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2016年11月3日

2016年11月 3日 (木)

今日思ったことのアレコレ

まだいろいろあるのか、と思われるやろけど、やっぱいっぱいある。

私は”考える葦”やしなあ。

私の上のヒトが、私がさらに上のヒトに対して、事実としてコレは違う!と言うたことに対して、ウワサがすぐに回ったらしくて、

「上の人に対しては、ハイハイと言わないといけませんよ」

と言われてもた。

けど、その観念って、本来はそのヒト自身が克服せなアカン課題やねん。

自分の上役が、事実とは違うことを言ってなにかを指示している場合、自分は、

①事実を主張して上司と争うか、

②上司の言い分を受け入れて事実を無視するか、

この問題って奥深いと思うねん。

上司が自分をどう評価してくれるか?を考えると、②しかなくなるけれども、人間として①はあり得るよなあ?

だって、自分は上手く切り抜けられても、後輩とか、子孫とかを考えると、環境はどんどん悪くなる一方やし、ココ20年くらい、みんな思うてきたことやと思う。

上役とされるヒトだって、昼間に、年金がさらに減ることを、自民党が可決しようとしているのはおかしいなあ!と言うとったし。

けれども、じゃあ自民党ではないところに投票しよう!とかいうのも聞いた。


私は、

「じゃあ、私が立候補するから、応援してよ。応援のついでに、なんか自分でできることがあったらやってみてよ。」

と言いたい。

”知識人”が、いっくら救済主義を否定したところで、救済主義って正やねん。

だって、救済主義って人間の根本やから。

女性は赤ちゃんを産むやろ。

それで、その赤ちゃんに対して、母乳を与えることはもとより、いろいろと赤ちゃんが思うらしきことを想像して、やったりするやろ。

赤ちゃんの思想が革命的ではないからナンセンス!として、その赤ちゃんを自死に追いやる母親はそうそうおらんやろ(父親は、一般的に見て心もとない。私は違う自信はあるけれども)。

だから、人間ってそもそも相手を救済したいハズやねん。

それを”救済主義”として論破したいのは、子供も持たないか、仮に持ったとしても、子供について無関心を貫くという、ある意味資本家と同じ思考を持っとる者ばっかやねん。

”救済主義”って大事で、キリストもブッダもアッラーも、全部超えたところで、

「私はこれこれこうしてあなたを救える、そのためにはあなたのチカラが必要」

として、共闘よりも救済を優先する思想も大事と思うなあ。

だって、乳幼児に対してだけでなく、肉体的・思想的に、死にかけている人々に対して、”救済主義”ではダメ!なんて、現実的に言えんよなあ。

その、現実的に言えんことを、リアルな闘いに取り入れられてこそ、革命は初めて到達できる、ともいえるなあ。

伊達娘への私信。動画観たよ。

コレ観た。

https://twitter.com/karen0513_/status/794032711409143808?lang=ja

今日も規制食らうとるし、ココに書く。

私はべつに先生の動きが最高とは思わんけれども、先生のほうがしなやかな動きをしているのは確かと思う。

伊達娘は確かにパフォーマンスは良くなっとる。それは間違いない。

けどまだどこかに、先生に合わせよう!という意識を持っとるやろ?

伊達娘の動きのカタさは、半分くらいそこからきている。

先生の動きが正しいのは確かやけれども、先生の動きに合わせようとすると先生を超えられん。
アキブータンだって、ピカソにたとえとったやろ。

私は、先生の動きを意識するのは当然としても、先生が絶対的なものではなく、先生だってなんか間違えとるんちゃう?という意識をもって、敢えて先生に対して挑発的な動きとかあってもええと思うなあ。

伊達娘はどうしても、先生に対して従順で、その範囲内で苦闘しとる動きしかしてない。

私なんか、先生をアッと驚かす動きができる自信があるよなあ。

だって、私の真の意味の先生は、もういまとなってはカエサルくらいしかいないし、そのカエサルでさえ一面では批判しとるんやしなあ。

そういや、ミオヤマザキさんのCDは、ヨドバシアキバのタワーレコード秋葉店で見たけど、限定版が”正体作”1種類1枚しかなくて、ココで買ったほうがいいか?と考えたあげく、やめた。

