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2016年2月29日

2016年2月29日 (月)

”A2-B-C”感想の続き。甲状腺がんが増えているのを、日本政府はひたすらに隠蔽しています。福島は子供が「自分は白血病とかがんで死ぬ」と言い、若者も赤ちゃんが奇形で産まれるリスクを考え中絶する女性もいるそうです。

”A2-B-C”では、子供の間で甲状腺がんが増えていることを告発しています。
データでも明らかに増えているのです。
けれども、日本政府は、「診察に来るヒトが増えたから」とかめちゃくちゃな回答に終始しています。
いくら診察に来るヒトが増えようが、100万人に1人の発症率であれば、何万人来ようが100万人に1人の発症率は100万人に1人で変わりがありません。
ところが、ちょっと前の記事を見ても、100万人に310人も発症率しているのです。
この事実からは避けられません。
また、映画では伝えていましたが、日本政府が、がんと原発事故の因果関係は認められないと主張しているにもかかわらず、保険会社は、福島に住んでいる(住んでいた)と伝えるだけで、がん保険に加入させてもらえない事例がたくさんあるそうです。
日本政府が本当に、がんと原発事故の因果関係は認められないというならば、保険会社に対して指導すべきですが、その矛盾を日本政府は埋めようとはしません。
また、福島で住んでいる小中学生くらいの子供が、フリーで発言できるところで、「自分は白血病とかがんで死ぬ」とか平然と言っているのです。
これも本当に許せません。
どうして未来あるはずの子供が、自分はがんで死ぬのだ、と平然と言えてしまうのか。
チェルノブイリ事故でさえ、帰還基準5mSv、1mSvで避難できますが、日本では、被曝を20mSvまで引き上げて、強制帰還させられています。
それさえも、あれやこれやとデマが飛び交っています。
検索した中でも、チェルノブイリ事故の帰還基準は事故の5年後に定められたもので、事故時点ではないとか書いてある反論がありましたが、セシウム137の半減期30年を考えたら、5年なんて誤差の範囲でしかありません。
いまの放射線量は事故当時とほとんど変わっていません。
なのに、もう人々は震災を、5年という契機で忘れてしまっています。
私が応援する岩田華怜の「カレンの復興カレンダー」が、4年で修了とのことです。
これは岩田華怜ではなく、NHKが決めたことでしょう。
けれども実態は、復興にほとんど手がついていなくて、むしろボランティアの目が他の災害に向いて、東日本大震災の復興に行っていないいまこそ、大勢のケアが必要なのです。
福島第一原子力発電所事故から避難を強制された人々が住んでいる、仮設住宅を見た、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)事務所に勤めるスイス人が、仮設住宅を見て、「ココはアウシュビッツか?」と言ったそうです。
日本ではどうしても、「お国から恵んでもらっているのだから、最低限で当たり前」という風潮がどうしてもありますが、最低限の中には、ココロが平穏に保てるとか、ちょっとくらい娯楽ができるとかもトータルで含まれるというのが当たり前です。
そのうえ、福島第一原子力発電所事故なんて完全に日本政府の失政の結果なのです。
それぞれの人々に対して、もっと豪勢な建物があって然るべきです。
シリアかどっかの難民キャンプだって、住宅を円形に配置し、中央には大勢が集まって来れるモスクがあるようにしているとのことでした。
そういえば私だって、日立製作所-経済産業省から恣意的に懲戒解雇されて、日本政府は私を守ってくれないとして、2012年6月にドイツに亡命し、翌年7月に強制送還されるまで、難民として待遇を受けました。
1ヶ月いた1次施設こそ、8人部屋で、トイレと共通のシャワーで、毎回毎回食べ物も牛乳、パン、チーズ、ハム、それにプラスして、早く行けばおかず1品、と、かなり酷いものでしたが、2次施設では自炊可能になり、3次施設では村が管理するアパート暮らしでした。
