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2017年1月3日

2017年1月 3日 (火)

やっぱ、このブログのコメントには若干返答せなアカンなあ。

個人名もあるし、問題になりそうやし、私もちょっと慎重に回答するけど。

http://08bunren.blog25.fc2.com/blog-entry-213.html

なるほど。ここまでやらせているのは公安警察の指示と後ろ盾であるのは間違いなののですが、中核派の「限界」は、権力の本質を知らないということに尽きるということです。

彼ら中核派は、「権力の万能論」だとして根底的な権力批判をさける傾向がありますが、公安警察は「おれたちが法律なんだ」と称して弾圧する場合が実際にありますので、ここまで仕向けている権力の実態を認識する必要があろうかと存じます。

それなしには、原因と結果をつかんで対峙することができないからです。

しかも、これらを打破するのは「団結」だとか、逮捕や事件で新たな決起が生まれるなどと、党派そのものの囲い込み運動的な「利用主義」で対抗しているという現実では、まったく新井さんたちは駄目だと私は指摘したいです。

「怒り」だけでは、勝てません。冷静沈着な対応が重要です。その点を、「中核派」は理解できないのです。彼ら中核派は、「怒り」で集中させる人たちでしかない根本的脆さが出ています。

修羅の命では、同じ修羅の塊にほかならない公安警察に勝てるわけがないからです。

なぜなら、そんな闘いでは、「苦しい・苦痛」を伴うまさに、苦闘でしかないからです。

苦しい闘いでは、らちが明かないのです。そしてそのような闘いでは、どんなに声をあげようと、「正しい方針」であろうとなかろうと、多数を獲得することなど到底できるはずがありません。

そのことを新井さんたちは気づいてほしいです。文化連盟や、ノンセクト・ラジカルの闘い方の可能性のほうがはるかに高いと私は認識しています。

それらのアプローチが中核派に発想ができないのは、中核派という統制のとれたひとつの「組織性」=セクト主義に原因があるのです。


> 彼ら中核派は、「権力の万能論」だとして根底的な権力批判をさける傾向がありますが、公安警察は「おれたちが法律なんだ」と称して弾圧する場合が実際にありますので、ここまで仕向けている権力の実態を認識する必要があろうかと存じます。

たとえば私だって、現にこうやってブログのコメントや2ちゃんねるで、”公安警察は「おれたちが法律なんだ」と称して弾圧する場合”があることを示しとるけれども、それを中核派に持ってったら全部

「団結したら勝てるんだ!」

という理屈で、私がリアルに戦っている実体には向き合ってない。

あ、リアルに戦っている実態、というと、すぐ”当局”という言葉で逃げてまうのもマズいと思っている。

どこが作ったどういう組織で、どういう力関係になっているか、を考えたら、相手も一枚岩では行ってないのは明白や。

なのに、”当局”として、相手の組織に関する研究を怠ったら、

「団結したら勝てるんだ!」

みたいな曖昧な論理で、勝てるものも自分から負けを選択しているに等しい。

野球選手が

「ホームランを打ったら勝てるんだ!」

と言って、27打席全部三球三振して負けてまうのと同じ愚を犯しとる、とさえ言える。

ホームランを打ったら勝てるのはわかるけれども、現実にどうやって得点するかは、全く別問題やろ。

そんなリアルな問題を考えなハナシなんて始まらん。

そもそも、ヒットは打てんかったって、めちゃくちゃ足が速い選手を使って、その選手の選球眼をめちゃくちゃ良くして、ファウルはなんとか打てるようにしたら、フォアボールにはなるやろ。

そして、フォアボールを選んで、2塁に盗塁して、3塁にバントで進塁して、さらにバントで生還、というストーリーだって考えられる。

点を取る方法はホームランだけではない。

そんな地道な戦略なり戦術が根本的になくて、全部おおざっぱに、

「団結したら勝てるんだ!」

になって、さしてココロを掴めんビラを配っとるのが、めちゃくちゃ弱い。

> なぜなら、そんな闘いでは、「苦しい・苦痛」を伴うまさに、苦闘でしかないからです。
>
> 苦しい闘いでは、らちが明かないのです。そしてそのような闘いでは、どんなに声をあげようと、「正しい方針」であろうとなかろうと、多数を獲得することなど到底できるはずがありません。

私が言うとることそのまんまやなあ。

その通り!よく仰いました!というしかない。


誰も、苦しい闘いなんてしたくなくて、どうやって楽しさを見出すか、それを自分らが主張できるか、それなくして大勢を獲得することなんてできん。

”セクト主義”という言葉はワカランから調べたけれども

セクト主義”

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BB%E3%82%AF%E3%83%88%E4%B8%BB%E7%BE%A9

