映画・テレビ

2018年1月21日 (日)

「嘘を愛する女」感想 おーにっちゃんズカット版。ヤフー映画に書こうとしたら長すぎて蹴られたから・・・

・・・いやこの程度で文字数制限なんかよ!・・・・・・私が長文なだけか?www 私は長文とはつゆも思うてないけど。
てか長文と思わせた時点で、私の文章は長すぎてツマランということになるけど。

まあとにかく、ココから削ってなんとかヤフー映画にものっけるよ。

そのオリジナルバージョンな。

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タイトルから、長澤まさみが悪女を演じるのかと思って観たら、全く違った。

まあ観客に女性が圧倒的に多いことから見ても、ラブロマンスなところがあるのだろうとも感じられたけれども、悪女じゃないというのは想像できなかった。

このタイトルはそんなミスリーディングを敢えて誘っているところもあると思う。


長澤まさみって、私個人的には美人の若手映画女優のいの一番に名前が出てくるのだけれども、検索して調べたら2003年の”ロボコン”と、その前年の”なごり雪”を観て記憶に残ったのだろうと思う。

その彼女ももう30歳なのか。

帰り際に、長澤まさみ老けた!とか言っている女性がいたけれども、まあ年相応と思う。

30歳でも主演できるし、35歳でもできるし、そうやって、たとえばアイドルの子たちに、若さだけではない演技力で魅せて欲しい。


そういえば川栄李奈も出ていたし。

川栄李奈はAKB48時代に握手会で、私が大きな声で話したのに、「え?え?」とか言ってわざと聞こえないイタズラをしてくるような子だった。

まあアレは、改めて考えると、イタズラというよりも演技だった気がする。

私は何度も挙げるのだけれども、りっちゃんは歌もダンスも大して上手くないけれども、なにか頑張っているのが伝わってくる、という、どうもりっちゃんからしたらビミョーな褒め言葉で褒めていたのだけれども、「雨だれ石をも穿つ」というとおり、”なにか頑張っているのが伝わってくる”のをコツコツとしてきたからこそ、いま演技力として身についているのだと思う。


それで、作品について、私はミスリーディングして、冒頭から、長澤まさみがどう騙してくるのか、と思って観ていたら、騙していたのは高橋一生のほうだった、というのが、・・・・そうきたか!と思った。


それで、舞台が瀬戸内で、同じくいま公開されヒットしている”8年越しの花嫁”と、場所がちょっと違うとはいえ瀬戸内繋がりということで、私はやはり、AKBグループの中でSTU48を作ったから、瀬戸内にスポットを当てるように、日本政府を挙げて宣伝しているのじゃないか?と穿った見方をしてしまう。

なんたって秋元康は安倍晋三と”組閣ごっこ”の写真を撮った仲だし。

その瀬戸内も、大三島とか地名が出てきて、広島とか愛媛とか、しまなみ海道のあたりが舞台になったとのこと。


ついつい書いてしまうけれども、私は1998年公開の”がんばっていきまっしょい”を、公開前にプロットだけ見て、いいんじゃないか?と思って湯布院映画祭の特別試写を観て、めちゃくちゃ良かったからめちゃくちゃ応援して、まだ本公開前なのに田中麗奈のサイン本をスタッフから好意でもらったり、プロデューサーの桝井省志さんから直々にお礼をいただいて名刺までいただいたけれども(・・・紛失しましたごめんなさい)、その「がんばっていきまっしょい」がモーニング娘。の掛け声になって、モーニング娘。の後にAKB48が出てきたのだから、私もイロイロと運を持っていると思う。

それで、”がんばっていきまっしょい”を、公開前にプロットだけ見て、いいんじゃないか?と思って湯布院映画祭の特別試写を観に行った理由のひとつが、”がんばっていきまっしょい”のロケ地が大西町、現今治市大西で、そこには私の苗字と同じ”大西駅”があって、私は鉄道が好きだったこともあって、小学2年生のときにはじめて親から時刻表を買ってもらって、”大西駅”があることを知って、ココになんとかして行ってみたい、と何度も何度も考えた。

