ジブリ

2018年5月19日 (土)

”#アメリ”観た。面白かった。公開当時観てそこまで面白いとは思わなかったけど、42歳になって面白さがだいぶわかった。まゆゆはまずまず良かったけど、千穐楽に向かって仕上げて、その姿勢を評価されるように、この三週間ほどを頑張って欲しい。

Twitterで、天王洲銀河劇場って、丁度先月亡くなった高畑勲の「おもひでぽろぽろ」の舞台を確か2010年に観た・・・と思って調べたら、

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%8A%E3%82%82%E3%81%B2%E3%81%A7%E3%81%BD%E3%82%8D%E3%81%BD%E3%82%8D#%E8%88%9E%E5%8F%B0%E5%8C%96


”2011年4月に天王洲 銀河劇場にて上演”とあるので、東日本大震災の後、私がAKBを知るほんの直前のことである。

そのときに1回観て、内容も現代の農業のことがいっぱいあって、いやそこは「おもひでぽろぽろ」で描くべきところじゃないだろう、とか思った。

とにかく、たまたまその時に行った天王洲銀河劇場に、キネマ旬報の高畑勲追悼特集が出た日

http://www.kinejun.com/book/detail/tabid/89/Default.aspx?pdid=kinema_No.1780


に”アメリ”を観に行くというのも、なにかの縁と思う。


”アメリ”ってどんな作品だっただろう、と思って、イロイロと想像していたら、そういえば「おもひでぽろぽろ」の少女時代のタエ子とか、「赤毛のアン」の少女時代のアンとか、そんなのがそのまま大人になったような設定だったよなあ、と思っていた。

私の記憶は正しかったし、アメリの妄想って、大人になった後の人々が思うほど無用なものなのか?と思ってしまう。

たとえば、まあ私の経験でいうと、好きな女の子に対してどんな話をしようか、とかイロイロと想像して、けっきょく一言も話せなかったりするのだけれども、その想像したものすべてが、現実に起こらなかったのだから”妄想”なわけである。

そう考えると、人間って実はたくさん”妄想”をしている。


「・・・いや、異性と上手くやってけるかどうか?なんて妄想をするのはおかしい」

なんて言っているそこのあなた!

会社で、上司をどう説得するか?を考えて、無残に玉砕した経験はありませんか?

そこで玉砕したアイデアは、”妄想”ですよ?

いや、”妄想”じゃなくて上司のほうが悪いんだ!と言われるかもわかりませんが、そうであれば、上司とかさらにその上の上司、・・・果ては日本の社会までをも変えなければ、あなたが”妄想”していたという一般的評価は変わらないのですよ?


だから、そこまで問い詰めたところで、アメリの妄想は、人間が人間として生きていくために、大いにやっていい妄想である。

そこで失敗したって、そんなのは可愛い失敗。


そんなのがすごく上手く描けていて、まあ私も大学時代に観たと思って調べたら

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%AA


2001年公開で、記憶が違っていたけれども、”アメリ”ってこんなに傑作だったのだ、と改めて思い知った。


まあだから、まゆゆももっと演技を磨けるならば、もう一度観に行ってもいいかなあ。チケット代高いけど。


私もこれを書くついでに、キネマ旬報の高畑勲追悼特集の記事を読んだけれども、高畑勲もなんかアタマデッカチやったなあ、と思ってしまう。

私は彼ほど細かい知識はないけど、そのぶん創造するのは得意と思うし。


・・・・いやまあでも私も博識なほうかなあ・・・私もある分野だけを知っている、というわけじゃなくて、いろんな人のところに顔を出して、それなりに話ができるし。

私のことを博識と言ってくれた人もいるし。

2018年4月 7日 (土)

高畑勲さん逝去に関して思うこと。辛口批評です。

私は、中学生の頃に「魔女の宅急便」がよく流行っていて、まず宮崎駿のことを知った。

その後に「おもひでぽろぽろ」の監督をする高畑勲さんのことを知って、「おもひでぽろぽろ」では宮崎駿の師匠、という扱いで大宣伝をしていた。

なんでもかんでも”動き”で描いてしまう宮崎駿に対して、高畑さんは、あたかも静物画をいくつか見せてその違いの面白さを解釈するような、そんな作風だと、私は感じた。

まあ私は「赤毛のアン」は原作も好きでよく例に挙げるけれども、その原点ともいえる「アルプスの少女ハイジ」の成功は、高畑勲の功績として大きいと考える。

というのも、私は高畑勲のこれらの作品から、別に空を飛べなくたって、フツーの人間だって、作品はいくらでも面白おかしくできると考えている。

「赤毛のアン」「じゃりン子チエ」「火垂るの墓」「おもひでぽろぽろ」なんて、魔法もないし、ちょっと変わったペットも出てこないし(・・・いや小鉄とかは出てくるけどアレはペットちゃうしなあwww ・・・アレは魔法みたいなもんか? いやアレは猫の世界を想像しているだけで、猫と人間のやりとりってなかったと思う)、すごくリアルな作品の作りと思う。