党の人々は反対するやろけど、私から見たらもろに”セクト主義”に陥っとるよなあ。

ホンマは革命の指針を打ち立てて、自分たちはどうしたいか?を主張せなアカンのに、それがなかなかできんから、ついつい「あいつらよりはマシや」として、他派を非難することのほうに主眼を置いてまう。

他派を非難してもええけど、それはその他派のほうが数では多くて、なんとかその人々を獲得したい、と思う場合に、上手に非難する、というくらいにとどめるべきやろなあ。

けっきょく、官僚や企業のさえない中間管理職が、自分で新しい成果を出せないからとして、古い仕組みを手直しして安直に搾取する、というのと全く同じ思考で、大勢に訴えることをやめて、「あいつらよりはマシ」という主張をしとるヒトが大勢いる。

そこから脱却せな。

私も、厳しいことを書くし、糾弾も受けると思うけれども、だって外に対して革命を訴えるんやから、外から見て素晴らしい組織にすべく、いの一番に反省して内的革命を達成して、それを非公然にウラでコソコソするのではなくて、公然と主張したほうがええと思うなあ。

だってマスコミを使って公然と”過激派”と言ってくるヤツらに対して、非公然で戦えるハズがないやないかなあ。

・・・・・・そもそも、”マスコミを使って公然と”過激派”と言ってくる”、というのは、マルクスの時代になかった、権力側の攻撃手法ちゃうか?

そうであれば、やっぱ、マルクスの思想を転換せなアカンよなあ。

組織を運営する(最終的には世界を運営する)と考えたときに、人々と指導部との関係について考察する

やっぱ私が地区党を、いくら腐敗していると書いても、改めて、じゃあどうしたらいいかの腹案を書かなアカンと思う。

そうしたとき、やはり根底的には、指導部のほうが高い意識を持って、圧倒的なパワーで主張せなアカンと思う。
中央にいるから偉い、というのではない。

けれども、そうすると、末端にいる者は、「指導部が言うから」として、上が言ってきたことを下に投げる、そして下が自分らの方針に従っていることだけを報告する、という、中間管理職丸出しの、まあいわば露骨な官僚主義というか資本主義というか、もう極右といってもいいけど、そこに左翼的な発想はなくなってまう。

末端にいる者は、「指導部が言うから」ではなくて、自分らがちゃんと屹立せなアカン。

そして、当然のように起こる(悪意はあんまなく、全くないとまでも言わんけど)、指導部が政治的な方向を主体的に押し付けてくることに対して、

「政治的にどうかはそうかもワカランけど、リアルに生きる我々からすると、現実は難しくて、その現実の難しいところをこそ検討して取り上げてくれ!」

と言っていいと思う。

私はマルクスについて完全に肯定はしてないけれども、マルクスが想像した、党の指導部とか細胞とかは、こんな感じのイメージなはず、と思う。
(ちゃんとしたマルクス主義者にチェックして欲しいなあ)

そんでな、今年はロシア革命から100年やろ。

100周年なんて祝いたい者が多いけれども、私は、どうしてロシア革命から100年、未だにマルクス主義の社会になってないのか、マルクスがそこまで先見の明があったのか、そうではなくてマルクス主義の主張や解釈・運用のどこかに落ち度があったのではないか、チェックすべき節目とも思う。

私は、”マルクス主義”っていろいろと堅苦し過ぎて、そもそも個人名を冠していること自体スターリン主義で、スターリンは個人名を冠している主張に関して、それに従ってリアルに銅像を作った、ともいえるんちゃう?と思う。

昨日も書いたと思うけど、日本共産党も発想が同じやけど、「みんなで一緒にやる」という発想、コレは諸刃の剣やと思う。

そういえば、”過激派”と言われたように、浅草橋駅の焼き討ちとか、ゲリラ事件を起こしたことってあったやろ。

アレは自分らの論理からしたら”みんな”になるかもやけど、一般市民というレベルで見たら、自分らは革命のリーダーだ!と思って起こしたと見えるやろ。

いや、単に地下鉄サリン事件みたいに、奇怪なグループが奇怪な行動をした、と見られただけかもやけど。

自分ら的な総括はともかくとして、一般人から見たらそういう認識になってまうし、報道でどうしてもそうされてまう現実も見なアカン。

そう考えると、現実としてまだまだ革命を志す仲間が少ない現状を直視したら、「みんなで一緒にやる」という発想だけでなく、「ココは敢えて有志が頑張ってやる」という発想とか、「有志が逮捕覚悟でやる」とかいう発想だって、あったってええと思うし、そこは総括し直さなアカンと思う。

てか”総括”という言葉自体そうやな。

地区にいて、自分では判断をせずに、「中央がそう言っているから」って、上から言われたことをさも自分が偉いかのように振る舞う主張、アレはガチでどうにかならんもんか、と思った。