福島の仮設住宅よりも明らかに広くて、自由がありました。
日本の避難民はそれだけ酷い生活を強いられているのです。
もっともっと騒いで然るべきです。
福島の人々のお話に戻って。
結婚して、子供が産まれようとしているとき、子供が奇形だったらと思って、中絶する人がいるそうです。
この映画では、男性に質問したら、「そういう噂がある。実際には知らないけれども」という回答でしたが、女性は「実際に中絶した人を知っている」ということでした。
やはり女性のほうがいろいろ知っているのかな、と思いました。
また、”除染”自体にも触れなければなりません。
除染作業は、たとえば学校敷地はされますが、学校を一歩離れたら除染は手付かずで、”立入禁止”の札がかかっています。
そんなのでは、強風が吹いたら敷地外からの汚染物質が吸われるだろうし、”立入禁止”の札がいくらかかっていようが、子供が”立入禁止”の札の向こうの野原で遊びたいのは、当然の欲求と思います。
それまでを考えて、こんなところで子供に教育させるのは問題だ!と非難するお母さんがいるのですが、そのお母さんが今度は、報道統制、情報統制下の日本政府に抱き込まれた大勢から、
「おかしなことを言っているヤツがいる」
というような視線で見られてしまうのです。
日本政府が情報を如何に統制しているかは、私の昨日書いた感想にも述べています。
さらに、私が許しがたいと思ったのは、医師の会合で、山下だかが
「甲状腺がんは増えていない」
と主張し、これに対して他の医師が
「甲状腺がんは増えているけれども、放射性ヨウ素をどれだけ浴びたかを検討せねばならない」
とか言っているのが腹立たしかったです。
確かに、甲状腺がんの原因のひとつとして、放射性ヨウ素を浴びたかどうかというのはあるらしいですが
ならばいま放射性ヨウ素を浴びてないから、甲状腺がんがないかというとそうではないし、福島で生きる人々は、セシウムとかストロンチウムとか、その他まだ知られていないかも知れないけれども、そのような未知の物質があちこちに存在し、自分らの健康にどう影響を与えているのかが全くわからないことにこそ怯えているのです。
ならばどうして医師が、
「甲状腺がんは増えているけれども、放射性ヨウ素をどれだけ浴びたかを検討せねばならない」
なんて限定して言えるのか。
それで、過去に浴びた放射性ヨウ素について議論したところで、何か得られるのか。
過去に浴びた放射性ヨウ素なんて、後で後世のヒトが検討したらいいのだから正直どうでもよくて、いま目の前にある放射性物質、それに向き合わねばならない人々、これらについての対処をこそ、我々は考えていかねばならないと感じました。
そういえば私はもう10年ほど前、田中麗奈が演じた”夕凪の街 桜の国”という作品
を、原作と合わせて観たり読んだりして、原爆を過去のものとして悲劇的に扱った、佐々部清の描き方は完全な誤りで、現代でさえ原爆に悩む石川七波(田中麗奈)の気持ちにもっと寄り添って、原爆について現代のこととして考えるべきだ、と主張しました。
私はその思いは変わりませんし、福島第一原子力発電所事故を受け、さらにその被曝に苦しむ人々を見て改めて、当時得た私の感想は極めて正しかったと思います。
私の、”夕凪の街 桜の国”に関する批評、以下の通り7/30に書いたはずですが、いろんなところで落とされて、削除されています。
これが”情報統制”です。
自分が書いて残したはずのものが、いつの間にか消され、日本政府にとって都合の良い記事しか残らないのです。
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【ネタバレ】映画観ました。私は残念派です。  投稿者:こと  投稿日:2007年 8月 4日(土)20時18分22秒 編集済
 ずっと前に書き込みさせていただきました、ことです。
映画には疑問を持っていて、多少引いた目で見ていてどうしても会話として合わない部分があったので、質問されて回答していなかったものがあること、ご容赦ください。
私は観ましたけど、いろいろ疑問があります。Yahoo!やmixiで7/30に書いてますんで、もし読みたい奇特な方があればご覧ください。
