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2016年11月20日

2016年11月20日 (日)

”この世界の片隅に”がクラウドファンディングで作られたらしいけど、クラウドファンディングという仕組み自体はなんだかなあ・・・ いや、クラウドファンディングの発想を、リアルに持ち込めばいいのか。「安倍晋三の日本政府を打倒しましょう!そのための資金を調達します!」ってやったらどうなるか?

コレ

この世界の片隅に

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%93%E3%81%AE%E4%B8%96%E7%95%8C%E3%81%AE%E7%89%87%E9%9A%85%E3%81%AB

アニメ映画[編集]

同名の劇場アニメが、2016年11月12日に公開された[2]。片渕須直が監督・脚本を務める。
片渕自身がこの作品のアニメーション映画を企画し、こうのに許諾を請う手紙と自作『マイマイ新子と千年の魔法』のDVDを送った。こうのは1996年に放送された片渕のテレビアニメ『名犬ラッシー』にあこがれ、「こういう人になりたい、こういうものが作りたいと思う前途にともる灯」として捉えていたため、この手紙を喜び枕の下にしいて寝たという[3][4]。
2012年8月17日にtwitterにて制作発表、翌日より第一弾ポスターが広島県・山口県を中心に展開された[5]。アニメーション制作はMAPPA。ポスターの作画は浦谷千恵。制作状況は、監督によってWEBアニメスタイルのコラムで連載[6][7]されている。
2015年3月9日からはクラウドファンディングサイトMakuakeで2000万円を目標に[8]資金調達[9]が開始され、2015年3月18日午前2時50分に達成。集めた資金はスタッフの確保やパイロットフィルムの制作などに使われる予定と記載されている。最終的に5月29日までの延べ82日間で3622万4000円を調達し、支援者は3374人となった。支援者数は国内クラウドファンディングの過去最高人数で、支援金額も映画部門では国内最高記録[10]。これを受けて2015年6月3日に製作委員会が発足し映画制作が正式に決定。配給は東京テアトル。

クラウドファンディングに賛同してくれた人々を否定するつもりはないけれども、ホンマは、インターネットがない時代まで戻れば、労働組合があって、そこで賛同を募って・・・というカタチになる気がする。

・・・・いや、発想を転換して、クラウドファンディングのカタチを取って、正々堂々と「安倍晋三の日本政府を打倒しましょう!そのための資金を調達します!」ってやったらええんちゃうかなあ?

そして、正々堂々と募集して、正々堂々とどこかで有志の集会をするぞと書き込んだら、公安もあまりにも正面突破過ぎてなにもできんやろ。

正面突破過ぎるから、報道陣も隠蔽工作できんやろし。

仮に公安とか機動隊とかが出てきても、ツイートとかツイキャスとかか?で、リアルに人々が報道してまうしなあ。

技術が既に、権力の手中の範疇を超えとるんやから、権力の手中の範疇を超えとる技術を先に、労働者のチカラで、どのように利用できるか?を考えて、権力者よりも先を取ることは可能や。

権力者がやることに対して、守勢に回るだけが労働運動ではない。

伊達娘が変な動画をツイートしているのを観たら、めっちゃ笑える。

コレ

https://www.youtube.com/watch?v=2YUbvqGTA2M&feature=youtu.be

笑いどころはいっぱいあるけど、ウラを返せば、いいことであってもこれだけ悪いように宣伝できること。
それが一番の問題で、そこに触れとると思う。
恋愛は既にいいものと大勢が思っているけれども、いいか悪いかわからないものごとについて、このように一方的に悪いことと政府やマスコミが印象付けることによって、人々も、それは悪いことなんだと考えてしまうことが往々にしてある。

それにしても、起きたら脳内が入れ替わっているって、どんだけ特異な例やねん。
逆に恋愛感情が起きんほうが不健全と思うわ。

しかしコレが実はNHKの企画とはなあ。
まあこういうのを上手に利用して、マスコミの印象操作の矛盾点を痛烈に批判する人間がいるということでもあると思う。

http://www.nhk.or.jp/warado/

「絶対笑える、3分動画」というお題で、5つの企画がエントリー。11月4日?30日の期間、インターネット上で人気投票を行います。勝敗を決めるのは“視聴回数”“視聴時間”“笑いの満足度”“拡散力”の4つの指標。それぞれの指標で、1位は5点、2位は4点、3位は3点、4位は2点、5位は1点を獲得。その合計ポイントの上位3企画は、第二対戦に進み、3分動画をもう1本作ります。(もし同点の場合は拡散力の上位を勝ちとします)同じ要領で投票を行い、勝ち残った企画は、ネットが選んだトップ(笑)動画(わらどうが)として、さらに3本の新作を制作することができます。
皆さんの清きワンクリックをお待ちしています!

