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2016年2月10日

2016年2月10日 (水)

AKB48チームA新公演「M.Tに捧ぐ」公演を観たけど、観るべきところがまるでなかった。福島第一原子力発電所事故と同レベルに酷いレベル。除染作業が必要や。

私はつねづね主張しとるとおり、舞台演出を増やすのではなくメンバーに考えさせるべき、という思いを持ちつづけとる。
その思いを、アキブータンは、RESET公演とかシアターの女神公演ではまだ持っとったんやけど、「M.Tに捧ぐ」公演ではその要素はなくなったといっていい。
伊達娘は、公演の革命とか書いとったけど、こんなん革命ではない。為政者による圧殺や。
(伊達娘はガチで革命と思って書いたのか、内心そう思わずに書いたのかワカランけど、内心そう思ってなくても、AKSに所属する限り、公演を肯定してかなアカン運命にあることも考慮せなアカン)
だいたい、AKBの公演は、メンバーがどうやって表現力を身につけるか?の練習曲や、と、私はAKBを観だした数ヶ月で見抜いて書いた。
なのに、アキブータンは私が4年前に達した結論を、いまだに理解できてない。
舞台演出が凝った代わりに、衣装が全員同じスタイルに戻ってかなり逆戻りしたのも、衣装の予算を相当削られとることを意味しとる。
てか衣装を”シアターの女神”公演のように、全員少しずつアレンジを加えて可愛くしとったのは、しのぶの功績ではなく、雇ったデザイナーの人数に比例するのかなあ、なんてのも思った。
あと曲調もマズイ。
わかりやすい音程とかリズムではなく、中途半端な音程(半音、なんやろな)や、妙に長い声とか使うとって、それも観るほう踊るほう双方にあまりいいカンジになってなかった。
歌詞もアカンねやろなあ。
なんか、3,4曲あたりか、オトコ目線の歌詞が連続して、いや観客は女の子目線のものが観たいんやろ、と思うてもた。
いくら自己紹介のタイミングをずらしてみたところで、関連性のない曲について十数曲パフォーマンスをするという、公演というスタイル自体がかなり陳腐化しとると思った。
曲ではなくて寸劇にしてまえよ。
てかアキブータンに発想の限界があって、アキブータンが発想を放棄して、現場スタッフでできる限りのことを考えたらこうなった、のかもなあとは思う。
それで舞台監督が有能で、舞台演出だけ凝ってみました、とか。
舞台監督だって、ある一部分の演出に凝るのは、自分に与えられた仕事をするという意味では必要なんやけど、その次には、自分に与えられた仕事が全体にとって持つ意味を考えななあ。
たとえば、自分が原子に関する技術者として教育を受けているとして、その自分の技術が核兵器に用いられとるとしたら、自分の覚えた技術は世界にとっては不要、とか主張するような、逆転の発想も必要や。
いや、上から与えられた仕事という意味では逆転しとるだけで、本来人間が人間として生きるためには、「自分の覚えた技術は世界にとっては不要」と言い切れる胆力が誰にもあって欲しいんやけど、そんな胆力がある人間はいないのが現実や。
AKBはこれからどうやって潰れてくのかワカランけど、間違いなく潰れる過程にあるというのは改めて確信した。
実況スレでレスしたことを、以下に示す。
戦乱の渦中に、伊達娘らメンバーを放り出して自分だけ逃げることなんか、私にはできん。
AKB48公演配信専用実況避難所☆320
672 :おーにっちゃん  ◆yoCsKijoxhpN :2016/02/10(水) 20:55:30.93 ID:6T+np8rM0
>>666
そんなダメダメなところを、じゃあどうやって改善するよう考えるか?もまた仕事。
福島第一原子力発電所が事故を起こして、じゃあみんな放棄するかというと、放棄せずに除染作業すべき人間も必要なわけで。
私はこの公演は、福島第一原子力発電所事故と同レベルに酷いものやと思う。
けど、だからこそ私が除染作業の最先端に立って、メンバーに戦うチカラを与えることも必要やと思うねん。

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