書籍・雑誌

2015年9月 5日 (土)

どうも"穀田屋十三郎"に、若干の居心地の悪さを感じます。仙台藩から利息を取るストーリーに。

何度も取り上げますが、私の中でどうにも上手く飲み込めないからです。

お上から利息を取るなんて、いまでいうと国債の発行ですし、日本はその額が、中国やアメリカをも抜いて世界一多いことまでが知られています。

すると、お上から利息を取るというのは、直感的に大した話ではないと思われてしまいそうと思うのです。

だから私は、題名は、あまり意味を持たないものがいいとつねづね思っています。


たとえば、「風の谷のナウシカ」と見たり聞いたりして、"ナウシカ"というのが主人公らしいというのは分かるのですが、ナウシカが男か女かは分かりませんし、過去の話か未来の話かも分かりません。どうも現代日本のお話ではないようには感じられますが。

それと比較しても、「殿、利息でござる!」は、それだけであまりにもネガティブな意味を与え過ぎていると思うのです。


それと、途中で萱場杢が、利息支払いの件まで認めながら、千両=5,000貫文であったところ、銭の価値が値下がりしているからとして、5,800貫文を要求したくだりがあります。(P140)

それを、穀田屋や浅野屋らは、騙された、萱場はやり手だと思って、さらに資金を集めるところがあるのですが、私は別に、そこはもう開き直って、
「さらに800貫文など、困窮して、もうどうしても出せません」
と突っぱねても良かったと思います。

萱場杢は既に、吉岡宿救済策を、自分がさも見つけ出したかのごとく振るまう算段でしたので、そこで吉岡宿の方からハシゴを外されたら、逆に困ったはずです。
著者の磯田さんと解釈が違いますが、私はそう考えます。


それよりも気になるのは、アッサリと、預け金ではなく差上金であると書いてあり、それに対して著者の磯田さんはなんら記載していません。

穀田屋十三郎や、磯田さんからすると、利息の元手を差し出したことになっていますが、仙台藩、とりわけ萱場杢から見ると、他の領地ならば藩主が当たり前のように与えていた補助金(伝馬御合力)を、吉岡宿にも与えるための理屈として、5,800貫文を献納させたことになります。

仙台藩の立場から見ると、藩の危機に、萱場杢よくやった!となるはずです。


それでも、日本政府や政治家は、橋下徹のように1日で言ったことを豹変させたりしますが、仙台藩は、1770年頃から幕末までのおよそ100年間、1割の利息(補助金)を払い続けたのです。

この本には、日本人はヨーロッパ人宣教師が見つけて報告したように、体面を気にする民族であったと書いてありますが、当時はまだお上が体面を気にしていたのです。

いまの日本は、政治家も官僚も、体面もへったくれもないでしょう。
書面なりデータに残った約束でさえ守れないのだから。
あるのは権力だけです。

体面は欧米に合わせて法治国家となりましたが、権力の横暴さは増すばかりです。

そのあたりが、日本人庶民のココロに突き刺さって、官僚組織打倒の声に繋げられたら、と思います。


ちなみに私が穀田屋十三郎の立場ならばどうしたでしょう?

1割の利息をお上が守るとは思えないので、違う方策を考えたでしょう。

そういえば、吉岡宿の領主である但木氏については、最初にちょこっと触れられているだけで、その後全く出てきていません。

但木氏をスルーして伊達家から、吉岡宿はいわば伝馬御合力を直接いただいたのですから、但木氏は本来赤っ恥のはずです。
そのあたり、磯田さんも全く書いてませんよね。

私ならば、もっと上手に但木氏を担ぎ上げて、その但木氏が上手く動いてくれたらそれでよし。
動いてくれなかったら、それを理由にして民意を得る。

私の使う手は常にこの繰り返しです。


もちろん、意図するものが大きければ大きいほど、民意がなかなかついてこないのは分かります。
しかしこの吉岡宿の場合は、これだけ大勢が圧政に苦しんでいたのですから、利息という変化球的な理屈ではなくて、直球勝負でも十分勝てたと思います。

逆にいえば、直球勝負で勝てたからこそ、変化球でも勝てたのです。

2015年8月25日 (火)

磯田道史「無私の日本人」の、"穀田屋十三郎"を改めて読んでいます。

伊達娘がどういうふうにして出てくるかと思いながら読んでます。

それにしても、これは正直言って地味な物語です。


一般人にとっては、上司に対して異なる意見を述べることでさえも難しいことなので、いくつも上の仙台藩を動かしたというのは痛快なはずです。

然るに、映画一般を考えた場合、宇宙人が襲ってくるとか、ものすごく突拍子もない内容が多過ぎて、どうしても地味になってしまうのです。


ストーリーとして痛快であっても、全国公開するとなると何か足りない気がします。

映画よりも先に舞台化すべきだったかなあとも思うのですが、ひとつひとつ課題をクリアしていく感覚が、(ものごとを進めるには大事とはいえ)映画にも舞台にも向いてない感じがします。
心躍らされるものがないというか。