私は”せいしょ”は知らんけど、”しゃせい”ならば知っとるぞ。中学生時代から夢精してもたしなあ。順番は違うけど、文字にすると”ょ”と”ゃ”の違いだけやないか。

コレ

http://onicchan.cocolog-nifty.com/blog/2016/11/post-b05f.html#comment-114021929

投稿: キミ、コーランも聖書もこれっぽっちも読んだことないだろ。宗教語るなんざ100年早い。チンポ握ってさっさと寝なさい。 | 2016年11月20日 (日) 01時05分

投稿: マルクスのマの字も知らないエセ活動家のくせに生意気だな | 2016年11月20日 (日) 01時07分

ハッキリ言ってどうでもいい。

私は私の中から、マルクスどころかジョン・ロックの思想を発見してきたんやから、”車輪の再発明”なんていっくらでもできる。

”車輪の再発明”ができることの効用は、誰がどこに書いたかをいちいち参照せんでええことやねん。

それは相手に任せて、私は思うに任せて主張したらええだけになるから。

アニメの動きを語る上で、近藤喜文という名前は外せんと思うし、近藤喜文ってなんでか”国公労新聞”にインタビューされとるんやな。共産党員やったらしいしな。

コレ

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%BF%91%E8%97%A4%E5%96%9C%E6%96%87

次回作では『天の瞳』のようなアニメーション作品を構想していたという(機関紙『国公労新聞』第943号のインタビュー)。

そんで、『天の瞳』ってどんな内容やねん?と思って検索したら、こんなのが出て来る。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E3%81%AE%E7%9E%B3

幼年編1[編集]

倫太郎は、倫叡保育園に行っている男の子。とんでもないいたずらをいつもいつもしていて、保育園の先生を困らせている。そんな倫太郎だが、実は鋭い感受性とやさしさを持った子だった。個性的な倫太郎たちは小学校の先生にはなかなか理解できず、先生たちは頭をかかえていた。2年生になってから、フランケンことミツルという転校生が倫太郎たちの仲間に入った。フランケンはいつも変な顔をし、みんなを笑わせていた。
だが、それを見た倫太郎のじいちゃんはなぞなぞを出した。「隣どうしにあるのに、絶対見えないものはなんや」じいちゃんはフランケンに何かを悟らせようとしていた。

私はこの回答は知らんけど、瞬時に、”瞳”という言葉からも、自分の瞳と思った。

自分に見えんもんは、実は自分やねん。

私はだからこそ、いつもこうやって執拗に、自分を見てくれる相手を探すことの重要性を説いている。

ちなみに私は、どうせ国家をめぐる大勢の監視の上なんやから、そんなの百どころか億千万の承知の上の、サディスティック・ジャパンや。

まあそんなんどうでもええか。

孤高の孤軍奮闘になることは、フツーのヒトにとってはないけれども、指揮官にとっては、あり得る。

指揮官が指揮官たるゆえんやな。

決断すべきときに、誰かから教えを乞う姿勢があれば、もうその時点で指揮官ではないねん。

【ネタばれ】現実を描いてはいるが現代に活きるかは疑問

字数制限で、タイトルに書ききれヒロシマの現実を描いてはいるが、現代に活きるかは疑問と思う。

呉に住むすずを中心として、結論的にはヒロシマの現実を描いてはいる。

原爆投下ですずの母親が亡くなった、というのもいい。
すごくリアルに受け止める。

けれども、3.11以降、いまの日本で起こっているのは、フクシマの事故の隠蔽による、放射能汚染の国家的隠蔽である。

そうすると、いくら3.11以前に描かれた原作であっても、3.11以降の事実も踏まえて検討すべきだったのではないか?