私が映画や舞台を見るときも、全部これらの作品を観たのがベースになっている。


そう考えると、「アルプスの少女ハイジ」なんて、まだ保育所に通っている頃に再放送で観て、けど保育所の私にはハイジのフランクフルトでの生活が辛くて、2回目以降観ていられなかった。

まあ大学生になって観返したら面白かったけど。


映画とか舞台とか観ても、ついつい3DCGとかであり得ない設定をすぐに出してくるのが多くて、そんなに設定で凝らなくても、身の回りの表現で面白いことはたくさんあるだろう、とついつい思ってしまうのも、高畑勲の作品から学んだといっていい。


けどやっぱ、「火垂るの墓」だって、高畑さんは、一般の人々に対して、清太はもっと我慢すべきだったと思って欲しいと考えて描いたようなことを繰り返し言われていたけれども、そうであれば、どうしても他の戦争映画と似てステレオタイプになってしまう空襲の描写にも拘られて、けっきょくほとんどの人々がステレオタイプな戦争映画と考えてしまったのは反省点だった。

そしてその反省点を、釈明をされることはあっても、反省して改善されることはけっきょくなかったと私は考えている。


「おもひでぽろぽろ」も、高1のときに私は素直に感動したけれども、映画サークルの20代の女性には、田舎での結婚を強要している、として不評だった。

私も改めて考えると、原作から得た小学生のタエ子のエピソードは面白いけれども、大人のタエ子ってなんで旅に出たのかとか、”自分探し”とかちょっとバブル過ぎるし(いや私はバブルを実感しなかったけど)、タエ子が”農家の嫁になる”ことに悩むなんて、なんか全然リアルに思えないし、いまとなってはそこは違うと思っている。


じゃあ小学生のタエ子のエピソードを繋げるだけで作品を作るとするとどうなるか、というと、「赤毛のアン」にしかならないとも思うけど。


私もその後イロイロと経験して、高畑勲はまあ言っちゃ悪いけどずっと演出家としての生活しかしてこなかったし、私はシステム設計者から、ドイツに亡命して1年強ドイツにいたり(強制送還されても報道されず隠蔽されたし)、弁護士が見つからないので本人訴訟を起こして、法廷闘争で自己弁護したり、中核派に入ったり、その間いろんな職業を転々としたり、と、ホンモノのルパン三世顔負けの生活をしている自負はある。


高畑勲だって私のことを知らないはずはない。

だって、何度も書くけど、私は1995/10/29の高畑さんの60歳、還暦の誕生日に、高畑さんら山陽新聞の記者さん含む数人が、滋賀県大津市の石山寺に参られるというので、私もファンだから強引に参加させてもらったけど、高畑さんと2人きりになったときに高畑さんが

「私が個人的に喋ったことを他言しないでください」

みたいなことを言われて、それは、私がその前に、なんかの機会で高畑さんが言われたことを、高畑・宮崎作品研究所の叶精二に対してメールしたものを、叶精二が私にも返信することなく、そして許可を得ることなく、勝手に高畑・宮崎作品研究所の会報に掲載したから。

私も、叶精二に対して私的に会話するつもりだったのに、それがなくて公にされて、悪者になってしまった。


今回、叶精二が高畑さんからの年賀状を掲載しているけれども、どうも叶精二には「自分は高畑さんと懇意だ!」みたいなのを主張したいのを、22年半以上経ったいまも感じる。


いやしかし、私は高畑勲を尊敬してはいない。

「おもひでぽろぽろ」で高1のときに感動して、高2のときに、明石映画サークルの上映会で明石に来られると知って、明石まで行って、翌日の懇親会にも参加したけど、確かそのとき高畑さんが、どういう拍子か忘れたけれども

