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2017年8月 7日 (月)

前進チャンネルにコメントした内容。私もイロイロと発想してまうなあ。シミタケのシミッタレのシニカケはなんか反論ないんか?

考えていたらめちゃくちゃ長文になった。

こんな長文考えられる頭脳は中核派にはないやろ。
「前進」に主張の長文が載ったりする(記憶では)けど、ハッキリ言ってコピペであって、新しい主張なんてなんもないしなあ。

中核派って、原発とか原爆のことを知っている!とか言うて、フクシマでも診療所を作っていて、東京でもあるんやなあ、それは確かに効果はあるやろけど、それをどう人々の声に繋げるか、がゼンゼンダメや。

だから、A2-BCという映画を、中核派が作れずに、アメリカ人のイアン監督が作って、それもちゃんと広げられてないというのに、弱いところがある。

たとえばココに経緯が書いてあるよなあ。

http://kimbara.hatenablog.com/entry/2015/03/28/212441


中核派も全体主義の日立製作所みたいな大企業的総花的な主張をするんじゃなくて、この闘いでゼッタイに勝つ!という方針を示してみろよ。

星野絵画展なんていくらでも開けるけど、大事なのは、たとえばA2-BCを、8・6ヒロシマとか8・9ナガサキとかで上映して、こういうことが行われている、と静かに訴えることなんちゃうのか?


デモ行進するのは楽しいやろ。

カンパ費とかナントカ費を流用して、同じようなメンツの交通費とか遊興費にしてもて、そうやって何月はどこに行ける、なんて発想をしとる時点で、いっくら反対を唱えようが、権力に迎合してもとるやないか。



てか中核派のヤツらって、個人の思想というのがまるでない。

辻川慎一が”労働の奪還”とか言うたらみんな「おーっ!」と言うたけど、それで終わりや。

アーリーン・イノウエが”one mouth two ear”と言ったらしくて(伝聞で、検索したら複数やからearsか)、傾聴することの重要性を中核派は学んだハズやのに、”学んだ”というのは知識として学んだだけで、実践できてない。


”知識として学んだだけで、実践できてない”

というのは、もうそれが、権力と同様の発想やろが。


「知識として学んだことを実践する」

コレが学生運動の原点なんちゃうの?

それで、矛盾点をガンガン突いてく。


全学連はそんなのとは全く違って、前進社の意向の通りに動いていて、ゼンゼンダメや。


てか ”アーリーン・イノウエ one mouth two ear” で検索したら、私の書き込みが2chのマルクススレに何度もコピペされとるやないか。

カール・マルクス10 [無断転載禁止]©2ch.net
http://lavender.2ch.net/test/read.cgi/philo/1483757397/



しかし私はそれを言いたいわけじゃなくて、全学連スレに私が以前したコメントを(何者かの意思で)コピペされた。

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中核派全学連39 [無断転載禁止]©2ch.net
https://mevius.2ch.net/test/read.cgi/kyousan/1501166627/247

247革命的名無しさん2017/08/07(月) 11:14:53.33
親がいくら自分の経験その他から,子供の遭遇する危険性を主張したところで,子供自身がその危険性を認識してなければ,どっかでその危険にぶちあたることだってあるからなあ。

けっきょく人間って,自分が体感したことからしか学べんねん。

”賢者は歴史に学び,愚者は経験に学ぶ” なんて諺があるけど,経験から学べたらもうそれは賢者やねん。

そういえば,脇役で有名なオッサン俳優の誰かも,「私は経験に学びたい」と言うとったのをナマで聞いた。
アレ誰やったっけ?ニホンザルみたいなカオしたオッサンなんやけど,名前忘れた。
山田洋次のによく出てきたと思うけど。

歴史に学べる人間は,賢者を遥かに超えて,もうその時代のスーパーヒーローや。

だって,日本を代表するはずのいまのテンノーだってアベシンゾーだって,歴史からなんも学んでない。
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コレ、検索したら、3年前に岩田華怜(私が公安から、警視総監名義でストーカー規制法違反容疑で警告書を受けている相手)のスレで書いた内容やないか。

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【AKB48】岩田華怜応援スレ☆70【TeamA】
http://mastiff.2ch.net/test/read.cgi/akb/1403104316/962

962 :hidenobu onishi ◆CsvquZNDeKXO @転載は禁止:2014/07/14(月) 02:03:48.77 ID:E58n/ZAD0
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この、”賢者は歴史に学び,愚者は経験に学ぶ”という発言をしたのは井川比佐志で、私は共産党系の全国映連の映画大学で1994年に聞いたよ。

全国映連の重鎮だった山田和夫って、ゴリゴリの共産党やったしなあ。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%B1%E7%94%B0%E5%92%8C%E5%A4%AB



てかだからこそ、中核派に入って、白井とやらとハナシができると知って、私はてっきり中核派系の雑誌に投稿している、”キネマ旬報事件”でキネマ旬報の編集長を解任された、白井佳夫とハナシができる

http://www.seiryupub.co.jp/cinema/2011/11/post-34.html

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BD%E4%BA%95%E4%BD%B3%E5%A4%AB


