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2016年2月2日

2016年2月 2日 (火)

なんか、ギャラリーがうるさいから念のために、トリップを示します。

コレじゃ。
◆yoCsKijoxhpN

どうせ日本政府は、恣意的な理屈で、私の書き込みとブログを繋げてなんかやってくるんやろ。

けどそれをしてきたら、AKSや日立製作所との訴訟で、私の理屈も考慮しろよと、いろんなところに言いまくるぞ。
証拠はあるんやし。

私の主張が具体的に見えてきました。いや最初から見せているけれども、相手が共鳴してくれるかは不安やった。それが解決した。

2ちゃんに書いたことやけど、長すぎるからか”p53”により削除されたので、ココで再掲や。
>>213 つづき
ハタチの私でさえ、”金環蝕”を観て、意味がわからず寝てもて、
ナントナク政治の世界は黒い、という印象しか持てんかった。
だから、AKBメンバーのみんなも、私が主張することを理解できんでもええ。
ただそういうのがあり得るというのを、ナントナクでええからアタマの隅にとどめてもらったらそれでええ。
”金環蝕”は、たぶん、1995年の映画100年で上映したんちゃうかと思う。
それから21年経っとるんやから、AKBメンバーが想像する以上に、100年って短い。
私はこの映画を観た当時、そこで行われる会話にどういう意味があるのか全く理解できんかった。
けど、いまならば理解できる自信あるなあ。
てか山本薩夫って、映像だけに頼らずに、それを一般市民にどう訴えるかを、考えんかったんかなあ・・・
社会民主主義者とかナントカではなく、真の共産主義者(=実は民主主義者)が、山本薩夫と共鳴し合えんかったことは、
共産主義の歴史を40年くらい遅らせたといってもええかもなあ。
私には、共産主義と民主主義は全く同じに見えるねん。
なかまったーが経済本で、民意を汲むために議会が必要、とか言うとったけど、インターネットの現代では議会なんか不要やないか。
いや、風評などあるから議会は必要という声に応えて譲歩したとしても、議会はリアルタイムに民意を汲み取るれるだけに
技術は発展しとるやん、といいたい。
そもそも論として、労働は技術で搾取されるのに、議会の議論は技術と隔離されとるって、どう考えてもおかしいよなあ。

私が学校の先生を嫌う理由など

私が学校の先生を嫌ういちばんの理由は、自分が上にいくために、自分の成績のため、生徒を利用しとることや。

日本の教員の判定基準ってそうなってもとるやろ。
ホンマは、その子の夢を見つけて、叶えてあげる手助けをするのが、先生の本当の仕事であるにもかかわらず。


いや、私の主張は間違えとる、生徒に対して必要な知識を与えたらええんや!って言うヤツは多いやろ。
けどそれやったら、別に先生は生身の人間である必要がなくなり、パソコンの教材でも良くなってしまう。
パソコンの教材と、それをちゃんとやっとるか監視する監視員がおったら、教員なんて要らんようになる。

けっきょく教員は、たとえ理科でも数学でも、それがその子の将来にどんだけ必要かを、子供に対して主張せなアカンねん。
それを子供が理解できれば、自分から自然と覚えるよ。


そうではななく、教員が板書マシーンとなってもとるから、現実にパソコンの教材と監視員に分解されて、それに対して教員は反論できんようになっとる。

"チーム学校"ってのも、概念的に言うたらそういうことやろ?


なんでもそうやけど、
「この仕事はそもそも本当に必要なのか?」
と自問自答することって必要やと思う。

鉄道がインバータ化されて、自動改札化されて、運行管理システム化されて、もうほとんど省エネも省力化も突き当たったと、私は日立製作所に入った頃に思った。

私はそのとき、その先には、開発者が不要になる(減る)世界があると考えた。
開発し尽くしたら、メンテナンスとか運行要員は必要やけど、開発者である自分は好きな鉄道の世界から身を引かざるを得なくなるときが必ず来ると考えた。

だって、鉄道を動かすのは最後は人間や。
その人間の仕事の補助にはなれても、それ以上のための人減らしの理由にはできん。
また、省エネだって、そのシステムの製作に費やすエネルギーや労力もトータルで考えたら、むしろエネルギーロスが増えてまう点が必ず来る。
廃炉作業にものすごくエネルギーも資源も費やしとる、福島第一原発がええ例や。

果たして、それは正解やった。
そして、それを認めたくないヤツらが、「より安全になりました!」なんていいながら、全く安全ではないINTEROSのようなモノを生み出してもた。

まあ原発なんかも既に不要なことは分かっとるけど、やっぱそれを認めたくないヤツらが売り続けとる。
日本はアメリカやドイツさえ撤退したモノをむしろ推進しとるところが、また腹黒い。


先生のハナシからだいぶズレたけれども、
「この仕事はそもそも本当に必要なのか?」
と自問自答する人間が、世界中探し回って、どうも私しかおらんみたいや。

その自問自答の結果は、生徒各々をジックリ見て、この子はこういうところが得意だ、苦手だと考えて、生徒とじゃんじゃん話し合うことになると思うねん。


私を自己主張が強いと思うヤツも多いやろけど、そりゃ、生徒が先生に対して劣等感を抱いとるときに、自分から進んで、めっちゃどんくさい失敗エピソードとか話して、
「このひとでもこんなアホな失敗したんや!」
って、安心させたらなアカンからなあ。


私は完璧にはほど遠い劣等生を何十年とやってきたし、いまも劣等生や。

ただ、社会の根本をなんとしてもひっくり返さな、という思いは強いぞ。

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