私も私なりに、いま出せる最高金額で、ミオヤマザキさんを理解するには、”正体作”よりも”問題作”のほうがいいと思ったから、敢えてやめた。

私自身、コレは問題作、と主張するモノに、誰も理解できないはずの主義・主張を入れる。
だから敢えて今日はやめた。

渋谷とか行かなアカンのかなあ・・・・・シブヤはチョット苦手なんやけどなあ・・・・

広末涼子 MajiでKoiする5秒前 ライブ 映像
https://www.youtube.com/watch?v=_NONnhuXu74

コレ観て、広末涼子田舎っぽくてあんま可愛くないし、AKBメンバーの何人かは広末涼子に勝っとると思う。

それに、歌もなんかオクターブ違うのかなあ?合うてないとは思わんけど、CD音源とはめちゃくちゃイメージ違う。

まあそれでも音程合わせられただけ、たかみなよりはマシやし、プロとしての根性あるわなあ。

しかし私、この広末涼子よりも、上手く歌える自信あるぞ。

いや、ヘタクソ!と言われたら、ヘタクソ!と言われんだけの努力をしたらええだけやし。

そんくらいの開き直りだって、ホンマに勝負するときには必要や。

E353系について、そういや鉄道ジャーナルの最新号で車体傾斜方式を特集しとったと思って改めて読み直した。どう考えても、私の書き込みを意識しとるよなあ。その結果としての、E353系に関する検索なんやしなあ。

鉄道ジャーナルの最新号で、車体傾斜方式を特集しとる。

http://www.rjnet.jp/

まず、”岩成政和”を名乗る者が、肩書きなしに基調論文を投稿しとる。

私の理解のとおりに、遠心力の存在を否定し、その代わりに慣性力の存在を言うとるのはええけど、自然振子式よりも車体傾斜式のほうがええと言うとる。

”岩成政和”で検索したら、東交の御用学者やなあ。(私も意図的に”東交”と書いている)

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B2%A9%E6%88%90%E6%94%BF%E5%92%8C

但し、御用学者とはいえ、この論文はそれなりに真実を衝いていて、衆人環視の中でこれだけ書けたのは、立派と思う。

やっぱ、自分らが権力を主導していくという意思があれば、”御用学者”として十把一絡げにできるのではなくて、権力に抗してこれだけ書けた、という評価もできると思うねん。

んやけど、その後の四国旅客鉄道(株)鉄道事業本部運輸部車輌課課長吉本英三郎は、完全に権威の論理で論文を書いとる。

最初から貧乏なJR四国からしたら、反権力になったってええと思うんやけど、それでさえも、上澄みは権力に迎合する好例やな。

P41で、

”空気バネ式車体傾斜システムは、曲線を検知したときに曲線外軌側の空気バネ高さを大きくして、車体を最大2度傾けることによって、曲線通過時に働く超過遠心力を小さくする装置である。”

と言い切っとるけど、私は、E353系が空気圧縮機(コンプレッサー)を増強しとることから考えても、

”空気バネ式車体傾斜システムは、曲線を検知したときに曲線内軌側の空気バネ高さを小さくして、”

というのが実態やと考える。

自然振子を助ける程度のチカラならば可能でも、”超過遠心力”に抗するチカラを、瞬時の空気圧縮で得ることが可能ならば、E353系がコンプレッサーを増強するなんて不要やん。

だって、吉本英三郎ら権力が主張する、 ”超過遠心力”に抗するチカラを得るのは、カーブの入口の一瞬で、その傾斜角は最大何度とわかっとるならば、カーブが連続してもそれを何回も繰り返したらええだけや。

現実には、カーブで空気を抜いて、それでもS字とかカーブが連続したら、抜く空気がなくなって、コンプレッサーによる空気圧縮が追い付かんから、コンプレッサーを増強して試行錯誤を繰り返しとるんやわなあ?と私は言うとる。

私は阪急石橋駅でアルバイトをして、ブレーキなりドア開閉の都度なりでコンプレッサーが動いとるのを何千回も見てきた。

また、空気ばねの電車で、ヒトが降りたら”シュー、シュー”といってエアが抜けとるのも実感した。
ヒトが降りたぶん、ばねの圧力を減らすように制御しとったんやろなあ。

コンプレッサーってその程度でしか働かんし、そもそも資本主義の論理で、過度のエアを加えるのではなくて、エアを抜くことで対処できるならば、論文とは異なって、エアを抜くことが行われとると考えたほうがええわなあ?