と早合点してめっちゃ喜んだんやけど、・・・・・・・・・なんのことはない、東部ユニオンの黒縁メガネでナニ考えとるのかワカラン、中核派官僚の白井某(名前も知らん。ただ、ニックネームは町田な。)とハナシができるだけやった。


なんかもう、中核派はイロイロとおかしいよ。

日本政府はもっとおかしいけど、中核派が自分らのおかしなところを正さなければ、そもそも人々から、一緒に共闘したいと思うてもらえんやろ。


たとえば、星野とか大坂とか、具体的な名前を出す前に、自分らが権力を取ったと仮定して(そこまでしなければ人々は理解しないから)、どこまでが正しくて、どこからが誤った行動をしてしまったかを示すのは必要と思う。

ただ、”誤った行動をしてしまった”と言ったとしても、それを、権力の悪と自分らの過ちと、どっちを取るかで、大勢が自分らの過ちを問題にしてまう、という思い込みが、中核派の中にはある。


自分らの過ちよりも、権力の悪のほうがめちゃくちゃ問題!と、中核派の中で説明できる頭脳がおらんねん。


なんで私がこんだけ、イロイロと酷いことされた中核派に対してアドバイスせなアカンねんなあ?

私は別に中核派に対して滅びろとか思ってない(・・・・いや中核派なんてぶっ潰す!って書いた記憶あるけど)。


誰と共闘しようが、とにかくまずは日本政府をぶっ潰す、コレが最優先課題や。

そのためには、中核派の前進社はダメダメやけど、中核派で前進社を崇拝している人間は、

「・・・・いや、前進社よりも大西の言っていることのほうが正しいんじゃないか?」

とか思うてくれるんちゃうかと思うねん。


そこらあたりから、マルクスのペテンを暴いて、中野洋やアーリーン・イノウエが主張したこと、さらには、”A2-BC”で描いたこと、”オープンスペース街”でのリアルな行動、等々を、中核派のような個々別々な考え方じゃなくて、全部ストーリーとして描きたい。


中核派は、個々別々ではええこと言うとるとは思うけど、全体として北朝鮮同様の全体主義に陥っている。

シミタケ体制が腐っとるという実態もあるんやけどな。

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コメント

また中核派からAKBへのパターンか、さすが発達障害者だな
お前生きてる価値あんのか?

華怜ちゃんと仙台七夕まつりに行かなかったのですか?
相思相愛どころか近づいただけで逮捕されるのでしょう。

大西も本当はわかっているんだよな
岩田華怜に気持ち悪がられていること
10代の子が貧困生活しているジジイなんかに好意を持たないことをよ。

https://www.ombudsman.jp/fswiki/wiki.cgi/akarui?page=%B0%A6%C9%B2%A1%A1%B9%F1%C7%E5%C1%CA%BE%F5
国家賠償訴訟の訴状

岩田が大西秀宜のストーカー行為を警察に相談したことをわかっているからやらないんだよな。 ストーカーであることを認めてこの糞ブログやめろ。

欧州は挙げて日本の非道な死刑執行に抗議した

他に重要な問題が目白押しだったから余り話題にならなかったが7/13に死刑囚2人の死刑執行がなされた。

あの金田法務大臣が退任する前の駆け込みなのだろうが、いくつも問題点がある。

個人的に以前から主張しているが死刑制度は反対で、これが世界の大勢を占めているのに、日本では声がまだ小さい。

結果、第2次安倍内閣発足以降で死刑が執行されたのは去年11月以来11回目で、合わせて19人にのぼる。

そして今回の一人は再審請求中にもかかわらず執行された。

本田由紀さんがリツイートしたTwitterに< 金田大臣「再審請求中であったとしても、当然に棄却されることを予想せざるをえないような場合は、死刑の執行を命ずることもやむをえない」って…司法手続き無視して死刑執行したってこと?>というのがあった。

そして7/13深夜のNHKニュースはこう報じてもいる。

>◆再審請求中の死刑執行は異例
 死刑囚が再審=裁判のやり直しを求めている最中に執行されるのは異例です。
 法律では、判決の確定から6か月以内に死刑を執行するよう定めていますが、法務省によりますと、平成19年から去年までの10年間で、刑の確定から執行までの期間は平均でおよそ5年となっています。
 刑の確定から数十年たっても執行されていない死刑囚がいる一方で、確定から1年たたないうちに執行されたケースもあります。
 法務省は、執行の順番や時期をどのように決めているのか具体的な判断基準を明らかにしていませんが、再審=裁判のやり直しを求めているケースは執行されにくい傾向があります。
 死刑が執行された後に再審が認められるという事態を避けるために慎重に判断しているものと見られ、再審請求中の執行は異例です。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170713/k10011056611000.html


