ジブリ汗まみれ

2013年6月16日 (日)

ジブリ汗まみれ「ジブリの森」の製作に関する回を聴いて思ったこと

スタジオジブリの皆々様,とりわけ鈴木敏夫さんへ

下記を聴いての感想です。

■【Podcast】2013/06/06 5月9日にauから配信を開始したスタジオジブリ初のスマートフォン向け公式読み物サイト「ジブリの森」の製作に関わる方達をお迎えしてお送りします!
http://podcasts.tfm.co.jp/podcasts/tokyo/rg/suzuki_vol272.mp3

聞かせていただきましたが,特にこれといって心に残るものはありませんでした。

といいますか,
「ジブリが公式サイト作ったんだ!すごいだろ!」
みたいな雰囲気が垣間見れて,私はいい思いはしませんでした。

正直,だからなに?と思います。

ギブリーズEpisode2あたりのときから思っていますが,いや内部ではもっと前からあるのかもですが,なんか,自分たちはジブリなんだという,つまらない自慢が垣間見られて嫌です。

いくら工夫して公式サイト作ろうが,そんなのはウラでやればいい話であって,それを大々的に(ではないかもですが)機会を作って打ち明けるなんてのはおかしいと思います。

コンテンツの幅を広げるよりも,発信するべき情報の深度を深めて欲しいと思います。
どうもジブリは,以前から言っていますが,共産党と一緒で,作品を作ったらそれで満足してしまい,それが自分たちの行動に結びついていないように思っています。

以前から言っていますが,ジブリに原発反対の横断幕を掲げたなんて,自己満足もいいところです。

ジブリといえば大勢が注目するのですから,であればこそ,公式ページのトップに,自分たちは原発に反対しています!と書き,さらにどうして反対をするのかを,宮崎駿が理由も含めてキチンと書けばいいのです。

なのにけっきょく,ジブリに横断幕を掲げるのはできても,公式ページのトップにアレコレ書くのは,いろんなところにハレーションがあるからといって踏みとどまれない。
これでは発言していないのと一緒です。

私は,ドイツに亡命申請していましたが,まさかドイツが私の渡した資料一式を,調査するどころか紛失(隠蔽)して,"明らかに根拠なし"として私を日本へ強制送還しようとしています。

そして,その訴えに対してガン無視を決め込んだスタジオジブリ・宮崎駿以下も,私は同罪と考えています。
今後,送付したメール資料などをもとに,宮崎駿の罪を問うていきたいと考えています。

宮崎駿,お前なんか死んでしまえ!

大西秀宜

http://onicchan.cocolog-nifty.com/

2013年6月 4日 (火)

ジブリ汗まみれ立花隆さんの回【後編】を聴いて思ったこと

スタジオジブリの皆々様,とりわけ鈴木敏夫さんへ

下記を聴いての感想です。

■2013/06/03 『ジブリの教科書1 風の谷のナウシカ』でナビゲーターを務めて頂いた立花隆さんをお迎えして。【後編】
http://podcasts.tfm.co.jp/podcasts/tokyo/rg/suzuki_vol271.mp3

宮崎駿さんのナウシカ漫画版を,庵野秀明さんが監督したいと言っていた聞き,私も観たいと思いながらもそれでいいのかとも思います。
庵野秀明さんは人生において,巨神兵ばかりをテーマにしていたとも言えるようですが,それで本当にいいのかと思います。

もちろん宮崎駿には到底追いつけないと最初から考えているからこそ,庵野さんはそういう考えになると思うのですが,私が仮に作品を作る機会があるとすれば,折角ならば宮崎駿を超えてみたいと思います。

宮崎駿を越えたいと思って宮崎駿の作品を見渡すと,風の谷のナウシカのようなまったく架空の作品もあれば,となりのトトロのような,ちょっとファンタジーが入っているけれども基本的には現実を描いているものもあります。
耳をすませばなんてさらに現実的でしょう。イメージシーン以外は実写でも可能と言っちゃ可能です。
雫が塀をよじ登るシーンとか,実写では意外と難しそうなものもあるので完全再現はできないでしょうが,CGなどを実写に織り交ぜて使うなどしての実写化も可能とは思います。(宮崎さんがあまり好まない方法とは思うのですが)

庵野さんはもっと違う作品を作りたい作りたい欲求はないのでしょうか。
Wikipediaでいま調べたら,庵野さんが原作をされたのはエヴァだけなんですね。
庵野さんは新しいことがやってみたいタイプの演出家ではないようですね。
私ならば,庵野さんクラスの知名度を得られたら,さらに頑張って,もっと違うことがやってみたいと思うのですが。

たとえば私は,もっとカリオストロの城のような,コミカルでかつ熱中できるような作品が観たい気がするのです。
然るに,いまのアニメは私がちょこっと観た印象では,やたら暗くシリアスであるイメージがあります。
アニメヲタクの心の闇を表しているのではとさえ思います。

そして,そのシリアスなところから突然コミカルに・・・というよりもつまらないネタで笑わせようとしすぎと思います。
エヴァでもそういうのを感じました。
記憶にあるのは,ミサトの家にいるペンちゃんがビール飲むだかなんかするシーンです。
笑うもなにもそんなのありえるかよ!なんて思った記憶があります。
もっと素直にあっけらかんと笑えるストーリーが欲しいと思うのです。

たとえばカリオストロの城の冒頭で,ルパンと次元が札束をいっぱい盗んできてフィアットの中で札にまみれるシーンがありますが,ああいうのは,ドーラ風に言うと,泥棒が札束にまみれてどこが悪い!ってカンジで素直に観られると思うのです。
ところが,ペンギンがビールを飲むなんて,意外という意味では一瞬笑えるかもですがリアリティがまったくなく,この物語の世界観はなんでもありなんだな,と思って,白けて世界観に浸れない気がします。
ルパンの例だと世界観に浸れますもんね。(ルパンの大ジャンプはちょっと怪しいギリギリのところと思いますが。)
そういう,世界観に浸れるストーリーを最初から最後まで作れる人間ってそうそう多くないと思っています。

とはいえ,宮崎駿さんだって,新しいモノを目指して怪しいモノを次々と出されてきており,もののけ姫以降世界観に浸れないストーリーになってしまったところもあると思います。
アシタカが心臓を射抜かれてさえも生きているとか,私にはどうしても受け入れがたく思えるのです。

立花さんは,宮崎駿さんは映画の基本論法であるグッドガイ,バッドガイという概念を崩したということを非常に褒められていますが,私はそれほどすごいこととは思いません。
グッドガイ,バッドガイだけでないなんて,現在のアニメでは珍しいかもですが,単館系作品では当たり前のように描かれたモチーフと思います。

そして,そのような映画の多くは主張することがなにかさえよく分かりません。詰まらないと思います。

私には小津作品でさえ,いったいなにがいいのか分かりません。
私はまだ現在37歳ですし,もっと歳がいけば分かるのかも知れません。
が,だからといってなにを受け取ったかが分からない作品よりも,なにを受け取ったかはしっかり分かり,なおかつ次の行動に続いていくような作品にして欲しいと思うのです。
ヒトに向けて何かを受け取って欲しいと思っているならば特に。
そういう問題意識は宮崎さんよりも高畑さんのほうが強いとも思うのですが,高畑さんは観客が期待するほどに感情移入できる作品を作られないため,なかなか難しいと思うのですが。

高畑さんは感情移入できる作品よりも客観的な作品を目指されていますが,高畑さんがいくら客観的に作れと仰ったところで,映画が大勢に観られるためには,一部の観客は感情移入してしまい熱狂的なファンになってしまうようなものにすべきと思います。
赤毛のアンが,自分たちは客観的に感情移入はしないように作っているつもりでも少女たちは熱狂することを示しましたので,それは不可能ではないと思います。
高畑さんはそうでないと映画が売れず,次の作品も覚束ないのですから。(いや,今度こそ引退されるかもですが・・・)

観客に熱狂してもらうために,どうしても物語には主人公を作らざるを得ず,その主人公は悪い面も持つでしょうが基本的にはグッドガイにならざるを得ないと思います。
アシタカもサンもグッドガイですし。