そして、その結論として、E353系は実用に至ってないんや。

E351系が12両やったことからしても、あずさの本数の多さからしても、中央東線ってけっこうカーブ多いんやろ。

その後の鶴通孝の記事も、御用記事で、だからこそ、いろいろ述べたあげく、けっきょくはE351系よりも劣る可能性がある、と言うてもとる。

その後の普悠瑪号に関する、塩塚陽介の記事も、なんだかなあという感じ。

てかWikipediaに、普悠瑪号に関するネガティブな記事が消えたなあ。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%99%AE%E6%82%A0%E7%91%AA%E5%88%97%E8%BB%8A

もちろん、設計通りに動いとったら大丈夫なんやろけど、問題は、”設計通り”に動かん場合がどんくらいの頻度であるか、やねん。

言い換えたら、”設計通り”の根拠となる”設計”ってそもそもナニ?ということにまで繋がる。

こんな事故が記載されとるけど

上陸直後の事故[編集]

普悠瑪号は2012年10月25日に日本から台湾に輸送された初日、基隆臨港線から甲種輸送されたが、基隆駅で営業時には使用しないホームを通過する際に床下機器が接触する事故を起こした。[7]作業員が軌道の再敷設時にレールの緩和曲線部の半径の計算を勘違いしていたことによる。列車がカーブに差し掛かったときに床下制御機器の保護カバーとホーム末端部が接触し、擦り傷が発生した。事故後四名の作業部門の職員は職務規定違反により、台鉄より訓戒処分を受けた。[8]。

これは結果として誰も気付かんかっただけで、今後、車体傾斜機能停止とか、車体傾斜機能逆動作とかが発生して、そこに高速とか逆に停止とかが発生して、車輌が脱線して、責任者が追及されることもじゅうぶんあり得る。

そうでなくとも、車体傾斜が上手くいかんかった場合、そのしわ寄せは、外軌側に行こうとする車体の慣性力に抗する、外軌側のレールの広がり等として、保線にかかわってくるよなあ。

私のブログに流入した検索ワードを見ると、”E353系 失敗”がけっこう上位に出て来る。E235系だけでなく、もうひとつの技術の目玉であるE353系の失敗の理由について、検索したら世界中で私のブログ等の書き込みしかヒットせんからなあ。

そう考えると、E353系を失敗と判断された、風評被害を被った、と、JR東日本は私に対して思うやろ。

けど、E353系自体は商品ではないし、子供のおもちゃになる新幹線と違って、E351系だって、さして売れてないんだから、E353系も売れんやろ。

だから、風評被害自体あり得んし。

E235系とE353系、INTEROSとATACS、CBTC、これらについてもう全部否定してかなアカンよなあ。

ATACSでけっこう問題なのは、システムダウンを起こしたあと、再度列車検知をしたときに、検知されない”幽霊列車”ができる、と聞いた。

なんでもいまの鉄道システムでは、軌道回路で必ず在線を検知しているけれども、無線にして軌道回路をなくしたら、”幽霊列車”問題が起きると聞いた。

ど田舎とかは全部在線検知しとるかというと、たぶん違うと思うけど、少なくとも電車線はみんな在線検知しとるやろ。
電源供給の必要あるしなあ。

なんか回路にもいくつか種類あったと思う。何Hzとか、信号と通信の記憶がごっちゃになっとるけど。

あやふやな記憶では、新幹線の品川あたりで、ATCの信号が商用周波数と共振してもたから、2/3とかいう周波数にしたんやんなあ?