また、裁判員裁判の問題も指摘されている。

司法制度改革で導入された裁判員制度の下で死刑が確定し、執行されたのは今回で3例目。

裁判員裁判では死刑が言い渡されるケースが多く、上記NHKは、こうも報じている。

>◆被害者1人で死刑の裁判員裁判  2審で無期懲役相次ぐ
 裁判員裁判で死刑が言い渡された被害者が1人の殺人事件では、2審で無期懲役を言い渡されるケースが相次いでいます。
 このうち平成21年に東京・港区のマンションで当時74歳の男性が殺害された事件では、1審の裁判員裁判で強盗殺人などの罪に問われた被告に東京地方裁判所が死刑を言い渡しました。また、同じ平成21年に千葉県松戸市のマンションで、当時、千葉大学4年の21歳の女性が殺害された事件でも強盗殺人や放火などの罪に問われた被告に千葉地方裁判所が死刑を言い渡しました。
 2審の東京高等裁判所がいずれも死刑を取り消して無期懲役を言い渡したのに対して検察が上告しましたが、最高裁判所は、死刑を選択するには過去の裁判例を踏まえて判断しなければならないとして、退ける決定を出しました。
 その後、平成26年に神戸市で小学1年生の女の子が誘拐され殺害された事件でも1審で死刑を言い渡された被告に2審で無期懲役が言い渡され、検察が上告しています。


東京新聞の望月衣塑子記者も7/16にリツイートしていたが、この日本の死刑執行をドイツが<ドイツ政府はいかなる状況であろうと容認できない」と強調。
日独両国は緊密なパートナーだとして「死刑制度を再考することを願う」と訴えた>と厳しく非難している。

>ドイツ外務省「非人間的で残酷」 日本の死刑執行非難(共同通信 2017/7/14)
 ドイツ外務省は13日、1991年に兵庫県姫路市などでスナックの女性経営者4人を殺害した西川正勝死刑囚(61)=大阪拘置所=と、2011年に岡山市で元同僚の女性を殺害した住田紘一死刑囚(34)=広島拘置所=の死刑執行を「非人間的で残酷」と非難した。
 ドイツ外務省は、これで2012年12月以降、19人の死刑が執行されたと指摘し「ドイツ政府はいかなる状況であろうと容認できない」と強調。日独両国は緊密なパートナーだとして「死刑制度を再考することを願う」と訴えた。
 欧州連合(EU)では死刑が廃止されている。


またこれは池田幸代さんがリツイートしていたが駐日欧州連合代表部も<本日の死刑執行を受け、駐日EU大使、駐日EU加盟国大使およびノルウェーとスイスそれぞれの駐日大使は、改めて極刑に反対する共同声明を発表し、日本当局に対しこの問題に関する国民的議論を促すことを求めた>としている。
#EU4humanrights http://euin.jp/20170713b