藩が農民を統治する関係とか、藩が借金をすることなど、いまの日本となんら変わっていなく、日本は元号を平成ではなく"江戸412年"とでも言っていいくらいにいまと変わっていない気もします。

たとえば、現代の日本人が、現代とこの時代を自由に行き来できたとして、十三郎らの明るい将来を見届けた後で、現代に帰ってきて国債残高に茫然とする、というストーリーなんかも面白い気はしますが。

十三郎らの企ては、良民に恵まれたから成功したように書かれているように思えますが、日本で幾度となく一揆が起きていることからも、日本人は徒党を組むのは決して苦手ではないように思えます。
ヤルときにはヤルのです。

いまの日本人が、ヤルときにさえやれなくなっているだけに思えます。

一揆を、村の仲間が密告する率ってどれくらいだったのでしょうね?
庄屋が一揆を認めた場合、いくら密告してもそれこそ後々村八分になりそうなので、一揆を村の仲間が密告する率って低かったのではと想像します。

そこまで想像すれば、やはり"穀田屋十三郎"では、やや幸運な偶然を強調しているきらいはあると思います。

けれども、幾多の困難を乗り越えた功績は、賞賛に値するとは思います。


私がやっていることは、"穀田屋十三郎"よりもはるかに壮大で、その分為政者からの攻撃がすごいです。

私の困難を見ながらも、なんらの手助けもできない者たちは、それだけ為政者の脅威に怯えているのです。

いまの日本はそこまで自由がなくなっています。

"穀田屋十三郎"の脇役くらいの働きをする者さえも、出て来られないことへの憤懣はあります。


だからこそ、私が一人でこの問題を表舞台に出す意義は大きいのです。

2015年8月19日 (水)

早速、磯田道史「無私の日本人」の、"穀田屋十三郎"を読みました。

"穀田屋十三郎"を読んで、私に比べたら大した案を思いついているわけでもないなあと思いました。

しかも、伊達家から利息を取るために、まずは同志を集め、カネの工面をし、武士たちに何度も交渉するという、全くの正攻法です。

その文章の根底には、日本の官僚独裁体制は斯様にして出来上がった、と、磯田氏が主張しているように思います。


然るに、いまはインターネットの世の中で、日本の官僚独裁体制も、江戸時代以上に不穏な動きは察知し、大勢の共有知として対抗してくるので、このノウハウがそのまま活かせるとまでは言えません。

インターネットの世の中なのですから、途中の過程の多くを省略して、日本政府に対して反旗を翻している私の行動は、決して間違っていないと確信しました。

そして、"穀田屋十三郎"でも何度も、私がものごとを成すときのたとえとして、山の何合目にいるか考えねばならないと言っていますが、同じ表現が何度も出てきていたことから、やはり何かを成す者の考え方は同じなのだと思いました。


けれども、こんなお話で本当に映画になりますかねえ?
筋道は通っていますが、ものすごく地味な方法なので、このまま映画化しても売れるとは思い難いです。

現代に通じるかというと、結局殿様を言いくるめられても、殿様に対して下克上するわけでもないので、インパクト弱い気がします。


それと、伊達政宗もけっこうひどい書かれようと思います。

私は、伊達政宗はさまざまな事実を考えると、凡将であったと思わざるを得ないのですが、磯田さんもそのようにとらえていると思われます。

そして私が気になった表現は、P29最初の、

"三百年、党を組まぬように、しつけられてきたこの国民が、明治になって、政党の政治というものを、うまくのみこめなかったのは、至極、当然のことで、それはのちのちまでこの国の政党政治をみすぼらしいものにした。"

という表現です。


徳川幕府がいくらそのように言いつけたところで、人間の基本的欲求として、集まって考えたいというのがあると思います。
私は群れるのを嫌うので、日本人の群れる習性を理解しているつもりです。

だからこそ、江戸時代、徳川幕府がこの国のあり方を変えたという主張は、どうにも納得しかねます。


また、他国でさえ、為政者が平民を抑圧するのは一般的なので、どうして日本では抑圧に抗する人間が出てこないのか?をもっと深く考察する必要があると思います。(映画ではそこまで描けとは言いませんが、小説としては、そのあたりを考察して欲しかったです。塩野七生「ローマ人の物語」では、たくさん考察が出てきます)


それと、吉岡宿で若くて切れ者の菅原屋は、さらに14,5歳も若い妻"なつ"をめとり、妻のことになるとメロメロになっていたのは笑ってしまいました。

P92に
"まことに色の白い、透き通るような顔つきの涼しげな女で"
という表現があり、伊達娘は母親の苗字が菅原であることからも、伊達娘は"なつ"役が濃厚なのではと思います。

2013年12月25日 (水)

AKB48の戦略! 秋元康の仕事術 (田原総一朗責任編集) をちょこっと読んで,アキブータンをコテンパンに批評する

AKB48の戦略! 秋元康の仕事術 (田原総一朗責任編集) [新書] 秋元康 (著), 田原総一朗 (著)
http://www.amazon.co.jp/AKB48%E3%81%AE%E6%88%A6%E7%95%A5-%E7%A7%8B%E5%85%83%E5%BA%B7%E3%81%AE%E4%BB%95%E4%BA%8B%E8%A1%93-%E7%94%B0%E5%8E%9F%E7%B7%8F%E4%B8%80%E6%9C%97%E8%B2%AC%E4%BB%BB%E7%B7%A8%E9%9B%86-%E7%A7%8B%E5%85%83%E5%BA%B7/dp/4776207621/ref=cm_cr_pr_product_top

をちょこっと読んだけど,コレ以前読んだことあるよなあ?

