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2016年10月21日

2016年10月21日 (金)

まとめブログで読んだけど、うさんくさいハナシ。こんなんをリアルに聞いてくれるヒトがいるならば、いまの私なんてもっと素直に理解されとる。 → 中卒の両親から生まれた天才の話

コレ

中卒の両親から生まれた天才の話
http://hayabusa3.2ch.sc/test/read.cgi/news4viptasu/1475683230/

私には、”電車男”などと同じで、ネタにしか見えん。
人気ない板で、1日、116レスでパッタリ終わっているのは、サクラがいるとしか考えられん。

そうでないと、こうも好意的に受け取ってもらえるとは思えん。

てか私もこの板で書いたら、私の人生も事実と思ってもらえるのか?
思われんよなあ。

てか私は保育所のときに、鍛冶屋線が好きすぎて、まだ5歳くらいのときに、曽我井から鍛冶屋の2駅間の往復やけど、ひとりで乗ったことを思い出すなあ。

保育園児がひとりで鉄道に乗っていたら、さすがにビビるよなあ。

それはそれとして、いくら天才で記憶がいいとしても、それをどういう意思を持って使うかのほうが重要と主張しておく。

某駅にて

某駅にて
ポスター2つ逆ちゃう?

AKBの、真夏のSounds Goodは、上下逆にしてもいいデザインやったけど、コレはちゃうわなあ。

ネタかウッカリ、どっち?

電通事件は氷山の一角でしかないけど、だからといっていまツラい人間を見殺しにできるわけではなく(中学生自殺もそうやけど)、氷山の一角だからマルクス主義を学ぼう!というのではなくて、その氷山の一角をありのままに報道しよう!という姿勢が大事なんちゃう?

この記事を読んで改めて思った。

電通社員、「殺人的」長時間残業&パワハラ蔓延を告発…入院者続出、部下を平手打ち 2016年10月21日 06時13分
https://news.nifty.com/article/item/neta/12111-28118/

マルクス主義を学ぶ者どもも、言っちゃ悪いけど、

「オマエの主張は氷山の一角でしかない!報道に値しない!自分らの主張に迎合せよ!」

として、リアルな現実からは目を背けて、”マルクス主義”を宗教化してきた事実がある。

”マルクス主義”を宗教から奪還して、リアルな現実と等価なものととらえ、仮に自分たちの仲間ではなかろうとも、自らそれは問題と考えて高橋まつりさん(当時24歳)と共闘できる(できた)、人々が必要やし、そんな人間がまだいないのは根源的に問題やねん。

私は外的革命よりもまず内的革命を叫ぶけれども、そういう意味やねん。

まあ、”本社”が言ってくることは正しく、私の主張は聞き流しとったらいいという、大西弘子同然の思想の人間が大半やから、ホンマは内部で議論すべきことも、こうやって外部に向かって記載するんやぞ。

コレについて批判してくる者がいるとしたら、「いやオマエは私の主張を真剣に聞いて向き合ってきたのか?」と、突き返せるだけの自信がある。

伊達娘が才加←新月の書き込みをリツイートしとったことからの連想

才加の書き込みを見返して、さしてヲタのリプに対してツイートしてないから、新月の書き込みに関してなにか思うことがあったのは事実やな。

ただ、新月の書き込み内容に関して思ったことと、それをレスすることがどう影響を与えるかは、またゼンゼン別で、それをどのように考えたのか、才加についてはリアルに問いたいところや。
まあtwitterはもうアカウントを凍結されて、終わりやけれども。

それはそうと、才加の記事を読んだ。

そこでコレな。

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https://twitter.com/akimotooo726/status/785307574644027393?lang=ja

また舞台では、ずっとコンプレックスだった大柄で派手な顔立ちであることが「映える」と言われ、自信のなかった部分が武器とわかって本当にうれしかった。
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才加も伊達娘も、その他のメンバーも、アイドルとしてはダメだったところも、舞台になるとむしろ武器になることをよくよく認識して欲しい。

主義・主張って、可愛いかどうかとはゼンゼン別のところからくる。

カオよりも意志やねん。

そういえば、世界的にモテたとされるカエサルはハンサムじゃなかったと書かれとるし、女性の憧れの的である赤毛のアンは美人じゃなかったと書かれとる。

じゃあ、ハンサムじゃなかったと書かれとるカエサルをハンサムと思い、美人じゃなかったと書かれとる赤毛のアンを美人と思うてまう、その心理はなんやねん?