”がんばっていきまっしょい”は、その”大西駅”のすぐ近くで撮影したなんてあるから、これはもう運命なのだと思って観に行った。

ならば、その後も、全く興味なかったアイドルについて上記の通りのような状態になったし、私は私で会社でうだつが上がらずに、何度も配置転換になって、秋葉原のオフィスに来て、そこでも双極性障害に罹ってしまって、復帰後残業もさせてもらえずヒマだから、秋葉原にいるのだから一度くらいAKB48を観てみようと思って、行ったら、研究生がけっこう頑張っていて応援したのだけれども、そこにはまだ正規に上がれない研究生時代の川栄李奈もいた。

それが上に書いた川栄李奈のエピソードにも繋がる。


てかエピソードというと、高橋一生、オマエもあるぞ。(・・・なんかいつの間にか上から目線www)

私は家の裏を走る、国鉄鍛冶屋線を見て、鉄道が好きになったけれども、国鉄→JR西日本鍛冶屋線は、1990年で廃線になった。

そこで、鉄道以外でもなんか好きなものを見つけたいなあと思って、私の好きな子が漫画とかアニメに興味あるようだったし、そのとき丁度「魔女の宅急便」を観て、宮崎駿とかジブリ作品をめっちゃ研究した。

それで、1994年の時点で、当時ジブリの制作だった高橋望(・・・紆余曲折を経て現日テレプロデューサー)が、明石映画サークルの「海がきこえる」の上映会で来て、私を見て、「あなたほどジブリが好きな人間はいない」と言って、ジブリに見学に来ないか?と言われて行って見学もしたし宮崎駿とも会ったよ。

それが、「耳をすませば」の制作中で、天澤聖司の声が高橋一生やからな。

私は、天澤聖司の声を聴いて、私のほうが上手くできると思ったけれども、高音の私がやったら「魔女の宅急便」のトンボにしかならないとも思うけど・・・・


まあしかし私から見たら宮崎駿の印象サイアクやったけどな。私当時まだ19歳やったけど。いま42歳やから23年前やなあ。

だいたいヒトが撮った記念写真で、カメラと違う方向を向いているなんて、映画監督とかそんなレベルじゃなくて、人間としておかしいよ。クズだよ。


・・・・まあ、なんか作品の話題とは違うところで個人的に白熱してしまったけれども、この作品は出演者とかロケ地とかが、そんな私の過去をいっぱい思い起こさせてくれた。

人間、こうして記憶を繋げられる。


私は上のようにやっているけれども、他の人は、自分だけの記憶じゃなくて、どの作品がどうだみたいな知識のひけらかしになっていて、そんなマウンティングをするヤツらが評論家になっていて、そんな評論家をダメと言うヤツもいなくて、もうなんかイロイロと違うし、イロイロ直したいと思うけれども、ヒトの思いに寄り沿ったつもりでも、ヒトはそれを理解しなかったりして、どこからとっかかりをつくっていくかは難しいと思うよ。

・・・なんて、本作を観てそこまで思うなんてないやろ。


まあしかしこの役においては、高橋一生は長澤まさみに沿い遂げる決心をしたんやし、そういう意思を現実世界のイマジネーションにも応用して欲しいかなあとは、俳優に対しても制作側に対しても観客に対しても思う。

2017年11月 3日 (金)

小川町なう。ダッシュしたけど1本前のは2分差で間に合わんかったw

走っただけ無駄やった・・・・

あ"ぢ~!www

2017年10月30日 (月)

おはよう。「リンキング・ラブ」の感想をYahoo!映画に書いたぞ。まだほとんど観てない人々ばかりっぽいから、ココには掲載せんけど。

コレ。

https://movies.yahoo.co.jp/movie/リンキング・ラブ/360961/

直接リンクも貼れんっぽいから、私のユーザーレビューから読んでちょ。

2017年10月29日 (日)

「リンキング・ラブ」観てきた。5点満点で4点くらいの出来。大傑作とまでは行けんけど、フツーの映画としてもなんとか観れる。詳しくは改めて。

てか田野のお父さんの名前が"健一郎"で、娘を捨てて出て行く無責任で、実は二次元とかグラフィック好きとか、リアルをそのまま取り入れるか或いは真逆にしとるなあ、と思った。

あと"Coco REBORN" のセンターって、どう見てもいずりなソックリやなあ、と思ったけど、架空のアイドルという設定で、やっぱアレいずりなやん。

てか台風もあってやけど、ザッと見て観客20人もいなかった。
ちょっとテコ入れせなアカンのとちゃう?