けど,帰国してからのワタシにこの本を手に入れる術はなかったハズやけど・・・
どういうデジャヴなんやろ?

そのなかで,P44の,”チャンスには順番がある”って,以前も思った記憶があるけど,ワタシゼッタイウソと思うとる。

チャンスに順番なんかない。
自分からチャンスを掴もうとするヤツだけにチャンスは廻ってくる。

そして,何度もチャンスを掴んでいる者には,またチャンスが廻ってくる。

ワタシはそう考えている。
どっかにもそう書いたハズ。

だからこそ,優子やまゆゆにはいくらでもチャンスが廻ってくる。
”干され”にはなかなかチャンスが廻って来ん。

そのチャンスをこなすだけではなく,なんとかしてそのチャンスを大きくする努力が必要やと思う。

また,

「止まっている時計は,日に2度正確な時刻を示す」

という,アキブータンがよく使うたとえもヨウワカラン。

むしろワタシは,ワタシが考えたたとえやけど,

「どんなにできの悪い時計でも,一回時刻を合わせたら数日はそれなりに使える」

こっちのほうが重要やと思うねん。

AKBでもなんでも,自分ができの悪い時計やと思い込んでしまって,時刻を合わせる努力をせんヤツが多すぎる。

できの悪い時計であろうが,一回頑張って時刻を合わせたら,喜んで使ってくれるヒトは大勢おるねん。
それを忘れとるヤツが多すぎる。

そして,ズレてきたと思ったらまたその都度修正したらええ。

たとえば電波時計だって,1日1回時刻修正させるやろ。

そうしたら,その時計は立派に使えるねん。

1日1回の時刻修正,それはたとえば1日の目標であったり,反省であったりする。

目標や反省をしっかり毎日確認できる人間は,いつか芽が出る。


アキブータンは,身近に考えられるいっちゃん重要なコトを話さずに,身近ではない抽象的なたとえを出したままはぐらかすから,ヒトは混乱するねん。

アキブータンの出すたとえは,ヒトは分かったようでいて,いざとなったときになんも使えん知識やったりすんねん。

そして,アキブータンは,

”AKBのメンバーにも「歌も芝居も何でもできる人になりたいですっていうのは無理だ。一つに絞り込め。自分のなかに,これだけはという武器を見つけなさい」と言っています。”

なんて書いてあるけど,実態は,先日梅ちゃんがどっかで言うとったみたいに,AKBのキャプテンでさえ,一つに絞り込みたくないと言うてまう程度やねん。

まだまだアキブータンの思想がAKBに浸透してない。

てか,アキブータンの地位って意外とAKB内部では低いんか?

もしかして,メンバーから,胡散臭いただのデブと思われてないか?

なんか,アキブータンの言葉の一つ一つに対して,ワタシはイマイチピンとこんねん。

アキブータンたとえ話下手糞や。

2013年9月 2日 (月)

世の中の意見が<私>と違うとき読む本 香山リカ 幻冬舎新書 を読んで

世の中の意見が<私>と違うとき読む本 香山リカ 幻冬舎新書 を読んだ。

私も、世の中の意見が<私>と違うというのは日々感じているために、面白い題名だとは思ったのであるが、同時に、精神科医が書いた本だから、もしかしたら統合失調症患者に向かって、それとなく諭すようないやらしい内容の本だったらどうしよう、とも思った。


いざ読むと、世の中の意見が<私>と違うとは、香山さん自身が思っていることであり、心配したような、統合失調症患者に向かって上から目線で書いたものではなかった。

とはいえ、香山さんは売れっ子作家だからか、ココロからそう思って書いているというよりも、ページ数を埋めるために敢えて難解な説明をしているのではないか、と思えるところがたくさんあり、それほど共感はできなかった。
悩んでも仕方がないことについて、敢えて問題点として取り上げ、アレコレ書いている気がする。


この本で興味を持ったのは、香山さん自身の文章よりも、引用であった。

ーーーーー
P110
それぞれが答えた後、最後にマイクを取ったのは、ある高名なアーティストだった。その人は早くからコンピュータを仕事に取り入れてきたことを語り、インターネットが普及してからは、場所や時間に関係なく世界の仲間とコラボレートできるようになったことがいちばんの変化だ、と答えた後、突然、こう言い出した。
「でも、私は繊細すぎるのか、『2ちゃんねる』にだけは耐えられない。私の作品に対する批判を目にして、これまで何度、もう創作はやめよう、と思ったでしょうか」
ーーーーー