>日本で死刑が執行されたことを受けた、現地共同声明(2017.7.13)
 駐日欧州連合(EU)代表部および駐日EU加盟国大使と駐日ノルウェー王国およびスイス大使は、以下の声明を発表した。
「7月13日、日本で2人の死刑囚に対する刑が執行され、2012年3月以来、死刑に処された24人に加わることとなった。EU、その加盟国、ノルウェーおよびスイスは、一貫して日本当局に対し、2012年3月まで20カ月にわたり死刑が執行されなかったことを思い起こし、モラトリアム(執行停止)を導入するよう求めてきた。
われわれは死刑に対し、強固で原則に基づいた立場を取っており、いかなる状況においても極刑に反対している。死刑は残忍かつ冷酷であり、犯罪抑止効果があるとは全く示されてない。さらに、誤りがあったとき、極刑の場合は不可逆である。われわれは、世界中での死刑廃止を積極的に追求し続ける決意である。
日本国内外の、極刑と刑事司法制度全体における死刑の位置づけの徹底した見直しを求める人々の声に考慮し、われわれは日本当局に対し、この問題について開かれた国民的議論を促すよう求める。そのような議論を通じて、一般市民は、自ら、欧州諸国を含む他国が証明する、死刑廃止が実際には司法制度が効果的に公正な裁きを行う能力を高め、不可逆の誤審を防ぎ、国民の受容を得られるということを評価することができよう」
◆PART 2 世界的潮流である死刑制度廃止と日本 死刑廃止はEUの人権外交の最重要課題
 死刑廃止はEUの人権外交の最重要課題 © European Union, 2014
 拷問・その他の残虐で非人間的な取り扱い、宗教や思想を根拠とする少数者に対する憎悪や差別、少女や女性に対する暴力や差別、子どもの強制労働や少年兵への駆り立て――EUは世界中のこれらの人権問題に、積極的にコミットしている。EUが、域内で人権を擁護し促進するのみならず、加盟候補国をはじめとする近隣諸国、さらに世界各国で人権の尊重を求めていくことは、政治的主体として重要な原則である。それは以下のとおり、EUの基本条約にも明記されている。
 ―「国際舞台での(欧州)連合の行動は、その創設、発展、拡大における理念となり、世界の他の地域での推進をめざす諸原則に則っている。その原則とはすなわち、民主主義、法の支配、人権および基本的自由の普遍性と不可分性、人間の尊厳の尊重、平等と連帯の原則、国連憲章と国際法の原則の遵守である」(EU条約第21条)そして、死刑廃止はEUの世界における人権外交の最重要課題の一つなのである。
 EUは、欧州評議会などとも足並みを揃えて1990年代後半から世界における死刑制度の廃止に向けた活動を本格化させた。1998年には、人権政策の一環として、全世界で死刑制度を廃止するために死刑反対運動を強化することをEU理事会で採択、「死刑に関するガイドライン」を定め、死刑廃止への第一歩としてモラトリアム(執行停止)を導入すること、あるいは、少なくとも死刑の適用を減らすこと、また死刑が執行される場合でも、一定の最低基準(下の表参照)を満たし、透明性のある手続きで行われることなどを死刑存置国に求めていくこととした。さらに、1999年以降、ジュネーブで開催される国連人権委員会のすべての会合で「死刑の廃止」および「当面の執行停止」を呼びかける決議を提案している。
EUの要請する死刑執行の最低基準
・死刑は、極めて重大で計画的な犯罪にのみ適用する
・死刑は、犯行の時点で死刑によって罰せられることが規定されていた犯罪に対してのみ適用し、より軽い刑罰が規定されていた場合には、その刑罰を適用する
・死刑は、犯行の時点で18歳未満の青少年、妊婦、出産後間もない母親、精神障害者には適用しない
・死刑の適用には、明白で説得力のある証拠が必要であり、被告人が法的弁護を受けられる公正な裁判が行われる
・死刑を宣告された者が、異議申し立ておよび減刑を求める権利を持つ
・死刑は、可能な限り最小限の苦痛を伴う方法で執行される
 EUはまた、「民主主義と人権のための欧州機関」(2006年に創設)などを通じ、非政府組織(NGO)とも協力した活動も推進している。1994年以来、死刑廃止のためのプロジェクトに対し4,000万ユーロ超を拠出しており、同資金援助により活動が続いていたフィリピンでは、様々な他の要因と相まって政府と世論を動かすに至り、2006年に死刑制度の廃止を実現させている。
●死刑制度廃止は今や世界的潮流に
 EUが目指す「死刑制度のない世界」。その流れは今、確実に世界のすう勢になってきている。国連総会は2007年、2008年、2010年、2012年に死刑存置国に対して「死刑の廃止を視野に入れて死刑の執行猶予を確立すること」などを求める決議を採択。アムネスティ・インターナショナルによれば、2013年末時点で、世界の196カ国のうち、140カ国が法律上もしくは事実上、死刑を廃止しており、死刑存置国は58カ国あるものの、2013年に実際に死刑が執行された国は日本を含めて22カ国である。日本弁護士連合会によれば、 先進国で構成される経済協力開発機構(OECD)加盟34カ国の中で、死刑存置国は日本、米国、韓国の3カ国のみ。このうち、韓国は事実上執行停止、米国の50州中18州は死刑を廃止または執行を停止しているため、死刑を国家として現在も執行しているのはOECDでは日本だけになっている。
●地図は、アムネスティ・インターナショナルの資料統計に基づく(2013年末時点)
 このように世界の3分の2の国が死刑制度を廃止している中、EUでは存置しているあらゆる国に対して死刑制度の廃止を求めているが、特に強く求めている国の一つが世界に冠たる民主主義国家である日本だ。EUと日本は自由、民主主義、人権、法の支配という基本的価値を共有しており、これらの価値に基づく外交を世界各地で展開する パートナーでもあるからだ。
 EUは、これまで何度も機会を捉え、日本政府に対して「死刑の完全なる法的廃止に至るまでの間、その運用を停止すること」を求めてきた。しかし、2012年3月には1年8カ月ぶりに死刑が執行され、同年に7人、翌年の2013年には8人の刑が執行され、本年はこれまで3件の執行が行われている。EUは、日本で死刑が執行されるたびに遺憾の声明を発表しており、2014年8月29日に2人の死刑囚に対して刑が執行された際にも、「日本国内外において極刑を徹底的に見直すよう求める声があることを考慮に入れ、日本国政府に対し、世界の死刑廃止への潮流に沿い、極刑維持の立場を変えることについての誠実な国民的議論を促すよう求める」と訴えている。
 また、国連も日本に対して死刑制度の見直しをこれまで何度か勧告しているが、直近では、本年7月に国連自由規約委員会が日本の人権状況を審査し、死刑制度廃止に向けた取り組みを含む、いくつかの問題について改善勧告を出している。
◆日本へ―まず議論から、そしてそのための情報開示を
 言うまでもなく、死刑制度の存廃を最終的に判断するのは日本国民自身である。しかし、日本ではその判断のための国民的議論が巻き起こらず、そのような議論のための情報開示も十分ではないのではないか。例えば、死刑がどのような形で行われるのか、その手段(日本では絞首刑)や告知の方法(本人には当日の朝まで、家族には執行後まで知らされない)、また死刑囚の独房生活の環境についてなど最低限の情報も、知っている人は決して多くないであろう。EUが日本に求めるのは、①死刑制度に関する議論を本格化すること、②やむを得ず執行する場合は、国際的な最低限の基準(前述)を守ること――である。
 2009年に内閣府が実施した死刑制度に関する世論調査では、制度の存続を支持する回答が85.6%に達しており、政府の制度護持方針の根拠となっている。しかし、世論調査は、質問の設定や表現によって結果が変わりうる。EUは、本年末から来年にかけて早稲田大学がロンドン大学と共同で行う審議型世論調査を支援することになっている。有識者による死刑に関するグループディスカッションとプレゼンテーションに参加した前後で参加者にアンケートを実施、その考えがどのように変化するかを確認する。死刑制度についての十分な情報提供のために有効と実証された手法を用いて行う本調査は、本年中に日本政府が死刑制度に関する新たな世論調査を行うとしている中で、興味深いものとなろう。
◆死刑廃止議連の亀井静香会長
 死刑制度をめぐっては、2012年12月の衆院選以降活動を停止していた超党派の議員連盟「死刑廃止を推進する議員連盟(死刑廃止議連)」が近く活動を再開する。同議連の会長であり、元警察官僚としての経験から、誤認逮捕や冤罪は必ず起きてしまうものと論じる亀井静香衆議院議員は、「直ちに国民の意識を死刑廃止に賛同させるのはなかなか難しい」とした上で、「死刑廃止議員連盟の再構築を図り、死刑制度廃止に向けた前段階として重無期刑の創設と死刑制度の存廃等調査を行う死刑制度調査会の設置および死刑の執行停止を求めた法律案を議員立法で提出する」と活動再開に意欲を燃やす。「EUからも、わが国の死刑制度に対する姿勢を強く批判していただきたい」と国際的な働きかけにも期待を見せた。
 人の命を絶つ極めて重大な刑罰であるとともに、刑事司法制度の根幹や人々の死生観にも関わる重要な問題である死刑制度。さまざまな情報を得られれば、国民の間にまた違った考えが出てくる可能性もある。EUでは、機会あるごとに死刑廃止に関する情報や自身の経験などを提供するとともに、日本に対して今後も粘り強く死刑廃止を求めていく方針である。