それって、カエサルとかアンとリアルに会ったり会話したり、セックスしたり、そんなのは無理とわかっていても共感して理想と思ってしまうところに、選挙のときに1人1票の投票をしてまう人間の心理として、非常に重要と思うねん。

カオよりも意志、と言いきれれば、自分は可愛くないのではないか?と不安に思うとるメンバーであっても、パフォーマンスで頑張って、その後(卒業後を含めて)に繋げるモチベーションになるわなあ。

今日は久々に山手線グルグルするかなあ・・・

今日は昼間は久々にフリーで、なんでもできるけど、「君の名は。」を観たいと思う一方で、E235系に改めて乗りたい気もする。

http://loo-ool.com/rail/e233.cgi?a=Y

コレ見たら、今日はE235系は10Gという運用で、内回りで一日中グルグルしとるみたいやしなあ。

そもそも革命とは?

この本題に対して、マルクス主義を前面に出す必要ってゼンゼンないと思う。

というのも、資本主義だろうが共産主義だろうが、官僚機構が人民、労働者の意見を聞かずに暴走するのは世の常で、その暴走した官僚機構を潰して新しい政府を作るのが、革命やねん。

そうすると、実のところ、”マルクス主義”というお題目ってゼンゼン重要でなくなる。

いま、革命を打ち出す党がないし、”マルクス主義”に収束してしもうとるけど、実はそこに核心は(あるようで)ないと私は考える。

カエサルが言った、

”人間ならば誰にでも、現実のすべてが見えるわけではない。 多くの人は、見たいと欲する現実しか見ていない”

この言葉を真摯に捉えて、見たいと欲する現実しか見ていない自分を認識し、見たいと欲する現実に捉われず、現実のすべてを見て考えられるかどうか、真の革命にとってはそれだけが重要と考える。

だって

① 目の前に現れたヒトのリアルな問題を聞いて、「いやそれはマルクス主義で共闘するしかない、だからマルクス主義で共闘しよう」と、自分の見たいと欲する現実に収束させてまうか、

② 目の前に現れたヒトのリアルな問題を聞いて、マルクス主義を離れて、道徳的に考えたらコレはそのほうが確かにええなあと言って相手と共感し合えるか、

② のほうが明らかに共闘できるにもかかわらず、ハッキリ言って全員が、①に陥っているのが、いまの日本の革命運動の根本問題と考える。

最終的には、マルクスが言ったことは正しいのだろうと思うけれども、
マルクスが言ったことは正しいのだと強く主張して、自分の主張を押し付けることは間違っている。

運動家のほとんどが、大学時代に新興宗教よろしく”オルグ”されて仲間になったのであって、だからこそ”マルクス主義”について懐疑的になれる人間がいない。

そこを超えずして、一般の労働者のリアルな声を集約することなんてできん。

私はこの書き込みを、警察公安がチェックしていることを当然のように想定する。

昨日改めて思ったけれども、一般の人々は、警察公安の恐怖を、北朝鮮以上にリアルなものとして実感しているけれども、それを、国体が個人の思想・信条の自由を侵害している、ようは憲法に違反している、ということに繋げて考えられてないと考えられる。

憲法の論議を、憲法第九条に収束させてしまっているのも、私からすると日本共産党も加えた恣意としか思えん。
思想・信条等々の自由が奪われた結果戦争に陥るんやから、憲法第九条の前提として、憲法第19条が日本政府からないがしろにされていることを、大勢が認識することが必要やのに、残念ながらみんなあんま認識してない。