私が映画はじめ作品を作るとすれば,悪役はしっかり作りますが,さらに悪役の考えを丹念に掘り下げると思います。
ドイツに亡命申請している私から見れば,世界のほとんどの人々は悪役であり,宮崎さん高畑さん鈴木さんでさえ悪役に見えます。
なぜ悪役かといえば,自分の目の前に提示されているものをしっかりチェックしていないか,或いは書いたヒトの肩書きとかそういう先入観だけをチェックすることに凝り固まっているからです。

けれども,"自分の目の前に提示されているものをしっかりチェックしていないか,或いは書いたヒトの肩書きとかそういう先入観だけをチェックすることに凝り固まっている" ヒトは,日常生活において自分の悪い癖を自覚できておらず,なぜそれが悪いことなのかを丁寧に掘り下げて説明されないと分かりませんよね。

そう考えていくと,なんだか,善良な市民がどうして悪役になってしまうのかを丁寧に描く作品というものこそ必要だと思います。

たとえば映画サークルで,もう20年ほど前に,金環蝕という映画を観てまずまず面白いと思ったのですが,だからといってそれで政治が分かったかといえば分からないと思いました。
いまならばその理由が分かるのです。
それは,この映画も政治家が利権に手を染めるコトをあれこれと書いているのですが,政治家はカネが欲しいもんだ,人間とはそういうもんだという大前提で描いていて,どうしてカネが欲しいのかの掘り下げが足りないと思うのです。

ほんとうにクリーンな志を持った政治家というものは,カネなんて欲しくない,日本の国が良くなることに資すればそれでいいと思っているはずと私などは思います。
宮崎駿さんもそういうタイプの人間ですよね?
であれば,どうしてそういう志を持ったヒトがカネまみれの中に好んで入っていくのかが,金環蝕では描かれるべきところ,実は描かれていなかったと思います。

さらに,もうストーリーをちゃんと覚えてはいないのですが,金環蝕は恐らく政治家のストーリーばかりで,官僚は出てこなかったと思います。
然るに現実には,本当の黒幕は官僚と思います。

今日ふと思ったのですが,政治家は4年なり6年なりで交替がありますが,官僚は交替がありません。
政治家が交替するのですから,官僚も省庁間を越えた異動をするべきであり,そのために省庁を越えたところに人事院が存在するのではないかと思うのですが,日本は省庁間異動をよほどの例外以外はやっていません。

もちろん,政治家が日本の政治の頭脳を担当し,官僚はいわば政治家の言を実行する意思を持たない手先であるならば,官僚はブルーカラーと同じで現地採用となるため,異動がなくてもいいと思うのです。
が,現実に官僚になれた人たちは半数が東大卒だったりしているのですから,政治家以上に働く頭脳を官僚が持ってしまっていると思います。
であればこそ官僚に対して省庁間を越えた異動を頻繁にさせることこそが,腐敗を食い止めることに繋がると思います。

そうやらないからこそ,法律を守らない黒い取引があっても表には出ず,どんどん腐敗の温床になると私は考えます。
そういったところを金環蝕でさえ描かず,政治家だけの問題としてしまっていたと思います。

やはり,これからはもっと悪役をクローズアップし,悪役のうわべの考えだけでなく,悪役を取り巻く仕組みをすべて描くような作品や映画を作ることこそが求められていると思います。
それをアニメ映画で描くかは分からないのですが。
とはいえ,リアルの官僚を描くのは憚られることもあるでしょうから,それを未来の宇宙都市にうごめく黒い影,みたいな形で描くのであればなんとかなるかもとも思います。

原子力のハナシも出ましたが,宮崎さん鈴木さんは原子力のなにがいけないとお思いでしょうか?
私は,以前も書きましたが,原子力が必ず安全ではないということよりも,原子力の現場労働者を被ばく量のきわめて多い違法な状態で働かせ,命を縮めさせるという人権侵害をし続けていることこそが大きな問題と思っています。
そしてそこに原発利権が絡み,経済産業省はじめとする官僚や日立製作所などの企業が甘い汁を吸っているのです。労働者の命と引き換えに。
私はそのような原発はほんとうに許せないと思っています。

ジブリもせっかくですから,原発を正面から取り上げてみませんか?
そういう方法もあると思います。

大西秀宜

http://onicchan.cocolog-nifty.com/

2013年5月30日 (木)

鈴木敏夫,平和ボケはオマエだ!

ワタシがmixiで管理人が不在だったために管理しているコミュニティ"鈴木敏夫"で,書き込みがあったので気づきました。

【憲法と、】 9条 世界にアピールを スタジオジブリプロデューサー・鈴木敏夫さん 2013年5月9日
http://www.tokyo-np.co.jp/article/feature/kenpouto/list/CK2013050902000173.html?ref=rank

私は,鈴木敏夫こそ平和ボケだと思っています。それでは発言を見ていきましょう。

>  みんな戦いが好きですよね。自分が勝つ側に立つからでしょう。負ける側に立った途端に、やってられない。ジブリでも昔、「戦争の名人」と呼ばれた名将を取り上げたいと言ったやつがいて。「おまえ、自分のこととして考えろ」って言いたくなった。もしその企画をやるとしても、僕なら名将に連れて行かれてひどい目に遭う、一兵卒の視点から描きたいですけどね。
>  平和ぼけですね。想像力に欠けているわけでしょ。安倍さんなんかはね、年が若いのになぜああいうことを考えるのか、ちょっとピンときません。もう少し上の世代だったら分かる気もするんですが。やり方を間違えたから日本は負けた。間違えなかったら勝っていた。そう考える、ある年齢の人たちがいるのを僕は知っていますしね。

もちろん,戦争に対して,戦いに対して肯定的に描くのは私もいけないと思うのです。
しかし,宮崎駿も「風の谷のナウシカ」ほかで戦いを描きました。
それは何故か。
戦いの悲惨さを伝えるには,戦いそのものを描かざるを得ないからです。

人間,いくらこれはダメ!と言われようが,現実的にそれを経験しなければ,いつかそれをやってしまいます。
ダメと言われれば言われるほどやってみたい心理もあるでしょう。

そうすると,ダメなことであっても頭ごなしに否定するのではなく,とりあえずやらせてみてやはり反省する,そういう試行錯誤も,人々レベル,地域レベル,国レベルで必要になると思うのです。

そうやって,反戦平和を願う人々が大勢,戦争の悲惨さをさまざまな方法で描いてきました。
映画はいくつも知っていますし,アニメ映画でも描かれたものもあります。
そういったものに,ちょっと怪しい思想であっても血気盛んな人間の情熱を傾けさせる。

そして,完成した映画の試写を終えた後で,そのスタッフに向かって,
「あなたはこんな世の中にしたいですか?自分や子孫をこのような境遇に遭わせたいですか?」
そう問いかける。プロデューサーとはそういう役割の人間であると思います。

頭ごなしに否定するその時点で,私は鈴木敏夫にはプロデューサーの素質はないと思いました。

そうやって,戦争を頭ごなしに否定してきたのが,憲法第九条です。

もちろん私だって,戦争をしたいわけではありません。
ですが,ならば戦争とはいったいなにを言うのでしょう?

2つの陣営が泥沼の戦いをしていて,いままさに大殺戮が行われようとしている,その情報を知った,その時点でも,それを静止するために仲裁するのは,それもまた戦争に加担したことになるのでしょうか?

また,地下鉄サリン事件や9.11のようなテロ,人質たてこもり事件などが起こりますが,テロや人質事件は自衛隊や警察が出て行って犯人と銃撃戦を繰り返してもよくて,戦争とされれば誰も出て行けないとすると,その違いはなになんでしょう?