今日はそこに書いてないことで、もっと根本的なことを思い返しましたので、一つだけ書かせてください。
確か皆実が「原爆は落ちたんやない、落とされたんよ」というような表現のことを言って亡くなっていったと思うのですが・・・この「落とされた」という表現は間違いなく使っていて、大変違和感を覚えました。
「落とされた」・・・では誰に?勿論、「アメリカの軍人」とか「B29の乗務員」とかいうのが正解とされるのでしょう。
けど、その裏にはアメリカの上層部がおり、それとやりとりしていた日本の上層部がおり、ロシアがおり、いろんな人の思惑の結果であって、「アメリカが落とした」と決め付けることに、私はあまり意義を見出しません。
むしろ、原爆は「落とした」。誰が、というと、「人間が」。
原作も、映画も、描きたいことの一つとして、"今後核兵器が落とされることがないように"、という思いがあって、だからこそいまこうして核に苦しむ人を描くことに意義があるので。「落とされた」というのは描かれるべきでない被害者意識を表したものだと思うのです。
そう思って原作を読み返すと、P33で「原爆を落とした人は」という表現が使われているだけで「落とされた」とは一言も書いてありません。もちろんP33も主観的に読めば「B29の乗務員」になるんでしょうけど、広義に読んで「落とすことに加わったすべての人」という解釈も可能です。(「落とされた」では不可能な解釈です)
この、「落とした」主体の件がどうしても気になって、Webで調べてみましたら、(こうのさんを始めましてこのページを読む人には恐らくものすごい基本的な事柄で恐縮ですが・・・参照したのは下記)
広島平和都市記念碑(原爆死没者慰霊碑)の碑文「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」には主語がないという論議があり、パル判事が「原爆を落としたのは日本人でないことは明瞭」としたのに対して、雑賀忠義広島大学教授が抗議し、
「広島市民であると共に世界市民であるわれわれが、過ちを繰返さないと誓う。これは全人類の過去、現在、未来に通ずる広島市民の感情であり良心の叫びである。『原爆投下は広島市民の過ちではない』とは世界市民に通じない言葉だ。そんなせせこましい立場に立つ時は過ちを繰返さぬことは不可能になり、霊前でものをいう資格はない。」と
やはり、映画版の「落とされた」はどうしてもマズイかな、と思います。こうのさんに恐縮ですが・・・
潮時が来たのでお別れを言いに来たの  投稿者:ことメール  投稿日:2007年 8月26日(日)02時20分44秒   通報 編集済
 あんまり映画の批判内容ばかりだと、この掲示板に書き込みしづらい方もおられると思いまして、そろそろ潮時にして退場いたします。ご助言いただいた方には、多少きつい言葉になりましたことをお許しくださいませ。
Metalloprotein様は、4/30に映画公開前ということで「一旦退場」なさいまして、それから公開、こうのさんご自身の映画の感想解禁発言、その後ぼつぼつと、概ねMetalloprotein様の書き込みに沿わない好意的な感想が出てきて、現在では公開からほぼ1ヵ月経っている状態ですから、その時点で書き込みがないということは、書き込んでいただくことがない可能性の方が高いと思います。
勿論DVD化等のタイミングで書き込まれる可能性は否定できませんし、また現在もしお読みであれば、私が退場したタイミングで発言されることも考えられますけれども。
「医学的考証のミス」ですけれども、私が調べた限りで分かるのは、霞は被曝による細胞の死により脱毛したかも知れないが、皆実は被爆後10年後という時期であるため、Metalloprotein様のご指摘にありましたし、こうのさんも肯定されていますので白血病による死亡であります。その場合脱毛することはあり得ません。
紫斑については、細胞の死でも白血病でも出るようなので、その出方が違うのかも知れませんが私の理解の域を完全に超えています。
ただエストウォルド様の最後の2行は正確な転記でなく(あえてそうされているのだと思いますが)、私は正確な転記が必要と思い恐縮ですが転記します。