”総括”って、いっくら中央がどう”総括”しようが、自分で一生懸命考えて、その中央の”総括”が間違えていると思ったら、徹底的に反抗する、そういう意思が必要と思う。

それは、いま現在だけでなくて、かつてたとえば30年間に”総括”されたことが、いま改めて考えたら違う、ということだってあると思う。

言ったって数千人規模の団体なんやから、どんなに偉い立場の人間だったって、誤ることは当然のようにある。

日本政府とかアメリカ政府、各国政府、その下で活動をするグローバル企業、彼らは大規模な組織やけれども、全部間違っている、と我々は指摘しとるんやろ?

そうすると、我々だって間違えて当然、と思えるわなあ。

やっぱ、間違えることを怖れたらアカンと思う。

私がこうして、やめろと言われても敢えてブログに書いとることのひとつは、間違えることを怖れない姿勢を示しとる。

そしてその姿勢は、僭越ながら、他のどんな中核派の決定よりも、権力は怖いと思うと思う。

それで、ロシア革命100年と書いたけど、じゃあ100年間もどうしてマルクス主義がトップを取れなかったかというと、結局民意を得られてない。

民意を得られてないということは、マルクス主義の考え方のどこかがおかしいねん。
みんなとは主張が異なるけれども、私はそう解釈する。
そこは今後内的に討論すべき課題かもなあ。

だって、民意って結構爆発的に決起できたりする。
その爆発的な決起が、マルクス主義と繋がれんというのは、マルクス主義の考え方のどこかがおかしいと思う。

少なくともそのひとつは、私は何度か書いているけれども、非公然活動にあると思う。

公然と活動して主張したっていいと思う。(だから私はこうして書いとるんやし)

私が人間を観察するところによると、いっくらこうしたほうがいいと自分が思ってさえも、相手が思うかは別次元やし、相手が仮にそう思ってくれても、それを実行してくれるかどうかはまた別次元の問題となる。

そうすると、自分の身の回りの人々が、自分の考えに同調してくれる、コレは相当に難しいねん。

公然と主張して、「コレはこうしたほうがいいですよね?」と言ったところで難しい。

じゃあ、非公然で活動なんてしとったって、死んでも革命なんて起こせんよなあ。

私はもう5年以上、本名で活動しているし、とりわけ日立製作所を懲戒解雇されて、その問題を本名で追及してさえも、誰も関心を示さん。

公然活動をしていて、このキリギリスさま、じゃなくて、ありさまや。

そんな状態で、非公然活動なんかやったって、どうやって民意を獲得していくねん?

やっぱ、公然活動をするしかないと思うんやけどなあ。

そう考えて、いろいろと検索していたけれども、このブログ

http://08bunren.blog25.fc2.com/blog-entry-213.html

の、1つだけある”機動戦士JJ(=上下ジャ-ジ)キタ-【2008/10/14 12:39】 ”さんのコメントは、正しい。

このヒトはどういう経歴でココに書きこんどるのかワカランけれども、中核派が理解できてない、権力の実像を正確に把握している。
若干私も理解できてない言葉の表現もあるけれども。それでも、概ね正確に射ていると思う。

このヒトが書き込んだのはほぼ10年前、いまどこでなにをしとるのかなあ?
もしかしたら、私のブログを読んでくれとるかもワカラン。

こういう感性を持ったヒトともっと共闘できな、権力には勝てん。


「みんなで一緒にやる」という発想を上で否定したけれども、”共闘して勝つ”という意味では正しくて、「みんなで一緒にやる」と言いつつ、あのヒトとは意見が違う、とか、あの派閥とは違う、とか言うて、自分のほうから少数派になってもとるのも弱いとこやな。

少数派になりながら、少数の意見だけを集中してビラ配りするのではなくて、多数派になるための努力を、すなわち大勢の意見を汲み取る努力をせなアカン。

とにかく私は、私がどこの組織に属するかではなくて、私自身が日本政府の監視対象なんやから、ある戦いだけをやる、というのではなく、私が問題と思う戦いは全部やりたいと思うとる。

コレはココロからの私の願いや。

私がヒーローとして目立ってまう、とかさして問題ちゃうやろ。

ならばマルクスだけが絶対的ヒーローになっとる理屈を、説明できんからなあ。

マルクスだけが絶対的ヒーローになっとるのは、それはそれでおかしいんやけど、ヒーロー自体は出てくる。

というのも、人間、"指示待ち人間"ってよく言われて、自分から動けん、考えられん人間がほとんどなのは、ビラを配っていてもわかるやろ。
足を止めて、とりあえず主張を聞いてみようと思う者は少ない。