あと、映画が始まる直前の予告編で、伊達娘のお父さんが好きというイエモンが再結成して、そのドキュメンタリー映画が11/11から全国公開ってあった。

私はイエモンって風呂も入ったことないけど ← それはゴエモン

2017年9月17日 (日)

ゴメン田野が主演する映画”リンキング・ラブ”について、金子修介が投稿した内容がバカらしかったから、即断即決・猪突猛進型でもうコメントしてきたよ。

コレ。8秒前にコメントしたのに既に”注目のコメント”になっとるのってどういうことやねんなあ。


https://www.youtube.com/watch?v=Y2vZRuAV1iY&lc=z23ftbnb3tr1xbp5c04t1aokgz4hs5vphk02dekvx3fabk0h00410

・・・・・・・・・・あのさあ、半分以上監督の説明なんて要らんよ。アホ!

どういう作品なのか?を面白おかしく説明せなアカンやろ。

監督を主張するなんてゼンゼンダメや。

332

2017年9月 1日 (金)

【ネタバレ】「二度めの夏、二度と会えない君」を観てきた。素直な描き方は好感持てるけど、運命を変えられんのは煮え切らんなあ。

「二度めの夏、二度と会えない君 」に加藤玲奈が出ているというのを、大川莉央が書いているというのを2ちゃんねるで読んで、劇場を探して2時間くらいで、観るつもりもなかったのに、早速行ってきた。

まあファーストデイやし映画は観てもいいかなとは思っていたし。


ヒロイン森山燐はちょっと見た目の年齢とか考えてもビミョーなカンジがして、でも歌を歌うときに楽しそうにしているのを観たり聴いたりして、ああコレは声優でも使っているのかなあと思ったら、声優どころじゃなくて”ヒロインにガールズバンド「たんこぶちん」のMADOKAこと吉田円佳”とあって、なるほどなあとは思った。


・・・・いやビミョーというのは、誤解を招かないようにいうと、単に当てたいだけならば、美女を選んで吹き替えでもなんでもさせればいいのに、ルックスは多少目をつむるとしても、伸び伸びと演技をさせたというのは、私は正解やと思う。

この作品を観て涙する人は、吉田円佳の演技で涙するのだろうと思う。


主演の村上虹郎は、ちょっとなんかあるとスグに鼻の穴の大きさが変わるのがめちゃくちゃ気になった。

ああいうのはここぞというときだけでよくて、毎回見させられたらウザいと思う。


それで、私が演技を見てやろうと思ったれなっちは、まずまずってとこかなあ。

もっとはっちゃけた役のほうがオモロイと思うけど。

しかし生徒会長で勉強のデキがいいような役柄のイメージは、AKBではなかったから、そこは面白いと思った。


村上虹郎についてどうしてもイライラしてしまったけれども、そんな脚本だから、というのもあると思う。

Yahoo!映画の解説を見ても

”ヒロイン森山燐が亡くなる直前に告白したことを悔やむ篠原智がタイムリープを体験し、やり直そうと奮闘する。主演は『2つ目の窓』などの村上虹郎”




とあるけれども、フツー森山燐が亡くなることを篠原智が知って、次にタイムリープできたならば、森山燐が亡くなることを篠原智は必死に阻止するだろう。

「君の名は。」において、三葉を瀧が救ったように。

それを篠原智はせずに、森山燐が亡くなる現実を受け入れてしまって、しかもその上で、森山燐が自分のことを好きというのは何度も確認できているにもかかわらず(いやこういうのがオトコのどんくさいとこやけど)、燐は自分のことが好きじゃないんじゃないか、みたいなところで悶々としているところが、正直言ってイライラした。



私が智の立場ならば、タイムリープできた瞬間に、燐に対して自分が経験したことを全部言う。

まあそこまで自分について知られていたら、燐は智(=私)のことを嫌いにはならないだろう。



しかし、心臓移植した後にめちゃくちゃな動きができるかというと、とにかく自分が持って生まれた心臓じゃないわけだから安静が必要なわけで、そうすると次には智(=私)は、