と思って調べたら、この事故な。

https://books.google.co.jp/books?id=Npc-ZtUl6KcC&pg=PA125&lpg=PA125&dq=%E6%96%B0%E5%B9%B9%E7%B7%9A+%E5%93%81%E5%B7%9D+ATC+%E5%91%A8%E6%B3%A2%E6%95%B0&source=bl&ots=bcRM2aCANp&sig=hSIVJBL3Salzn9Y6_UCfocQkIh4&hl=ja&sa=X&ved=0ahUKEwjEu4TYrozQAhVDhrwKHUulCsEQ6AEIKDAC#v=onepage&q=%E6%96%B0%E5%B9%B9%E7%B7%9A%20%E5%93%81%E5%B7%9D%20ATC%20%E5%91%A8%E6%B3%A2%E6%95%B0&f=false

ノイズがなんで問題を起こすかというと、あるとき突然共振現象を起こして悪さをしてまうからやねん。

日本政府権力だって、外野のノイズについてどうして神経を尖らせているかというと、あるとき突然共振現象を起こして、革命に至ってまうからやねん。

自分らが問題と思う事項だけを、念仏のように何度も何度も繰り返し言い続けるというのは、まあお経を唱える托鉢の坊主と同じで、周囲と共振するようなことは一切ない。

逆に、街でお経を唱える托鉢の坊主が、突然、イェーイ!とか言ってダンスを踊り出したほうが、大勢から見たら、「なんでこの坊主踊っとんねん!?」と思って、その坊主に注目し、坊主がダンスを終えた後に言う言葉には大勢が集中して聴くやろなあ。

托鉢の坊主だって、私たちから見たら違うけど、托鉢の坊主の論理からすると、”念仏のように何度も何度も繰り返し言い続ける”ことこそが、衆生を成仏させられる唯一の道なんやわなあ?

相手の論理構成をしっかりと理解して、その上で、自分の論理を言う。

そうでないといつまでも、自分らと波長が合う、悪い言い方をすれば一本調子で違う側面がさしてない人々の集合になってまう。

私なんていつまでも革命的やから、今日だって、今日のダジャレを聞かれて、

「今日はサーズデーやけど・・・・、サタデーに、去ったでー!」

と言って、両手を広げてバイバイしながらあとずさりしたら笑ってもらえた。

やっぱ、同じ坊主でも(アニメの)一休さんのとんちみたいに、次にナニが出て来るかワカラン!みたいな状況にもってってはじめて、大勢から興味をひいてもらえるんちゃう?

いくら主張が正しくたって、やっぱそれだけではアカンと思う。

「それは、自分らのこの闘いと同じだから」と言って均して、自分らの闘いの主張に収束させてもたら、それは大勢にとっては念仏のようにしか聞こえん。

まあとはいえ逆に、街頭では、声が聞こえるのは数m先で、みんな一瞬で去るから、同じ言葉の連呼になってまうほうがええ場合もあるけど、それはケースバイケースやな。

私の言う、”ケースバイケース”のニュアンスも、正直理解できているヒトは少ない。

やっぱそもそも、人間、子供の頃の国語のテストの成績を見てもわかるように、同じ言葉を言われても、感じることは当然のように違う。

テストの平均点が低いことから考えても、人間はむしろ誤った判断を下すことのほうが多いねん。

正しい判断を下すことのほうが多いならば、大学入試センター試験で高得点出せてまうよなあ。

然るに、受験生はガチで受けとるはずのセンター試験でさえこんな点数

http://www.dnc.ac.jp/albums/abm.php?f=abm00006899.pdf&n=%95%CA%93Y%82R%81F%81y%8E%8E%8C%B1%8F%EE%95%F1%81z%96%7B%8E%8E%8C%B1%95%BD%8B%CF%93_%93%99%88%EA%97%97.pdf

なんやから、普段のおっちゃんおばちゃん、政治家、の判断なんてもっと誤っとる。

ATACSのシステムダウンについては、私だって、いまは否定する側にいながら、それでもまた一方では、じゃあ技術的にどう可能か?とついつい考えてまう。

そうすると、いや列車には必ず運転士(と車掌。ワンマンの場合はいないけど)がおるんやから、運転士が、運転士情報を列車に入力して、それをサーバが認証して、在線を検知してはじめて運転できるようにすればええんちゃうん?と思うてまうんやけど、
けどな、契約社会ってちゃうねん。

運転士が外注化とかされて、たとえば”自分のIDカードを忘れてきたら即解雇”みたいなことになって、そうするとIDカードを忘れても、ナイショで構内ならば運転できる”魔法のコード”なんかを、外注会社が作って、そしていずれ、それを使うのがままあることになってまう。

