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2017年2月28日

2017年2月28日 (火)

過渡的にはそうかもやけどなあ → 貧しさの分かち合いが共産主義の真の精神です。

一面の真理はあると思うけど。

http://onicchan.cocolog-nifty.com/blog/2017/02/post-225c.html#comment-114427107

大西さん、富の再分配が共産主義のメリットではないです。
貧しさの分かち合いが共産主義の真の精神です。
では、なぜ大西さんの組織の上司はそれを言わないのか?
それは今の大西さんの暮らしに比べて遥かに裕福な生活を守りたいからです。
残念だけど大西さんが、今の赤貧を脱却するのは難しい。
只、秋元康のような人間を同じ暮らしに引きずりこむのは可能です。
秋元康が大西さんの暮らしをしたら、3日と持たないでしょうが
それは大西さんの上司も同じです。
そこを突くべきです。


投稿: | 2017年2月28日 (火) 20時57分


中核派が裕福ではないのは知っとるけど、そんな中でも、私よりは裕福な暮らしをして、それを守りたい意識は感じる。潜在意識やろけど。

そんな潜在意識を排除できてないところは弱いと思う。

けどそれを糾弾しても、内ゲバになってまうしなあ。
(いや私にはそんなチカラないし)

モヤモヤするものがあるけど、一休さんばりのとんちで、全部解決する方法をひねり出してみるわ。

鍵穴は論点がまるでおかしい。 ダウト → 資本主義では「機会の平等」が重視されますが

コレウソも休み休み言えよなあ。

http://onicchan.cocolog-nifty.com/blog/2017/02/post-151d.html#comment-114426975

>私に対して、”「結果の平等」の方が良いと共産主義者は考えている”と主張してくるのは、全く失当や。

資本主義では「機会の平等」が重視されますが、修正資本主義では生活保護制度などに見られるように一部で「結果の平等」を採用しています。このような意味では、共産主義においても「結果の平等」を基本としつつ「機会の平等」も一部で採用することは可能でしょうね。中国はこのような思想なのかもしれません

>まあそういう意味では、機会の平等も結果の平等も両立するくらい、あらゆるものごとが平等、というのを目指さなアカンよなあ。

全体としてみて機会の平等と結果の平等が両方あるように見えるというのは可能かもしれませんが、個別の事象においては機会の平等と結果の平等は両立し得ないものです。

たとえば、アパルトヘイトの後アメリカでは大学入学において黒人の特別枠が設けられました。これは結果の平等から見れば格差是正のための正しい措置で平等といえますが、機会の平等から見ればスタート位置が異なるために不平等となります。

投稿: 鍵穴 | 2017年2月28日 (火) 20時16分


”機会の平等”なんてのはタテマエで、タテマエだからこそ、たとえば「生活保護を受けるには共産党の議員さんから言ってもらったほうがいい」、みたいなハナシになってまう。

それのどこが平等なん?不平等そのものやろ?

また、黒人の大学入学の特別枠について言うとるけど、ホンマは黒人は赤ちゃんのときから平等に教えられるべきで、大学入学まで白人と同じ教育が為されてない。

コレは機会も結果も不平等やないか。

まあ私もよく知ってないところもあるけど、そもそも不平等なものについて、移行措置的に不平等になってまうのは仕方がない。移行措置なんやから。

それで、なにが言いたいのかな?

コレ大変なんはわかるけど、発想を逆転して、何人かのママ友が共同で誰か1人のママに預けるとかアカンの? → 「なぜ深刻さ、伝わらない?」保育園落ちた母親のリアル、市議がマンガに【待機児童問題】

コレ、そもそも行政がおかしいことを主張しとる。
行政以前に、専業主婦というモノがなくなっている事実も考えなアカン。



「なぜ深刻さ、伝わらない?」保育園落ちた母親のリアル、市議がマンガに【待機児童問題】

The Huffington Post  |  執筆者: ハフィントンポスト編集部
投稿日: 2017年02月27日 17時36分 JST 更新: 2017年02月28日 11時37分 JST
http://www.huffingtonpost.jp/2017/02/27/hokatsu-real-manga_n_15035926.html


けど、ウラを返せば、そうして困っている親御さんが共同で、誰か一人のお母さんところに預けるって発想アカンの?

そもそも労働組合だってそういうところから始まったんやし。

障害者の作業所だってそんな発想やんなあ?
じゃあお母さんだってできるよなあ。

他には、学生が共同でNGOを作って子供を預かるとかなあ。

そんな、困っとるところに中核派が出てって、ちゃんと子供さんを育てたら、中核派って悪くないじゃんというハナシになるんちゃうの?