「つり合いってあると思います。結婚するのに高校卒と大学卒だと話が合わない」

みたいなニュアンスを言われていて、私はそんなのゼンゼンないと思って、それは違うだろ!と高校2年ながら思った。
さすがに言い出さなかったけど。

私はそれでもその当時は東海道新幹線を動かしたかったしJR東海に入りたかったし大学には行きたかったけれども、自分の嫁がどこ卒とか気にもしないぞ、と思った。


・・・・まあそれが42歳になったいまだ独身で、AKBの中高生を相手にしてアレコレ言っているんだから、ある意味有言実行やなあ。

高畑勲なんてジブリの大人に対して教えたことはあっても、子供に対して教えたことなんてそうそうないし。


もちろん、高畑勲がアニメーションで子供に対して教えたことはいっぱいあるとは思っているよ。

けど、作品にして教えられるモノって半分であって、やっぱ残り半分は、自分が地道に主張していくしかない。

私は、高畑勲も、いやそれだけでなく宮崎駿も、自分が地道に主張していくことからは逃げていると考えている。


いつだか、宮崎駿が、政治的に突っ込んだ質問をされたときに、

「自分は文化人だから」

とか抜かしたのは、もう心底腹が立った。



私は最底辺で文化人じゃない。

宮崎駿だって、「大西すごい!」って言えば私は言論土台に上がれるのに、宮崎駿だって忖度して、私を”文化人”にしていないくせに、「自分は文化人だ」なんてほざいているだなんて!!!

だいたい宮崎駿なんて、私がハタチくらいのときか、ヒトとツーショットの記念写真を撮るときだって、わざと横向いとるくらいひねくれたヤツやからな。

宮崎駿こそいますぐにでも死んじまえよ。

2018年1月 3日 (水)

てか叶精二のナウシカの解説を読んで知ったけど、二木真希子さん亡くなってもたんやなあ。

https://togetter.com/li/1070166

叶 精二 @seijikanoh 2017-01-13 22:19:24
ナウシカの幼少期の回想、二木真希子さん(故人)。テレコムよりノンクレジット参加。繊細な線描が見事。



二木真希子さんって、アニメーターってフツー動物とか機械を動かしたいと思うモノやけど、ただ一人植物の動きにこだわった人やった。

魔女の宅急便のオープニングも印象的やけど、やっぱり、マイナーやけど、おもひでぽろぽろの紅花の描き方がすごいと思った。

いやアレアニメーションでやる必要があるのかワカランけど、ライブアクションじゃなくて(・・・・たぶん・・・・)自分の目で追ったところには意義があると思う。


けど、(故人)とあるので検索したら、ガチで亡くなったんやなあ。



https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%8C%E6%9C%A8%E7%9C%9F%E5%B8%8C%E5%AD%90
二木真希子
二木 真希子(ふたき まきこ、1957年6月19日 - 2016年5月13日)は日本のアニメーター。大阪府出身。



てか亡くなった日は伊達娘とか私のおばあちゃんの誕生日の5月13日なんか。

しかし、亡くなってこれしか情報がないって寂しいよなあ。


「いいやつはみんな死ぬ、友へ」

なんて言葉が思い浮かぶ

https://woman.mynavi.jp/article/150109-137/


けれども、ならば生き残ったヤツらはクズなのかと言いたい。


死んだ人間への尊敬は必要やけど、やっぱ生き残った人間はもっとすごいよ・・・もっとすごくないとアカンはずやねん。

私はそういう覚悟で生きている。

私はブログとか2ちゃんねるのコメントでも、イロイロと暗殺をほのめかされているけれども、だからこそ、いつ暗殺されるかもワカランし、一分一秒大切に生きているよ。


まあけど、この場を借りて、伊達娘には、伊達娘が真実を明らかにしてくれたら、私が暗殺される恐怖もだいぶ減るんやけどなあ、とは主張したい。

それは事実やし。

私が暗殺されてからでは遅いし、たぶん私が暗殺されても、伊達娘は自分もどうにかされる恐怖でなんも行動できんやろし。

私が生きているうちでないと、行動できんぞ。

「君の名は。」で気づいたけど、私が近藤喜文さんからもらったサインってけっこうすごいやろ。岩田華怜にあげたけど。

まず、「君の名は。」が丁度いま放送中らしいけど、アニメ研究家の 叶精二 @seijikanoh がこんなこと書いとる。

https://twitter.com/seijikanoh/status/948528350112329728

『#君の名は。』作監・安藤雅司さんが心から尊敬する #近藤喜文 さんについては、以下を御覧下さい。
●『近藤喜文展』情報
http://togetter.com/li/688418
●近藤喜文さんの世界
http://www.yk.rim.or.jp/~rst/rabo/news/kondouyoshifumi.html
●高畑勲・宮崎駿に愛された不世出の動画家の足跡
http://webronza.asahi.com/culture/articles/2014072600001.html


