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2016年12月31日

2016年12月31日 (土)

伊達娘がリツイートしとるけど、この歌詞病んどるやろ。

いや、歌詞自体は病んでないとも思うけど、だんだんフォントサイズを大きくしていくところが・・・・ (大きくしていくところは、チンコのサイズだけでよくて、それはわざわざインターネット上で触れて回る内容でもないよなあと思ったり)

https://twitter.com/TYMSproject/status/815061434241413120?lang=ja

やっぱ、オトコって、大きくするというのは、たとえそれがフォントの大きさであってさえも、私はセックスアピールと思う。

それは、言葉では表現しづらい、感覚的なモノも含むけど。

けれども、そんなところまでをも考えられてこそ、さらに次に進める、というのも現実やろ。

まあ、私がこんだけ中核派中核派と書いたら、過激派というカンジがせんやろ。言っちゃ悪いけど私はそこまで計算して書いとる。

言っちゃ悪いけど、って書いたら悪いか。
なら書くなよという結論にしかならんしなあ。

私は、中核派自身は前へも進めば後ろへも進む、三歩歩いて三歩下がってまう、・・・・いやそれやとアカンやろ、と言われてまうやろけど、やっぱ何十年も革命を為し遂げられんかったんやから、外から見たらそうやろ。

内側から見たらそうではないという側面もあると思うけれども、それはココで議論すべき問題ではない。

とにかく、外側から見たら前へ進めてないモノ、それどころか、話題にさえ上がらないモノについて、圧倒的に話題にしとるんやから、私は中核派から感謝されなアカン立場にいる。

(顔射は死んでもされたくないけど・・・・ ← 真面目な議論で書くなよ)

昨日の昼だって、”報道の日”とかで、過激派(連合赤軍?)が三菱重工のビルを爆破したことを取り上げていたけれども、
ホンマに報道せなアカンのは、いまの日本政府の腐敗やろが!と思うてもた。

調べたら、日本赤軍らしいなあ。

三菱重工爆破事件
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E8%8F%B1%E9%87%8D%E5%B7%A5%E7%88%86%E7%A0%B4%E4%BA%8B%E4%BB%B6

かつての中核派は、さすがに私が生まれる前やし、私もわからんところがあるけれども、動労千葉として他の左翼と一線を画したことからも、連合赤軍には関わってないと思うなあ。

中核派の古い人々は、連合赤軍とは違うと言うとるし。そこは信じていいと思う。

それで、いま改めて、”報道の日”で、日本赤軍だか連合赤軍だか、ようは”過激派”として報道してくる、というその核心は、中核派がリアルにヒトを集めていることに恐怖しとるんやと思う。

私がいろいろと批判しようが、中核派がリアルにヒトを集めていることは否定できん。事実や。

私はそれでも敢えて批判しているのは、ひとつに内部の体制の問題があるし、もうひとつは、確かに成果を上げてはいるかもやけど、私が想像する進化からすると明らかに遅い、と言わざるを得ん事実がある。

やっぱ、単に前に進めるだけでなくて(いやその”前”もまだまだあやふややけど・・・)、進む速度が想像以上に遅いから問題と、言えるほどに想像力が高くなって欲しいよなあ。

こう書くと、権力側に対して、中核派は想像力がないという情報を与えてまうわけやけれども、私が観察しとる限りにおいて、権力側は中核派の想像力を相当低く見とる。

それなりに高く見とるのは、裁判闘争とか、学生の戦線とか、そんなのだけやねん。

そういうのをもっと強固にしたいと思う。

私が、自分のことを中核派と敢えて書いとるのは、私はヒラと思われとるっぽいけども、仮にも私が中核派のトップになった場合に、中核派をこうしたい、という意思があるからこそ、書けることやぞ。

仮にも私が中核派のトップになった場合に、中核派でやってきた人々を裏切ることはできんし、裏切らんためにはどうしたらいいか、私はリアルにそこまでをも考えている。

その本心については、さすがに書けんところもあるし(こんだけ文章にしていて、本心を書いてないのか!というツッコミもあると思うけれども、そりゃ書けんこともあるよなあ。国家権力を相手にしとるんやから)、それはウラで内々に話すことかもワカラン。

まあ、いいよ。

私のアタマの中では、もう日本の政府は転覆しとる。

けれども現実のほうがついてきてない。

現実をついてこさせるためにも、私はまだまだやることがあると考える。

・・・・・・けれども、”やること”って、”思い立ったが吉日”やねん。

私自身が、今日はなにしよう、と思って起きたわけではないにもかかわらず、なんかのきっかけで思い立って、そのほうがええなあと思って、誰に相談することもなく行動に起こすということが頻繁にある。