保育園に入りたい親御さんって全員労働者だから、労働運動をやるやろし。


まあそんな上手くいかんかもワカランけど、ヒトのピンチを自分のチャンスにできるくらいやないとなあ。

ヒトってそうやって助け合って生きてくもんなんやし。

いや私にコメントしている時点で言い分が伝わっとるやろ。

なんかこんなコメントしてくるのがヨウワカラン。

http://onicchan.cocolog-nifty.com/blog/2017/02/cm-a0d7.html#comment-114426674

大西くん。

私なりに要約すれば、

誰が、何を、どのように、どういうタイミングで言うのか、ってこと。

この4つが揃うと〇。
ただし、何かがかけても、他の力で〇の結果も。

君の場合、誰がと何をがダメなのに、後の2つでなんとかしようとしてる。
それは無理だよね。

投稿: | 2017年2月28日 (火) 18時58分


もちろん要約したらそうかもやけど、

「誰が、何を、どのように、どういうタイミングで言うのか、ってこと。」

なんて言ったって、

「そんなのわかっとるわ!」

と言い返されるのがオチやろ。

それで、そいつが如何に分かっていないか?を説明するために、私は長ったらしい説明をしとる。


要約した文章ってツマランねん。

まあ、それをthat見て(自動変換で出てきたw)、・・・じゃなくてザッと見て、中身も読んでみる、そんくらいの想像力が上司にも求められるんやけどな。

そもそも”私が”という時点で興味を惹いて大勢読んどるし、”何を”というのも引っかかったからこうして書いてきたわけやんなあ?

”どのように”ったって、ブログでとしか言いようがないし、”どういうタイミング”ったって、元ネタは私が書きたいタイミングで書いたんやから、けっきょくのところオマエは、

”誰が””何を”で引っかかって、私に突っかかってきとるんやろが。

それで、”誰が””何を”がサッパリワカランって、ギャグかよ。

鍵穴のコメントに対して、共産主義者も十把一絡げに言えんところがあるけど、リアルな共産主義者がどう思おうが、ホンマは共産主義のほうが正しいねん。 → 人類全体として見れば「結果の平等」の方が良いと共産主義者は考えているからこそ、共産主義者は共産主義を推すわけです。この「良い」と思うことはメリットではないのですか?

鍵穴のコメントは、めちゃくちゃ言い訳を言うとるわけやけれども、共産主義者の痛いところを突いとるとも思う。


http://onicchan.cocolog-nifty.com/blog/2017/02/post-f13c.html#comment-114421506

共産主義にして「結果の平等」の観点から富を分配すると、それまでの労働者はより多く貰えるようになるので得をしていることになりますよね。
また、一方で資本家は損をすることになりますが、人類全体として見れば「結果の平等」の方が良いと共産主義者は考えているからこそ、共産主義者は共産主義を推すわけです。この「良い」と思うことはメリットではないのですか?

投稿: 鍵穴 | 2017年2月27日 (月) 22時06分


まず、資本家が損をするなんて鍵穴は書いとるけど、その資本家ってどこでどうやって儲けたのかというと、自分が汗水たらして働いたのではなくて、労働者が働いたウワマエをはねとるだけやねん。

それはまあマルクスが主張しとる。

然るにや、マルクスを引用しながら、大勢の平民を従えて、自分らが特権階級になりたいと思うとる人間も実のところおる。

体制を転覆して、出来上がったのはもっと粗悪なモノ、という最悪な結末や。

そんな結末になるのはイヤやから、みんな体制を転覆したがらんという現実がある。

それは「結果の平等」に重きを置く発想やな。


そして、「結果の平等」に重きを置いて、情報は自分らだけが収集するもの、として、だからこそ自分らのほうが偉いんだ、みたいな主張をする、それは日立製作所の長井聡なんかとりわけやっとったけど、めちゃくちゃ資本家の側の発想やねん。

金正恩だって、情報は自分だけが持っとるんや。

だから異母兄の金正男を平気で暗殺できてもたりする。

まあそういう意味では、機会の平等も結果の平等も両立するくらい、あらゆるものごとが平等、というのを目指さなアカンよなあ。


だから、確かに過去の多くの自称”共産主義者”が「結果の平等」に重きを置き過ぎてきたきらいがあるけど、私は機会の平等の大切さも訴えたい。

だからこうして、中核派がいっくら私に対して言い聞かせても、私はブログをやめてない。

コレも、中核派以外に対しても、政府権力に対しても、私の主張を公平に知れる機会の平等を実現しとるんや。

・・・それで、なんか文句あるか?