高名なアーティストでさえ、2chに書かれることには我慢がならないのだ。

私などはもう、2chは自分を拡散してくれるツールとして、アンチ上等として、批判にもひとつひとつ応えている。
もちろん最近は、すべてについては応えてはいないが、それでも主だったもので、第三者がうっかりアンチの言うことを信じてしまいそう、と思う書き込みについては、必ず反論している。

2chは海外にサーバーがあるため、そこへの書き込みはいくら大企業日立製作所といえども恣意的には消せないために、もう間もなく真実が大勢に露わになったとき、日立製作所の横暴ぶりを痛烈に暴露できると思うのである。

それでも、大西弘子のように、日立製作所の工作員により書かれた、多数意見に見せかけられたモノを盲信し、自分に都合のよい意見だけを拾おうとする、知能の低い人間がいるのは仕方がない。


次の引用。

経済学者が、目の前で繰り広げられている真実を見ることができず、学派を越えられないことを取り上げた、数学者の藤原正彦氏の言葉として、

ーーーーー
P178
実は首相や財務大臣が経済学を理解していても経済政策がうまく行くとは限らない。東大の経済学部教授を二人抜き出して首相と財務大臣にしてもだめだろう。マル経の人は社会主義的な見方しかしないし、新自由主義の人は世界経済を苦難に陥れながらなおその見方しかしない。学者の料簡は意外と狭く学派を乗り越えられないのだ」(大西注:"」"が余分に思えるが、原文ママ)
(「週刊新潮」2010年10月7日号)

P179
では、誰がどうやったら、効果的な経済政策を打つことができるのか。
藤原氏は先のコラムでこう述べる。

経済に精通していながら、国益を守りつつ広い視点から国を導くことのできるような人がこの国には払底している。西郷南洲はこう言った。「命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は始末に困るものなり。この始末に困る人ならでは、困(大西注:難しい字)難を共にして国家の大業は成し得られぬなり」。出でよ、「始末に困る人」。

結局は、どの立場にも与しない「始末に困る人」を待つしかない、と藤原氏は言うのである。
ーーーーー

先ほどにも挙げたとおり、高名なアーティストでさえも2chの罵詈雑言に耐えられないにもかかわらず、日立製作所からすると一般人の私が、罵詈雑言をものともせずに、未だに主張を書き続けているのは、想定外だったろう。

日立製作所としては、いくら個人情報保護法違反が真実としても、懲戒解雇され、ドイツ亡命が破れ、罵詈雑言を書かれ続けて、親でさえも反対し、味方がいなくなれば、どこかでココロが折れると、日立製作所の馬鹿共は考えたのだろう。

しかし、私は折れなかった。むしろ益々盛んである。


私こそ、懲戒解雇されてさえも、路上生活して無一文になってさえも折れない、

"命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人"

そのものではないか?

私は、日立製作所にとっても日本政府にとっても、「始末に困る人」なのである。

この文章を読み、改めて、人々のため、自分は益々頑張らねばならないと心を新たにしたのである。

話は変わって。
こちらは、マンガ・アニメによる児童ポルノ規制条例に反対しての記述である。

ーーーーー
P162
それがどんなに残酷な想像力であれ、表象の生産そのものを取り締まることはできないし、そうしないほうがよい。表象と現実との関係は反映や投射のような単純なものではない。むしろ夢のように、代償や補完のような役割を果たすことが知られている。わたしたちは想像力の中で何度も人殺しをしているからこそ、実際には誰も殺めずにすんでいるかもしれないのだから。 (上野千鶴子『女ぎらい』紀伊國屋書店 2010)
ーーーーー

夢などで想像してみるからこそ、実行動には抑制が効く、という論法である。
私はこの論法こそ、憲法第九条改憲論に取り入れるべきと思っている。

想像するからこそ、実行動には抑制が効く。
想像さえも禁止すれば、あるときタガが外れて暴走してしまう可能性があるのだ。

軍事行動だって同じである。
その行動を実際に想像して議論して、その上でやはり軍事行動しないと結論づければいいのでる。
軍事行動の想像を禁止している現状、あるときタガが外れて暴走してしまう可能性があると思わないか?

ポルノ表現であればこれだけ、想像の規制に対して反対が出てくるにもかかわらず、軍事行動であればどうして、想像の規制という観点からの反論が出てこないのだろうか?