”相談する”というのは、よく言われる通説は、背中を押されたい、というものやけれども、逆をいえば私は、9割方ダメと思って、だからこそ相談するんやと思う。

そしてその想像のとおりに、ダメなほうに否定されるし、その理由も言われて納得してしまうのが、フツーの人間やと思う。

自分が想像する理由が、ホンマに納得がいくか?なんて、誰も考えてないやろ。

まあ、いいよ。

そのへんは、革命を起こした後に、説明してやる。

とにかく、2017年は、中核派はロシア革命100年なんて言うとるけれども、私的には、ロシア革命から100年間も、リアルに革命を為せる智恵も人間も出てこなかったのか、という失望のほうが先にくる。

しかし、そんな失望を敢えてクチにしたら、私みたいな若輩者が言うのではなくて、昔からやってきた人々が、
「自分らはこれだけやってきたのだ!」
って、ココロの底から叫ぶ。

そんな機会ってあって当然やん。

そう思いませんか?

AKBの十代メンバーのほうが、現実に中核派の地区党の指導部よりもよく考えられている一例。

コレやっぱ、党内で自分らは如何に成長できてないか?を議論するために出さざるを得んよなあ。


高橋朱里「レコ大を逃した危機感が若手は薄い。ただ振りを揃えてるだけじゃダメ」 [無断転載禁止]©2ch.net

http://shiba.2ch.net/test/read.cgi/akb/1483174588/l50

1 : 47の素敵な(禿)@無断転載は禁止 (オッペケ Srbb-uUh0)2016/12/31(土) 17:56:28.57 ID:iB4aM22Qr
AKBとして『レコード大賞』は獲得できませんでした。
チーム4は若いメンバーが多いので、まだピンときてない子も多いかもしれないけど、
いまの私たちが置かれている現状を把握しないといけない。

なので、
「漫然と、ただ振りを揃えることだけに一生懸命になっている子は、
ずっとそのままだと立てるステージが少なくなっていくよ」
と言いました。
http://i.imgur.com/ZpCGhCNl.jpg

私はこの内容を読んで、地区党の指導部よりも朱里のほうがよっぽど具体的にマトモなことを言っていると思う。

ただ、問題なのは、朱里自身が言うほどには、パフォーマンスで表現できてないことや。

それでも、朱里の言葉のほうが、地区党の指導部よりもリアルなのは間違いない。

私は地区党ってリアルにダメダメで、もっぺん小学生くらいからやり直したほうがええんちゃう?と思っている。

読み書きそろばんくらいからやらなアカン。

今年はシネマのマイルを使い切らずに帰ってきた。てか”反帝・反スタ”というスローガン、個人的には気に食わん。核心は、反対にあるのではなく、どこに向かって進むか?やろ。

今年はシネマのマイルを使い切らずに帰ってきた。

今晩レイトショーを観るというのも考えたけれども、明日早起きして水郡線と烏山線を乗りたいから、諦めた。

ところで、”反帝・反スタ”というスローガン、個人的には気に食わん。

というのも、”反帝・反スタ”を考え出した人は、本当にそのことを真に考えて言うたのかも知れん。

けれども、言葉は一人歩きする。すると、スローガンなんてもっとや。

”反帝・反スタ”なんて掲げた途端に、そのヒトが考える”帝国主義”や”スターリン主義”に反しているから、自分は正当な闘いをしている、という誤解を生むことになる。

そうすると次に来るのは、”スターリンがやったこと”ではなければ、そしてそれが自分らの運動の方針であれば、それはもう自動的に”反スタ”になると考えてまう者が出て来る。

だって、日本国憲法というスローガンだって、権力者が歪曲してきたんや。

そうすると、いくら自分らで決めたスローガンだからって、自分らが歪曲してまわん保証はないよなあ?

たとえば、”帝国主義”ってナニ?

”スターリン主義”ってナニ?

みんなが共通に、普遍的に理解しとる言葉ちゃうやろ?

そんな言葉に反対するなんて、スローガンとしてそもそもおかしい。

反省だけならサルでもできる、というCMは昔流行ったけれども、反対だけなら日本共産党でもできる。

反対だけでなく、その向こうにある、自分らが作りたい未来、それは、私はいつも言っている、富士山の頂上なんやけど、
富士山の頂上を指し示すことなしに、何かに反対する、というその姿勢、それこそが根本的におかしい。

それは、地区党だけでなくて党派全体が、まだまだ至ってない問題と考える。

自分達は何かに反対する、というのならば、後ろに進みかけたものを戻すことはできても、しょせんは防衛戦やねん。

ホンマに前に進みたければ、進みたい前を指し示す、これがないと始まらんのに、まだまだ自分らはどこに進みたいのか?を主張できてないと考える。

どこが pay easy やねん? pay difficult やないかい!