けどな、ビラを配る側だって、主体的に配っているのではなくて、上から言われたから配っているのが実態や。


それに、自分らが歩いていて、たとえばキリスト教のビラ配りとか、ストリートのミュージシャンとかに足を止めるかというと、止めんやろ。


自分らが足を止めん方法で、じゃあどうして自分らのビラ配りでは足を止めてもらえると思ってまうのか、その理屈はヨウワカラン。


それでも、全く接点ないとアカンし、ビラ配りをすべて否定するわけではない。

キリスト教のビラ配りとか、ストリートのミュージシャンとかに足を止めんヒトが、どうやったら自分らのビラ配りには足を止めてくれるか、ココはもっと掘り下げて考えるべき問題でもある。

いや、AKBのチケットをどうして売ってもらえないか?が問題や。→ だからよ。もうAKBのイベントのチケットは売ってもらえないんだろ。他の楽しみ見つければいいだろうって。

この説明、説明になってない。

http://onicchan.cocolog-nifty.com/blog/2017/01/post-f2f5.html#comment-114171518

だからよ。もうAKBのイベントのチケットは売ってもらえないんだろ。
他の楽しみ見つければいいだろうって。
交通費と時間かけて低画質のモニター見に行ってipadポチポチやっていても面白くないだろう。
どのくらいの時間やってるのか知らないが、ずっと立って見て疲れないのか?
試食品を毎日のように食いに行っているようなものだろ。
自宅でくつろいで一日の疲れを癒したほうがいいだろ。

投稿: | 2017年1月 3日 (火) 00時44分


私はチケットを売ってもらえないだけじゃなくて、訴訟において、私は出入禁止措置になってないことを、AKS・キングレコードの方から明確に書いてきたにもかかわらず、一昨年の12/23に私が仙台の握手会に行ったとき、
AKS・キングレコード6人がかりで私を見つけ出して私に出入禁止措置を通告してきただけでなく、帰りの新幹線ではOJSという、刑事のOBの監視がやはり6人くらいついとった。

2人がけの席を敢えて私の側に向けて監視して、私がトイレに立つだけでそいつら私のとこに寄ってくるほどの監視体制の厳しさやった。

それで、東京駅降りた後でサイフなくすって、コイツらがスッたのは間違いないやろ。
私もめっちゃ警戒しとったから、ウッカリ落とすなんてない。

それで、どうして警戒されたかというと、その日のスケジュールとか、新幹線の予約状況を見ると、ココにAKBのメンバーが乗ると考えたからや。

しかしそれは、公共交通機関の利用であって、”出待ち”行為でもないし、別にメンバーに対して何か話しかけたわけでもないし、他人に対して「メンバーがココに乗るらしい」と言って回ったわけではないし、迷惑行為とは言えんよなあ。

そして、私の場合は、ブログに必ず公演の感想を書くけど、その後AKBの公演のオンデマンド配信

http://www.dmm.com/lod/akb48/

で、契約しているにもかかわらず、私のIDからは閲覧不可能にされた。

それが何を意味しているか?

私が公演の感想を書いたところで、近づけんねんから、本来痛くも痒くもないハズなんやけど、やっぱ私の公演の感想はメンバーに絶大な影響を与えとるから、AKSが問題視しとるということや。

それ以外に、私のIDからは閲覧不可能にされる理由ってないよなあ?

私が公演の感想を書いたら、その通りにメンバーが検討してくれる、というのは、いまも私は実感しとるし。

だからその後仕方なく、ロビーに復活したら、ロビーで私に対して執拗に突っかかってくるヤクザ者の工作員まで用意された。

とにかく、それだけイヤがっているからこそ、ブログまで出てきてAKBに来るなと言うてくる。

そんだけ妨害活動があるということは、それだけ権力者側にダメージを与えとるということや。

そして、AKBのメンバーの多くは、私の味方である。

こんな大切な仲間を、自分らの”労働運動”を優先するために捨てる、というのは、戦略として誤っていると思うし、私はAKB闘争は大事にしていきたいと思っている。

だからAKBのメンバーについて発信し続けるためにも、ブログを書き続けている。

1人で、こんな抜き差しならぬ関係を築き上げたのって、私くらいしかないやろ。
だから誰もブログやAKB闘争の重要性が理解できんのやと思うけど。

とにかく、敵が嫌がっているということは、その戦いは私のほうがけっこう優勢やねん。

他の戦いについても、敵が嫌がっていて、我々のほうがけっこう優勢、というのはあるやろけど、やっぱ戦いというのは1ヶ所だけでやったら、負けさせられる可能性もある。

何か所かで同時多発的にやったほうが、向こうも集中できずに狂うし、戦略的にええはずやねん。
その狂いから大きく前進できることだってあるんやし。

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