現役時代、死刑反対を政策制度要求に入れたいと思って努力したが相手にしてもらえなかった。

労働組合課題ではないから…というが、人権は優れて労働運動の課題であり、命を何よりも重要視すべきなのが労働組合だとおもう。

要は意見が分かれており、強く主張する産別が無いからだった。

現在はどのように扱われているのか不知だが、声を上げ続けていきたい…と思う。

日本の役員には、諸外国に対し<恥>という感覚がないのか…とさえ思う。

まず、放射脳大西秀宜君にはこのリンク先記事をぜんぶ読んできてもらおうか。話はそれからしろ(^。^)y-゚゚゚

http://blogs.bizmakoto.jp/kaimai_mizuhiro/entry/4790.html

>そこらあたりから、マルクスのペテンを暴いて、中野洋やアーリーン・イノウエが主張したこと、
>さらには、”A2-BC”で描いたこと、”オープンスペース街”でのリアルな行動、等々を、
>中核派のような個々別々な考え方じゃなくて、全部ストーリーとして描きたい。

君が「内容を摘まんで知った」都合の良さそうな知識人・海外放射脳に事大しても、大西秀宜君の思考が根底から狂っているので無意味だぞ(一笑一笑)

〈広島無償化裁判〉不当判決に怒り 司法もアベ化

多々綴ることはあるが、この非人道的な、民族差別として糾弾されるべき、世界的にもありえない不当判決がほとんど注目されないことに怒り。

広島朝鮮学園と卒業生ら110人が原告となり、国に対して就学支援金不支給決定に対する取り消しと適用の義務付け、本来支払われていたはずの支援金の支払いなどを求めた裁判(以下、広島無償化裁判)の判決が7月19日、広島地裁で言い渡された。

地裁は法令としての性格を有しない規程13条(適正な学校運営)を基準に朝鮮学園を不指定にすることは無償化法の委任の範囲内であり適法、平等権を定めた憲法14条に違反しない、本件学校が規程13条に適合するものとは認めるに至らないことを理由として指定しないことは違法ではないとして、原告らの主張を全面的に退けた。


広島無償化裁判は2013年8月1日に広島地裁に提訴して以来、17回の口頭弁論が行われてきた。

他に大阪、愛知、福岡、東京で無償化裁判が行われている中、最も早い判決だった。

朝鮮新報によれば、小西洋裁判長は、広島朝鮮学園と朝鮮、総聯との関係性が「不当な支配に当たらないこと」について十分な確証を得ることができず、就学支援金が授業料に「充当されないことが懸念」されるとした被告(国)の主張を、「根拠となる事実が証拠上認められる」と追認したというが、弁護団の足立修一団長は、「(裁判官は)国の主張をそっくりそのまま引用しただけだ。