結局誰かが"これは戦争"とカテゴライズしてはじめて,憲法第九条が発動するとしか私には思えないのです。

戦争とカテゴライズされようがされまいが,世界のどこかで問題が起こればそれを最小の犠牲により収束させる,それを逐一検討するしかないと思うのです。

そして,そうすると日本も,判断を誤って小さな失敗を犯す可能性も出てくるでしょう。
しかし,先に挙げた通り,小さな失敗を犯し,いわゆる"インシデント","ヒヤリハット"を繰り返して確認せずば,あるとき人々が大きく誤って,大きな失敗を犯さないとも限らないと思うのです。

いまの憲法第九条論議だって,本来は憲法第九条以前に,憲法第11条~13条に基本的人権を規定しており,世界民の基本的人権を尊重するのであれば,憲法第九条なんて全く必要ない,という私の論に賛意を示す人がいて然るべきと思います。

憲法改正を考えるときにもっとも注目し考慮すべきは,日本国民はじめ全世界民の基本的人権を守れるかどうか,これしかないと思うのです。
それを,基本的人権を完全に忘れ去って,憲法第九条を改正するかどうかそこだけに議論が行っている。

好戦的な人間が出てくるのは世の常だと思うので,むしろ反戦平和を訴える鈴木さんのような人間が,基本的人権を置き去りにしたところで議論している,そこに非常に危うさを感じます。

>  やっぱり「三分の二」じゃなくちゃいけないんじゃないですか。そんな大事なことを決めるのに、「二分の一」じゃだめですよね。それをやっておいて、将来、何になるかっていう問題でしょ。やめてほしいですよね。

三分の二が二分の一になろうが,それが主たる問題ではないと思います。

むしろ,国民に対してさまざまな情報が与えられ,ひとりひとりが一生懸命に考えることこそが必要と思います。
いくら二分の一であろうが三分の二であろうが,国民に知らされることなく秘密裏に政党の論理で数が決まってしまういまの政治には,多くの問題が隠れていると思います。

マスコミも,政治,根本的には官僚におもねって,たとえば福島の原発事故のニュースを隠蔽して,国境なき記者団からは日本の報道の自由度は非常に低いと判断されています。
そんな状態で,国民が正しい判断をできるとは到底思えません。

>  僕、日本が憲法九条を持っているって、海外の人はほとんど知らないと思う。だって自衛隊があるしね。そっちを知っているわけでしょう。だから日本が世界にアピールするとしたら、九条ですよね。これだけの平和は、九条がなければあり得なかったわけですから。僕はあってよかったって立場だし、たぶん宮さんもそうなんじゃないかと思います。

全く違うと思います。

グローバル9条キャンペーン カナダから見た憲法9条
http://homepage3.nifty.com/jalisa/kikanshi/k_155/155_004.html

たとえばこの報告では,海外でも九条を素晴らしいものとして記載されていますが,これはあくまで九条マンセーな人間が書いたものです。

バンクーバー九条の会は、2005年5月に発足され、最初は10人強ではじまったのですが、今では日系以外の人3割も含む会員150人の会となりました。

とあり,これは2006年の投稿のようですが,むしろバンクーバーという都市で1年で150人にしかならなかったのは,やはり海外には受け入れられていないのではないかと思います。

憲法第九条をアメリカからみるとーー 2007/05/17 16:24
http://komoriy.iza.ne.jp/blog/entry/173367

こちらは産経なので改憲寄りなのは見えているのですが,

> 「いかなる軍事力の行使をも否定する第9条の影響はとくに大きい。日本人の外部世界に対する基本的態度も憲法のこの条項の影響で形成されてしまった部分が多い。あらゆる力の行使の否定、あらゆる戦争の否定というのは、日本を全世界でもただひとつの例外としている。憲法でそうした否定をする国家は他に存在しない。その結果、日本国民は自分たちが世界でも例外だという意識を持ち、力の行使の論議をともなう外部世界での出来事への対応には責任ある関与はできないままできた」

この1992年6月の,アメリカ・ヘリテージ財団の提言は非常に含蓄があると思います。
私の思いとピッタリです。

> 「憲法第9条は日本が国際社会の完全な責任ある一員となることを妨げ、クウェートとカンボジアでの国連主導の平和維持活動に寄与することを遅延させてきた。ブッシュ政権(先代)、あるいはその次の新政権は日本の例外意識をなくすために、この世界でも例外の第9条の改正を非公式にうながすべきである。第9条の破棄は『すべての戦争は悪』という幻想を打ち砕き、民主主義国が侵略に対してみずからを守るために除外できない力の行使についての真の政治的論議を可能にするだろう」

これは,だから戦争に行こう,と言っているように捉えられ,ここまでは私も認められません。
ただし,日本人は言わないが私の主張する"第9条の破棄"が盛り込まれており,その点は賛同できます。

とにかく,海外から非難されるようなマスコミの閉鎖性の上でいくら議論してもどうにもならず,まずマスコミをオープンにし,その上で,"戦争というキーワードがつけば絶対ダメ"ではなく,ひとつひとつ議論して,なるべくならば戦争をせず,犠牲を最小限にできる世の中にしていくべきと思います。

私はそのためには,根本には官僚独裁政治の打倒しかないとも思うのですが。

2013年5月25日 (土)

ジブリ汗まみれ立花隆さんの回【前編】を聴いて思ったこと

スタジオジブリの皆々様,とりわけ鈴木敏夫さんへ

下記を聴いての感想です。

■2013/05/24 『ジブリの教科書1 風の谷のナウシカ』でナビゲーターを務めて頂いた立花隆さんをお迎えして。【前編】
http://podcasts.tfm.co.jp/podcasts/tokyo/rg/suzuki_vol270.mp3


ジブリはあまりカメラを動かさない,みたいなことを仰っていて,なるほどと思いました。
アニメもそうですが,映画でも頻繁にカメラを動かすのが,
役者さんのためにならないのではないかと思って,どうしても抵抗があります。
あとカットもものすごく細切れになっていて,これも,演技を重視していない姿勢が
現れていると思っていて,好ましいとは思っていません。

もちろん,アクションシーンなど,カメラワークが必須になるとは思うのですが,
それ以外の大部分を占めるであろう人間描写は,カメラワークはほどほどにして
役者さんにあずけてしまえばいいのでは,と思います。

ただその上で,ジブリは耳をすませばで立花隆さんを起用し,ほかでもそうですが,
キャラクターに依存していない声を欲しいと思われていて,そこは私は
どうなのかなあ?と思ってしまいます。

もちろん声優さんの,必要以上にオーバーアクションをするのは論外とは思うのですが,
役者さんだって自分が考えた演技で魅せたいのが心情と思いますし,
そこはどう折り合いをつけるのか?と思うのです。

ジブリだって,声優さんは使わないけれども,舞台をやっている劇団の人は使いますよね。
舞台作品だって,舞台にいる観客に対して伝えるために,一般人がやらないオーバーアクションを
声にしても演技にしてもしていると思うのです。

それに対して,アニメーションにおいてそういうものを完全に取り除きたいというのは
ひとつの策であり,ナチュラルな演技であるとは思うのですが,それが本流になるかといえば
そうではないように思います。
実際ジブリも本流にはなれてはいませんし。

それでも,ジブリがいまやっていることが本流だ!というのであれば,1年に劇場作品を1つずつ
作って世に出すだけではなく,なぜ自分たちはキャラクターに依存しないナチュラルな演技にこだわるのか,
ナチュラルな演技が描けたときにどういうメリットがあるのか,ナチュラルな演技が持つ可能性を
世間に向けて発信すべきと思います。

それはたとえば,高畑さんがナウシカを30点と仰ったときに,どうして30点かという説明が,
宮崎駿が持つ可能性を考えると30点,などという,中途半端な説明をされた,
それではダメだと思うのです。

宮崎さんはそれに対して,ロマンアルバムを引きちぎって怒りを表されたそうですが,
宮崎さんでない人間が同じことを言われたら,もう高畑とは付き合わん!となっていると思います。

じつはジブリは,アニメーションの世界でそういう状況になっていますよね?
自分たちのアニメーションが正で,周りの作っているものは30点だ,いやそれ以下だと,
言葉にまではされてはいませんが,そう思われているであろうことは,ジブリの作り出す作品を
観ていたら分かります。

すると,自分たちの作品を認めない人間とは付き合わん!と思って,アニメ界から無視される。
ジブリはそういう状態に陥っていませんか?