実はマルクスの”共産党宣言”はおかしいと個人的には考える。自分が上に立った時に、誤った道に進まないためにどうあるべきか、という観点が抜け、つまるところカネカネカネになっていて、権力者によって誤った道に進んでしまう問題を孕んでいる。

コレを読んでそう思った。
いや、前提とする内容が違い、どこかに私の考えを明確に否定できる根拠があればええんやけど、少なくともコレを読んだら、スターリンとか北朝鮮とか、いまよりも生きづらい社会を誰もが想像してまう。

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共産党宣言は非民主的であり、不平等主義です  投稿者:注釈の人  投稿日:2016年 9月26日(月)05時16分29秒
http://6008.teacup.com/dainichi/bbs/572

これを見ている皆さん。
この共産党宣言の一文を見て、これが民主主義と言えるのでしょうか。

1.土地所有の廃止と地代の公共目的への充当。
2.重度の累進課税。
3.相続権の全面廃止。
4.すべての国外移民者と反逆者からの財産没収。
5.国家資本をもち、排他独占的な国立銀行による、信用の国家の手中への集中。
6.通信輸送手段の国家の手中への集中。
7.国有の工場および生産用具の拡大。共同計画にしたがった荒廃地の耕作化と一般的な土壤改良。
8.全員に対する平等な労働の義務化。産業軍、特に農業のための産業軍の創設。
9.農業と工業の結合。農村部へのもっと平等な人口分散による、都市と農村との区分の段階的廃止。
10.公立学校での全児童に対する無料教育
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では、この記載になにが足りないのか?

1.どうしても、人民の中から出て来る、指導者とはどうあるべきか?に関する明確な規定。部下の言い分を最大限聞く配慮。

2.人民が、指導者は誤っている、暴走していると判断した場合、人民が指導者を更迭し、新たな指導者を打ち立てられる具体的方法の提示。

3.国家という観念にとらわれず、コミュニティをどう規定し運営していくかの提示。世界はひとつであるべきであるが、それは現実的に無理であり、地域に分かれるだろう。しかし日本のように、単一の言語の者が単一の地域を形成してしまうと、コミュニティ自体が誤った判断を為した場合に、他のコミュニティがチェックできなくなるため。

4.世界或いはコミュニティが有する共同計画、全世界的発展を、どこでどのように協議するか?の方法論の提示。

5.”労働”に関する明確な規定化(難しいけれども)。働いているから労働ではなくて、重度の障害者であっては、生きることそれ自体が労働であることもあるし、逆に芸能人なんて”下手の横好き”とどう線引きするか、徹底的な討論が必要。

6.”学校”とはそもそも何であるか?についての追求。本来は親が家庭で教えるべきものを、親が教えられない専門性を理由にして子供が”学校”に行かねばならないことを理解する必要がある。決して、専業主婦を望む母親が、経済的理由から子供を行かせねばならないものとして”学校”を捉えてはならない。

7.”学校”の議論とは別に(いやそれは結果的に大いに関連するが)、どうやって思想の自由、言論の自由、報道の自由・・・、を確保するかの信念。それは当然に、自分らが取った政府が今度は人民から革命を起こされる側に立つという恐怖になり、それに打ち克つ意志さえもが必要となる。(しかしそれは、人類の歴史を考えると、必ずどこかで”学者”から恣意的な解釈をされ、官僚組織が作られる運命にあるのであるが・・・)

8.税金の廃止。上と全く逆らうものであるが、自らコミュニティを運営すると考えると、それはもう”税金”という概念自体が崩壊する。革命を起こす前ならばともかく、革命を起こした後における”税金”なんて概念を書いている時点で、マルクスは自己矛盾を孕んでいる。

9.”産業軍”とは理解しがたいが、そんなマルクスが考えた古い思想を打ち返す人民の意志。それよりも、学校の必要性の上において、年長者による”徴先生制”を導入して、職業としての先生を廃止するような動きもあり得ると考える。

私が書く、このような内容を経たら、不平等なんてなくなるんとちゃう?