「燐が大声張り上げて歌わなくてもいいように、僕が歌うよ」

って最初から言うと思う。



この物語は、オンチな智が自分から歌おうとするのはラストになっとるのがアカン。

もっと見える、先の物語までをも考えなあかんと思う。



まあしかし、映像効果とかとくになくて淡々と描いていたのは好感持てたし3点とするか。



てかれなっちの成績が悪くなったのは、やっぱ智のことが好きで悶々としとったんやろなあ・・・いや原作は知らんけど、少女マンガにありがち過ぎる設定やし。
それにしてはその後れなっちが素直に智らのバンドの応援をしたのは潔いと思うなあ。



てか死んだ顔しとった先生(最後の場面だけはちゃんとメイクしとったな)って本上まなみなんやな。

実は私と同い年の1975年5月1日生まれ、私よりもちょっぴりお姉さんや。

私もヒトの誕生日すぐ覚えてまうほうやから。

私も、クレジットで本上まなみと出てくるまでは、どこのオバサンなのかと思ってしまった。

言っちゃ悪いけど私あんな老けてないやろ?・・・・・・老けとるか?

2017年7月 9日 (日)

Yahoo!映画に以下の内容で書き込んだぞ。ブログの内容を、関西弁とかちょろっと手直ししただけ。  → その後この映画は実は卑猥なんじゃないかと思ってきた

観客がどう感じるか全く計算できてない

https://movies.yahoo.co.jp/movie/%E3%83%A1%E3%82%A2%E3%83%AA%E3%81%A8%E9%AD%94%E5%A5%B3%E3%81%AE%E8%8A%B1/359126/review/%E8%A6%B3%E5%AE%A2%E3%81%8C%E3%81%A9%E3%81%86%E6%84%9F%E3%81%98%E3%82%8B%E3%81%8B%E5%85%A8%E3%81%8F%E8%A8%88%E7%AE%97%E3%81%A7%E3%81%8D%E3%81%A6%E3%81%AA%E3%81%84/308/?c=1&sort=lrf

もう出だしでダメと思った。

魔女の星みたいなとこがあって、そこから気持ち悪いのが出てきて、爆発して・・・って、もうそれだけで観客ひいてしまう。

ついてこれない。

たとえば、"カリオストロの城"みたいに、クラリスがウェディングドレス姿でシトロエンを運転して、見るからに悪者に追われている、その悪者はいきなり爆弾だって使ってくる、・・・ってのだって、観客を引き込むには正直重たい。

だから、"カリオストロの城"だって上映当時は評判よくなかった。

評判良かった"君の名は。"なんて、発端は男女が入れ替わっただけだ。

けど、そんな動機でさえ、人々を引き込めるのである。

ラストならば、大爆発だってあってもいいと思うけど、最初から大爆発まで見せていたら、観客はラストに向かって、それ以上に派手な大爆発は当然にあるモノとして観てしまう。

だから、プロローグからして0点。

それに続いて、メアリが出てきて、ヤル気のない(違う意味でヤル気が上手くいかない)惰性のストーリーが延々と続く。

メアリが自分からストーリーを動かしてこうと思うのは、自分のせいでピーターが捕らえられてからであって、それはもうストーリーが始まって1時間以上かかった後半になってからである。

しかも、起承転結の"承"あたりで、メアリが魔法大学に行っていろいろ魔法大学を見る、・・・たぶん20分くらい、そんな描写があるけれども、その描写全部要らないと思う。

だってアニメって、それ自体がなんでもできる魔法であって、それをいちいち表現する理由がない。
スタッフが、魔法について思いついたことなんてのは、チラシのウラにでも書いておけばいいことであって、ストーリーには全く関係ない。

違う言い方をしたら、あらゆる物語の主人公は、自分が見たこと聞いたことを人々から理解してもらえなくて、どうやったら理解してもらえるかを四苦八苦するのである。

そして観客は、四苦八苦している主人公たちに対して共感する。

"君の名は。"なんて、四苦八苦できるのが2人だけにわかる秘密だったからこそ、あれだけ女の子のココロをわしづかみして大ヒットしたのである。

だから、メアリが魔法大学でベタ褒めされる描写なんて、ストーリーに全く関係ないだけでなく、観客は全く共感しない。

そんな不要な描写が多すぎた。

メアリみたいな女の子は私は好きだけど、この内容ならば50分くらいに収まる。

・・・てかそもそも、"魔法"なんてのはないのである。

では、昔の人々は、どういうモノを"魔法"と呼んでいたのか。

五感を研ぎ澄まして、ちょっとした違いを感じ取り、ヒトやモノの異変を言い当てられる人々は、確実にいた。

そして、政府権力は、そんな人々の能力を怖れて、いないはずの「魔女狩り」をやったのである。
魔女なんていないはずなのに、政府権力が「魔女狩り」をやったのが、歴史の真実である。