30点と思うのはいいと思うのです。
しかし,その背景には,たとえば
"宮崎駿が一生のうちに出せる作品には,こういう要素やああいう要素がたくさんあるだろう。  それと比べたら,いまの作品は30点くらいかなあ。"
というように,自分が思うできてない70点の背景をキチンと説明することが大事だと思います。

アニメーションが,CGをはじめとしてあり得ないものをあり得ない設定で作り出している状況で,
実写では表現できないモノを交えながら現実をリアルに描き出すことがいかに必要か,
それをアニメの同業者に対して,つねに問いかけるような作品,
この作品が売れたら,それを契機に,あなたがたも同様の作品を作って表現を追求しましょう,
と語りかけるような作品を作っていくべきなのではないかと思います。

いやもちろん,これまでの作品をベースに,それらを上手く用いて理論を再構築して,
新聞連載なり本なりテレビドキュメンタリーなりで訴える方法もあると思います。


そして,ナウシカのラストですが,私は先日,ナウシカのあれは自殺だ,と評しましたが,
自殺と言われたらさすがに宮崎さんもいい気はしないように思えました。

高畑さんが提示された案は

1 王蟲はナウシカの前で止まる
2 ナウシカは死んで伝説になる
3 ナウシカは死んでよみがえる

とのことだそうですが,この3案から考えるとどれもイマイチのように思います。
やはり"1"には王蟲に統制の取れた意思があるということで,怒り狂った王蟲の描写と
相容れないと思います。

クシャナらがどうして王蟲を・・・私も物語の細部があいまいで再確認しました。
ペジテの持っていた巨神兵がトルメキアに略奪され,その船が風の谷に墜落したから,
巨神兵を奪還するためにペジテは王蟲をエサに風の谷を襲わせることにした,となっています。

改めて考えると,よくわからないのは,風の谷が王蟲に襲われたら,そこは腐海に没します。
もしその計画が上手くいったところで,そんなところに腐海の毒にやられないようにマスクをした
ペジテの連中が大勢詰め掛けて,巨神兵をどうにか船に詰め込んで出発するのでしょうか?
なんか,作戦としてイマイチと思ってしまいます。

それに対してトルメキアだって,腐海を焼き払うために奪った虎の子の巨神兵を,
王蟲にやられたからといって不完全な状態で投入して自滅させるなど,
クシャナはあまりにも無計画な指導者であると言わざるを得ません。


ペジテの作戦はイマイチですがクシャナはさらにイマイチなので,クシャナの行動を修正して
やはり風の谷はそのまま王蟲に襲われてしまい,風の谷の住人たちは退避する,
というのが,あり得るストーリーと思います。

・・・なんか,もののけ姫みたいですねえ。

それで本当に人々が感動するか?それだけでは感動しないでしょう。

そこでナウシカが,王蟲をなだめるためにどうできるか?
王蟲後,巨神兵後に対してどうできるか?

恐らく,一晩かけてメーヴェで飛び回って王蟲に語りかけるでしょう。
そして,明け方前にすべての王蟲をなんとかなだめることができ,疲れて眠りこけてしまう。
王蟲が襲った風の谷で,マスクをつけたままで。

そして陽が昇り,王蟲が冷静になり,自分たちのためにこんなに戦ってくれたナウシカを認めて,
ナウシカへの感謝の念を込めて触覚を伸ばして,いまのラストシーンのような感じになり,
伝説の"青き衣の人"であった,と分かる,というのならばあり得るんじゃないでしょうか。


そうすると巨神兵の伏線は全く使わないことになりますが。
そうした場合,巨神兵は核兵器や原発と同じような存在になり,どうやって廃棄するかが
問題となりますが,敢えて触れずに終えるのも一案かと思います。


高畑さんはそういう案は思いつかれなかったのでしょうか。
思いつかれたとして,なぜこの案は3案に入らずに没とされたのでしょうか。
将来お聞きしたいようにも思います。


大西秀宜

http://onicchan.cocolog-nifty.com/

2013年5月15日 (水)

ジブリ汗まみれ「プロデューサー特論」の回を聴いて思ったこと

スタジオジブリの皆々様,とりわけ鈴木敏夫さんへ

下記を聴いての感想です。

■2013/05/14 昨年11月1日に早稲田大学で行われた講演、「プロデューサー特論」の模様をお送りします。
http://podcasts.tfm.co.jp/podcasts/tokyo/rg/suzuki_vol269.mp3

なんだか鈴木さんは,自分からあれこれ作りたいプロデューサーというより,
監督が作りたいものを横から意見を挟んで修正する係,みたいな感じに取りました。

しかしそういう役目は大事で,そういう人がいるからこそはじめて巨匠も真価を発揮できると思います。

逆に言えば,巨匠や権威・権力のある人に対して忌憚のない意見を言える人間はなかなかいないので,
高畑さん・宮崎さんにとっては,いなくてはならない貴重な人物となられていることと思います。

言い換えたら,鈴木さんでなくても,忌憚なく自分の意見が言える人がいれば,
ジブリのプロデューサーになれると思うのですが。

例えば野中晋輔さんとお話したことがありますが,やるべきことさえできない
一介のサラリーマン社員でしかなく,お話にならないと思いました。

巨匠でなくても,クリエイターでも俳優でも,王様でも,ちゃんと横でしっかり見て,
忌憚のない意見を言える人が必要とされていると思うのです。

その意見が,世間一般が言うことかどうかなんて関係ありません。
自分はこうしてくれたら必ずお金を払うだろう,という気持ちを,
自分も消費者の一人であるという意見を,素直に出すだけでいいと思うのです。

然るに,人間というのはどうしても自分の保身に走る習性があります。

自分を中心に世界は回っていると思っていますから,相手を気に入らなければ
いくらでも代えられるとも思っています。

その結果,親身になって言って嫌われかねずとも自分の思ったことを忌憚なく
言ってあげられるヒトは少数です。

だいたいは,嫌われないように,適当な褒め言葉を言います。
そして,相手が使い物にならないと見限れば,なにも告げずに離れていくのです。

いや,その少数の親身になって叱咤激励できるヒトでさえも,
その大部分はじつのところ,自分の経験からくる独断と偏見に基づいた主張を押し付けてくる,
人間は自信があればヒトにすべてを押し付けてきます。

いくら自分に意見があろうとも,それは客観性に基づいていないといけなくて,
言い換えると相手が自分の想像しなかったもっといい方法を提案してくれば,
それを受け入れる柔軟性も必要で,柔軟性なしに単に自分を押し付けるだけであれば,
そんな押しつげがましい人間はいないほうがましです。

そういう人間はプロデューサーになれないと思います。
クリエイターにはなれるかも知れませんね。ワンマン経営者にもこういうタイプは多いのでしょうか。

客観性を保ちながら相手にアドバイスできる人間,これは本当に少ない,希少価値と思います。
僭越ですが,AKBのファンで客観性を保った人間は,私しか見たことがありません。
日立製作所でさえ,私しか見たことがありませんでした。

客観性を持って相手にアドバイスできる人間,こういうココロを持ったヒトがいれば,
勉強などはたとえからきしできずとも,どこかでクリエイターのためになることができ,
クリエイターにとってなくてはならない存在になれると思います。

そういうヒトこそプロデューサーになれると思います。

コクリコ坂の例が出てきましたが,「対象年齢:全年齢」とされたとのこと,
コレは宣伝として失敗なのではないかと思います。
鈴木さんが決められたのか,はたまた宮崎吾朗監督がそう決められたのかも知れませんが,
焦点が定まらず,締まりのないビリビリウンコみたいな感じで,
結局誰に観て欲しい映画なのか私にはさっぱり分からなかったのです。

私が鈴木さんの立場であれば,「コクリコ坂は誰に向けた映画か分からない」
と言って,宮崎駿に対して脚本の練り直しを要求したところです。

風立ちぬも,鈴木さんは戦争を描くものにしたいと仰ったそうですが,
私からはどうも,面白そうなモチーフとは思えません。
昔の偉人伝を観たところで,どう感動するのか,なにを得られるのか,想像ができないのです。

カエサルくらいの偉人であれば,自分は世界をこうしたい!というのを描けると思うのですが,
一介のゼロ戦職人では,挫折を描いて,時代に翻弄されておお可愛そうに,
くらいになってしまいそうと思います。

けれどもそれで,現代のヒトにどう訴えられます?
現代のヒトは仮に感動しようとも,
「コレは第二次世界大戦中のハナシであり,現在の戦争など考えられない平和な日本では,
 なにも参考になることはない」
などと短絡的に考えてしまうと,私は思うのです。

その考えを打破するだけの,強烈な描写などがあるのでしょうか?