私はこの基本を、まだ日立製作所に勤めていた時代から認識していたし、それは”マルクス主義”という、個人的に新しい概念をもって読んでも、いまもってかわらん。
マルクスのほうがむしろ、革命とは別に、変に資本家からの資本の奪還にこだわって、世界のあるべき姿から逸れているのではないかとさえ考える。

プロジェクト管理(鉄道RAMS,自動車ISO26262)のエッセンス資料 (私の日立製作所での最後の成果物) 2013年5月 1日 (水)
http://onicchan.cocolog-nifty.com/blog/2013/05/ramsiso26262-15.html

https://docs.google.com/document/d/1Qc9UuJvIpkZrxv1dNfRgv9ZcOrS75pjfJp3n1ddiITA/edit?usp=sharing

なんたって私は、日立製作所の違法行為を公益通報して、1年以上ドイツに亡命しとったにもかかわらず、ドイツ政府から、証拠資料一切を恣意的に紛失されて、パスポートだけ渡されて強制送還されたんや。
(証拠資料の多くをインターネットに掲載しとったのは正解やな)

そして、私は公安からめちゃくちゃ叩かれてはいるけれども、それはウラを返せば、それだけリアルな革命に繋がっているからとも考える。

私は、”マルクス主義”を字面だけ読んだら、どうしてもプロレタリア独裁→リアル独裁に陥る問題があると考える。

”マルクス主義”にプラスして、どうしたら人々の意見をリアルに反映でき、政策に反映できるか?を考えなアカン。
マルクスはそれを、言っちゃ悪いけど適当に誤魔化しとる。それがマルクスの限界や。

カエサルのほうが創造しとるぶん、私から見ると共産主義を貫徹しとる気がする。

あと、私は赤毛のアンの感想文を書いて、それは賞はもらわんかったらしいけど、新潮社の感想文コンテストに、2008/8/31に出して、それをドイツ亡命時代の2013/2/1になって覚えているという(新潮社関係者からとしかいいようがない)書き込みがあった。

【ドイツで】元日立製作所大西の事情70.17【一冬】
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/company/1358565558/796-807

https://docs.google.com/document/d/1k2IFDlIi3z4uuMEWi02WnLIael1Yyc8HhK5pocKpD5k/edit

私の思想って、大西が誰かを特定できなくとも、数百字の感想文で4年半名前を覚えていられる、そんくらいインパクトがあるねん。

私も個人的に、この感想文(感想文を第三者的に”自分はこう感じました”と書くのではなくて、アンになり切ってアンの目線で手紙形式にする、というのも、本当にこの物語が言いたかったことを最も端的に表せると思ったし、実際表せたからこそ、”内部ではかなり話題になりましたね。 ”という記載に繋がる。)は名文過ぎると思う。

自分が書いたとはいえ、生きてきてこれほど泣かされる文章はない。
我ながらえげつない文才と思う。

選考委員だって、4年半覚えていられる感想文なんてそうそうないやろ。
そんな文章ってないやん。

それ自体が、私がもう当時から革命的やったということの証左なんやろけど。

この文章を大勢に見せて、大西はヒトのココロが理解できん者かどうか、チェックしたいよなあ。

あと、コレを出したのはさやや(川本紗矢)の10歳の誕生日やし、10年前さややが生まれた日は、湯布院映画祭の帰途同じ車両内で、「のど自慢」監督の井筒和幸がウルサかったという思い出があるし、北海道の別海町出身で、赤毛のアンと同じような境遇で育ったさややについてはけっこう知っとる気がする。

だからといって、さややと結婚するかというと、チガウ気がするけど、さややはゼッタイに縁があると思うし、それはやはり、私が頑張ってさややを大成させなアカンという意思にも繋がる。

こんなこと書くと、日立製作所時代に書いたプロジェクト憲法に、できないメンバーに対してどうヤル気を出させるかが大事、と書いたけど、いま正直そこまで手が回ってないと言うしかないなあ・・・・。

私の限界や。

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