真実かどうかわからない事実を前提にした判断は、国の主張より悪質極まりない」と強く非難。

2014年に国連人権差別撤廃委員会が日本政府に対して、朝鮮学校に高校無償化制度の適用とともに、地方自治体には補助金再開・維持を要請するよう勧告していると述べ、「今回のような差別意識丸出しの判決が出されては、日本の司法も国連から糾弾されることになるだろう」と警鐘を鳴らした。


また広島朝鮮学園の金英雄理事長は、判決文で子どもたちの学習権が一切触れられていなかったことについて、「裁判官は子どもたちが見えてないのか。朝鮮学校の生徒は空気に等しいのか」と声を震わせながらも、無償化制度から排除されている子どもたちの心の傷を「裁判で勝利して癒してあげたい」と言葉を絞り出した、という。

この日発表された広島朝鮮学園の声明は、「朝鮮学校だけを公的助成制度から排除することは、民族教育の権利を否定するばかりでなく、在日朝鮮人は差別をされて然るべき存在であり、ひいては国の意に沿わないものは差別をしてもよいという風潮を国が煽ることにほかならない」としながら、不当判決に激しい怒りを持って強く抗議し、ただちに控訴し、最後まで闘いつづけると強調した。


いずれ判決文も入手し、引き続き8/28の大阪地裁判決を受けて東京でも集会が開かれるので、自分ももっと詳細に不当性を把握したい。

朝日新聞によれば、判決は、広島朝鮮学園が法令に基づき学校が運営されているかといった無償化の要件を備えているかどうかを検討する上で、朝鮮総連との関係に着目。

過去の報道などを踏まえると、総連による強力な指導が見直されたとはみえないと指摘し、無償化に伴って学園に支給される支援金が適正に使われるかに懸念を示した、という。

そして高校無償化法の趣旨に沿って対象から外した文部科学相の判断に、裁量権の逸脱は認められないと判断した。

「原告側は国は朝鮮学校を無償化の対象とする省令の規定をあえて削除しており、差別的な取り扱いで憲法の平等権に反すると主張したが、判決は退けた。その上で、今回の処分は学園が高校無償化の要件に該当しないことが理由で、民族を理由としたわけではなく、合理的な区別にあたると結論づけた」(朝日新聞)。


労働組合としては、日教組をはじめとする平和フォーラム加盟組織がこの無償化裁判を支援してきた。

しかし民主党政権下で行われたこの差別に対し、連合加盟のほとんどの労組は批判の声をあげなかった。

また文科省の対応も真摯さはほとんど感じられなかった。

メディアの中で社説として取り上げてくれた東京新聞、北海道新聞も、朝鮮総連、朝鮮学校側にも敗訴の責任があるとの主張だ。

日本は往々にして差別が正当化される異様な国であり、司法もその責任の一端を担っている。

とにかく、平和フォーラムの抗議声明だけは熟読したい。

この国は侵略・植民地化も、凄まじいまでの抑圧・差別・収奪・殺りくも、戦後の分断も(本来は日本が分断されて然るべき!)、未だに国交を結ばないことも…一切反省していない。

>広島朝鮮学園声明:不当判決に激しい怒りを持って強く抗議し、勝利の日まで闘い続ける。 
 怒りを持って、この場に立っています。
 広島朝鮮学園はこの4年間、日本国政府という大きな存在を相手に闘ってきました。
 2013年8月1日に提訴し、4年間、17回に及ぶ口頭弁論を経て本日を迎えることとなりました。
 この間、私たちは朝鮮学校の生徒たちだけが高校無償化制度から除外されている現実を怒りと悲しみを持って受け止め、それを必ずや正すことに心血を注いできました。
 世界の子どもたちが享有してしかるべき学習権を冒され、自らのルーツを学ぶという基本的人権を冒されるという国家による差別は多文化共生のための歩みに逆行するものであり、到底容認することはできないものです。
私は本日の広島朝鮮学園および原告生徒らの請求を棄却した広島地方裁判所の判決に強い憤りを覚え、怒りに震えています。決して受け入れられない事実です。
 国や行政が率先して反朝鮮学校・反民族教育の旗頭となり、世の中にはヘイトスピーチ、ヘイトクライムがはびこるような社会が作られようとしています。三権分立がなされた法治国家であり先進国を謳うこの国において、法の下においても朝鮮学校を高校無償化から除外することを是認するとしたら、いったい法律とは何を守るための秩序なのでしょうか。
 人権をないがしろにした法律とはいったい何のために存在するのでしょうか。
 朝鮮学校だけを公的助成制度から排除することは、民族教育の権利を否定するばかりでなく、在日朝鮮人は差別をされて然るべき存在であり、ひいては国の意に沿わないものは差別をしてもよいという風潮を国が煽ることにほかなりません。なぜ自らのルーツを学ぶことがこのような形で否定されなければならないのでしょうか。
 広島朝鮮学園は今回の不当判決に激しい怒りを持って強く抗議します。ただちに控訴し最後まで、勝利のその日まで闘い続けます。
 未来は必ず希望に満ちていると子どもたちに伝えるために、なんびとも学ぶ権利、出自に関係なく堂々と社会で生きていける世界のために闘い続けます。