私は最近思うのですが,映画はもっと,現実をえぐり取るべきと思います。
たとえナウシカやトトロ,ぽんぽこみたいな作品で自然環境保護を訴えられたとしても,
それはあくまで娯楽作品のお話であって,高畑さん宮崎さんが伝えようとする,
自分からなにかをしようという意識にまで結びつくのは難しいと思うのです。

人々に対して,本当に自ら行動してもらうためには,人々に対して直接的な表現で
「こうしてほしい!」と説得するしかないと思うのです。

そう考えて,コクリコ坂を思い返すと,大人がいい人過ぎます。
あんな大人などいないと断言してもいい。

たとえば実際は大会社の社長なんか会社のために悪いことをアレコレと考えています。
日立製作所の中西宏明社長はじめ経営陣や取締役連中なんか,法律違反を平気で隠蔽します。

だからこそ,架空でいいから,若者たちが悪徳な大会社の社長などと対峙してヒト騒動起こして,
会社を崩壊させ,社長をギャフンと言わせるようなストーリーを作って欲しいと私は思うのです。

なんだかそれは,ホルスの中で,ホルスたちがグルンワルドとの戦いに勝つことを現代社会に
置き換えたようなストーリーと思うのですが,そういうのだってあってもいいと思うのです。

然るに,脚本の宮崎駿さんは,徳丸社長をはじめ,若者にとって都合のいい上司像を
ついつい提示してしまっていると,私などは思います。

宮崎駿はもっと若者に抗って欲しいと思います。
ジブリ内部では抗っているとのことですが,むしろジブリ外部で,
作品のなかで,若者に抗って欲しいと思うのです。

ジブリのみなさんは,いまの若い人たちにどういうモノが残したいか,
自分たちの考えることを作品で表現することを,もっともっと考えていただきたいと思います。

話は変わって。

鈴木さんや昔のヒトは,5億かかったから5億儲けようと思ったが,
いまのヒトは発想が逆で,2億儲けたいから1億で作ろう,という考えになる,
と仰っていましたが,
コレは,ヒトになにかを与えることを考えず,ヒトからなにを搾取するかという
マネーゲームに走っていることを表していると思います。

昔は監督になりたい人間ばかりだったが,いまはプロデューサーになりたい人間が多い,
と仰るのも根本は同じです。
プロデューサーになって金儲けがしたい人間が増えただけです。

金儲けとは,けっきょく即物的に考えることと思います。

しかし人間が生きていれば,即物的な考えを離れて,もっと人々に対して
あれこれと伝えねばならないと思うことが出てくると思います。
いまの社会に問題があり,変える必要があると思っている人間は特にです。

そういうヒトは,お金儲けなどまったく考えておらず,自分の行動は単に
大勢の人々に伝えるための手段になります。
アニメ映画を作るのだって手段のひとつです。

だから,作品に必要なお金をキチンとかき集めてきて,その分だけ回収できれば,
また次に繋がるという考えに繋がるのだと思います。

そして,以前書きましたが,主張は1回やればいいのではなくて,2回3回,十回,百回,・・・と,
重要と思うことは手を変え品を変え,何度でも継続して繰り返して伝えるのが必要と思います。
人間はそれくらい言わないと,理解しません。

「ヒトは変えられない,自分は変われる」なんてしゃあしゃあと
言う人間がいることからも分かるでしょう。

ヒトは変えられます,ヒトを変えられないのであれば,偉人伝なんか必要ありません。
けれども,ヒトを変えたければ,その100倍自分は頑張らないといけません。
100倍頑張って,100倍ヒトよりも変われた人間が,自分から手本を示すことにより,
ようやく相手を1倍変えられるのだと思います。

だからこそ,何度も何度も継続して主張することは大事だと思うのです。

しかし,万物には新陳代謝がありますから,その主張のために1回1回刹那的に
人材を使い果たすのでは,どこかで立ち行かなくなります。

そういう観点から見ても,新しくスキルのない,けれどもヤル気だけある人を
常々補給し教育することをも,つねに考慮をしておく必要があると思います。
それが人材育成です。

いまは人材育成という言葉だけが独り歩きして,なんのために人材育成をするかが
分かっていない人が多いと思います。

いや,「人材育成」だけでなく,あらゆる言葉や概念が一人歩きし,それぞれの言葉や概念を
関連して思い浮かべることができず,コレはこの場合にのみ当てはまる,
アレはあの場合にのみ当てはまる,というふうに詳細な場合分け,カテゴライズを行い,
カテゴライズされてないものについては,ヒトの言うままに流されている人が多いと思います。

もっと言えば,そのカテゴライズさえ人任せにしている人が多いと思います。
だからtwiterなんかで,自分の意見を述べず,単にヒトの意見を横流しする
公式リツイートが蔓延するのだと思います。

自分からはなにも意見を発していないにもかかわらず,"公式リツイート"を行い,
意味もよく理解できていない言葉や概念の波の中に飲まれて自分を見失って
しまっているにもかかわらず,それを偉くなったと勘違いしている人も非常に多いと思います。
だからこそ私は,"公式リツイート"は,人々がなにも考えなくて済む,
悪しき仕様だと思っています。

とにかく,プロデューサーなり,クリエイターなりは,自分の思うことを
しっかりと主張し続けていくことが必要と思います。

それはプロデューサーに限ったことではなく,あらゆるものごとに必要と思うのですが,
ヒトのことを真剣に考え,ヒトに自分の意見を忌憚なく言える人間なんてまずいない現在,
自分の意見を忌憚なく言える人間は,それだけでプロデューサーなりクリエイターなりに
なれてしまうと思います。

さらに別の面から言えば,プロデューサーもクリエイターも若者はファッションとして
大勢志望しますが,プロデューサーなりクリエイターなりのマインドを持った人は
たとえば何百万人に一人とか,本当にごくわずかではないかと思います。

そう考えると,「プロデューサー特論」という授業としては,
あと一歩,プロデューサーなりクリエイターなりのマインドを掘り下げて
伝えて欲しかったと思います。

「プロデューサー特論」という講義であれば,鈴木さんがコレをすれば自分と同等になれる!
というノウハウをもっとストレートに言って欲しいと思うのです。

偉人は,目指す目標が難解で説明できないから偉人なのではなく,
むしろ目標は単純明快で一言で言えるが,いざそれを実行しようとすると
社会のつまらない風習に邪魔されてなかなか難しいことを,
社会のつまらない風習による逆風を全て打破して,最後までやり遂げるからこそ
偉人なのだと思います。

そういうことをもっと主張していただきたかったと思います。

大西秀宜

http://onicchan.cocolog-nifty.com/

2013年5月10日 (金)