そしてある日突然、構内だけで運転していいはずの”魔法のコード”の列車が、「運転士のうっかりミス」によって、幽霊列車になってもて、本線上で衝突事故を起こしてまうねん。

そんな確率って少ないけれども、ハインリッヒの法則により、なんとか食い止められるミスの続発の結果として、必ず起こる。

また、ノイズまで戻ると、こんな原初的な時代でさえ、ノイズが問題になったんや。

可変電圧可変周波数であるインバータなんて、どこでどう共振してまうかワカラン。

そんな上で、特定周波数しか使わんイーサネットを使って、しかも非同期通信のIP通信を使うなんて、E235系のINTEROSは、「渡辺徹まで郁恵!」問題を抱えとるなあ。

(・・・”幾重にも渡る”(の逆)・・・って書いたらわかる?)

なんか、私が語り始めたら、話が発散して止まらんなあ。

子供の頃から言われてきたけど。

秋元康がAKBの最新曲で”ミサイルが飛んで世界が終わっても”という歌詞を作成、戦争を挑発している

秋元康は、欅坂46でナチスの軍服を出して、謝罪にまで発展した。

http://www.cyzowoman.com/2016/11/post_22540.html

それは
「ニュースで知りました。ありえない衣装でした。事前報告がなかったので、チェックもできませんでした」
として、本来責任者であり、細かくチェックはしていなくとも、おおざっぱな思想的チェックは当然必要で、”責任逃れ”などとして、問題になっている。

しかも、以下に纏められたものを読めば、ナチスのコスプレ(鷲の紋章)は、乃木坂46とかNMB48とかも使っているらしい。

【速報】乃木坂メンバーもナチスコスプレで坂道完全終了のお知らせ©2ch.net
http://shiba.2ch.net/test/read.cgi/akb/1478087729/l50

コレは秋元康が自分が所有するグループをかけて、全面展開でやってきたと考えるほうが妥当やろ。


けど、その後に出したAKB48の”ハイテンション”は、もっとえげつなく、戦争情勢に自ら進んでいることを示している。

https://lyricsjpop.blogspot.jp/2016/10/akb48-high-tension.html

”ミサイルが飛んで 世界が終わっても”

この歌詞を読んだら、秋元康が世界戦争をヤル気マンマンで、若者たちに対して考えることなく行動しろ、特攻しろと言うとる。

”ハイテンション”というのは軍事的緊張も含むし。

たとえば、

”ミサイルが飛んで 世界が終わっても”

という歌詞を書いたとしても、それを食い止めるためにどうすればよいか?を主張すれば、歌詞として問題ない。

けれども、この歌詞は違う。その他にも

”未来が見えたら預言者”
”願いでもの言う偽善者”
”何もいらない全部断捨離”

とか、もう歌詞すべてにおいて、未来について考えることを放棄してもとる。

大勢がこうなってもたら、どうしても戦争をしたい為政者の思うがままになってまうわなあ?

だって、未来が見えなくたって、私の親の世代は10人兄弟とかフツーやったし、私の世代でも3,4人くらい兄弟がいてアタリマエやった。
私がひとりっこなんてのは珍しかった。

なのに、なんでいまは、ひとりっこがアタリマエやねん?

そもそも”技術”って、人々が生活しやすくするために開発されるモノなんちゃうん?

なんで、技術が発展したにもかかわらず、人々が生活しにくくなっとるねん?

そこは、いくら秋元康から預言者とか偽善者とか言われようとも、私は徹底的に主張して、どうしても戦争をしたい為政者に対抗せなアカン。

こんな歌を作った秋元康は、徹底弾劾せなアカン。

いくら”救済主義”と言われようが、こういうところに対してキチンと声を挙げていかねば、日本政府・電通らの大宣伝の下で、未来について考えることを放棄し、戦争に加担してまう風潮を醸成することになってまう。

そこまで想像して、先回りして世界の思想にくさびを入れてかなアカン。

コレは下記の投稿に書き足したものです。

http://echo.2ch.net/test/read.cgi/kyousan/1478089681/l50
http://shiba.2ch.net/test/read.cgi/akb/1478089890/l50

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