だから、私に対して、”「結果の平等」の方が良いと共産主義者は考えている”と主張してくるのは、全く失当や。

こういうのってホンマはどうしたらええのかなあ? → 【速報】冨田真由さん刺傷 被告に懲役14年6か月の判決 ~ 最低賃金を決めとるヤツらについて、厚生労働省のサイト引用

みんな内容は知っとるやろ。

【速報】冨田真由さん刺傷 被告に懲役14年6か月の判決 [無断転載禁止]©2ch.net

http://shiba.2ch.net/test/read.cgi/akb/1488262164/


そんで、裁判所で刑期を決めたところで、反省せんヤツは何年経っても反省せんやろし、逆に裁判所がホンマに正しく裁けるのかということもあるよなあ。

いくら判例に則るったって、類例なんてない!と言って恣意的に判決を下せるのを、私だっていっぱい見てきたし。

だからといって、反省したとわかるように反省文が書けるようにするまで、というのもワカランしなあ。


ヒトの心理というのは、経済よりもよっぽど関心ごとや。

それで、・・・そういえばマルクスって社会の仕組みを解き明かしたくて、いろいろと調べて経済学を考えたけれども、心理学については調べてないよなあ。

”教えて!goo”の心理学のところで、マルクスについて質問しとるヒトがいるけど、歴史とか哲学に誘導しとる。



https://oshiete.goo.ne.jp/qa/1941264.html

教えて!goo >教育・科学・学問 >社会科学 >心理学 >マルクス

マルクス

質問者:hustle884質問日時:2006/02/03 17:15回答数:1件
って何やったの?

No.1ベストアンサー
回答者: Behaviorism 回答日時:2006/02/03 17:21
こんばんは。

ここは「心理学」カテゴリなので、
カテゴリ違いです。

この質問を削除して、

マルクスの歴史的業績をききたいなら「歴史」カテ、
マルクスの思想について詳しく質問したいなら「哲学」カテ、

に再質問してください。



けど、哲学ってあるヒトの確固たる自信みたいなものからくるけど、心理学って、あるヒトはこう考えるけれども、別のヒトはこう考える、みたいな、いろんな場合があるよなあ。

マルクスって資本家階級と労働者階級、みたいにざっくりと分けてもたけど、人間ってもっとひとりひとり考え方に個性が出るよなあ。

たとえば義理人情だってひとつやけど、人間ってそんなにキレイな考えをしとるわけではない。

カネだけではなくて、しんどいからラクしたいとか、いろいろとある。


マルクス主義も心理学の観点から見直さなアカンのとちゃうか。


そういえば、”一枚岩”という言葉私キライやねん。

日立製作所時代に藤原和紀がよく言うとった。

”一枚岩”な組織は頑丈そうに見えて、見事にパカッ!と割れて分裂してまうことが頻繁にある。
考え方が硬直化しとるからや。

”一枚岩”の逆で、フニャフニャな組織は、フニャフニャに見えて割れることがない。
考え方が柔軟やからや。


共産主義革命を起こすという以外は、主張なんてめちゃくちゃでええんちゃうの?

喧々諤々と議論できるところにヒトは集まるけれども、逆に同じ主張ばっかで議論できんかったら、そもそもヒトなんて集まらんよなあ。


冨田さんの事件に戻ると、私もどうしたらええのかヨウワカラン。

被害者の苛立ちなんてどうやったって解決できんからや。

私だってなんかの過失で、交通事故でヒトを殺してまうかも知れんし、ヒトがどうなったからといって安易に極刑を言い渡すのはおかしいと思う。

冨田さんのやるせない思いをどう考えるかとか、冨田さんみたいな被害者をまた出さんためにはどうしたらいいかとか、考えることはあるよなあ。


しかし、私はひとつに、こうやって女の子を集めて集金するイベントがあるというのがよくないのと、その前提として、どうして一般男性がイベントではなくて、周りの女の子と仲良くできる給料がもらえんのか、そんな社会がおかしいとは思う。

そういうところをちゃんと突いて、街宣でビラ撒きしたら、労働組合に結集して闘おう!というよりもよっぽどリアルやと思うんやけど。


周りの女の子と仲良くできる給料がもらえんのは、最低賃金が低く決められとって、しかもそれが権力側の恣意になっとるねん。



ホーム > 政策について > 審議会・研究会等 > 中央最低賃金審議会(中央最低賃金審議会) > 中央最低賃金審議会委員名簿

http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r98520000017ur3.html

中央最低賃金審議会委員名簿
平成23年7月1日現在

<公益委員>
氏名 所属・役職
今野 浩一郎 学習院大学経済学部教授
勝 悦子 明治大学副学長(国際交流担当)・政治経済学部教授
武石 恵美子 法政大学キャリアデザイン学部教授
土田 道夫 同志社大学副学長・法学部教授
仁田 道夫 国士舘大学経営学部教授
藤村 博之 法政大学大学院イノベーション・マネジメント研究科教授