ジブリ汗まみれ「ナウシカは日本を変えたのか?」の回を聴いて思ったこと

スタジオジブリの皆々様,とりわけ鈴木敏夫さんへ
下記を聴いての感想です。
■2013/05/08 ニコニコ生放送で企画された「ナウシカは日本を変えたのか?」の模様をお送りします。
http://podcasts.tfm.co.jp/podcasts/tokyo/rg/suzuki_vol268.mp3
ふと思い返したのですが,私はアニメにはあまり興味がなかったので,私がはじめてナウシカを観たのは,
1987年,小学6年生のときに,8月の終わりに友達とツアーでディズニーランドに行った
帰りのバスで上映していたから,たまたま観たのが最初でした。
しかし,なんて思ったかは忘れました。
ジブリ作品をちゃんと観るようになったのは,1990年に魔女の宅急便のビデオが
まだ新作扱いだったときに,レンタルビデオ屋で借りてきてからです。
そんなことを思い出しました。
ナウシカの映画では背景が説明されてないから,オープニングのタペストリーで前史を説明する,
というのが高畑案と聞きましたが,私もあれは前史だといつごろか気づきました。
なかなかよくできた構成だと思いました。
しかしじっくりとタペストリーを見たわけではないのですが。
(ジ・アート・オフ ナウシカに大々的に載っているのも知ってはいますが)
自然を大事にしなきゃ,って大勢が言っている,というのを鈴木さんが見て,
人々が踊らされていると取られたとのことですが,私も踊らされていると思います。
結局人間は踊らされるものだと思っています。
自分で考えているわけではない,誰か偉いヒトが良いといったものに,
そのヒトのファンが飛びつき,そのファンの周りのヒトが飛びつき,少しずつ広がっていく。
そのムーブメントをより強いものにするためには,"誰か偉いヒト"が継続して,
自分の意見を主張し続けることこそが必要だと思っています。
たとえば,ジブリでは1作だけ作っただけでは92万人でしたが,魔女の宅急便でガッと増え,
もののけ姫でガガガっと増えた。これも継続してこそはじめて認められたものと思います。
しかし,まだまだ自然環境保護などは人々の心の底には根付いていないと思います。
ハイブリッドカーが流行るのも,自然環境保護について人々が理解したことが理由というよりも,
ハイブリッドカーが流行っているからとか,減税などがあったから,というのが主な理由と思います。
だからこそ,原発の停止論をいくら騒いだところで,再稼動が決まってしまったのです。
真の意味で自然環境保護などを訴えたいならば,さらに一段上の立場で世界に向けて発信して
いくべきと思います。
ちなみに,"誰か偉いヒト"と書きましたが,本当は"誰か志のあるヒト"であるべきと思います。
志を持つヒトが,偉いか有名かどうかは関係ありません。
しかし,志を持ったとしても,匿名の一市民では太刀打ちできないのもまた事実です。
強い志があれば,大勢に流される一般の人々といずれ意見が異なるようになり,
そのときにヒトから叩かれて,それさえも論破して打ち勝てるようになるのです。
そのためには名前を出すことも必要ですし,自動的に有名になり,偉くなってしまいます。
有名でなければ主張も通せませんし。
ナウシカが子供2人を救ったことは客観的には意味がないと仰るくらいに,
宮崎駿さんも現実主義者であり,また宮崎さんは「理想を失わない現実主義」が
必要だと仰るとのことですが,
私はそれはそうと思いながらも,やはりナウシカが子供2人を救ったことに意義があると思います。
自分が一人になればできないような空論だけを言っている人間だけではなく,
「自分が手本として2人助けたのだから,あなたも1人は助けられるでしょう。」
そう言ってヒトに対して説得して回れるリーダーこそが必要と思います。
宮崎駿さんは現実には「その2人を救ったって意味がない」と言ってしまうとのことですが,
やはりそれでも敢えて助けられる人間になれることは必要と思うのです。
私は率先して手本を示す主義ですから,主張を曲げずに,日立製作所から懲戒解雇された上に,
ドイツ亡命という苦境に遭っています。
しかし,それでさえも希望を失わずやっていけている。
そのレベルで「理想を失わない現実主義」を守っていると思っています。
僭越ながら,いまの私の勇敢さはナウシカにも勝っていると思っています。
ですから,どなたかが仰った,ナウシカに対する負い目のプレッシャーは,私は感じていません。
むしろ,ナウシカはもっと大局的に全世界について考えて欲しいと思います。
(原作の内容どころか,映画の内容でさえも,もう大半を忘れてしまったのですが。)
ナウシカでイメージアルバムを作り,それを聴きながら曲の良い悪いを判断し,
本編に反映していく方法を考案したと伺いましたが,
検討の途中でもひととおり出来上がったものをとりあえず提示して売ってみる手法は,
じつはいまのAKBも採用していると思っています。
それがナウシカのイメージアルバムから始まったのかは分かりませんが。
調べたら,AKBのシステムの前身と言って良いおニャン子クラブは1985年結成とのことで,
1984年公開のナウシカと時期的にも同じようです。
案外おニャン子クラブは直接的間接的に,ナウシカの影響を受けているのかも知れませんね。
秋元康もアイドルを考える際に,安田成美を参考にしなかったわけはないと思いますし。
もしかしたら,1984,5年頃は,ウラも見せる,という時代の流れだったのでしょうか。
とにかく,高畑さんも宮崎さんも,これまで主張してきたことを,
さらに大きな声で言っていただきたいと思います。
カナダなどはDVDコーナーにジブリ作品があったのですが,ドイツのDVDコーナーにはなく,
まだまだ全世界に発信できるジブリにはなりきっていないと思いますので。
大西秀宜
http://onicchan.cocolog-nifty.com/blog/

2013年5月 7日 (火)

ジブリ汗まみれ「日活で行われたトークライブ」の回を聴いて思ったこと

スタジオジブリの皆々様,とりわけ鈴木敏夫さんへ
下記を聴いての感想です。
■2012/06/08 創立100周年を迎える映画会社日活で行われたトークライブ「鈴木敏夫に聞け!」におジャマしてきました。
http://podcasts.tfm.co.jp/podcasts/tokyo/rg/suzuki_vol227.mp3
最初は,
■2012/06/19 父の日スペシャル!子育て談議にマイクをむけてみました!
http://podcasts.tfm.co.jp/podcasts/tokyo/rg/suzuki_vol228.mp3
を聴いたのですが,イマイチ内容がないと思ったのでもうひとつ聴きました。
ちないに私は,子供が生まれたら,どれだけ子供が思っていることが理解できるかを
試してみたいと思っています。
「鈴木敏夫に聞け!」について,こういう企画を社長自らができるところが,
日活はまだ自由な社風だなあと思いました。
日立製作所は社長がそうではありませんでした。
組織というものはトップがいいかげんだと下はそれ以下の集合にしかなりませんから,
トップのモチベーションが大事だと常々思っています。
鈴木さんの若かりしころからのメディアミックスのお話は,実感として分かります。
けっきょく,メディアミックスがどうのということではなくて,もっと単純に考えると,
現在の人々に必要なものをタイムリーに出していかなければならない,
そのためにはなんでも屋が本来いるはずと思うのです。
しかし,世界はなんでも屋で儲けられる才覚のあるヒトはごく少数で,養老孟司さんの仰るように
大半は人工物に囲まれて,その人工物の中でなんとか仕事になる単位に細分化されて
しまっていると感じています。
その,細分化された一部分が儲かることだけを,たとえば大映の社員が大映が儲かることだけを
一生懸命考えるからアイデアが出なくなってしまうのだと思います。
そうではなく,徳間康快さんが仰ったように,とりあえず現在の人々に必要なものを
全員が垣根を取っ払って考えてみるのが第一で,それを全員で真剣に考えるべきと思います。
それが自分の狭い職業に還元されるかどうかは次の問題にすべきと思います。
ところが,日本の会社は,自分の職権を越えることを,行うのがおかしいのはもちろんなのですが,
それを考えることさえもいけないこととして,職権に与えられた権限を越えないようにさせる,
そうやって自分の権益を守る狭量な人間で溢れてしまっています。
それこそが,日本の真の問題と思います。
徳間康快さんは,メディアミックスを仰ったのにも関わらず,鈴木さんの案を一蹴されたとのこと。
私ならばそうしないと思います。
ホルスのときに案を持ってきたのが宮崎駿だけだったように,案を持ってくる人間は
それだけで非常に貴重な存在であり,その案を上手いこと結実させることをOJTでやらせてみる。
そういう上司こそが優れた上司なのだと,私は考えています。
もちろん,そうやって補助をしてやっと出てこれるヒトは,秀才止まりとも思います。
補助をしなくても出てこれるような雑草のような魂を持っている人間こそが,
日本を引っ張っていける天才と思っています。
しかし,社長というものは自分から進んで企業を繁栄させないといけないので,
天才だけでなく秀才の育成も考えないといけないと思います。
徳間康快さんは,自分で作り上げた会社の社長としては,
「バカヤロー,そんな簡単なものじゃない。」と仰ったことは間違っていたと思います。
質疑応答で,ジブリの社員でTPPを勉強されたと仰いましたが,その結果は仰いませんでした。
どういう結論に至ったのか教えていただけたら,もっと興味がありました。
私は,以前から言っていますように,日本の高コスト体質は官僚独裁主義が真の問題と
思っていますので,TPPを促進して,日本の利権構造を潰してしまいたいと思っています。
そういう戦略で行って欲しいと思います。
その上で,国産だ自給率だと言うのであれば,個別案件として知恵を出し合えば良い。
自給率だ云々は次の問題,いわば戦術と思います。
いまのTPPの議論は,戦略と戦術がごっちゃになっているのです。
また質疑応答で,ダメな(仕事ができない)社員は排除しない,と仰いましたが,
その姿勢はいいと思いました。
やはり誰しもなにかいいものを持っているし,それを引き出せないようではプロデューサー失格,
いや人間失格と思っています。
しかし,現実には人間失格なヤツらで世界は溢れています。
それもひとつの大きな問題と思っています。
職権の垣根とか力量とかの先入観を越えて,自由闊達にさまざまなヒトが議論できること,
言い換えると,社長の発言だから熱心に聞くとか,○○の発言だからブロックするとか,
そういうことのない社会にしていきたいと思います。
大西秀宜
http://onicchan.cocolog-nifty.com/blog/

2013年5月 1日 (水)