けっきょく、マンガ・アニメによる児童ポルノ規制条例に反対した人々も、その行動を想像の自由、すなわち表現の自由、ひいては基本的人権の遵守という、大きな平原を成す事象として見ることができずに、左派なり共産党がどうのというような、極めて狭い窓の中からしか見られていないのだろう。

それはけっきょく、経済学者が学派を越えられないのと同じである。


香山さんは、人間の極めて根源的な内容を扱ったにもかかわらず、自分の言いたいことが煮詰まっていなかったと思う。

煮詰まっていなかったから、私のように明快にストーリー付けて、日本をめぐる問題点に肉薄できなかった。
煮詰まっていないからこそ、小泉純一郎や橋下徹が進めてきた二択論よりも中庸が良いというような、歯切れの悪い結論にしか行き着けないのである。

二択論を否定しているにもかかわらず、"二択論" か "中庸" か、という二択論に陥ってしまっているのは、なんという皮肉だろう。


二択論でも中庸でもなく、いろんなものを包含しながら真実に近づいて行く方法があるに違いないと、私は信じる。

2013年9月 1日 (日)

花嫁たちの深夜会議 赤川次郎 実業之日本社 を読んで

・花嫁は荒野に眠る
・花嫁たちの深夜会議

2作の中編、というか文字数的には短編でした。

赤川次郎は1976年デビューで、2008年で著作が500冊突破とあり、都合1ヶ月2冊ペースですが、ボリュームが薄いことも関係していると思います。

もちろん、それでもよく書いているのには違いありません。


・花嫁は荒野に眠る

この作品は、南米行きの飛行機が墜落して、そこに日本人3人だけが生き残って、事件に巻き込まれるという内容です。
JALのブラジル線があったとはいえ(いまはありませんが)、設定が荒唐無稽過ぎて、どういう人々がいるのか背景がさっぱりわからなかったため、推理小説としては、自分で推理できずイマイチと思いました。

しかし、ファンタジー小説として、推理を外して考えると、単純に面白いとも思いました。
小学校高学年~中学生向きの小説のようにも思います。

但し、人があまりにも多く簡単に殺されており、後味は良くはないです。個人的には。


・花嫁たちの深夜会議

4人の中年独身女性が、中年のホームレスの男性をかくまってマンションを提供し、毎晩かわりばんこに "夫婦ごっこ" を行う。
オトコにマンネリ化したら、殺してしまう。

という、オトコの側からすると一見夢のようですが、実のところ身の毛もよだつお話でした。

西村京太郎ならば、単なる個人間の恨みが積み重なったなど、動機はどの作品もオーソドックスなのですが、赤川次郎は動機自体がめちゃくちゃです。
"花嫁は荒野に眠る" も、飛行機に載せた麻薬を空中から落下させようとして誤って墜落、生き残った新婚の日本の官僚が実は麻薬組織の一味で、別に生き残った日本人のキャビンアテンダントが別の組織の一味とは、もう何をか言わんやです。

アイデアはすごく面白いのは理解しますが、ちょっと私の肌には合わないかなあ、という感じです。

このお話に戻ると、女性達がオトコをモノと考えて、飽きたらポイするなんて・・・

とはいえ、似たようなことを、男性達は女性に対してやってきのです。
レイプ強盗とかレイプ殺人だってよく聞きますし・・・

そうでなくても、男尊女卑の中で、当然のように女性を捨ててきました。
性風俗とか水商売の女性だって、お金と引き換えに若さを売り、ある時から誰からも見向きもされなくなるという意味では、この物語とよく似ています。


この中年ホームレスはいまの私と同じ38歳です。
4人のうちの1人の18歳の妹が、受験の下見で上京しているときにひったくりに遭って、たまたまこの中年に助けられます。
そこで、この妹は20歳も違うこの中年に一目惚れしてしまいます。

その設定を読んで、20歳差とかでも一目惚れするもんなのかなあ、と思いました。
売れっ子の赤川次郎が書いているんだし、まんざらあり得ないハナシでもないんでしょう。

伊達娘が私に惚れても、それほどおかしくないかな?なんて思いました。

2013年8月31日 (土)

おはようございます。今日は図書館。西村京太郎 阿蘇殺人ルート の感想

図書館が、明日より9/11まで閉館するので、本をいくつか借りて来る予定です。

AKBの公演は14:00からあるのですが、女性限定公演なのでお預けです。

昨日は、西村京太郎 阿蘇殺人ルート を読みました。

鉄道トリックを使ったアリバイ崩しに主体があったので、犯人はあっさり見つかって、なんらどんでん返しがありませんでした。

そのトリックというのも、通過列車の単線での相互の運転停車の間に乗り換えるとか、被害者が小倉から日田彦山線経由で由布院へ行くのを小倉で見送り、日豊本線経由で由布院で待ち伏せるという、イッパツで分かってしまうトリックでした。

この作品は1987年初出で、国鉄時代のものなのですが、この小説のように運転停車を使って乗り換えるなどとは、当時でさえもいくら車掌に頼み込んでも無理と思います。
特に、降りるほうは車掌の目を盗んで、乗務員室のドアから降りたことになっていますが、私も小さい頃からよく観察していましたが、乗務員室のドアなんてまず開いてないので無理です。

由布院のトリックだって、被害者が由布院で降りて旅館に行き、露天風呂に入ったところで誰にも見られず殺されていますが、被害者が旅館に入ってすぐに露天風呂に入るかどうかなんて分からず、その露天風呂をウラから入って待ち構えて、最小の時間で殺害して、タクシー飛ばして飛行機にギリギリ飛び乗る、なんて現実的ではないと思います。
被害者が犯人と申し合わせて、計画的に殺されようとしていたとしか思えません。

十津川警部らは、こういうトリックを、鉄道の時刻が当てはまるかどうか一個一個チンタラ調べていますが、だいたい、その時刻と思しき空港とかキャビンアテンダントを調べたらイッパツで解決のはずです。
トリックのどうしても分からないぶんは、犯人を問い詰めればいいだけですし。
それは、鉄道トリックでは指摘してはいけないものなのでしょうか?