それで、叶精二ってこんなのも書いていて

叶精二さんによる『耳をすませば』の解説ツイートまとめ
叶精二さんによる、2017年1月27日に日本テレビ系列『金曜ロードSHOW!』にて放送された際の『耳をすませば』の解説ツイートをまとめました。

https://togetter.com/li/1075022

その中でこんな画像もある。

410


ここに

”人一倍照れ屋だった近藤さんの色紙は大変な貴重品です。”

とあるやろ。


けど、私はこんなのもらった。

Mimi



それまでの経過はココに書いているので読んでちょ。

「耳をすませば」から伊達娘に会うまでの,おーにっちゃんのツクリバナシにしか聞こえないウソみたいなホントのハナシ 2014年2月 2日 (日)

http://onicchan.cocolog-nifty.com/blog/2014/02/post-45af.html


てか私はいまもってイロイロとツクリバナシにしか聞こえん話題がいっぱいあるし、みんなも遭遇しとるよなあ。

先日もたとえば、乃木坂のお見立て会でいいと思った伊藤寧々が突然主演舞台とかビビったよ。

今後もいっぱいあると思うけどな。

2017年10月29日 (日)

なんか面白くなさそうなタイトルやなあ。 → 宮崎駿監督、次回作は「君たちはどう生きるか」 朝日報じる

宮崎駿監督、次回作は「君たちはどう生きるか」 朝日報じる
2017年10月29日 16時22分 J-CASTニュース
https://news.nifty.com/article/entame/showbizd/12144-312384/

アニメ監督の宮崎駿さん(76)が次回作のタイトルを「君たちはどう生きるか」と明かしたと、朝日新聞が2017年10月28日付のウェブ版記事で報じた。

それによると、この日に東京都新宿区内で開かれた朝日など共催のイベントで宮崎さんが語った。宮崎さんは、13年にいったん長編映画からの引退を表明したが、17年に入って撤回していた。

「君たちはどう生きるか」は、児童文学者の故・吉野源三郎さんが1937年に発表した名著のタイトルから取ったという。主人公の中学生、コペル君が様々な出来事を経験して自分の生き方に目覚めていくというストーリーの小説だ。宮崎さんは、「その本が主人公にとって大きな意味を持つという話です」と説明し、完成には3、4年かかるとしたという。


今度こそ「崖の上のポニョ(ポニョ腹)」をハッテンさせて「人生崖っぷちのフニャチン」とか作ったらオモロイのに・・・。

てかガチで私はアカンなあと思うのは

「君たちはどう生きるか」

って、オマエはどないすんねん?というハナシやわなあ?

ナニ上から目線になっとるねんなあ?

「私たちはどう生きたいか」

のほうがよっぽど説得力あるなあ。


・・・・というわけで、「君たちはどう生きるか」はもう題名だけで駄作決定。終了。

てか前作ってアレなんてタイトルやったっけなあ?駄作過ぎてタイトル覚えてないし検索する気もない。

2017年9月17日 (日)

田野のお父さんの店って年越し鍋食べ放題とかやっとるのか・・・・・・・・・てか4人集めるって難しいなあ。

コレ

https://twitter.com/wai_bar/status/807874188279037952


年越しで鍋食べ放題ってそそられるけど、そもそもあと3人集めるって難しいなあ。

まああと3人集めるか、或いは集めなくても来ていいよと田野のお父さんから言われるか(もアリと思う)、どっちかは獲得せなアカンなあ。

それで、”ぐりとぐら”

https://twitter.com/wai_bar/status/831050619905388544


って私は物語自体は知らないけど、その作者の中川李枝子さんは、宮崎駿が評価して、となりのトトロで作詞を任せとることは知っている。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%90%E3%82%8A%E3%81%A8%E3%81%90%E3%82%89#.E3.82.AD.E3.83.A3.E3.83.A9.E3.82.AF.E3.82.BF.E3.83.BC