どこが pay easy やねん? pay difficult やないかい!
コレ、今日も納付できると思うたら、ゆうちょ銀行ではねられたし、ファミマの店員に聞いても、

「バーコードがないと無理ですね・・・」

と言われる始末やぞ。

どのへんが easy やねん?


easy になったのは、官僚の脳みそだけちゃうんか?

御徒町で別海を見かけた

御徒町で別海を見かけた
御徒町で別海を見かけた
コレ

店内に入っても、さして品物なかった。

平日は2階も営業しとるみたい。

年明けにまた来るか。

私もフツー書いたらアカンいろいろなことを書いとるけど、ようは仲間を無視とか恫喝でやり込めて体制の方針を通告しても、分裂にしかならんということ。

いくら"反帝・反スタ"と書いたところで、"反帝・反スタ"を呪文のように唱えて、実際にやっとることは、帝国主義者・スターリン主義者に都合がいい中間管理職の量産、ということがあり得る。

そんなんで労働者の団結はできん。

そういえば、"中間管理職"という発想自体潰さな、革命を起こして新政府を樹立できんなあ。

けど、現実的に"中間管理職"は必要になるわけで、やっぱ私が日立製作所時代から主張しているとおり、誰もが平等という綺麗事は捨てて、個人(細胞?)のありかたを規定するよりもまず、管理職のありかたを規定し、管理職を罷免できる権限を個人の団結により与えるべきと思うなあ。


ところで、AKBのさややに関して立ったスレで、だいぶ偏向してはいるけど私のウワサが出とる。

川本紗矢ってずっと見てるとクセになるいい顔してるよな©2ch.net
http://shiba.2ch.net/test/read.cgi/akb/1482427702/225-232

ヲタ(運営かも)がこうやってウワサするのに、メンバーは私に興味ない、なんてのはあり得んよなあ。

現にめっちゃあるからこそ、初期からメンバーの大勢からウワサされとったんやし。

工作投稿乙。私はマルクスを全ては信じてない。マルクスも完全ではなかったから、自らは革命を為し遂げられんかったんやし。

コレ、工作投稿と思うなあ。
私を分断するためやな。


http://onicchan.cocolog-nifty.com/blog/2016/12/w-62ee.html#comment-114163831

大西君真面目に「自分はマルクスより多くの人々の共感を呼び信頼もされている」って言ってるの?
さすがにこれはどんな人も匙を投げるよ。

投稿: | 2016年12月30日 (金) 23時37分

このとおり、同じIPからいっぱい工作投稿あるしなあ。

098

それで、マルクスは真実を分析する能力に長けていた。
だから大勢が心酔している。

コレは間違いない。私も認める。

けどな、マルクスの文章は難解で、平易な文章で書いてない。

前から、学者肌で創造的でない、と言ってきたけれども、それ以外にも、難解な文章、というのは実は反革命に繋がるから、マルクスの至らなかった点やと思う。

だって、誰でもわかる、義務教育の中学生でもわかるような平易な文章たればこそ、誰もが理解する可能性を持つ。

ところが、難解な文章だと、それをどのように解釈するのか、マルクスの言葉がそのまま人々に伝わるのではなくて、学者の見解というのが必要になるやろ。

けど、”学者の見解”というのが必要になる、ということは、いまたとえばいろんなコンピュータシステムがどうやって動いているのか、労働者にはわからない、ブラックボックス化されている、というのは労働運動として大きな問題やけれども、実はマルクス自体が、自分の学問にブラックボックスを作ってしまったと思っている。

自分の学問にブラックボックスを作ってしまったら、その解釈をめぐって労働者はスグには理解できずに、学者に解説を求めてまうんやけど、そこに学者の利権が入ってもて、それが労働者の共感・共振を止め、いろいろな分派を形成し、革命に繋がらん最大の要因になってまう。

マルクス主義は、革命の必要性を訴え、資本主義→革命→プロレタリア独裁、という革命のプロセスを描いたけれども、それが難解であるために、その革命のプロセスを労働者がすぐ理解できないものになってしまったのが最大の弱点と思っている。

もっとぶっちゃけ言うと、マルクス主義がホンマに完全無欠ならば、マルクス自身が革命の指導者になって革命を為し遂げとるやろ。

私はそこがマルクス主義の弱いところではあると思うとるんやけれども、だからといってマルクス主義を放棄するのではなくて、マルクス主義を自分なりに再構築して、マルクス主義で集まった者と討論して、革命のプロセスを労働者がすぐ理解できるものにして、革命に繋げたいと考えとる。