そんな歴史を考えて、魔法を要らないモノとして捨ててしまうのではなくて、本当の魔法とはナニなのかまで考えて欲しかった。

共謀罪法案だって、私は現代の「魔女狩り」だとも思っているし。

「魔女の宅急便」で、確かキキが「魔女は血で飛ぶの」と言っていたと思うけれども、飛びたい気持ちが、あたかも魔法のような、五感を研ぎ澄ました深い考察に繋がる、という意味では、まだ「魔女の宅急便」のほうが、私の考える”魔法”の本質を描いていたように思う。

--------------

・・・・てかさあ、Yahoo!映画じゃなくてココまで読んでくれたみんなに向かって、「血で飛ぶの」であって、「ちんちんで飛ぶの」じゃないぞ!・・・・っと主張しようとして、いや魔女がホウキに乗っかるってのは、実はオンナがちんちんに乗っかるというのを意味しとるんちゃう?


てか調べたらビンゴやなあ。


https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1412386284

yaehoo_sambaさん 2007/8/519:04:51
ほうきは「男根(ペニス)」の象徴です。

ハリー・ポッターなどでは、男性もほうきに乗りますが、
かつては箒に乗るのは魔女(女のみ)でした。

つまり男根にまたがることにより、日常における男性支配からの解放を意味しており、
それは魔女が男性を支配する(男根にまたがり思うがままに操る)という形となって表れた、とも言われています。

抑圧された性への背徳心など、中世ヨーロッパの社会風土とも関係していると言われています。



・・・いやそうすると、「メアリと魔女の花」では、どう考えてもまだ10歳くらいにしか見えないメアリに、魔法がかかってグイグイ大きく立派になって光るほうきに乗っからせるのはちょっとマズいんちゃうんか?

いや、個々人が自由に妄想するのはべつにOKやけど、大勢に対してわいせつな妄想をさせようと考えて作品を作っとるとすると、BPOで審議せなアカンなあ。

まあBPO自体政府権力側やとは思うけど。

けど、「この描写はええのか?まずいんちゃう?」とか、人々が議論できるというのはアリと思うなあ。

てかホウキは男根、というのは、追加して書いたほうがええかなあ。

【ネタバレ】"メアリと魔女の花"観たけど正直ツラかった。2回目はない。"思い出のマーニー"でも思ったけど、米林宏昌ってストーリーを作れんなあ。

もう出だしでダメと思った。

魔女の星みたいなとこがあって、そこから気持ち悪いのが出てきて、爆発して・・・って、もうそれだけで観客ひいてまう。

ついてこれん。

たとえば、"カリオストロの城"みたいに、クラリスがウェディングドレス姿でシトロエンを運転して、見るからに悪者に追われている、その悪者はいきなり爆弾だって使ってくる、ってのだって、観客を引き込むには正直重たい。

だから、"カリオストロの城"だって上映当時は評判よくなかった。

評判良かった"君の名は。"なんて、発端は男女が入れ替わっただけやぞ。

けど、そんな動機でさえ、人々を引き込める。


ラストならば大爆発だってあるかもワカランけど、最初から大爆発まで見せていたら、観客はラストに向かって、それ以上に派手な大爆発は当然にあるモノとして観てまう。

だから、プロローグからして0点。

それに続いて、メアリが出てきて、ヤル気のない(違う意味でヤル気が上手くいかない)惰性のストーリーが延々と続く。

メアリが自分からストーリーを動かしてこうと思うのは、自分のせいでピーターが捕らえられてからやねん。

それはもうストーリーが始まって1時間以上かかった後半になってからやねん。

しかも、起承転結の"承"あたりで、メアリが魔法大学に行っていろいろ魔法大学を見る、・・・たぶん20分くらい、その描写全部要らんやろ。

だってアニメってそれ自体がなんでもできる魔法であって、スタッフが、魔法について思いついたことなんてのは、チラシのウラにでも書いておけばいいことであって、ストーリーには全く関係ない。