だから、「さんぽ」の作詞とかは中川李枝子やねん。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%B7%9D%E6%9D%8E%E6%9E%9D%E5%AD%90

また、作詞家としても1988年公開のアニメ映画『となりのトトロ』のオープニングテーマ『さんぽ』[5] や『まいご』等数曲のイメージソングの作詞を手掛ける。



田野が生まれるめちゃくちゃ前のハナシではあるけど、知っとるよ。


・・・・ならば”ぐりとぐら”くらい読めよなあ。

今度どっかの図書館で、ガキにまぎれて、ガキのお父さんのフリして借りて読んでみるわ。

やっぱ、ガキがなにを読んでいるかは、マユツバの経済学とか以前に、最もチェックせなアカン項目と思うし。



てか「さんぽ」って、私はダンスで足踏みをめっちゃ重要視するけど、アタリマエのことを、めっちゃメジャーな映画のオープニングの歌で言うとるよなあ。

”歩こう 歩こう わたしは元気 歩くの大好き どんどん行こう”

こういう気持ちを舞台上で出せと私は言うとる。

2017年7月24日 (月)

おにぎりを食べながら感情が変わる、なんてないぞ。 → ジブリ美術館の「ジブリ飯」企画展

コレ観て違うと思った。


ジブリ美術館の「ジブリ飯」企画展
https://www.youtube.com/watch?v=pVyMyrUENsA


私はほぼ42年間生きてきて、おにぎりを食べながらなんか考えが変わったなんてない。

たとえばおにぎりの具で変わったモノがあったのにビックリした、とか、ごはんが想像以上に美味しかった、とかやとわかるけど、イヤイヤながら食べながら感情が変化する、なんてない。

これは演技がどうのという以前に設計が違うと思う。

確かに、たとえばイヤイヤゲームをしながら、いやコレは意外と面白いんじゃないか、と思うことならばあり得るかもワカラン。


私だって、たとえばAKBの公演を観て、ここからなにか学ぶことなんてないんじゃないか、ヲタクなんてよくメンバーの違いがわかるものだ、と思っていたのから、イロイロと学んだ経験だってある。


けど、おむすびを食う何回かでココロが変わるなんてないやろ。

しかも子供やと、私の子供時代からすると、大西弘子が作ったメシなんてマズくて食えんかった。


大西弘子が作ったメシ以外のモノのほうがおいしい、と思うとった。


私の過去が歪曲しとるのかもやけど、おにぎりでココロが変わるってないなあ。

しかし、たとえば先日熊料理を食って美味しいと思ったように、最初ゲテモノと思ったものを食べたら、実は美味くて食が進んだ、というのはあるかもなあ。


私、熊はガチで美味いと思う。牡蠣よりも美味いんちゃうか。

また行きたくて、半月くらい休みなしで働いとるんやけど。

私はこの動画を観ても、宮崎駿って人間的に好きになれんなあ。

コレさあ、

宮崎駿の3分間クッキング。
https://www.youtube.com/watch?v=TkjZwL6oQ78&feature=youtu.be


なんか”作ってやっている”感満載で、それを褒めてもらえる自分すごい!感も満載で、ちゃうやろと思う。


女性蔑視するわけちゃうけど、宮崎駿よりも料理が上手なスタッフっているはずやし、そんなスタッフが、別の異性のスタッフに対して、ちゃっかりアピールする、ってのだってある。

そうすると、宮崎駿は自分でメシを作るよりも、

「あー疲れた!誰か作って!」

って言って、誰かに作ってもらうという選択肢もあるのに、それをしてない。


メシまで全部自分で作って、部下に対して文句を言わせないって、独裁者そのものやわなあ。


自分はアニメを作る責任者なのかもワカランけど、メシの時間くらい、誰かに権限を委譲しろよなあ。


私からすると、いっくら宮崎駿が作るからといったって、インスタントラーメンなんて食いたくない。

私はヒトリ反抗してコンビニに弁当買いにいくタイプかな。

ココにゾロゾロ並ぶなんてアリエッティ・・・・・・・・・・・・・あり得んよ。

2017年7月 9日 (日)