【転記はじめ】
「医学的考証のミス」について  投稿者:Metalloprotein  投稿日:2007年 4月25日(水)21時42分13秒
   遅くになってすみません。この件、会場で佐々部監督にじかに問い質しました。「映画を面白くするための演出」という意味のご返事に心底失望いたしました。医学的にまだ解明されていないレベルではなくて、単なる無知、無関心、意図的な歪曲という水準である
【転記終わり】
「演出上こうした方がわかりやすいと思った」と「映画を面白くするための演出」では、事実を分かりやすく為の演出か、事実そっちのけで面白さを優先の演出かという意味で、受け取り方が全く違うと思えます。
Metalloprotein様は、「放射線影響研究所の研究員に報告いたしました」と書き込まれています。エストウォルド様に教えていただいたページですね。私からも、こちらに投書でもしてみましょう。連絡つくかも知れませんし。あまり期待はできませんけど。
"多少きつい言葉になりましたことをお許しくださいませ"とは言いながら、てる様に一言だけ申し上げたいのですが。
小説でも漫画でも映画でも、私のようなシステムエンジニアでも、ものの作り手は、プロフェッショナルであればあるほど遍く、何らかの意味を持って作ります。受け取り手がそれに意味を見出すかはともかく。
ですから、引用いただいたこうのさんの文章は、書き込まれた当初よりご本心からの文章ではない、と思い続けています。
私がそう考える理由は、原作やその他のこうの作品、そしてこうのさんが他の作品(「王と鳥」)を観られた感想
特に
"わたしはいずれにもなり得る、いや、すでにいろんな局面でそのいずれでもあると感じるのです。うまい結末が易々とある筈などないのです。そんなものがあるなら、この世界はもっと違うものの筈だから。"
の部分。これはこうの作品の全てに私が感じるものであり、また映画版「夕凪」では感じ得ないものだからです。
またこうコメントされた理由は、私の思いつくところ2つありまして。1つは私などと異なり原作者という非常に重要な地位にある方が、映画を批判された場合、映画関係スタッフや興行主その他の生活に与える影響があまりに大きい点。もう1つは、それでも映画として世に出れば、批判等に揉まれたり原作が売れるなりして圧倒的大勢の方に関心を抱かれるだろう点です。
これ以上お目汚しするのも恐縮ですので、これ以上こちらには回答いたしません。
疑問点等あればメールアドレス又はmixiの方にお願いします。皆様にも見ていただきたいのであれば、本ページと両方に記載いただければ、別途思うところを回答いたします。
長々と失礼しました。暫く出てきません。またほとぼりが冷めたころに出てくるかも知れませんがお相手してやってくださいまし。
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私の記事が消えているのも問題ですが、この、”Metalloprotein”を名乗る切れ者の記載が、この掲示板から恣意的に消えているのも問題と思います。
私は今回の上映で、被曝医療の第一人者である、肥田舜太郎先生
のお名前を知ったのですが、”Metalloprotein”を名乗る切れ者は、どうも肥田先生ご自身だったのではないか?と思います。
肥田先生なればこそ、”夕凪の街 桜の国”の、公開3ヶ月も前の試写会に呼ばれ、常人であれば賛辞を送るところ、「医学的考証のミス」を、佐々部監督に対して鋭く指摘できたのではないか、と思うのです。
そういえば私は、何度も書きますが、日立製作所時代、2000年と2009年に、福島第一原子力発電所に見学に行きました。
当時日本政府は「五重の壁」で絶対安全、と言ってきました。
建屋内部にも入り、水を張った下に核燃料がある、と聞いて、なんかすごいなあと思いました。
とにかく、福島の人々を避難させ、世界にある原発を廃炉に追い込まねば、真の平和など覚束ないと考えます。

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