違う言い方をしたら、あらゆる物語の主人公は、自分が見たこと聞いたことを人々から理解してもらえなくて、どうやったら理解してもらえるか四苦八苦する。

観客は、四苦八苦している主人公たちに対して共感する。

"君の名は。"なんて、四苦八苦できるのが2人だけにわかる秘密だったからこそ、あれだけ女の子のココロをわしづかみして大ヒットしたやろ。

メアリが魔法大学でベタ褒めされる描写なんて、ストーリーに全く関係ないだけでなく、観客は全く共感しない。

そんな不要な描写が多すぎた。

メアリみたいな女の子は私は好きだけど、この内容ならば50分くらいに収まるかなあ。


てかそもそも"魔法"なんてのはない。

では、昔の人々は、どういうモノを"魔法"と呼んでいたのか。

五感を研ぎ澄まして、ちょっとした違いを感じ取り、ヒトやモノの異変を言い当てられる人々は確実にいた。


そしてそんな人々の能力を怖れて、政府権力は、いないはずの「魔女狩り」をやったのである。

そんな歴史を考えて、魔法を要らないモノとして捨ててしまうのではなくて、本当の魔法とはナニなのかまで考えて欲しかった。

「魔女の宅急便」で、確かキキが「魔女は血で飛ぶの」と言っていたと思うけれども、飛びたい気持ちが魔法に繋がるという意味で、まだ「魔女の宅急便」のほうが、私の考える魔法の本質を描いていたように思う。

2017年6月10日 (土)

"教科書にないッ!3"観た。DD的やし、イマイチな気がする。

原作がシモネタお色気路線というので、どんなもんかと思うたけど、いろんなタイプの女の子を見つけて、ストーリーとは別のところで、妄想の中でイメージシーンでビキニ姿になるところが多くて、ストーリーが散漫になっとるわ、演技もぎこちないわで、イマイチな気がした。

同じシモネタでも、最初のほうで、道にしゃがんでいたらスカートの中のパンティが見える、みたいなのほうがまだわかる気がする。

お色気を入れるとしても、こういうシーンで色気出せんかなあ。


たとえば、制服はビキニだけという女子校があって、新任教師としてそこに配属されて悶々とするとか。

そういう意味では、新任の保健体育教師が、セックスを想像させる思わせぶりな言葉を使ってあいさつする、とかいうのはオモロかった。

そんなシーンを上手く繋げられんかったもんかなあ、と思うてもた。

撮影はたぶん多摩のあたりの景色やなあ、と思って観とったら、日野市とあって、Bingo!やった。


あーやが演技できとったかというと怪しくて、まだまだ演技できてないし、演技させてもらってないのか。


私もあーやとか、よく知らない子とかで勃起して喜ぶ・・・・わけにもいかんし、オンナでセクシーなら節操なく勃起するわけちゃう。


それと、イメージシーンって、バカでも撮れてまうから嫌いやねん。

胸とか股間とかをジックリ見てもらえるように静止して、演技させてもらえんやん。

人間としてでなく、モノとして見とる気がしてイヤやねん。


私はどうしても、この作品で、出演者がモノになってもとると思う。

他のAVとかでもそういうの多いとは思うけど。

だから、役者を目指す者には、モノとして演技して欲しくないんやけど、とにかく役者さんもスタッフさんも、それぞれの次の機会では、人間として演技できる作品を作って欲しいと思う。

2017年6月 4日 (日)

【ネタバレ】映画「光をくれた人」感想。人間の理不尽が描かれている。

とりたてて感動作とは思わなかったし、自分ならばこうは動かないかな、と思ったけれども、人間の理不尽が描かれているとは思った。


私なりに感じたあらすじ(描かれてない部分を想像で補完したものを含む)

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西部戦線から帰還したトムは、一人で島の灯台守の仕事に就く。そこでイザベルのほうから結婚してもいいと切り出され、何度かの手紙のやりとりの後に結婚する。
このとき、戦争で傷ついていたトムの心を開いたのはイザベルだった。