>朝鮮学校への高校授業料無償化除外は適法との広島地裁判決への抗議声明(平和フォーラム 2017年7月20日)
http://www.peace-forum.com/houkoku/post-22.html
 昨日、広島朝鮮学園とその生徒らが、2013年2月20日に文部科学省が省令改正をもって授業料無償化(現高等学校等就学支援金制度)の対象から朝鮮学校生徒を除外したことに対して、無償化の指定と国家賠償を求めた訴訟で、広島地裁(小西洋裁判長)は、原告の訴えをすべて却下する判決を下した。歴史的過程の中で日本での生活を余儀なくされた在日韓国・朝鮮人の子どもたちに、当然の権利として与えられている民族教育の権利を侵害する不当判決は、彼・彼女らと共に日本社会における広範な人権確立のためにとりくんできた平和フォーラムとして、到底受け入れられない。断固抗議する。
 判決は、日本と朝鮮民主主義人民共和国との間には国交がなく「高等学校の課程に類する課程」という支給要件を証明できないとして、支給しないことは不合理な差別には該当しないとしている。しかし、長期にわたって国交なき状況を放置してきたことは、日本政府の政治的不作為に他ならず、日本に生きる在日韓国・朝鮮人の子どもたちの責任ではない。そのことによって引き起こされる著しい差別を、容認する理由にはならない。また、支援金が流用される恐れがあるとした国側の主張は、それ自体予断と偏見によるものでしかない。「根拠となる事実が証拠上認められる」との判決は、国の主張を無批判に受け入れるもので、司法の独立した判断とは到底言いがたい。また判決は「除外によって教育を受ける権利は何ら制限されない」としてるが、現下の経済的状況を考えるならば、授業料の無償化から除外されても何ら制限されないなどということはありえない。無償でなくても制限されないならば、無償化そのものの必要性も問われるではないか。
 2013年5月に出された、国連社会権規約委員会における日本の第3回定期報告に関する最終見解は、「委員会は、締約国の公立高校授業料無償制・高等学校等就学支援金制度から朝鮮学校が排除されており、そのことが差別を構成していることに懸念を表明する」(外務省仮訳)とし、無償化制度から朝鮮高校のみを除外していることを差別と断罪している。国連人種差別撤廃委員会は、2014年8月の総括所見において、同様の主張を行っている。国連の「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約」(社会権規約)は、「この規約の締約国は、教育についてのすべての者の権利を認める」(外務省訳)とし、教育の役割とその権利、締約国の義務を記載している。日本が、この規約を批准し締結していることを、広島地裁は真剣に考えるべきだ。朝鮮高校に通う生徒ひとり一人に、この判決をどのように説明するのか。ひとり一人の権利に、どう応えるのか。広島地裁は、そのことを真剣に考えているのか。とてもそうは思えない。単に日本政府の方針に追従したのだとしたら、これは司法によるマイノリティーに対する重大なヘイトクライムと言える。広島地裁に対して猛省を促し、高裁は追従することなく公正な判断を下すことを心から要請する。
 少子高齢化の中にあって、日本社会は移民政策を検討すべき時に来ているとの指摘がある。外国人労働者は、増加こそすれ少なくなることは考えられない。地方都市の中には、真剣に「多文化共生」の町づくりにとりくむところもある。しかし、日本政府は、戦前・戦後を通じて長きにわたって日本社会で生きてきた在日韓国・朝鮮人とさえ、共生社会をつくることができないでいる。民族学校の立ち上げに始まって、大学進学をめざした高校卒業資格の問題、通学定期適用の問題、外国人登録制度の指紋押捺の問題、そして授業料無償化適用の問題。その都度当事者が声を上げ闘わなければ権利が認められない日本とは何なのだろうか。日本政府のこのような姿勢が、ヘイトスピーチを生み、心ない差別を生んでいる。平和フォーラムは、日本社会の貧困な権利意識を排除し、多文化・多民族共生社会実現に向けて、そして、そのために朝鮮学校への授業料無償化適用を求めて、最後まで闘い抜く。(フォーラム平和・人権・環境 代表 藤本泰成)