<労働者委員>
氏名 所属・役職
石黒 生子 日本サービス・流通労働組合連合事務局長
木住野 徹 産業別労働組合JAM組織・調査グループ副グループ長
北田 彩 日本食品関連産業労働組合総連合会中央執行委員
田村 雅宣 UIゼンセン同盟副書記長
團野 久茂 日本労働組合総連合会副事務局長
萩原 文隆 全日本電機・電子・情報関連産業労働組合連合会賃金政策部専門部長

<使用者委員>
氏名 所属・役職
小林 信 全国中小企業団体中央会労働政策部長
高橋 弘行 社団法人日本経済団体連合会労働政策本部長
中西 志保美 アメニティ計画株式会社代表取締役
矢口 敏和 日本ビルサービス株式会社代表取締役社長
横山 敬一郎 株式会社日通総合研究所代表取締役社長
吉岡 鞠子 株式会社筑波山江戸屋代表取締役

<注 掲載順は、五十音順である。>



「安倍倒せ!」と言うよりも、「こんなヤツらではなくて我々に最低賃金を決める権利をよこせ!」って、なんで言えんのかなあ?

そっちのほうがよっぽど具体的な闘争になると思うけどなあ。

そういえば創価学会って聖教新聞のCMの出来映えがええなあ。なにやっとるのかサッパリワカランけど。

今日テレビを観てふと思った。

いやべつに創価学会がいいとはゼンゼン思わんねんけど。

"主張の正しさ"と"イメージのインパクト"ってあって、前者が共産主義で、後者が、電通にみるように資本主義、というような認識が、人々のうちに無意識にあると思うけれども、ホンマは違うわな。

資本主義者らが持っとる、"イメージのインパクト"を、共産主義者も身につけたらええんやわなあ。


しかしどうしても、"主張の正しさ"についつい自信を持ってまうと、"イメージのインパクト"の探求が疎かになってまう。

こういうところも、私は感じてまう。

私は中核派と路線的に合うハズなんやけど、そのやり方では目の前のヒトの興味を得られないし、目の前のヒトと共感できんと思う。

静的なモノと動的なモノと言うたらええのか、機動力と言うたらええのか。

リズム感と言うてもええよなあ。


あるヒトが何かをやって感動を得られても、他のヒトが全く同じことを見よう見まねでやっても、ブーイングされることってある。

タイミングなんか労働者は知るか!って言い分もあるやろけど、タイミングってたとえば、機械の時代に、コレは調子がいい、コレは調子が悪い、といった、職人のノウハウって、職人の誇りって、タイミングやねん。

たとえば電車の運転士ならば、乗客がいつブレーキをかけたかワカランようなタイミングの運転が誇りやねん。


そんな考え方が、どうしても理解してもらえんねんなあ・・・

いや、選挙のときにタイミングよくビラを作って配ったとか、部分的には理解されとるけど、その考えを応用したらええだけなんやけどなあ。

それを個人レベルまで落としたら、「目の前のヒトが言うことをちゃんと聞く」ということになる。

だから私は、基本的には聞き手に回って、自分が喋り過ぎてまわんようにセーブしとる。

共産主義はメリットではない、とは書いたけど、一般人に説明するきっかけにはメリットのハナシは必要やなあ

手のひらを返すように思われるかもやけど、資本主義下で資本主義に従った考えを持っている人々のココロに訴えるには、メリットを出さなアカン。

それは、目先には、権力者に集中しているカネの再分配やし、もう少し考えると、金融商品を利用したマネーゲームをなくすことで、国民一人あたり800万円と言われる国債の存在を消せる。


しかし、そんな戦術論をしても、抽象的でイメージわかんとも思うなあ。


抽象的なイメージ論ではなく、一般人が聞いて一瞬でわかる説明が必要で、それは、とにかくいろいろと話せる、とりわけ不安を話せることやと思う。

それは資本主義関係ないんやけど。

だから、メリットのハナシをして、それで具体的にイメージできてないヒトに対して、実はお金よりも、不安を話せることのほうが大事なんじゃないか?
と言ったら、多くのヒトはうなづいてくれると思う。

創価学会のサイトを見て、具体的なことはなにも書いてないんやけど、それでも若者が興味を持ってまうのは、ココならば仲間を作って不安を話せる、と思うてまうからちゃうか。

労働運動でたくさん闘いをやるのは大事やけど、その根底にたくさんの会話が必要やし、その"たくさんの会話"の部分が、宣伝として出てきたらええと思うんやけど。

なんで創価学会に若者が集まるか、私の見たては違うかもやけど、考えてみる価値はあると思う。

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