そして幸せな生活をするが、イザベルは2回流産してしまう。
2回目の流産で参っていたイザベルとトムのところに、舟が流れ着いた。
そこには既に死亡した男と、女の赤ちゃんが乗っていた。

通報するというトムに対して、イザベルは、赤ちゃんのためには通報せずにこのまま育てましょうと言った。
トムも悩んだ末、男を埋め、イザベルが流産せずに出産したことにした。

ところが、2年後、街の教会の墓地で、男と赤ちゃんに対して祈りを捧げる実の母親を見つけてしまった。

トムはイザベルの反対を押し切って、こっそり、赤ちゃんは元気であるという手紙や、赤ちゃんの持っていたガラガラのおもちゃを、実の母親のポストに入れた。

それで母親は警察に相談し、トムとイザベルが赤ちゃんを育てているところまで警察が調査するところとなり、トムは逮捕されてしまう。

トムは、男は死んでいたと主張したが、警察は、戦場に行って多数の兵士を殺したのだから、トムが男を殺したのだろうと言った。

・・・・そしてイザベルは、警察にバレるようなことをしたトムが許せず、警察に対して嘘の証言をしてしまった。
そしてトムはイザベルの嘘の証言により、収監されてしまった。

実の母親は、自分になつかない子供を見て、イザベルのところに、あなたがたに子供を譲ってもいい旨の打診をしに来た。
それで我に返ったイザベルは、トムが逮捕されたときにくれた手紙を、そのときは読んでなくて仕舞っていたのだが、読み返し、トムの愛情に改めて触れて涙し、トムは無実で自分が間違っていた、と言った。

それで、2人ともなんらかの刑を受けた後に、出てきて一緒に家に住み、トムとイザベルと暮らしはじめた。
そしてイザベルが先に亡くなった。

イザベルが亡くなった後に、子供が結婚して赤ちゃんを連れて、トムの元にやってきた。
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ぶっちゃけていうと、イザベルの気まぐれに人生を翻弄されたトムがかわいそう、とは思えてしまう。

しかし、じゃあイザベルが、2回目の流産の後に、まるで神様が与えてくれたかのような赤ちゃんを自分達のものにしてしまいましょうと言ったところで、それを否定する気になるかというと、イザベルの気持ちもわかる。

とりわけ灯台守として島で2人きりの生活をしていたのだから、次に健康な赤ちゃんを産もうとすれば、妊娠がわかったときに離れて暮らすしかなかったのではないか。

そう考えると、トムがひたすらに、イザベルに辛い生活をさせてしまった、と詫びていたのもわからなくもない。


それでもやっぱ、私は、本来ならばトムが、イザベルを説得して、ウソ偽りなく死体と赤ちゃんを報告していたら良かったと思う。

それで、妊娠の件もちゃんと考えたら、妊娠がわかったときに離れて暮らすとか、もしかしたらトムは街の灯台守じゃない仕事に就くようになったとか、或いはもう2人で子供は作らずに生きたかもわからない。

しかしやはり、いくら神様が与えてくれたかもわからないけれども、自分達が妊娠という問題に本当に向き合うというのを怠ったというのが、この映画の核心なんじゃないかと思う。


それと、警察も恣意的な捜査でトムに不当に重い罪をきせてしまったけれども、私が警察ならば、
実の母親に対して、赤ちゃんに関する情報を2度も提供したのはトムにほかならず、実の父親を殺害したのがトムであれば、実の母親に対しても心の中で殺害して、無視すればいいのだから、そこまで優しい感情が出てくるはずがないと考える。

だからトムは無実である。

と論理的に説明できてしまう。

そういう考えを、この時代だけでなくていまだに世界の警察ができていなく、冤罪がなくならないのは、ちょっと警察もまだまだ思考が足りていないのではないか。

というか私は弁護士に向いているんじゃないかと思ってしまう。


私はウソをつくのが嫌いだ。

もちろん全くつかないわけじゃなくて、時と場合によって、ヒトをかばうためにウソをつくことだってあるけれども、やはり課題を克服せねばならないところでウソをつくというのは違うんじゃないかと思った。


感動したというよりも、人間とはどう考えどう動くものかを考えさせられた、という意味で、4点とする。

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