ジブリ汗まみれ「山口智子さんとの対談その3」の回を聴いて思ったこと

スタジオジブリの皆々様,とりわけ鈴木敏夫さんへ
下記を聴いての感想です。
■2013/04/30 全3回にわたって山口智子さんとの長野県・小布施での対談の模様をお届けします。【その3】
http://podcasts.tfm.co.jp/podcasts/tokyo/rg/suzuki_vol267.mp3
今回はあまり指摘するところもありませんでした。
北斎と広重のハナシが出ていて,私はどちらもあまり詳しくないので調べましたが,
2人は37歳離れていたそうですね。
私がいま37歳ですから,私がちょうどいま生まれた赤ちゃんがライバルになる,
という心境を北斎は味わったということになります。
けど,私などは,37歳も下であれば,すごいものはすごい,と思ってしまいます。
また,いまの会社などであれば,37歳であれば課長か係長にはなれており,
赤ちゃんが成人するまでには部長かさらにそれ以上になれています。
にもかかわらず,北斎は広重をライバルと思ったのでしょうか?
思ったとすれば,江戸時代,というか絵師には階級の概念がなく,
ただ売れるか売れないかそれだけの,非常にシビアな世界であった,
ということが言えると思います。
しかし,シビアな世界であろうがなかろうが,プロデューサー的気質なヒトであれば,
広重が自分よりも優れている!と思えば,これをどうにかしたいと思ったと思うのです。
北斎は自分が職人であったがために,プロデューサー的気質はなかったのかなあ,
と思ってしまいます。
宮崎駿もそうですよね。職人と思います。
となりの山田くんのときの,高畑,田辺,宮崎の関係が出てきましたが,
宮崎さんにプロデューサー的気質があったとすれば,高畑さんの前に行って,
「高畑さんの思うイメージとはどういうものなのですか!?描いてくださいよ!」
と言って,ラフな絵まで描かせてしまうと思います。
そうはせずに,宮崎さんは自分で描いてしまった。
それを,山口さんも鈴木さんも,田辺さんに対する宮崎さんの優しさ,と仰いますが,
私は,なんでもいちばんにイメージしてみたい,宮崎さんの好奇心&闘争心が
沸いただけと思います。
私が宮崎さんに1回ジブリでお会いしたとき,写真を撮っても視線を逸らされた,
と書きましたが,がっかりしたのはそれだけではないのです。
そのとき,加藤登紀子さんオリジナルの地酒を持参したのですが,
それを宮崎さんは,「これもらったことある」と仰い,ありがとうとも仰いませんでした。
初めて会う19歳のファンから,ものをいただいてありがとうとさえ言えないような人間が,
優しいと思えますか?
私は思いません。
加藤登紀子さんと私の故郷多可町中区は,それなりに関係があります。
日本酒でいちばん有名な山田錦という酒米の元になった,"山田穂"という品種を
偶然見つけたのが,中町東安田,いまの多可町中区の山田さんという方であった,
という縁があり,ちょうど紅の豚の年だかに,日本酒を愛好する加藤登紀子さんを
招いて,中町オリジナル酒を造ったのが始まりで,毎年"日本酒の日コンサート"
を開き,加藤登紀子さんを多可町中区のベルディーホールに招いているのです。
(ちなみに私は,多可町中区曽我井出身で,東安田からも数百mの距離です。)
たとえば:
http://www.takacho.jp/verde/2011/yamadanisiki/yamadanisiki23.pdf
しかし,いくら加藤登紀子さんから既にいただいていようが,いただいたものに
感謝する姿勢は,人間として必要と思います。
そういうココロが,宮崎さんにはなかったのです。
私は,そういう点からも,宮崎駿に対する評価は,世間一般のヒトが
思うものよりは低いです。
そのコンサートを行っているベルディーホールも,1990年に,本来は残すべきであった
鍛冶屋線という鉄道を廃止する代わりに作ったハコモノです。
私は,ハコモノを作るくらいであれば,鍛冶屋線をなんとか残し,そこから,
人々の繋がりを形作っていくべきだ,と,中学生ながらに発信していました。
そういう趣旨で,弁論大会にも出ました。
田舎の,ハコモノマンセーのアホ連中には評価されませんでしたが。
しかし,私には,この亡命を成功させ,富を得て,鍛冶屋線を復活させたいという
夢があります。
1990年当時に,中学生が田舎で鉄道の重要性をいくら説いても,誰にも見向きも
されませんでしたが,いま京都議定書をベースに,原発事故などの経験もあり,
鉄道がどんどん見直されています。
三陸でも鉄道での復活を前提に進んでいるようですし,わずかですが,
広島でも廃線になった鉄道が復活している事例もあります。
私は,日本の,いや世界のいまの流れを変えたいと思っています。
Hidenobu Onishi
Op de geest 45
25884 Viöl
Deutschland
+49-151-2558-8795
大西秀宜
http://onicchan.cocolog-nifty.com/blog/

2013年4月30日 (火)

ジブリ汗まみれ「山形市・シベールアリーナでの鈴木敏夫講演会」の回を聴いて思ったこと

スタジオジブリの皆々様,とりわけ鈴木敏夫さんへ
下記を聴いての感想です。
■2012/10/05 山形市・シベールアリーナでの鈴木敏夫講演会
http://podcasts.tfm.co.jp/podcasts/tokyo/rg/suzuki_vol235.mp3
ほんとうは,
■2012/11/08 渡辺恒雄さんが語る、盟友・氏家齊一郎氏について。
http://podcasts.tfm.co.jp/podcasts/tokyo/rg/suzuki_vol241.mp3
を聞いて書こうと思ったのですが,あまりにもネタにならなかったために
仕方なくもうひとつ聞いてみました。
渡辺さんの声が聞き取りづらくて,よくわからなかったというのもあります。
東大卒で新聞社に勤めたならば,もっとヒトをひきつける話術がないのか?
と思ってしまいます。
私は,最も頭のいい人間とは,アホに対してわかりやすく興味を持てるように
説明できる人間だと思っているのですが,渡辺さんはそうではないと思いました。
どちらかといえば,人々に支持されるヒトというよりも,権力をうまく使って
のしあがった,サラリーマンの典型というふうに思えました。
さて,本題の鈴木さんのお話なのですが,こちらは他の回にてお聞きしたような
ことと思いました。
鈴木さんは尾形さんをプロデューサーのあるべき姿として神格化されているようですが,
私は,ある面では尾形さんに倣いたいと思いながらも,全てを支持するわけではありません。
尾形さんはけっきょくのところ,よくできたサラリーマンプロデューサーだったように思います。
私もワーカホリックなところがあるのですが,宮崎さんも高畑さんも鈴木さんも,
それから秋元康さんなんかも,みんな,自分のやりたいことに一生懸命で,
1日8時間労働なんかできっかり仕上げられない,と思われていると思います。
それは,自分が生涯のうちで表現したいことはたくさんあり,1日8時間労働なんかでは
キチンと表せないと思われているからです。
しかるに,尾形さんは,定時で切り上げてカラオケに行かれたのですから,
1日8時間労働で表せる分だけ表したらそれでよし,という考え方だったと思われます。
鈴木さんはじめジブリの人々のように,カネは欲しいけれどもクチは出して欲しくない,
クリエイティブな能力が有り余っているヒトにとっては,それでもいいでしょう。
しかし,鈴木さんもうすうす気づかれているように,クリエイティブな能力を持ち,
それを,たまの気まぐれに思いついたときだけではなくて,何日も何日も継続的に
出していける人間は,世界に数えるほどしかいません。
もし鈴木さんが徳間書店にいなくて,アニメージュに鈴木さん以外を就けざるを
得なかった場合に,では尾形さんはどれだけのことができただろう,とも思います。
アニメージュはもっと散々な出来で,数回発行した後に廃刊になっていた可能性も
じゅうぶんにあると思っています。
それは,尾形さんがバンダイに招かれたときに,「半年くらいブラブラ遊んでくれ」
なんて言葉を真に受けて,バンダイに行かれなかったことからも明らかと思います。
私であれば,常務の肝いりでバンダイに行けるのであれば,遊べと言われたとしても
遊ぶのではなく,常務の威を借りてあれこれと自分のやりたいようにやります。
尤も杉浦さんも,何十年間勤めた徳間書店から環境が変わる尾形さんを気遣って
遊んでくれと仰っただけで,本心ではバリバリやって欲しかったのではないかと思います。
(尤も,名前だけを必要とし,必ずしもバリバリやってほしいとは思っていないような
経営者も多いと思っています)
ヒトと話をするときも,小説を読むときも,映画を観るときも,
自分がその立場になればどう動けるだろう,と考えてみることが重要と思うのですが,
"自分がその立場になれば"とつねに考えられるヒトは非常に少ないです。
私の知る限り,私しかいません。
私は,高畑さんにかつてお会いしたときに,評論を指摘して
「この作品を観てみなさんも考えてみるべきだ」みたいなことをよく書いていることを
指摘して,作品を観てなにかを受け取ったにも関わらず,それを自分で判断せずに,
ヒトに判断することを委ねる姿勢を,批判されていたのを目の当たりにしました。
それに刺激を受け,どんな作品でも,いや森羅万象,必ず自分で判断するクセをつけてきました。
ですから私はいいのですが,世界の人々は全く自分で判断しません。
いや皆自分では判断していると思ってはいるのですが,その判断基準が,
長年培った勉学をはじめとした知見からではなく,
周りのヒトがどう思っているか,すなわち"空気を読む"ことだけに拠っていることが
問題と思っています。
もし,"空気を読む"人々の先手に回って,日本政府が工作員を大勢雇い人々の中に拡散したら?
その上で,好戦的気分を醸成したらどうなるでしょうか?
とくにインターネット上など,IDを変えればいくらでもなりすましができます。
近年まさに"空気を読む"ことを強要する雰囲気が台頭してきたことは,
非常に由々しきことと思っています。
Hidenobu Onishi
Op de geest 45
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大西秀宜
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2013年4月28日 (日)