私のこの思いを読んだら、必ずしも匙を投げられるとは思わんねんけど。

コレ、工作活動なのかスターリン主義者の意見なんかワカランけど、おかしい。徹底論破する。

昨日ほぼ寝落ち(一応布団に入って寝たぞ)したからアップする。

コレおかしい。

http://onicchan.cocolog-nifty.com/blog/2016/12/w-62ee.html#comment-114163666

大西さん、残念だけど大西さんが上に書いている実績もどきのどこに
革命との関連性があるのか理解できないです。
ジブリに精通したら革命を起こせますか?
AKBに詳しくなったら革命を起こせますか?
大西さんが過去にどんな会社にいたかは関係ない。
そもそも大西さんには矛盾がある。
みんな平等にと言いながら過去の実績を盾にして自分の意見を通そうとする。
阪大出てようが日立製作所勤務だったろうが
関係ない。
肩書きに関係なくマルクスを勉強した人間が引き上げられる方が遥かに平等ですよ。
反論ありますか?

投稿: | 2016年12月30日 (金) 21時53分


”過去の実績を盾にして自分の意見を通そうとする。”

って指摘しとるけど、オマエがその前に

”大西さんは冬山登山をする訓練が不十分な上に装備もない。 ”

と言うとって、さらにその前に

”革命=冬山登山だとすると、「資本論」は必要な装備です。 ”

と言うとるのはどう説明するよ?


”過去の実績 =マルクス主義 を盾にして自分の意見を通そうとする。”

にオマエ陥っとるやろ?

自分でもそれを自覚しとるから、

”肩書きに関係なくマルクスを勉強した人間が引き上げられる方が遥かに平等ですよ。”

なんてコメントになる。

で、そもそも”マルクスを勉強した人間”がどうして引き上げられなアカンねん?

その支配構造ってなんやねん?

マルクスの勉強と民意とは、必ずしも同じではない。

私の解釈では、民意の勉強のためにマルクスが先達だったから、みんな学んできただけであって、私から言わせるとマルクスを学ぶ必要性なんて正直ない。

マルクスだって、富士山(てかドイツ人やし何山なんかなあ?)の登り方を指し示しただけで、自分では富士山に登頂できんかったやろ。

レーニンは山に登頂したけど、三日天下で終わってもたしなあ。

マルクスであるかどうか?を取っ払って、目の前の人々の言い分を直視したらええだけやろ?

てか、マルクスは、”人間が宗教を作ったのだ、宗教が人間を作ったのではない”と言って無神論を決定的に証明したと言われとるらしい、と聞いとるけれども、私は正直その説明には納得してない。

私は5年前に、自分なりに考えていて思った。

目の前の人々の言い分を直視する。人間にはコレが徹底的に大事やねん。これが最優先。

けどな、目の前の人々に面と向かって感謝するのは当然としても、その人を産み育ててくれた両親、祖父母、先生、にもやっぱ感謝せなアカンやろ。
その人々に、会うことはできずとも、手紙とか言い伝えとかで、感謝の言葉を伝えることは可能やろ。

けれども、その両親、祖父母、先生、らにはさらに彼らを作り上げた、両親、祖父母、先生etcがこれまたいるわけで、その人々に対して感謝の言葉を伝えることは、もうちょっと難しいわな。
さらにその先にいるヒトに対して、感謝の言葉を伝えるのは、もっと難しい。

だから、そういう、直接会えん人々に対しても、感謝の念を伝えようとすると、どっかで空想的な主体を作って、祈るしかなくなるねん。

・・・・それが、神のリアルな正体やねん。

だから、目の前の人々に向き合うべき人々からいうと、神なんて優先順位からすると、本来最後に考えるべき”その他大勢”でしかないねん。

けれども、その”その他大勢”が、どこで自分のことを監視して罰を与えるかワカラン、という恐怖の主体として捉えたときに、神の優先順位は最後位であるはずにもかかわらず、最前面に立ってまうねん。

だから、罰を与えられんように、偶像を買って、”目の前の人々に向き合うべき人々”よりも先に、天罰が下されんように祈らなアカンようになった。

ようは、神はお化けと同じやな。

そんなわかりやすいことを、マルクスは難しく言っていて、私はマルクスに関して概ね賛成とはいえ、全部が全部賛成なわけではない。

とにかく、マルクス主義を勉強する、という抽象的概念が、判断の最上位概念であるとして、そんな窮屈な状態で過半数を得られるなんてもう人類滅亡まであり得ん。

マルクス主義だろうがなかろうが、自分の実体験を分析して、どうやって反権力闘争をして、仲間を増やしていくのか?の筋道を立てる、肉付けしていく、そんな意気込みのほうが正しいと、私は考えている。

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