運転停車のトリックも、お金持ちの被害者がどうしてか、300円で座れるリクライニングシートではなく安いボックスシートに乗っており、それが事件の発覚を遅らせたため、ボックスシートにいたのは犯人の意図だろうと十津川警部らは言っていました。
しかし、犯人は被害者よりも弱い立場で、支援を断られるような立場だったため、どうして東京を飛び出して、九州の豊肥本線の急行のボックスシートに、2人で乗れるようなシチュエーションに持っていけたのか、さっぱり分かりませんが、最後まで説明がありませんでした。

たまたま運転停車駅で、犯人が大分で父が危篤とかなんとか言ったために、火の山3号に乗せた車掌が、東京に行ったのもおかしいです。犯人と取り引きしようと思ったのでしょうか?
しかし、犯人と特別の関係がなければ、殺人事件の報道があれば、素直にありのままを言うでしょう。十津川警部らも、証言は、犯人と特別の関係がない証人のものは素直に信じていますし。

これは、犯人が湯布院でたまたま見つけたはずのタクシー運転手にも言えます。
犯人のために、その後に仕事を辞めて転職し、上京して、さらに犯人に会っているなんて、タクシー運転手がどうしてそうしたかの動機が分かりません。
犯人が美人だったから、タクシー車内の数十分の間に惚れてしまったのでしょうか?湯布院を離れて転職して上京するほどに?

だいたい犯人、供述の通りだと、熊本から急行火の山3号に乗って大分に行き、大分で休む間もなく特急に乗り換え、さらに小倉で新幹線に乗り換えて東京に向かっているのです。

しかし、豊肥本線に用事がなければ、熊本から博多に行き、博多から新幹線に乗る方がふつうです。
そういう根本的な問題についても、十津川警部らは一切疑問に出していませんでした。

いくら推理小説とはいえ、その辺のリアリティをもう少し出して欲しいと思いました。

2013年8月25日 (日)

続々・秋元康批評

"恋はあとからついてくる" "7秒の幸福論" を読み、だいたいいいと思ったが、ちょっと気になったことを。

秋元康は、失恋はきっぱり忘れるもの、オトコなんてどこにでもいる、なんて何度も書いているが、それを本にいくら書いて主張したって、読者のココロには響かないと思う。


というのも、その大失恋に苦しんでいる人は、きっと占いをして、占い師から "幸せな結婚をする" なんて言われて、二人の将来を夢見て舞い上がっていたのである。

血液型占いや星占いもやってみて、ほくそ笑んでいただろう。
なにかのときにくれた、好みにバッチリなプレゼントにも、ときめいただろう。
趣味だって、これだけ合う人に会ったことがなかった。
悩みに的確にアドバイスしてくれたことに、涙を流したかも知れない。

すなわち、これほど私のことを理解してくれる人はいない!もうこの人が運命の人!と、毎日毎日思っていたのである。


・・・なのに、秋元康という、自分の好みでもなんでもない既婚者のオッサンが、本の向こう側から語りかけたところで、そんな声が耳に入るワケがない。


失恋から立ち直るには。
これほど私のことを理解してくれる人はいない!
という思いを打ち破れればいいのであるが、それには異性に出会ったらいい。

秋元康が、"スペア世代" と呼ぶ、1人の異性に限定しない、真剣に失恋することがない代わりに、真剣に恋もしない人間が存在することは、私も確かと思う。

"スペア世代" などになってしまうと、人生がつまらないと思うが、せめて、失恋して打ちひしがれている人は、「自分に合った異性はその1人しかいない」という誤解を解くという意味において、"スペア世代" の考え方を取り入れてもいいと思う。


しかし、これまで何年も異性を見つけられなかった人にとっては、"スペア世代" の考え方を取り入れて、異性の中に入って行くことさえ難しいように思われるだろう。

そういう時こそ、いまどき古いかも知れないが、 "合コン" や、それに似たところに出て行った方が良い。

しかし、奥手な人間にとっては、 "合コン" なんて出て行きづらい最たるものである。
ましてや、失恋の痛手に遭っているこの時期に・・・

やはり、我々が外野からアレコレ言うのは野暮というものだろう。

とびきりの親友に相談して、あなただけの答えを見つけるしかない。


失恋の相談ができる親友さえもいない場合は・・・? わかりません。

私の親戚にも、1回の失恋の痛手から、恋愛せずに一生独身で過ごしそうなのがいたが、私などがどう言ったところでどうにもならなかったから。


ふと思ったが、
"失恋者ネットワーク" "失恋者連絡会" "失恋者駆け込み寺"
こういうモノを作っても面白くないか?