そう考えると、フクシマの事故でリアルに放射能汚染が起きて、そこで人々に起こるはずの事象について言及できず、あくまで”ピカ”による瞬間的な問題かのように、或いは呉の生活のように、本当に戦時中になってしまったときに人々がどうしたか?の問題にされてしまったところが、決定的に弱い。

この題材で、現状を踏まえれば、

1.ヒロシマの原爆の後遺症なり風説に、人々はどう悩み、どう耐えてきたか?(それはフクシマと繋がる)

2.太平洋戦争が起こる前に、人々はどう感じどう戦争情勢を回避しようと試みたか?(それはいまの戦争の抑止力となる)

この2つの、1つでも描けたと思うのであるが、残念ながらどちらも描いてはいない。

とはいえ、原爆を投下された人間がどうなるか?をリアルに描いたのはいいと思うし、すずが爆撃で右手損傷という障害を負ったことも、障害・・・・当然のように、フクシマの隠蔽の後に、さらには築地豊洲移転問題の後に、いつか噴き出す運命にある・・・・をリアルに描いたのもいいと思う。

あとそこで、いま問題を抱えている、のん=能年玲奈を用いたのは、正直どうだったのかと思ってしまう。

声優としては、さして上手くないと思う。

けれども、権力に反抗する、という態度で用いたとすると、それは正解だと思う。

けれどもさらに考えると、権力の側が、のん=能年玲奈を外す、という理屈で、この映画の宣伝を統制できてしまったのは、マイナスポイントだったのではないか?

私なんか、アキブータンをおだてて(ブタもおだてりゃ木に登るというし)、AKBでいまをときめくメンバーに声をアテさせたほうがよかったと思う。

けれどもそれはイヤミではなくて、一面ではAKBとしてどうしても宣伝せねばならないのだけれども、それでも中には田野のように、ちゃんと表現力を身に付けているメンバーもいる、と主張できる、そんな感じにできたらさらに良かったと思う。

あと、本来もっと動いていていい絵をわざと止めとったよね?

アレは、クラウドファンディングの弱さか、それとも”太陽の王子 ホルスの大冒険”に対するオマージュ(アテツケともいえるけど・・・)かの、どっちやねん?
どっちもかもやけど。

すずと周作が幼少期に会う、人さらいの熊の描写は、”バケモノの子”の熊徹のオマージュやなあ。

けど、私オマージュって嫌いやねん。
ボクその映画知ってます感が、なんか鼻につく。

誰かのモノマネなんて必要ない。

けれども、映画だけでも120年以上、世界でたくさんの作品が作られてきたんやから、自分の発想に似た作品が出てきていてもなんらおかしくはないけどなあ。

http://movies.yahoo.co.jp/movie/%E3%81%93%E3%81%AE%E4%B8%96%E7%95%8C%E3%81%AE%E7%89%87%E9%9A%85%E3%81%AB/348641/review/%E7%8F%BE%E5%AE%9F%E3%82%92%E6%8F%8F%E3%81%84%E3%81%A6%E3%81%AF%E3%81%84%E3%82%8B%E3%81%8C%E7%8F%BE%E4%BB%A3%E3%81%AB%E6%B4%BB%E3%81%8D%E3%82%8B%E3%81%8B%E3%81%AF%E7%96%91%E5%95%8F/1826/?c=1&sort=lrf

私は、マルクスどころかジョン・ロックの時代から既出の問題を言うとるんか?じゃあ私の主張はマルクス以上に核心を射とるよなあ。

コレ、このとおり反論が来た。


http://onicchan.cocolog-nifty.com/blog/2016/11/post-56e6.html#comment-114021567

んな話はジョンロックの時代から既出だっつーのホント知識がないから車輪の再発明ばっかしてんな

投稿: クマー | 2016年11月19日 (土) 23時09分


コレは別に私に対する反論にはなってない。


車輪の再発明ができた馬力が私にあることを、私は確認し、さらに前進できることを認識した。

たとえば数学を考えてみ。

数学者が難解な数学論を展開するかもやけど、世界の多くは、ハッキリ言って、四則演算に窮しとるのが現状や。
そしてそれは永遠に変わらん。

四則演算がめんどくさいから、計算機が発明されて、人々はどんどんアホになっとる。


宗教を考えたらもっと明白やな。

ブッダとかキリストとか、アッラーが考えたことが正しいとするのは、それぞれの宗教の本旨やけれども、その後に考えた者の考えは、ハッキリ言って分断しか生み出してない。

ブッダとかキリストとか、アッラーが考えたこと以上に、それぞれの宗教間の団結が保ててない。

だからこそ、宗教対立で戦争が起こってもた。

私は改めて、憲法第九条の存在が、日本をいまどの国よりも戦争へと向かわせていると主張する。

アメリカでさえ反対するTPPの推進を、日本が主張している事実が、その最たるものやろ。


私はべつに、”マルクス主義”自体が正しいとは思ってない。

究極的には、人々が民主的に考えられる本質こそが、本当に正しい。

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