ジブリ汗まみれ「2013年の夏に公開予定のスタジオジブリ新作映画」の回を聴いて思ったこと

スタジオジブリの皆々様,とりわけ鈴木敏夫さんへ
下記を聴いての感想です。
■2013/01/22 2013年の夏に公開予定のスタジオジブリ新作映画、発表会見の模様をお届けします。
http://podcasts.tfm.co.jp/podcasts/tokyo/rg/suzuki_vol249.mp3
もう古聞になりましたが聴いてみました。
鈴木さんが氏家さんから,高畑作品を作るように言われてほっとした,
という話を聞いて,それは違うだろう,と思いました。
もちろん,会社の下っ端であれば,嫌な仕事は放っておく,ということも
あり得るでしょうが,鈴木さんはジブリの責任者というべき立場であり,
高畑さん宮崎さんはじめ優秀なスタッフを抱えられているのですから,
彼らがそれなりに働ける場を作るのが仕事であり,
それはイヤであっても実行せねばならないと思います。
私などは日立製作所時代,嫌とかどうとか関係なくて
どれも真剣に取り組みました。
必ずしも上手にできなかったものもありますが。
その上で,高畑さんは,となりの山田くんで大惨敗し,ある意味このままフェードアウト
される可能性もあったのですから,最後の花道という意味でも,いやこれから何作も
作る意思を持ってもらうという意味においても,もっと早めに
ヤル気を起こしていただきたかったと思います。
高畑さんが昔からやりたいと仰っていた平家物語は,なんども検討したけれども,
優秀なアニメーターである田辺さんがやりたがらないとか,
ひょっとしたら現代との接点が見出せないという理由もあったのかもですが,
そういう理由で没になったとのこと。
しかし,鈴木さんはお金を持ってくる立場なのですから,田辺さんでなくても
誰か優秀なヒトで,殺戮を描けるヒトを引っこ抜いてきて据えるとか,
また高畑さんに対しても,アニメーターの才能を搾取するだけではなく,
自分から普通の才能のヒトであっても優秀に育てなくちゃいけないでしょ,
とか言いくるめるべき,立場におられると思うのです。
しかし高畑さんも,偏屈過ぎると思います。
電話で,挨拶として「お世話になっております」と言われて,
「私はあなたをお世話してない!」なんて電話を切ってしまうなんて
既に高名な方ですから許されるようなものの,名前がなければ許されない行為です。
例えば私が同じようなことをすれば,明らかに信用をなくします。
けっきょく高畑さんは,ご自分の名声にあぐらをかかれているところがあると思います。
もっと,頭を垂れていただきたいと思います。
低姿勢で,さまざまないいところを感謝する。
それがヒトに自信を持たせ,ヒトを成長させるのですから。
ちなみに私も,挨拶代わりに「お疲れ様です」って言われて
「疲れてなんかいません!」というタイプの人間で,
であればどういう挨拶を言えばいいのかアレコレ考えたのですが,
たとえば「ご苦労様です」もまた,苦労させてないと言われる上に,
上から目線の言葉らしくて,挨拶ってほんとうに難しいと思います。
「有り難う」だって,「そんな難しいことしてるわけじゃありません」
なんて言い返される可能性もあるわけでして。
挨拶って意外と難しいと思っています。
先ほど,これを聴くにあたって,竹取物語の現代語訳をざくっと読んだのですが,
確かに仰るとおり,かぐや姫がどう思ったかは全く書かれていないと思いました。
求婚した男たちは,最初からかぐや姫から要求された品物など見つからないと
ハナから考えてニセモノを作ってしまい,かぐや姫もオンナの第六感,
または異星人のカンでそれを感知するところまでは行かなかったようですが,
もし,1人が,本当にはるか彼方の国まで行き,「探し回ってもなかった」と,
正直にかぐや姫に伝えたとしたら,かぐや姫はその男はぞんざいに扱っただろうか,
と思いました。
私ならばむしろ,そこでその男と結ばれてしまって,メデタシメデタシ,になるストーリーを
考えてしまいます。(斧のハナシみたいですね)
しかし,それでも月からの使者はやってくるのですから,そこでまたひと悶着あるはずです。
かぐや姫からの無理難題にも素直になれた男は,月からの使者の前にも臆することなく,
「かぐや姫を守る!」と言い切れたと思います。
かぐや姫は,その男に対してなら本当に恋をしたでしょう。
その場合,かぐや姫は,オンナとして,本当に冷酷になれるのか・・・?
なんか別の物語を考えてしまいます。
鈴木さんは,高畑さんがなかなか動かなくて,脚本を10ヶ月も悩んで,
その後ヒトに入ってもらって書いていただいた脚本をコテンパンにけなして
いいものにしていく,と仰ってました。
であれば,鈴木さんが,この物語を作品にしたらいいだろう,
というものを思いついて,それをライターさんに脚本の草案として
書かせたらどうでしょう。
すると,高畑さんは持ち前の好奇心から,それについて間違いなく
コテンパンに批評を加えるでしょう。
であれば,そこから,新しい作品に繋げてもいいと思うのです。
高畑さんが脚本だけコテンパンに修正して書き直すところを担当して,
その後監督はたとえば宮崎吾朗さんとか米林宏昌さんにお任せするという
作り方もあるのではないかと思います。
平家物語だって,そうやって高畑さんをその気にして,脚本だけか
監督までもしていただくかどうかわかりませんが,田辺さんにも手伝っていただく。
が,殺戮は苦手とのことで殺戮以外のシーンをやっていただく。
そういうけしかけ方はできませんか?
オンナはワガママに限る,という氏家さんの言葉は名言と思います。
いやオトコだってワガママでいいと思うのですが。
私も,自分の信念のためには,めちゃくちゃワガママと思っています。
とはいえ,高畑さんほどのワガママだとちょっと困ると私も思います。
風立ちぬで,堀越二郎はドイツに留学したのですね。
第二次世界大戦前の当時からドイツって日本から一目置かれていたと思うのですが,
それをさしおいても,たまたま私がドイツに亡命申請しているのは
偶然にしてもよかったと思います。
最後に,↓こんなコト書いているヤツがいるのですが,
hidenobu onishi 忍法帖【Lv=40,xxxPT】
http://anago.2ch.net/test/read.cgi/tubo/1355273129/l50
886 :最低人類0号:2013/04/28(日) 21:23:59.53 ID:sXQ2NF6F0
大西、総理自ら説得に来たら応じるか?
自分がどれだけ騒がれる問題行為を行っているか
気付いてないのか?
今日からロシア、サウジアラビア、UAE(アブダビ、ドバイ)、トルコの
歴訪に出かけたアベシンゾーが,私にこっそり会いに来たりするんですかねえ?
さすがにないですよねえ?
あっても追い返すつもりです。
それでは
Hidenobu Onishi
Op de geest 45
25884 Viöl
Deutschland
+49-151-2558-8795
大西秀宜
http://onicchan.cocolog-nifty.com/blog/

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