月16日

2015年8月16日 (日)

どんなモノを食べたかは問題ではない。どんなことを考え行動し、記録に残したかが重要。

ネルソン・マンデラは、ロベン島に収監されていたとき、どんな食べ物を食べていたか?

いま何を食おうが、大した違いではない。

Mr.hのコメントから思ったけど、太平洋戦争の正当化と日米安保は相反するんちゃう?

日米安保はアメリカ従属。

然るに、太平洋戦争って、右翼いわく、アメリカに従属しないと言って始めたんちゃうの?


アメリカ支配に対抗するという理由で、アジアをひとつにすること、すなわち゛大東亜共栄圏゛を主張すること自体に、私は反対ではありません。


但しその場合も、EUのように、各国による自治は認められ、それぞれの民族も認められ、さらにそれぞれの言語も認められ、各国人が平等に扱われねばならないのは前提です。


政府の権力が強くなるのではなく、各国民の意思の疎通をはじめとした交流が活発になることで、発展が加速することが期待できるからです。

アキブータンっぽいのが書いてきていますが、私は元気です。

いまも水面下でいろいろなことが起こっています。

アキブータンっぽいのが書いてくること自体が、アキブータン本人がだいぶ弱っている証拠です。

弱い者ほど先に音を上げるのです。

AKBがもう撤退戦で後退し続けているのですから、目先の利益にならない公演曲などアキブータンが書くはずがない!と断言します。


ところで、高校野球のシーズンで、野球をちょこっと知っていて、若者を応援するのが好きな私ですが、私はどうも高校野球に魅力を感じません。

どこが勝とうが、どこかが優勝するのが目に見えているからでしょうか。

怪物選手を発掘できるほど試合を観ていれば違うのかも知れませんが、どこぞの誰かでは、応援のしがいがないと思います。


"もしドラ"って、私がまだAKBに興味を持つ前に流行りました。
私はこのiPadで電子書籍版を購入して、結局上陸できなかった小笠原への船の中で読みました(結局4泊5日太平洋硫黄島クルーズになったw)が、一度iPadに不具合が起きたときび全て消去してしまいました。

アレって結局、高校野球って誰かが考えた仕組みであって、その仕組みの上に最も上手く乗っかれた者が優勝するというストーリーですよね。

あれはあれで、一般人からすると荒唐無稽なお話でしょう。
野球の1試合1試合にはドラマがある。
プロ野球でさえ、1位の球団の勝率は6割にいくかいかないかくらいだったりします。
ですからトーナメント形式では、プロ野球の最下位球団が優勝することだってじゅうぶんにあり得ます。

けれども、確率論からいうと"その仕組みの上に最も上手く乗っかれた者が優勝する"確率が高いのは間違いありません。


たとえば私がどこかの高校野球の監督で、なんとしても優勝せねばならないという命を与えられたならば、勉強しなくてもいいように学校に話をつけて、その分、社会人とかプロとかでもそれなりに通じるレベルの野球を叩き込みます。

そうするとどうしても優勝してしまうでしょう。


イチローでしたっけ、バッティングセンターの最も速い球を、近い距離から打っていたのは。

その仕組みのトップに立ちたければ、その仕組みのトップをはるかに上回る練習をすれば、勝てるのです。

その練習が、単にイヤイヤなものになっては成果が出ないので、
「これができたらプロ野球の○○よりもいい選手になれる」
とかなんとか言ってみたり、いろいろ考えます。

もしドラでは、他の部活との交流なんかも描いてましたねえ。
それも、身近な他部がもっといい成果を出しているのに、野球部は身近な知識を活用していないのでは?というような描き方でした。

アレって日立製作所にも言えました。
日立製作所にも、隣は何をする人ぞ、というところがあって、もっと内部で喧々諤々すればいいのに、と思いました。

だから私は、社内SNS"こもれび"ならば喧々諤々できると思って、いろいろ書いて試してみたのです。
が、ユーザであるグループ企業員だけでなく"こもれび"運営事務局さえもが、"もしドラ"で描かれていたことをなにひとつ実践できていないことを、痛切に理解しました。


"もしドラ"で弱いと思うのは、高校野球の一番の顧客が観客という点です。

高校野球の一番の顧客が観客というのは事実ですが、それはさすがにイチ野球部の女子マネージャーが考えて獲得できるものではないです。

ヨーロッパで野球なんてされてないことからも、野球ってアメリカから流れてきた文化ですよね。


最初の方の話題に戻って。"高校野球"が夏の風物詩になって、自分の通った高校でなくても、自分の近い地域の高校を応援してしまう雰囲気が醸成され、顧客が増えたと考えられます。
一朝一夕にいくものではありません。

そう思うとアキブータンはよく、AKBを高校野球に例えてきましたが、高校野球と違って、大勢がテレビを観てしまう雰囲気を醸成しなかったことが、AKBにおける敗因といえると考えます。


発散した話題が上手く収束したぞ。

ホーキングの宇宙論とも整合性が取れるくらいの収束具合やろ。

宮崎駿は、最初に戻るような収束はさせんなあ。

昨日の終戦記念日に、思ったこと

いろいろ書きながら、終戦記念日に思ったことを書くのを忘れていました。

我々は戦争の記録から、戦争を起こさない方法を考え続けねばなりません。


ここで私が主張するのは、"戦争の記録"であって、"戦争の記憶"ではありません。

世の中には、あたかも"戦争の記憶"を代弁しているかのようなえい映像、文章その他の作品が多すぎます。

然るに、本当に戦争をしたこともない者たちが、誰かからの伝聞でしかない"戦争の記憶"に固執することは、戦争を画一的イデオロギー的に捉えることとなる可能性が高いために、否定的です。

私は以前より書いていますが、戦争でどんなに悲惨な状態になったと描いてみたところで、自分の経験でもなんでもないわけですから、悲惨ではあるが他人事、君子危うきに近寄らず、だと多くの人々は考えてしまうのです。


たとえばがんとかエイズと一緒ですよね。
交通事故でもいい。若年で妊娠して堕ろさねばならなかった場合でもいい。

いくら自分がそうなったと、悲惨さを訴えたところで、自分は関係ないと思う人が大部分なのです。

"君子危うきに近寄らず"
ではなく、危ういものを見極めて、危うい原因を自分の手で事前にひとつひとつ取り除いていくことが必要なのです。


それこそが、安倍政権らが言う「積極的平和」だと考えます。

日本の戦争法案なんて、たとえば友達が交通事故を起こした後で、友達の事故の相手方に対して一緒になって数で圧倒する。悪いものをも悪いと認めない。と言っているのと同じですよね。

そうではなくて、友達やそれ以外の人々に対して、安全運転を啓蒙すべきで、それこそが「積極的平和」だと思うのです。

そう思いませんか?

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