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2016年4月7日

2016年4月 7日 (木)

【詳しいネタバレあり】「雨のち晴れ」4/7夜公演を観た感想

2回目を観て、ようやく全体が把握できた。
やっぱ、謎解きみたいなストーリーって、なんか隠されていて心地悪い印象ある。
それが2回目ですべてクリアになった気がした。
てか私が認識したクリアであって、それが作り手の意思と異なるかもやけど。
時系列でいうと。
ぽんみゆの晴美と、兄の陽介は、中華料理屋を営む両親の元で育った。
けれども、母親が先に亡くなり、その後に父親が亡くなった。
このとき晴美は小学生、陽介は高校生だった。
晴美は両親を手伝っていて、陽介は手伝わなかった。
その時点で陽介はどう生活したのかはわからないが、両親の中華料理屋はたたんだ。
晴美は、陽介に「中華料理屋を営んで欲しい」と、ひとつだけお願いをして、それを陽介は聞き入れて、独学で勉強して、兄妹で中華料理屋を営むようになった。これが4年前。
あるとき、晴美は陽介にコッソリ隠れて雑誌の取材を受け、それなりに繁盛したらしい。
陽介の料理の腕もかなりのものだったのだろう。
そして、1年半前の雨の日に、晴美は、お醤油などの食材を買いに出て、なんらかの事故に遭って亡くなってしまった。
ところが、それ以後、陽介の中華料理屋に、雨の日に決まって晴美の幽霊(陽介やバイト店員には普通に晴美に見える)が出るようになった。
それが、一般の客には理解できず、気味悪がって客足が遠のいた。
陽介には、晴美との思いの詰まったお店を、変えてしまうことはできず、かといっていまのままで繁盛させては晴美が出てこなくなるために、そのまま置いておいた。
けれども、その陽介を見るに見かねて、高校の部活の先輩である上野や、同郷で名店と思っていた神田が接触してきた。
最後に、晴美は、もう出てこないと決心して、出て行った。
おおざっぱにいうとこういう流れ。
こう書くと、ストーリーとしては綺麗ではあるけれども、”最後に、晴美は、もう出てこないと決心して、出て行った。”では、ならば自分達にナニが残ったのか?が足りない気がするなあ。
気持ち良く泣ける、というのは、一般人にとっては必要かも知れん。
別に戦争の悲劇をことさらステレオタイプに描いて泣かせているわけでもないし、誰かが悪者になっているわけでもないし、脚本としては好感が持てる。
けれども欲を言えば、「ならば自分達にナニが残ったのか?」をちゃんと描いて欲しい。
或いは役者であれば、「ならば自分達にナニが残ったのか?」を思い描いて演技して欲しい。
たとえばぽんみゆのセリフで、「陽介は太陽の陽、晴美は晴れの晴、あなたたちは笑っていて。」という言葉があって、これに感動してしまう人も多いだろうけれども、物語の説得力としては弱い。
というのも、わかりやすいたとえとして、「応援で『頑張れ』というのがあるけれども、これまでも頑張っているのに、いったいなにを頑張ればいいのかわからない」というホンネが言われることが、ままあることがある。
”笑っていて””頑張って”とかいう、誰にもどうとでもできる言葉ではなくて、いまそのヒトに対して本当に必要な言葉ってなんなんだろうか、という考察が足りてないんじゃないか、と思ってしまう。
晴美が陽介に対して、「縛ってなんかなかった」と言うところもあるけれど、なんかそうじゃない感がある。
たとえば、陽介の店に若い女性が来て、陽介のラーメンに感動して、「これからは私が一緒にやっていくわ」ということになって、晴美は心置きなく成仏できる、とかならばいいのかなあ・・・・
いやけどそれも、実際の、”非リア充”といっていい観客にとっては、「それを見せられても、自分達がどうしようかというのには繋がらない」ということになってしまう気がする。
そのあたりをどう解釈したものか?
私がなんか見落としたところあるか?
私は金銭的な面などから、明日が最終日になってしまうが、私も見つけたいし、ぽんみゆはじめキャストの方々も、この物語を自分の生き方にどう繋げるか、という観点から捉え直して欲しい。
そうすると、きっと演技に幅が出ると思うから。
ちなみに、ぽんみゆの演技はなかなかいいと思ったけれども、ひとつ、大勢がぽんみゆのことを不審に思う、ぽんみゆの一人芝居のところがあって、そこのやり取りの間の取り方がなんか早い気がした。
私ならば、架空のお兄ちゃんが話すぶんだけ間を置くかなあ、と思うのだ。
とはいえ、間を置かないことで、会話の不自然さが際立つと思われて指導されたのかも知れない。
あくまで私ならばそう演出してみたいかなあ、と想像したということ。
実際そうやってみたら、そっちのほうがおかしいかも知れない。
もう眠いから明日につづく(てか明日書けるかな?)