Yahoo!映画に以下の内容で書き込んだぞ。ブログの内容を、関西弁とかちょろっと手直ししただけ。  → その後この映画は実は卑猥なんじゃないかと思ってきた

観客がどう感じるか全く計算できてない

https://movies.yahoo.co.jp/movie/%E3%83%A1%E3%82%A2%E3%83%AA%E3%81%A8%E9%AD%94%E5%A5%B3%E3%81%AE%E8%8A%B1/359126/review/%E8%A6%B3%E5%AE%A2%E3%81%8C%E3%81%A9%E3%81%86%E6%84%9F%E3%81%98%E3%82%8B%E3%81%8B%E5%85%A8%E3%81%8F%E8%A8%88%E7%AE%97%E3%81%A7%E3%81%8D%E3%81%A6%E3%81%AA%E3%81%84/308/?c=1&sort=lrf

もう出だしでダメと思った。

魔女の星みたいなとこがあって、そこから気持ち悪いのが出てきて、爆発して・・・って、もうそれだけで観客ひいてしまう。

ついてこれない。

たとえば、"カリオストロの城"みたいに、クラリスがウェディングドレス姿でシトロエンを運転して、見るからに悪者に追われている、その悪者はいきなり爆弾だって使ってくる、・・・ってのだって、観客を引き込むには正直重たい。

だから、"カリオストロの城"だって上映当時は評判よくなかった。

評判良かった"君の名は。"なんて、発端は男女が入れ替わっただけだ。

けど、そんな動機でさえ、人々を引き込めるのである。

ラストならば、大爆発だってあってもいいと思うけど、最初から大爆発まで見せていたら、観客はラストに向かって、それ以上に派手な大爆発は当然にあるモノとして観てしまう。

だから、プロローグからして0点。

それに続いて、メアリが出てきて、ヤル気のない(違う意味でヤル気が上手くいかない)惰性のストーリーが延々と続く。

メアリが自分からストーリーを動かしてこうと思うのは、自分のせいでピーターが捕らえられてからであって、それはもうストーリーが始まって1時間以上かかった後半になってからである。

しかも、起承転結の"承"あたりで、メアリが魔法大学に行っていろいろ魔法大学を見る、・・・たぶん20分くらい、そんな描写があるけれども、その描写全部要らないと思う。

だってアニメって、それ自体がなんでもできる魔法であって、それをいちいち表現する理由がない。
スタッフが、魔法について思いついたことなんてのは、チラシのウラにでも書いておけばいいことであって、ストーリーには全く関係ない。

違う言い方をしたら、あらゆる物語の主人公は、自分が見たこと聞いたことを人々から理解してもらえなくて、どうやったら理解してもらえるかを四苦八苦するのである。

そして観客は、四苦八苦している主人公たちに対して共感する。

"君の名は。"なんて、四苦八苦できるのが2人だけにわかる秘密だったからこそ、あれだけ女の子のココロをわしづかみして大ヒットしたのである。

だから、メアリが魔法大学でベタ褒めされる描写なんて、ストーリーに全く関係ないだけでなく、観客は全く共感しない。

そんな不要な描写が多すぎた。

メアリみたいな女の子は私は好きだけど、この内容ならば50分くらいに収まる。

・・・てかそもそも、"魔法"なんてのはないのである。

では、昔の人々は、どういうモノを"魔法"と呼んでいたのか。

五感を研ぎ澄まして、ちょっとした違いを感じ取り、ヒトやモノの異変を言い当てられる人々は、確実にいた。

そして、政府権力は、そんな人々の能力を怖れて、いないはずの「魔女狩り」をやったのである。
魔女なんていないはずなのに、政府権力が「魔女狩り」をやったのが、歴史の真実である。

そんな歴史を考えて、魔法を要らないモノとして捨ててしまうのではなくて、本当の魔法とはナニなのかまで考えて欲しかった。

共謀罪法案だって、私は現代の「魔女狩り」だとも思っているし。

「魔女の宅急便」で、確かキキが「魔女は血で飛ぶの」と言っていたと思うけれども、飛びたい気持ちが、あたかも魔法のような、五感を研ぎ澄ました深い考察に繋がる、という意味では、まだ「魔女の宅急便」のほうが、私の考える”魔法”の本質を描いていたように思う。

--------------

・・・・てかさあ、Yahoo!映画じゃなくてココまで読んでくれたみんなに向かって、「血で飛ぶの」であって、「ちんちんで飛ぶの」じゃないぞ!・・・・っと主張しようとして、いや魔女がホウキに乗っかるってのは、実はオンナがちんちんに乗っかるというのを意味しとるんちゃう?