まあ、組織として面白いのは最初の1年だけで、いずれ単なる出会い系サイトになってしまうのであるが。

2013年8月23日 (金)

続・秋元康批評

7秒の幸福論 集英社文庫 秋元康 1995年10月25日 初版

こんどの本は前回ほどのやっつけ感はないが、どうも、自分よりもはるかに劣る一般人に対して、
「ホントはそうじゃないんだけど、こんなカンジでまことしやかに言っておけば、一般人は喜んでくれるだろう」
というような、どこか上から目線というか、適当になだめてやっている感満載である。

呑み屋でグチを言う若者に対して、ことを荒立てずなんとか気持ちを落ちつけるために、調子を合わせて言っているような気がする。


P69 
とにかく、人間というものは、ものがわかっていると、喋れないものです。
これはどういうことかと言うと、物事を知れば知るほど、自分の言うことが愚かに思えるわけです。物事を知っている人ほど、自分がほんのささいな知ったかぶりで、喋っていることがわかる。だから、ものを知っている人は、あまり喋らなくなるのです。


コレなんか反論せねば、我慢ならない。

人間は、ものがわかったからこそ、もっと喋ってみたいものなのである。
喋りたくないような知識など、思わぬ反論に対してプライドをズタズタにされないために、防御しているために喋れないだけである。
無口な旦那は、会社で一戦交えて疲れて帰ってきたにもかかわらず、家で奥さんが手ぐすね引いて待っているのは耐えられないのだろう。

知って知って知りまくって、ダルビッシュかマーくんか、或いはイチローかというくらい百戦錬磨の達人になれば、奥さんが家で待ち構えていようが怖くはない。

喋れないということは、いくら会社で肩書きがあろうとも、実力的にはしょせん少年野球で通用するレベルなのである。
それを知っているから、奥さんに論戦して負けたら恥ずかしいから、喋れないのである。

秋元康の論理が真であれば、ギリシャで道行くヒトに片っぱしから議論を挑んだ古代の哲学者達は、ものごとをなにも知らない、"無知の知" にさえも想像が至らない、バカの壁の向こう側にいる、最低最悪のアホになってしまうではないか。


P70
言葉というのは不思議なもので、少なければ少ないほど心を打つわけです。
例えば、「好きです」と一言だけ言うほうが説得力がある。そのほうが、どうして好きなんだろうとか、どこが好きなんだろうとか、いろいろな思いが駆け巡るわけですね。彼はどんな人なんだろうと、どんどん興味が膨らんでくる。


・・・どうも、秋元康、この回はやっつけっぽいなあwww

言葉は、多いほうがええに決まっとるやないか。
ワタシと、他の「好きです」ヒトコトのヤツと、どっちが伊達娘を好きかと言って、ワタシのほうが愛が薄いと思うか?

同じことを伝えるには、思いを圧縮して簡潔なほうがいい。
たとえば、
「好きです。あなたを応援したいです。結婚を前提に付き合ってください。」

"好き" 以外の情報も入れたが、ホネだけの簡潔な文章にしたのである。
こちらの方が「好きです。」だけよりも、気持ちがよほど伝わるだろう?

もちろん、
「僕は、あなたに出会ってからだんだんと、あなたのことが好きになっちゃったみたいです。付き合ってくれたらうれしいかなあ・・・なんちゃって~!」

コレは冗長な表現であるから、「好きです。」一言のほうがズバリ核心を突いていい。

秋元康は、簡潔なほうがいいことを、単に量に置き換えて多いか少ないかのハナシに変えてしまったから、おかしくなるのである。

しかも、「好きです」ヒトコトで興味が湧くなんてシーンは、まず思いつかない。
たとえば女の子が、本命の彼から2時間でヒトコトだけ言われたとして、
「あの人は、"好きです" の一言しか言えなかったけれども、どうして一言しか言えなかったのかしら?キレイとかカワイイくらい思いつかないのかしら?この1ヶ月の間で私とのことを具体的に覚えてないのかしら?・・・もしかしてカラダ目当てかしら?」

と、一言しか言われなかったことを、どんどん不安に思うのではないか?
人間、安心するよりも不安になることのほうが多いから、占いとか宗教が流行るのだから。

また、本命でない場合は、その言葉ではじめて意識をするかも知れないが、よほどウブな女性ならばともかく、ある程度恋愛に慣れた女性ならば、「またか」程度に軽く捉えてしまわないか?


P71
ようするに、「どうして彼を好きになったのですか?」と聞かれて、「彼は誠実な人だからです」と言っているうちは、本当に好きではないのだと思います。
恋愛は嫌いなところも好きになるものだということは、すでにお話ししましたが、彼のどこが好きということはないわけです。彼が誠実だから好きなのではなくて、彼が彼だから好きなわけでしょう。だったら、彼が誠実な人でなくなったら、嫌いになるのですか?あるいは、彼が背が高くて格好いいから好きになった。では、彼が交通事故で車椅子で生活する人になったら、嫌いになってしまうのでしょうか?