宣言どおり今日も来た

いちばん後ろからひとつ前の席にした。


前の席は舞台を見上げる感じやから。


昨日と同じヲタが何人おるのかワカラン。

私もヲタで知っとるの、かんすけしかおらんし。

観客は9割方オトコかなあ。

女性らしきのを指折り数えても6人しかおらん。


ぽんみゆ以外のファンのヒトは何人くらいおるんかなあ?

やっぱこういう小劇場モノは、目立つキャストを一人ひっこ抜いてきて、そこからファンを拡大するんかなあ?

けど、AKBヲタは握手とか選挙にカネ取られて、他の趣味につぎ込むことなどないぞ。


とはいえ、AKBからヲタ卒する人々を見つけたほうが、趣味が何もない人々に趣味を持ってもらうよりも近道ではある。


まあ、どこにどんな機会があるかなんてワカランわなあ。

回生ブレーキとはなにか、全電気ブレーキとはなにか、TASC装置とはなにか、それらを組み合わせてもちゃんと動くものなのかどうかをチェックせなアカンなあ。

山手線はなんかしっちゃかめっちゃかで、本来のシステムのあり方がわからなくなっとる気がする。

全電気ブレーキの本来の動作からしたら、なんか京浜東北線のE233系ですらおかしなところがある気がする。

てか、そもそも、電車ってどこでどれだけの電力を消費するか予測できるんやから、電圧1700Vで回生失効起こすって、おかしいと思う。

京浜東北線の運転士さん、前かがみ過ぎるw

京浜東北線の運転士さん、前かがみ過ぎるw
京浜東北線の運転士さん、前かがみ過ぎるw
京浜東北線の運転士さん、前かがみ過ぎるw
左側のブレーキ力及びブレーキ圧がほとんど見えんw


けど、山手線よりは回生率高く見える。

普段よりも空気ブレーキ率が高い場合があるとも思うけど。

やっぱE231系もブレーキ圧高いなあ

やっぱE231系もブレーキ圧高いなあ
やっぱE231系もブレーキ圧高いなあ
雨の日は回生抑え気味なんやろなあ。

ただそうすると、VVVFインバータ制御を入れ始めたときの、再粘着性能を見込んだのはウソかよ?

というハナシになる。


京浜東北線に乗り換え、京浜東北線をチェックしよう。

よく話題にされる、E235系の架線検測装置

よく話題にされる、E235系の架線検測装置
よく話題にされる、E235系の架線検測装置
毎日ライトアップしているけれども、架線検測なんて滅多に要らん。

架線そうそうすり減らんもん。


こんなんパフォーマンスや。

大崎10:09着。所定9:57やから、12分延着やなあ。

雨の日やとこんなもんなんか?

M車に乗っている限り、加減速ともに、通常とは異なる揺れを感じるなあ。

若干ではあっても回生効いとるんやろなあ。

いやしかしこの荒っぽい停車は、最初からか。

先頭車以外乗ってないからなあw

改めて、ブレーキ時にブレーキ圧が高い証拠写真

改めて、ブレーキ時にブレーキ圧が高い証拠写真
立ち上がりから少ししてから。


その後M車に移って、回生の効きぐあいを耳で聴くわ。

池袋駅で前方列車に詰まる

池袋駅で前方列車に詰まる
目視で列車間隔200mってとこかなあ。

停車時に空気ブレーキ圧がかかっていて、電圧上昇もしてないし、ほとんど空気ブレーキ頼みやなあ

停車時に空気ブレーキ圧がかかっていて、電圧上昇もしてないし、ほとんど空気ブレーキ頼みやなあ
停車時に空気ブレーキ圧がかかっていて、電圧上昇もしてないし、ほとんど空気ブレーキ頼みやなあ
停車時に空気ブレーキ圧がかかっていて、電圧上昇もしてないし、ほとんど空気ブレーキ頼みやなあ
停車時に空気ブレーキ圧がかかっていて、電圧上昇もしてないし、ほとんど空気ブレーキ頼みやなあ
停止位置が決まるのはそういう理由みたい。

だからか、加速時のカクカクを、ブレーキ時は感じんなあ。

普通の回生車も雨の日はそうなんだっけ?

大崎―五反田で先行列車に追いついた

大崎―五反田で先行列車に追いついた
大崎―五反田で先行列車に追いついた
大崎―五反田で先行列車に追いついた
大崎―五反田で先行列車に追いついた
いちおうデジタルATCは動いてはいるなあ。

最後(いちばん上)のは、五反田で対向の内回り電車。

五反田の反対ホームにいた。

雨の日ラッシュ、遂にこれから、E235系を西日暮里で捕まえます。

ドキドキです。8:22発。

てかE235系ちょっと遅れとるのかなあ・・・

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