てか調べたらビンゴやなあ。


https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1412386284

yaehoo_sambaさん 2007/8/519:04:51
ほうきは「男根(ペニス)」の象徴です。

ハリー・ポッターなどでは、男性もほうきに乗りますが、
かつては箒に乗るのは魔女(女のみ)でした。

つまり男根にまたがることにより、日常における男性支配からの解放を意味しており、
それは魔女が男性を支配する(男根にまたがり思うがままに操る)という形となって表れた、とも言われています。

抑圧された性への背徳心など、中世ヨーロッパの社会風土とも関係していると言われています。



・・・いやそうすると、「メアリと魔女の花」では、どう考えてもまだ10歳くらいにしか見えないメアリに、魔法がかかってグイグイ大きく立派になって光るほうきに乗っからせるのはちょっとマズいんちゃうんか?

いや、個々人が自由に妄想するのはべつにOKやけど、大勢に対してわいせつな妄想をさせようと考えて作品を作っとるとすると、BPOで審議せなアカンなあ。

まあBPO自体政府権力側やとは思うけど。

けど、「この描写はええのか?まずいんちゃう?」とか、人々が議論できるというのはアリと思うなあ。

てかホウキは男根、というのは、追加して書いたほうがええかなあ。

【ネタバレ】"メアリと魔女の花"観たけど正直ツラかった。2回目はない。"思い出のマーニー"でも思ったけど、米林宏昌ってストーリーを作れんなあ。

もう出だしでダメと思った。

魔女の星みたいなとこがあって、そこから気持ち悪いのが出てきて、爆発して・・・って、もうそれだけで観客ひいてまう。

ついてこれん。

たとえば、"カリオストロの城"みたいに、クラリスがウェディングドレス姿でシトロエンを運転して、見るからに悪者に追われている、その悪者はいきなり爆弾だって使ってくる、ってのだって、観客を引き込むには正直重たい。

だから、"カリオストロの城"だって上映当時は評判よくなかった。

評判良かった"君の名は。"なんて、発端は男女が入れ替わっただけやぞ。

けど、そんな動機でさえ、人々を引き込める。


ラストならば大爆発だってあるかもワカランけど、最初から大爆発まで見せていたら、観客はラストに向かって、それ以上に派手な大爆発は当然にあるモノとして観てまう。

だから、プロローグからして0点。

それに続いて、メアリが出てきて、ヤル気のない(違う意味でヤル気が上手くいかない)惰性のストーリーが延々と続く。

メアリが自分からストーリーを動かしてこうと思うのは、自分のせいでピーターが捕らえられてからやねん。

それはもうストーリーが始まって1時間以上かかった後半になってからやねん。

しかも、起承転結の"承"あたりで、メアリが魔法大学に行っていろいろ魔法大学を見る、・・・たぶん20分くらい、その描写全部要らんやろ。

だってアニメってそれ自体がなんでもできる魔法であって、スタッフが、魔法について思いついたことなんてのは、チラシのウラにでも書いておけばいいことであって、ストーリーには全く関係ない。

違う言い方をしたら、あらゆる物語の主人公は、自分が見たこと聞いたことを人々から理解してもらえなくて、どうやったら理解してもらえるか四苦八苦する。

観客は、四苦八苦している主人公たちに対して共感する。

"君の名は。"なんて、四苦八苦できるのが2人だけにわかる秘密だったからこそ、あれだけ女の子のココロをわしづかみして大ヒットしたやろ。

メアリが魔法大学でベタ褒めされる描写なんて、ストーリーに全く関係ないだけでなく、観客は全く共感しない。

そんな不要な描写が多すぎた。

メアリみたいな女の子は私は好きだけど、この内容ならば50分くらいに収まるかなあ。


てかそもそも"魔法"なんてのはない。

では、昔の人々は、どういうモノを"魔法"と呼んでいたのか。

五感を研ぎ澄まして、ちょっとした違いを感じ取り、ヒトやモノの異変を言い当てられる人々は確実にいた。


そしてそんな人々の能力を怖れて、政府権力は、いないはずの「魔女狩り」をやったのである。

そんな歴史を考えて、魔法を要らないモノとして捨ててしまうのではなくて、本当の魔法とはナニなのかまで考えて欲しかった。

「魔女の宅急便」で、確かキキが「魔女は血で飛ぶの」と言っていたと思うけれども、飛びたい気持ちが魔法に繋がるという意味で、まだ「魔女の宅急便」のほうが、私の考える魔法の本質を描いていたように思う。

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