>【社説】朝鮮学校無償化 子の救済は大人の責任(東京新聞 2017年7月21日)
http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2017072102000147.html
 いわば大人の都合で、子どもの学びの機会に格差が生じるのは残念でならない。広島地裁は、朝鮮学校を高校無償化の対象から外した国の処分を適法と判決した。大人の責任で実現せねばならない。
 広島朝鮮高級学校を運営する広島朝鮮学園と卒業生らが、処分の取り消しや損害賠償を国に求めた裁判だ。判決は、国側の主張を認め、原告側の全面敗訴となった。
 東京、名古屋、大阪など全国五カ所で係争中の同種訴訟で初めての判決だった。原告側は、司法が恣意(しい)的な行政判断に追随したことは民族差別を助長すると反発し、控訴する考えだ。
 高校無償化制度は、民主党政権の目玉政策として二〇一〇年に導入された。現行では一定の収入に満たない家庭の高校生に対し、就学支援金が支給されている。
 学校教育法上、各種学校とされる外国人学校は文部科学相の指定を受ける必要がある。だが、自民党政権に交代してから、朝鮮学校は制度の対象から除外された。
 問題の根っこは、子どもに代わって学校側が就学支援金を受け取る代理受領の仕組みにあろう。
 朝鮮学校は、北朝鮮や在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)の影響下にあり、無償化の資金が授業料に充てられないことが懸念されると、国側は主張していた。
 とはいえ、無償化制度の理念は、学校運営そのものの支援ではない。すべての高校生が家庭の収入にかかわらず、学ぶ機会に等しくアクセスできるよう、社会全体で負担を分かち合うことである。
 その理念を重視し、責任のない卒業生らの救済に動こうとした形跡は、広島地裁の判断からは読み取れなかった。国側と学校側との相互不信の谷間に、個々の子どもが落ち込んでいるように見える。
 高校に当たる高級部では、日本で生まれ育った千三百人余りが学んでいる。日本の大学の多くは、卒業生に受験資格を認めている。国側はこうした現実を踏まえ、就学支援金が確実に授業料に使われる仕組みを勘考できないものか。
 北朝鮮は核やミサイルを開発し、日本人拉致問題の解決には後ろ向きだ。朝鮮総連を含め、国民が注ぐまなざしは厳しい。
 本来、子どもの教育に政治的、外交的な問題を絡めるべきではない。だが、朝鮮学校の教育内容や財務、人事といった運営を巡る疑念が晴れない限り、税金投入に国民の理解は得られにくい。子どもの学ぶ権利の救済、機会の保障はもちろん、大人の責任である。

>「朝鮮学校」判決 解決の糸口探る努力を(北海道新聞社説 2017/07/21)
http://dd.hokkaido-np.co.jp/news/opinion/editorial/2-0116537.html
 国側の主張を全面的に認める判決だった。
 高校無償化法の適用を巡り、国が朝鮮高級学校を対象外としたことの是非を問う裁判で、広島地裁は「国の裁量範囲を逸脱したとはいえない」とし、原告である広島朝鮮学校側の訴えを退けた。
 全国五つの同種の訴訟で初めて示された判断である。
 国は「朝鮮学校は北朝鮮や在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)の影響下にあり、無償化の資金が授業料に充てられない懸念がある」と主張していた。
 しかし、無償化の目的は、日本に暮らす全ての子どもの教育費を軽減し学習機会を保障することにある。制度の趣旨に照らせば、今回の判断には疑問が残る。
 判決は「学校の運営が適正に行われない恐れがある」との国の主張を追認し、「無償化の対象外となったのは、支給要件に該当しないため」と結論付けた。
 「民族教育を受ける権利を含む学習権や、憲法上の平等権の侵害」といった学校側の問いかけに正面から答えたとは言い難い。
 高校無償化法は、旧民主党政権下の2010年度に施行された。
 朝鮮学校への適用を巡っては、拉致問題などを理由に当初から賛否が分かれ、結局、自民党政権に交代した13年、文部科学省は適用除外とした。
 朝鮮高級学校は生徒が民族のルーツや言葉を学ぶ場という側面を持つ。札幌を含め全国10校あり、在籍者は1300人を超す。韓国籍の生徒も多い。
 現在も未来も日本社会でともに暮らす隣人である。
 教育支援の枠外に放置していいはずがない。
 排外主義やヘイトスピーチを助長する恐れもある。
 1989年に民族的少数者の学びを保障する「子どもの権利条約」が採択されて以降、高体連出場を認めたり、大学を受験しやすくするなど、多くの分野で朝鮮学校への垣根は下げられてきた。
 無償化の適用除外は、こうした流れにも逆行する。政府は制度の理念を踏まえ、見直すべきだ。
 無償化の支援は個々の生徒に対して行われるが、学校が代理で受け取ることになっている。
 公費による助成であるからには、使途の透明性を確保するため、情報公開に努めるのは当然だ。朝鮮学校も例外ではない。
 これ以上生徒が不利益を受けぬよう、国、朝鮮学校双方が解決に向けて努力してもらいたい。

今回、 2017年8月 8日 (火) 01時15分のバカ名無しが貼ったパヨクコピペは、

>無償化の適用除外は、こうした流れにも逆行する。
>政府は制度の理念を踏まえ、見直すべきだ。

などと集り正当化発言を繰り返し、日本の学習指導要領を受け入れて「一条校」になっている金剛学園などの民族学校をスルーしております(一笑一笑)

どうやら、北朝鮮系民族学校サイドは、学習指導要領は拒むが、補助金だけは欲しいとの朝鮮人ダークサイドだだ漏れの姿勢らしいですね( ´_つ`)ホルース

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« 2017/8/7 AKB48 19:00 外山大輔 ミネルヴァよ、風を起こせ 公演 せいちゃん生誕 感想 こみはるが良かった | トップページ | 前進チャンネルに追加でコメントしたぞ。私が20年以上思いつづけている、ハムレットが如何におかしいかについて。 »

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