半分は本当だが、半分はウソと思う。
確かに、たとえば政略結婚のようなカンジで好きでもない人と結婚し、「彼は誠実な人だからです」などと自分を言い聞かせているような人は、本当に相手を好きではないだろう。

さて、いま、幸せで、穏やかで、彼が好きで好きで仕方ない女の子は、 "では、彼が交通事故で車椅子で生活する人になったら、嫌いになってしまうのでしょうか?" などと書かれても、100%「絶対嫌いにはなりません!」と言うはずである。
それは、いまの穏やかな生活が崩れるはずがない、という確たる自信があるからである。

ところが、不幸は突然やってくる。
彼がいつどこで事故に遭うかなど、本当にわからない。
そして、いざ車椅子となった彼を見て、夢から醒める女性も大勢いるのが実態である。

車椅子でなくても、リストラで解雇されたりする。
借金が見つかったり、最悪、浮気が見つかることだってある。
これらすべて、世のカップルの別れや離婚の理由である。

けっきょく、いくら彼のことが好きといえども、ネガティブなハプニングをどの程度までなら許せる "好き" なのかは、自分の心の中にはあると思うのである。

「どうして彼を好きになったのですか?」は、「どのくらい彼が好きなのですか?」に繋がり、さらには「どこまで彼が変わってしまっても受け入れられますか?」に繋がると思うのである。

私はよく言うが、恋愛して、結婚ともなれば、不慮の事態があっても、パートナーを守る責任がある。
パートナーを守るためには、他人がパートナーの悪いところをあげつらっていくら罵ろうが、それを素直に聞いたり、増してや加担したり、さらには罵った人の側について寝返ったりするなどあってはならない。

それだけの心構えができていれば、たとえ誰かに不意に「どうして彼を好きになったのですか?」と聞かれて、愛の理由など説明できないと思ったとしても、相手が理解するまで一生懸命説明しようと、パートナーのいいところを知ってもらおうと試みると思うのである。
めんどくささも惜しまず、パートナーのことを思ってパートナーのためにできてはじめて、パートナーのことを守れると思う。

だからこそ、自分に言い聞かせるためではなく、相手のことを知ってもらうために、相手の好きなところを一生懸命説明できる。
そうありたいと思う。

【ネタバレ】西村京太郎 「伊勢志摩ライナーの罠 祥伝社」の疑問

私もさまざまな問題を抱えていて、そのイメージトレーニングという意味で推理小説にかかればどうか?という観点から読んだ。

最初は全く手がかりがなく、誰が犯人か分からなかったが、半分くらい経って、コレは第一被害者鈴木夫妻の自演ではないかと思ったら、その通りであった。

しかし、犯人は分かっても、釈然としない。


1. 最初の方で、鈴木家から丁寧に包まれた円空仏が出てきた。
これが、鈴木夫妻が円空マニアであることを知るきっかけとなったのであるが、十津川警部らは、夫妻が円空マニアと知れて満足するのではなく、コレはどういうモノなのか、どうして鈴木夫妻は手に入れたのか、これからどうするつもりだったのかを調査すべきだった。
にもかかわらず、最後まで一切していない。


2. 鈴木夫妻は、雑誌社には円空マニアというのは隠していた。
どうしてわざわざ隠す必要があったのか?
隠したところで、日本を代表する平凡なシニア夫妻に当選し、しかも今回の旅行に取材で同行を提案してもらえる自信があったとは思えないが?


3. 鈴木夫妻は、雑誌の取材に応じて伊勢神宮への参拝旅行を計画し、そこで失踪を演じた。
雑誌などに変に思われないためには、伊勢神宮への参拝だけでいいはずであるが、どうしてわざわざ、雑誌社にこれまで隠してきた、円空の美術品を巡る行程を組んだのか?

また、仮に失踪を演じるのは直前に考えたとしたら、共謀犯の三十代カップルは、円空のところは削って、伊勢志摩の有名観光地巡りに変更しても良かったと思うのであるが、どうしてホテル周辺の自転車観光にしたのか?
そこで、なにか見たかったのか?

逆に取材を迷惑と思えば、そもそも、雑誌社の同行の提案を断れば良いのに、どうして断らなかったのか?


4. 伊勢志摩を鈴木夫妻の代わりに観光したカップルの男について、ほとんど情報が出てこなかった。
三十代男、しかもカップルの相手が第一殺人の被疑者であれば、警察は鈴木夫妻以上に調べるべきと思うが、どうしてもっと調べなかったか?


5. 推理小説全般に言えるのかも知れないが、十津川警部の推理のみにより、すぐに捜査令状が出ている。
もっと、証拠を丁寧に集めるべきではないか?

200ページのボリュームから逆算したら、尻すぼみになったとも思われるが、上記のように事件の背景で説明されずわからない点も多く、物足りない。

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